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【初心者の壁】決算整理仕訳が苦手なあなたへ。簿記3級の必須8項目を公認会計士が徹底解説

Sato

Sato/公認会計士/ あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務の知識を分かりやすく解説しています。

はじめに:簿記学習最大の山場「決算整理」

簿記3級の学習を進める中で、多くの人が「難しい」「意味がわからない」と足を止めてしまうポイント、それが「決算整理」です。日々の取引を記録する「期中仕訳」は順調だったのに、決算整理に入った途端、新しい勘定科目が次々と現れ、複雑な計算に戸惑ってしまう。そんな経験はありませんか?

しかし、ご安心ください。決算整理は、決して乗り越えられない壁ではありません。その本質は、「一年間の活動記録を、期末の時点でより正確な状態に整える『化粧直し』」のようなものです 。会社は毎日活動しているため、期中の記録だけでは、年度末の正しい財産状況や経営成績を表せない部分が出てきます。そのズレを修正し、外部の利害関係者(株主や銀行など)に正確な情報を提供するために行う、年に一度の特別な手続きが「決算整理仕訳」なのです 。  

この記事では、公認会計士の視点から、簿記3級の合格に不可欠な8つの決算整理事項を、一つひとつ丁寧に、そして具体的に解説していきます。なぜその処理が必要なのかという「理由」から、具体的な「仕訳のやり方」まで、この記事を読み終える頃には、決算整理への苦手意識が「得意分野」に変わっているはずです。

第1章:決算整理を制覇するための「4つのステップ」

決算整理の問題は、簿記3級試験の第3問(配点35点)で出題される最重要論点の一つです 。一見複雑に見えますが、どんな問題も以下の4つのステップで分解すれば、必ず解けるようになります 。  

  1. 【ステップ1】問題文から論点を読み取る 「減価償却を行う」「貸倒引当金を設定する」といったキーワードから、どの決算整理事項が問われているのかを特定します。
  2. 【ステップ2】仕訳のパターンを特定する 同じ論点でも、いくつかの処理パターンがあります。例えば、減価償却なら「備品」なのか「建物」なのか、貸倒引当金なら「売掛金のみ」か「受取手形も含む」か、といった具体的なパターンを見極めます。
  3. 【ステップ3】変動する金額を計算する 問題文や決算整理前残高試算表の数値を使い、仕訳に必要な金額を計算します。計算ミスが失点に直結するため、最も注意が必要なステップです。
  4. 【ステップ4】仕訳を行う 特定したパターンと計算した金額をもとに、借方・貸方に勘定科目と金額を記入し、仕訳を完成させます。

この4ステップを常に意識することで、焦らず、論理的に正解を導き出すことができます。

第2章:【図解と具体例】簿記3級の必須決算整理8項目を完全マスター

それでは、簿記3級で出題される8つの必須項目を、先ほどの4ステップに沿って一つずつ見ていきましょう 。  

1. 売上原価の算定:「しーくり、くりしー」の正体

  • なぜ必要? 期中に商品を仕入れたときは、すべて「仕入」という費用で処理しています。しかし、期末に売れ残った在庫は、まだ費用ではなく「商品」という会社の資産のはずです。そこで、当期に売れた商品の原価(売上原価)だけを正しく費用として計上するために、この整理が必要になります 。  
  • 計算式 売上原価 = 期首商品棚卸高 + 当期商品仕入高 - 期末商品棚卸高  
  • 仕訳のやり方 「仕入」勘定を使って売上原価を計算する方法が一般的です。これは2つの仕訳で構成されます。
    1. 期首在庫を費用に振り替える 前期から繰り越された商品(期首商品棚卸高)は、当期に販売されるものなので、まず「仕入(費用)」に加えます。 (借方) 仕入 XXX / (貸方) 繰越商品 XXX
    2. 期末在庫を資産に振り替える 当期に仕入れたもののうち、売れ残った商品(期末商品棚卸高)は、費用から除外して「繰越商品(資産)」として次期に繰り越します。 (借方) 繰越商品 YYY / (貸方) 仕入 YYY
    この2つの仕訳を合わせて、「しーくり、くりしー」(仕入/繰越商品、繰越商品/仕入)と覚えるのが一般的です 。  

2. 貸倒引当金の設定:回収不能リスクへの備え

  • なぜ必要? 売掛金や受取手形といった債権は、取引先の倒産などで回収できなくなるリスク(貸倒れ)が常に伴います。その将来の損失を、原因が発生した当期の費用としてあらかじめ見積もっておくのが「貸倒引当金」です。これにより、より実態に即した財務状況を報告できます 。  
  • 計算式(差額補充法) 簿記3級では、前期の設定残高との差額を補充する方法(差額補充法)が用いられます 。   当期繰入額 = (期末債権残高 × 設定率) - 貸倒引当金残高  
  • 仕訳のやり方 【例題】 売掛金の期末残高が10,000円、貸倒引当金の設定率は2%。決算整理前の貸倒引当金残高は50円だった。
    1. 論点: 貸倒引当金の設定
    2. パターン: 売掛金に対する設定(差額補充法)
    3. 計算:
      • 当期末に必要な引当金:10,000円 × 2% = 200円
      • 当期に設定する額:200円 - 50円 = 150円
    4. 仕訳: (借方) 貸倒引当金繰入 150 / (貸方) 貸倒引当金 150
    「貸倒引当金繰入」は費用、「貸倒引当金」は資産(売掛金)のマイナス評価をする勘定科目です 。  

3. 減価償却:時の経過による価値の減少を計上

  • なぜ必要? 建物や備品、車両などの高額な固定資産は、長年にわたって使用することで価値が減少していきます。その購入費用を一度に計上するのではなく、使用可能な期間(耐用年数)にわたって分割して費用計上する手続きが「減価償却」です。これにより、資産が生み出す収益と、そのためのコストを期間的に対応させることができます 。  
  • 計算式(定額法) 簿記3級では、毎年一定額を償却する「定額法」を学びます 。   減価償却費 = (取得原価 - 残存価額) ÷ 耐用年数 ※残存価額は、耐用年数が過ぎた時点での資産価値の見積もり額です。
  • 仕訳のやり方(間接法) 【例題】 備品(取得原価100,000円、耐用年数5年、残存価額は取得原価の10%)の減価償却を行う。
    1. 論点: 減価償却
    2. パターン: 備品の減価償却(定額法・間接法)
    3. 計算:
      • 残存価額:100,000円 × 10% = 10,000円
      • 減価償却費:(100,000円 - 10,000円) ÷ 5年 = 18,000円
    4. 仕訳: (借方) 減価償却費 18,000 / (貸方) 備品減価償却累計額 18,000
    「減価償却費」は費用、「減価償却累計額」は固定資産の間接的なマイナス評価をする勘定科目です 。  

4. 費用・収益の繰延と見越:期間のズレを正す

  • なぜ必要? お金の支払い・受け取りのタイミングと、サービスを受ける・提供するタイミングが年度をまたぐ場合に、当期の損益を正しく計算するために必要な調整です 。  
  • 4つのパターン 多くの初学者が混乱するポイントですが、以下の図で整理しましょう。
費用の処理収益の処理
繰延 (お金の動きが先)前払費用(資産) 例:1年分の家賃を前払いしたが、期末時点で次期分が含まれている。前受収益(負債) 例:1年分の家賃を前受けしたが、期末時点で次期分が含まれている。
見越 (サービスの動きが先)未払費用(負債) 例:給料の締め日は過ぎたが、支払日は次期になっている。未収収益(資産) 例:お金を貸していて、当期分の利息を受け取るのは次期になっている。

仕訳のやり方(費用の繰延の例) 【例題】 10月1日に、1年分の家賃12,000円を現金で支払った。決算日は3月31日である。

  1. 論点: 費用の繰延
  2. パターン: 支払家賃の前払い
  3. 計算:
    • 次期分の家賃:12,000円 × (6ヶ月 / 12ヶ月) = 6,000円
  4. 仕訳: (借方) 前払家賃 6,000 / (貸方) 支払家賃 6,000
当期の費用である「支払家賃」から次期分を減らし、それを「前払家賃」という資産に振り替えます 。  

5. 貯蔵品の振替:未使用の切手や収入印紙

  • なぜ必要? 切手や収入印紙は購入時に「通信費」や「租税公課」といった費用で処理しますが、期末に未使用のものはまだ費用ではなく、資産として価値が残っています。これを「貯蔵品」という資産勘定に振り替えます 。  
  • 仕訳のやり方 【例題】 決算日において、未使用の収入印紙300円分があった。購入時には「租税公課」で処理している。 (借方) 貯蔵品 300 / (貸方) 租税公課 300  

6. 現金過不足の整理:原因不明の差額

  • なぜ必要? 期中に現金の実際有高と帳簿残高にズレが生じた場合、「現金過不足」という仮の勘定で処理します。決算日になっても原因が不明な場合、この仮勘定を残しておくことはできないため、「雑損(費用)」または「雑益(収益)」に振り替えて確定させます 。  
  • 仕訳のやり方 【例題】 現金過不足勘定の借方に100円の残高があるが、決算日まで原因不明だった。 (借方) 雑損 100 / (貸方) 現金過不足 100   ※貸方残高(現金が多かった)場合は、借方が「現金過不足」、貸方が「雑益」となります。

7. 当座借越への振替:マイナス残高の表示変更

  • なぜ必要? 当座預金口座が貸越契約によりマイナス残高になっている場合、それは実質的に銀行からの短期的な借金と同じです。決算書で財政状態を正しく示すため、資産である「当座預金」のマイナスではなく、「当座借越」または「短期借入金」という負債の勘定科目に振り替えます 。  
  • 仕訳のやり方 【例題】 決算日において、当座預金勘定が50,000円の貸方残高(マイナス)であったため、当座借越勘定に振り替えた。 (借方) 当座預金 50,000 / (貸方) 当座借越 50,000  

8. 税金の計算:法人税等と消費税

2019年度の試験範囲改定で追加された、株式会社の会計を前提とする新しい論点です 。  

  • 法人税、住民税及び事業税
    • なぜ必要? 会社が稼いだ利益に対してかかる税金を計算し、当期の費用として計上するとともに、未払分を負債として計上します。
    • 仕訳のやり方【例題】 決算において、法人税等が270,000円と算定された。なお、期中に116,000円を中間納付しており、「仮払法人税等」として処理している。
      1. 論点: 法人税等の確定
      2. パターン: 中間納付あり
      3. 計算:
        • 確定納付額:270,000円 - 116,000円 = 154,000円
      4. 仕訳: (借方) 法人税、住民税及び事業税 270,000 / (貸方) 仮払法人税等 116,000 / (貸方) 未払法人税等 154,000  
  • 消費税
    • なぜ必要? 売上時に預かった消費税(仮受消費税)と、仕入時に支払った消費税(仮払消費税)を相殺し、国に納めるべき差額(または還付される差額)を計算します。
    • 仕訳のやり方 【例題】 決算にあたり、消費税の処理を行う。仮受消費税の残高は60,000円、仮払消費税の残高は30,000円であった。 (借方) 仮受消費税 60,000 / (貸方) 仮払消費税 30,000 / (貸方) 未払消費税 30,000  

第3章:決算整理を武器に!実務と試験合格への道

決算整理は、単なる試験テクニックではありません。企業の健全な経営を支える、極めて重要な実務プロセスです。

試験での実践的アドバイス

  • 第3問は得意な項目から手をつける: 決算整理事項は複数出題されます。まずは確実に解けるものから仕訳を行い、部分点を積み重ねていきましょう 。  
  • 下書き用紙を制する: 問題用紙の決算整理前残高試算表の横に、T字勘定を書き、決算整理仕訳の金額を加減算していくと、集計ミスを防げます。
  • 時間配分を意識する: 第3問の目標時間は25分~30分です 。日頃から時間を計って問題演習を繰り返し、スピード感を養いましょう。  

実務における決算整理の重要性

正確な決算整理は、信頼性の高い決算書を作成するための土台です。そして、その決算書は以下のように活用されます。

  • 経営判断の羅針盤: 経営者は決算書を見て、自社の収益性や安全性を分析し、次の戦略を立てます。決算整理の精度が、経営判断の質を左右すると言っても過言ではありません 。  
  • 外部からの信頼の証: 銀行は融資の可否を、投資家は投資の是非を決算書に基づいて判断します 。正確な決算書は、企業の社会的信用を支える生命線なのです。  

簿記の学習で身につける決算整理の知識は、企業の根幹を支える重要なスキルに直結しているのです。

まとめ:決算整理は「ルールの理解」が得点へのカギ

決算整理は、多くの論点が絡み合うため、最初は難しく感じるかもしれません。しかし、一つひとつの処理にはすべて「なぜそうするのか」という明確な理由があります。丸暗記に頼るのではなく、本記事で解説したように、その背景や目的を理解することが、応用力を身につけ、合格を掴むための最短ルートです。

決算整理は、簿記一巡の手続きの集大成であり、ここを乗り越えれば合格はぐっと近づきます。今回解説した8つの必須項目と4つのステップを武器に、最大の山場を得点源に変えていきましょう。

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Sato/公認会計士/ あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務の知識を分かりやすく解説しています。

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