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【2024年改正】賃上げ促進税制の解説!中小企業が最大45%の税額控除を受けるための実践ガイド

はじめに:賃上げが「コスト」から「未来への投資」に変わる日

現代の日本経済において、多くの経営者が直面している最重要課題、それは「人材の確保と定着」です。深刻化する人手不足と激化する採用競争のなかで、従業員の待遇改善、特に「賃上げ」はもはや避けては通れない経営判断となっています。しかし、賃上げは固定費の増加に直結するため、特に体力に限りがある中小企業にとっては、重い決断であることも事実です。

もし、この賃上げという負担を、国が税金の面から強力に後押ししてくれるとしたらどうでしょうか。2024年度の税制改正で大幅に拡充された「賃上げ促進税制」は、まさにそのような制度です。これは、企業が従業員への給与支給額を増やすと、その増加額の一部を、納めるべき法人税(個人事業主の場合は所得税)から直接差し引くことができる「税額控除」という仕組みです 。  

この制度を理解する上で極めて重要なのは、「損金算入」ではなく「税額控除」であるという点です。損金算入が課税対象となる所得を減らすことで間接的に税負担を軽くするのに対し、税額控除は算出された税額そのものから直接金額を差し引きます。これは、いわば国から法人税に対する「現金還元」を受けるようなものであり、非常に強力な節税効果を持ちます。

政府は、この税制を通じて企業の賃上げを後押しし、「成長と分配の好循環」を実現することを目指しています 。つまり、この制度を活用する企業は、単に税制上の優遇を受けるだけでなく、国の経済政策の方向性と歩調を合わせ、持続的な成長の波に乗ることを意味します。  

本記事では、この強力な制度を中小企業の経営者や実務担当者の皆様が最大限に活用できるよう、2024年度改正のポイントを一つひとつ丁寧に、そして具体的に解説していきます。最大で賃上げ増加額の45%という大きな税額控除を実現するためのロードマップを、ぜひ最後までご覧ください 。  

まずは自社の立ち位置を確認:あなたの会社はどの区分?

2024年度の改正で、賃上げ促進税制は企業の規模に応じて3つのカテゴリーに再編されました。それぞれ「中小企業」「中堅企業」「大企業」の区分で、適用される要件や控除率が大きく異なります 。したがって、制度活用の第一歩は、自社がどの区分に該当するのかを正確に把握することです。  

中小企業の定義

この税制において「中小企業者等」として最も手厚い優遇を受けられるのは、青色申告書を提出している法人のうち、以下のいずれかの条件を満たす企業です。

  • 資本金の額または出資金の額が1億円以下の法人  
  • 資本または出資を有しない法人のうち、常時使用する従業員数が1,000人以下の法人  

また、個人事業主の場合は、常時使用する従業員数が1,000人以下であれば、中小企業向けの制度の対象となります 。  

中小企業の対象外となるケース

ただし、上記の資本金や従業員数の要件を満たしていても、以下のような「みなし大企業」に該当する場合や、高所得の法人は対象外となるため注意が必要です。

  • みなし大企業:
    • 発行済株式の2分の1以上を、一つの大規模法人(資本金1億円超の法人など)に所有されている法人  
    • 発行済株式の3分の2以上を、複数の大規模法人に所有されている法人  
  • 高所得法人:
    • 適用年度を含む過去3事業年度の所得金額の平均額が15億円を超える法人  

中堅企業・大企業との比較

今回の改正で新設された「中堅企業」は、主に資本金が1億円を超え、従業員数が2,000人以下の企業などが該当します 。この中堅企業の枠が設けられた背景には、地域経済を支え、高い雇用創出力を持つこれらの企業群の賃上げを重点的に後押しするという、政府の明確な産業政策の意図がうかがえます 。中小企業の経営者にとっては、将来的な企業成長の過程で、こうしたターゲットを絞った支援策が用意されていることを示唆しています。  

自社の立ち位置を明確にするため、以下の表をご参照ください。

資本金 / 従業員数1,000人以下1,001人~2,000人2,001人以上
1億円以下中小企業中堅企業大企業
1億円超~10億円以下中堅企業中堅企業大企業
10億円超大企業大企業大企業

※上記は簡略化した判定表です。連結グループ全体の従業員数など、詳細な判定要件がありますのでご注意ください 。  

最大45%控除へのロードマップ:中小企業向け3つの要件を徹底解剖

中小企業が最大45%の税額控除を受けるためには、「基本要件」を満たした上で、2つの「上乗せ要件」をクリアする必要があります。これらは積み上げ式になっており、一つひとつ条件を満たしていくことで控除率がアップしていく仕組みです 。ここでは、その3つの要件を具体的に解説します。  

【基本要件】すべての土台となる給与総額の増加(最大30%控除)

まず、この制度を利用するための大前提となるのが、前年度と比較して従業員全体の給与支給総額を増加させることです。この増加率に応じて、2段階の控除率が設定されています 。  

  • Tier 1: 前年度比で雇用者給与等支給額が1.5%以上増加した場合
    • → 増加額の15%を税額控除  
  • Tier 2: 前年度比で雇用者給与等支給額が2.5%以上増加した場合
    • → 増加額の30%を税額控除  

ここでいう「雇用者給与等支給額」とは、役員やその親族等(特殊関係者)を除いた、国内の全雇用者(正社員、契約社員、パート、アルバイトなど雇用形態を問わない)に対して支払う給与・賞与・各種手当の総額です 。また、企業が従業員の奨学金返還を支援する費用も、この給与等支給額に含めることが可能です 。  

【具体例】 仮に、前年度の給与支給総額が8,000万円の企業が、今年度は2.5%増の8,200万円(増加額200万円)を支給したとします。この場合、基本要件のTier 2を満たすため、増加額200万円の30%にあたる60万円が、法人税額から直接控除されます 。  

【上乗せ要件①】人材への投資を評価:教育訓練費の上乗せ(+10%)

次に、賃上げと同時に人材育成にも力を入れる企業を評価するための上乗せ措置です。これを満たすと、基本要件の控除率にさらに10%が加算されます。この要件は、以下の2つの条件を両方とも満たす必要があります 。  

  1. 教育訓練費が前年度比で5%以上増加していること 。   (これは従来の10%増から緩和され、より使いやすくなりました )  
  2. 当期の教育訓練費が、当期の雇用者給与等支給額の0.05%以上であること 。  

この要件のポイントは、単にお金をかければ良いというわけではなく、給与総額に対する比率という「投資の質」も問われる点です。これは、政府が単なる賃上げだけでなく、従業員のスキルアップを通じた生産性向上という、より本質的な企業成長を促そうとしていることの表れです。

対象となる教育訓練費

  • 外部講師を招いて社内研修を行う際の謝礼や交通費  
  • 外部の研修施設や設備をレンタルした場合の費用  
  • 外部のセミナーや講習会、eラーニングに従業員を参加させるための費用  
  • 業務に必要な資格取得のための受験手数料  

対象とならない費用の例

  • 研修中の従業員に支払う給与や交通費、宿泊費  
  • 自社の役員や従業員が講師を務めた場合の費用  
  • 研修用の機材や書籍の「購入」費用(レンタルやリースは対象)  
  • 福利厚生目的の研修費用  

この上乗せ措置を受けるためには、実施時期や内容、受講者、支払いを証明する書類などを記載した明細書を作成し、社内で保存しておく必要があります(申告時の添付は不要) 。  

【上乗せ要件②】働きやすい職場づくりを応援:女性活躍・子育て支援の上乗se(+5%)

2024年度改正で新たに創設されたのが、この上乗せ要件です。働きやすい職場環境の整備に積極的に取り組む企業を税制面で後押しするもので、これを満たすとさらに5%の控除率が加算されます 。  

要件は、適用事業年度の終了日までに、厚生労働大臣から以下のいずれかの認定を受けていることです。

  • くるみん認定: 子育てサポート企業としての認定  
  • えるぼし認定(2段階目以上): 女性の活躍推進に関する状況が優良な企業としての認定  

これらの認定は、税額控除のためだけでなく、企業の社会的評価を高め、採用活動における強力なアピールポイントにもなります 。認定取得には、自社の状況を分析し、行動計画を策定・公表した上で、都道府県労働局へ申請する手続きが必要です 。この税制の活用を視野に入れるのであれば、認定取得には数ヶ月単位の時間がかかる可能性もあるため 、早めに準備を始めることが重要です。  

この要件は、金銭的な支出ではなく、企業の制度や文化といった「質的な改善」を評価するものです。教育訓練費の上乗せ要件と合わせ、政府が賃上げを、企業の持続的成長に不可欠な「人的資本投資」の一環として捉えていることが明確に示されています。

中小企業だけの特権!赤字でも無駄にならない「繰越控除」という切り札

今回の2024年度改正で、中小企業にとって最も画期的と言えるのが、この「繰越税額控除制度」の新設です 。これは、中小企業だけに認められた特別な措置です。  

これまでの課題

従来の制度では、たとえ賃上げの要件を満たして税額控除の権利が発生しても、その年度が赤字であったり、利益が少なかったりして納めるべき法人税額がなければ、控除を使いきれずに権利が消滅してしまいました 。これは、業績が厳しい中でも従業員のために賃上げに踏み切った企業が、税制の恩恵を受けられないという矛盾を抱えていました。  

新制度の仕組み

新設された繰越控除制度は、この問題を解決します。賃上げを実施した年度に、税額控除額が法人税額を上回って使いきれなかった場合、その未控除額を翌年度以降5年間にわたって繰り越し、将来の法人税額から控除できるようになったのです 。  

【具体例】 ある企業が賃上げを行い、90万円の税額控除の権利を得たとします。しかし、その年度の法人税額は20万円でした。

  • 改正前: 20万円分しか控除できず、残りの70万円は消滅。
  • 改正後: 20万円を控除してその年の納税額は0円に。そして、使いきれなかった70万円を翌年以降に繰り越せます。もし2年後に黒字化し、100万円の法人税が発生した場合、この70万円を使って納税額を30万円に圧縮できます。

繰越控除の適用条件

この強力な制度を利用するためには、いくつかの条件があります。

  1. 控除額が発生した年度の申告: 未控除額が発生した事業年度の確定申告で、「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」を提出し、繰り越す金額を明記しておく必要があります 。  
  2. 繰越控除を適用する年度の要件: 繰り越した控除額を使いたい年度において、その年度の雇用者給与等支給額が、前年度の支給額を上回っている必要があります 。これは、賃上げの努力を継続している企業を支援するという制度の趣旨を反映したものです。  

この繰越制度の創設により、賃上げ促進税制は単年度の戦術的な節税策から、複数年にわたる戦略的な財務ツールへと進化しました。これにより、例えば「今は先行投資で赤字だが、優秀な人材確保のために賃上げは必須」という状況の企業でも、将来の黒字化を見据えて積極的に賃上げを行い、税額控除という「未来の資産」を積み上げておくことが可能になります。

大企業・中堅企業との違いは?中小企業が優遇されるポイント

賃上げ促進税制はすべての企業が対象ですが、その制度設計は中小企業にとって特に有利になるよう工夫されています。主な違いを比較することで、中小企業への優遇ポイントがより明確になります。

比較項目中小企業大企業・中堅企業
判定の基礎全雇用者の給与総額継続雇用者(前年度から引き続き在籍)の給与総額
基本要件(増加率)1.5%または2.5%以上3%または4%以上(大企業はさらに高い段階あり)
教育訓練費(増加率)5%以上で控除率+10%10%以上で控除率+5%
最大控除率45%35%
繰越控除あり(5年間)なし

ポイント1:判定の基礎の違い

中小企業は新規採用者やパート・アルバイトを含めた「全雇用者」の給与総額で判定します 。これは、雇用創出の主役である中小企業が、事業拡大に伴って人員を増やし、全体の給与水準を上げることを評価する仕組みです。一方、大企業・中堅企業は「継続雇用者」で判定するため、既存社員の待遇改善に焦点が当てられています 。この設計の違いは、それぞれの企業規模に期待される役割に応じた、きめ細かな政策意図を反映しています。  

ポイント2:要件のハードルの低さと控除率の高さ

基本要件となる給与増加率のハードルが低く設定されているだけでなく、教育訓練費の上乗せ要件も緩やかで、かつ控除率の上乗せ幅が大きくなっています 。これにより、中小企業はより少ない投資で、より大きな税制メリットを享受できるようになっています。  

ポイント3:繰越控除の存在

前述の通り、5年間の繰越控除は中小企業だけに認められた最大の特権です 。これにより、短期的な業績の波に左右されずに、長期的な視点で人材への投資を行うことが可能になります。  

実務上の注意点と手続きの流れ

最後に、この制度を実際に活用する上での手続きと、注意すべき実務的なポイントをまとめます。

手続きの流れ

この制度の大きな特徴は、事前の申請や計画の提出が不要である点です。適用を受けるための手続きは、事業年度終了後の法人税の確定申告時に完結します。

具体的には、確定申告書に「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」(法人税申告書別表六(二十四))を添付して提出します 。繰越控除を適用する場合には、追加の明細書が必要となります 。  

実務上の注意点

  • キャッシュフローへの影響: 最も注意すべき点です。賃上げによる人件費の増加は、毎月のキャッシュアウトとして即座に発生します。一方、税額控除による還付(または納税額の減少)は、決算が確定し、申告を行った後に一度だけ発生します。この時間差を考慮し、資金繰りに無理が生じないよう慎重な計画が必要です。
  • 正確な記録管理: 特に教育訓練費の上乗せ要件を適用する場合、税務調査などで確認を求められた際に提示できるよう、研修の内容や参加者、支払った費用などを証明する書類を整理・保管しておくことが不可欠です 。  
  • 認定制度のリードタイム: 女性活躍・子育て支援の上乗せを目指す場合、「くるみん」や「えるぼし」の認定取得には申請から数ヶ月を要することがあります。決算期末ぎりぎりになって慌てないよう、計画的に準備を進める必要があります。

根拠法令

本制度の根拠法は、租税特別措置法 第42条の12の5「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除」に定められています 。  

結論:税制活用で実現する、持続可能な企業成長

2024年度改正「賃上げ促進税制」は、単なる節税策ではありません。これは、中小企業が「人への投資」を通じて企業の競争力を高め、持続的な成長を遂げるための、国からの強力なメッセージであり、具体的な支援策です。

最大45%の税額控除、そして赤字でも無駄にならない5年間の繰越控除という強力なインセンティブは、賃上げをコストではなく、未来への戦略的投資と捉え直す絶好の機会を提供します。この制度を戦略的に活用することで、税負担を軽減できるだけでなく、優秀な人材の確保・定着、従業員の士気向上による生産性の改善、そして「人を大切にする企業」としてのブランドイメージ向上など、計り知れない経営上のメリットが期待できます 。  

もちろん、制度の適用には正確な計算と計画が不可欠です。本記事を参考に、ぜひ顧問税理士などの専門家にご相談の上、自社にとって最適な活用プランを検討し、この大きなチャンスを貴社の成長へと繋げていただければ幸いです 。  

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