6.その他

サステナビリティ情報への「お墨付き」とは?第三者保証の目的と国内外の最新動向

はじめに:なぜ今、サステナビリティ情報に「お墨付き」が必要なのか?

企業のサステナビリティに関する情報開示は、もはや単なる広報活動(PR)や企業の社会的責任(CSR)の一環ではありません。それは、資本市場が企業の長期的な価値を評価するための、財務情報と並ぶ中核的な要素へと急速に変化しています。投資家や金融機関は、気候変動が事業に与えるリスクや、人材への投資が将来の収益にどう結びつくのかといった非財務的な情報を、投融資の意思決定における重要な判断材料として用いています 。  

この変化を背景に、開示されるサステナビリティ情報の「信頼性」が極めて重要になっています。どれほど詳細な情報を開示しても、その内容が客観的に検証されていなければ、投資家は安心して意思決定に利用できません。そこで求められるのが、独立した第三者による「保証」、すなわち情報の信頼性に対する「お墨付き」です。

この動きは、日本においても本格化しています。金融庁が「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」を設置し、制度化に向けた議論を活発に進めていることは、サステナビリティ情報が財務情報と同等の信頼性を求められる時代に突入したことを明確に示しています 。  

本稿では、経営者、CFO、監査役といった企業の意思決定層や実務担当者の皆様が、この新たな要請に的確に対応できるよう、サステナビリティ情報に対する第三者保証の目的、具体的な内容、そして国内外の最新動向を、専門的かつ平易に解説します。

「グリーンウォッシュ」の罠:信頼を損なうリスクとその具体例

第三者保証が求められる最も直接的な背景には、「グリーンウォッシュ」と呼ばれる問題があります。グリーンウォッシュとは、企業が環境への取り組みや製品の環境性能について、実態以上によく見せかける、虚偽、欺瞞的、あるいは誤解を招くような表示を行う行為を指します 。これは単なる誇大広告の問題にとどまらず、企業の信頼を根底から揺るがし、深刻な経営リスクをもたらします。  

グリーンウォッシュは、公正な競争を阻害します。真摯に環境対策へ投資している企業が正当に評価されず、見せかけだけの企業が不当な利益を得るような状況は、市場全体の健全性を損ないます 。さらに、投資家や消費者の不信感を増大させ、サステナビリティ市場全体の成長を妨げる要因にもなり得ます。  

日本国内でも、グリーンウォッシュはすでに法的なリスクとして顕在化しています。近年、消費者庁が「生分解性」を謳うプラスチック製品(カトラリーやレジ袋など)を販売する複数の事業者に対し、景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)に基づき措置命令を出した事例は象徴的です 。これらの事例では、「土に還る」「海に還る」といった表示が、特定の条件下でしか分解されないにもかかわらず、あらゆる自然環境で容易に分解されるかのような誤解を消費者に与える点が問題視されました 。これは、環境配慮を謳う際には、その主張を裏付ける客観的かつ十分な根拠がなければ、法的な制裁を受ける可能性があることを示しています。  

グリーンウォッシュには、いくつかの典型的な手口が存在します 。  

  • 隠れたトレードオフの罪:製品の一部の環境性能が良いことだけを強調し、製造過程やサプライチェーン全体で生じる他の重大な環境負荷を隠す。
  • 証明を示さない罪:科学的根拠や信頼できる第三者機関の認証なしに、「環境にやさしい」といった曖 hoàng な主張を行う。
  • あいまいさの罪:「天然由来」といった、定義が広く誤解を招きやすい言葉を使い、消費者に優良であるかのような印象を与える。

これらの消費者向けのグリーンウォッシュに加え、より深刻なのが「投資家向けのグリーンウォッシュ」です。これは、企業の気候変動への移行戦略やESG(環境・社会・ガバナンス)パフォーマンスについて誤解を招く情報を開示し、有利な条件で資金を調達しようとする行為です。個別の製品表示とは異なり、企業戦略レベルでの欺瞞は外部から見抜きにくいため、資本市場の信頼性を守るために、規制当局はサステナビリティ報告書全体に対する第三者保証の義務化を推進しているのです。

第三者保証を理解する:「合理的保証」と「限定的保証」の決定的違い

第三者保証には、その信頼性の水準(保証水準)に応じて、大きく分けて「合理的保証」と「限定的保証」の2種類が存在します。この違いを理解することは、今後の規制動向を読み解き、自社の準備計画を立てる上で不可欠です。

両者の根本的な違いは、保証を提供する者(保証業務実施者)が行う手続きの深さと範囲、そしてそれによって表明される結論の形式にあります 。  

合理的保証 (Reasonable Assurance)

合理的保証は、財務諸表監査で用いられているものと同じ、最も高い保証水準です。保証業務実施者は、開示された情報に重要な虚偽の表示がないことを確かめるために、内部統制の評価や詳細な証拠の入手を含む、広範かつ深度のある手続きを実施します 。  

その結果、保証報告書では「すべての重要な点において、基準に準拠して適正に表示している」といった、積極的な形式で意見が表明されます(積極的意見の表明)。これは、情報が信頼できることを積極的に認める、非常に強いお墨付きです。  

限定的保証 (Limited Assurance)

限定的保証は、合理的保証よりも低い保証水準です。実施される手続きは、主に関係者への質問や分析的手続きなどに限定され、合理的保証ほど広範ではありません 。保証業務実施者は、情報が信頼できないと判断する根拠、すなわち「重要な虚偽表示があると信じさせる事項」がないかどうかを確認することに主眼を置きます。  

そのため、保証報告書では「我々の実施した手続において、すべての重要な点において、基準に準拠して表示していないと信じさせる事項は認められなかった」といった、二重否定による婉曲的な形式で結論が表明されます(消極的結論の表明)。これは、積極的に「正しい」とまでは言わないものの、「間違いであるとの証拠は見つからなかった」というレベルの信頼性を与えるものです。  

なぜ段階的な導入が進むのか

現在、世界各国の規制では、まず限定的保証から義務化し、数年後に合理的保証へ移行するという段階的なアプローチが主流となっています 。これは、規制当局が多くの企業にとって、サステナビリティ情報の収集・管理体制が、いきなり財務諸表監査並みの厳しい検証(合理的保証)に耐えられるレベルにはないと認識しているためです。  

この段階的導入は、企業に体制構築のための猶予期間を与える「強制的メカニズム」と捉えるべきです。最初の限定的保証は、自社のプロセスの弱点や課題を、第三者の視点から洗い出す絶好の機会となります。企業経営者は、限定的保証をゴールと考えるのではなく、将来の合理的保証に耐えうる強固なデータ収集体制と内部統制を構築するための、最初の診断ステップと位置づけるべきでしょう。

世界の潮流:主要国における保証義務化の最新動向

サステナビリティ情報への第三者保証の義務化は、一部の先進的な国や地域だけの動きではなく、もはや後戻りのできない世界的な潮流です。主要国の動向を理解することは、グローバルに事業を展開する日本企業にとって、自社の対応レベルを測る上で不可欠です。

EU (CSRD): 先行する欧州の厳格なアプローチと日本企業への影響

欧州連合(EU)は、企業サステナビリティ報告指令(CSRD: Corporate Sustainability Reporting Directive)により、この分野で世界をリードしています。CSRDは、対象となる企業に対し、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)に準拠した詳細な情報開示を求めるとともに、その情報に対する第三者保証を義務付けています 。  

保証水準は、まず限定的保証から開始し、将来的には合理的保証へ引き上げられる予定です 。CSRDの最大の特徴は、その適用範囲の広さと域外適用にあります。EU域内に一定規模以上の子会社を持つ、あるいはEUの規制市場に上場している日本企業も、この厳格な規則の適用対象となります 。EUは世界で最も厳しい基準を設定しており、そこで事業を行う日本企業は、否応なくその高いレベルの対応を迫られることになります。  

米国 (SEC): 規則導入を巡る法廷闘争と今後の不確実性

米国証券取引委員会(SEC)は2024年3月、上場企業に対して気候関連情報の開示と、温室効果ガス(GHG)排出量に対する段階的な保証を義務付ける最終規則を採択しました 。しかし、この規則は採択直後から複数の州政府や業界団体による広範な訴訟に直面し、SECは司法判断が確定するまで規則の施行を一時停止するという異例の措置を取りました 。最近の動向では、SECが法廷で規則を積極的に擁護しない可能性も示唆されており、連邦レベルでの規則の先行きは不透明な状況です 。  

しかし、この連邦レベルでの後退を、米国におけるサステナビリティ開示の潮流が止まったと解釈するのは早計です。その背景にある投資家からの情報開示要求は依然として根強く 、さらに重要なのは州レベルでの動きです。特にカリフォルニア州では、気候関連情報開示を義務付ける州法(SB253)が成立しており、同州で事業を行う多くの大企業(日本企業を含む)に影響が及ぶ見込みです 。連邦政府の政治的な対立は、市場と一部の州が主導する大きな変化の流れを一時的に遅らせているに過ぎないと見るべきでしょう。  

豪州 (ASRS): 着実に進む段階的な義務化ロードマップ

オーストラリアは、政治的な混乱が少ない中で、着実に保証の義務化を進めています。同国では、オーストラリア・サステナビリティ報告基準(ASRS)に基づく気候関連情報の開示が、2025年1月1日以降に開始する会計年度から大企業を対象に段階的に義務化されます 。  

この制度には、明確な保証のロードマップが組み込まれています。初年度はScope1および2のGHG排出量など一部の項目について限定的保証から始まり、対象範囲を徐々に拡大。最終的には、最初の適用対象企業グループは2030年までに、すべての開示項目について合理的保証を取得することが求められます 。オーストラリアの実務的なアプローチは、日本が制度を導入する上での現実的な先行事例として参考になります。  

日本の現在地:SSBJ基準と金融庁が描く保証制度導入への道筋

世界的な潮流を受け、日本でもサステナビリティ情報の開示と保証の制度化が具体的なスケジュールとともに動き出しました。抽象的な議論の段階は終わり、企業は明確な期限を意識した準備を始める必要があります。

SSBJ基準の策定と金融庁のロードマップ

日本の制度設計は、金融庁の「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」が主導しています 。開示内容の具体的な基準は、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が開発した日本版基準(SSBJ基準)が用いられます。このSSBJ基準は、国際的なベースラインとなるISSB(国際サステナビリティ基準審議会)基準との整合性を確保しつつ、日本の実情を考慮したものとなっています 。  

金融庁は、東京証券取引所プライム市場上場企業を対象に、時価総額に応じて段階的にSSBJ基準の適用と第三者保証を義務化するロードマップ案を提示しています 。  

日本におけるSSBJ基準適用と第三者保証の導入ロードマップ(案)

以下の表は、金融庁のワーキング・グループで示された案を基にした、今後の大まかなスケジュールです。自社の時価総額と照らし合わせ、具体的な準備計画の策定が急務となります。

対象企業 (プライム市場上場)SSBJ基準の適用開始 (会計年度)第三者保証の義務化 (会計年度)
時価総額3兆円以上2027年3月期~2028年3月期~
時価総額1兆円以上3兆円未満2028年3月期~2029年3月期~
時価総額5,000億円以上1兆円未満2029年3月期~2030年3月期~
時価総額5,000億円未満2030年代での適用を検討適用と合わせて検討

出典:金融庁 金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」の公表資料を基に作成  

このロードマップで特に注目すべきは、SSBJ基準の適用義務化の翌年度から保証が義務化される点です 。これは、金融庁が企業側の準備に配慮し、意図的に設けた「準備期間」あるいは「練習期間」と解釈できます。企業はこの最初の1年間を最大限に活用し、保証業務実施者候補と連携して保証のプレ評価(準備状況の評価)を行うなど、本番に備えた試行錯誤を重ねるべきです。この貴重な1年間を無為に過ごすことは、大きな戦略的過ちとなりかねません。  

誰が「お墨付き」を与えるのか?公認会計士に限らない保証の担い手

サステナビリティ情報の保証は、その対象がGHG排出量、人権、生物多様性など多岐にわたるため、従来の財務諸表監査の専門性だけではカバーしきれません。この課題に対応するため、国際的な保証の担い手に関する考え方も大きく変化しています。

国際基準ISSA 5000と「Profession-Agnostic」という考え方

国際監査・保証基準審議会(IAASB)は、サステナビリティ保証に関する包括的な新基準「ISSA 5000」を開発しました 。この基準の画期的な特徴の一つが、「profession-agnostic(職業にとらわれない)」という原則です 。  

これは、保証業務の担い手を公認会計士などの会計専門家に限定せず、主題に関する十分な専門知識と能力を持つ他の専門家(例えば、GHG排出量算定に関する知見を持つエンジニアや、サプライチェーンの人権問題に精通したコンサルタントなど)も、ISSA 5000に準拠して保証業務を実施できることを意味します 。  

日本における担い手に関する議論

日本でも、金融庁のワーキング・グループにおいて、保証の担い手を公認会計士・監査法人のみに限定すべきか、あるいは他の専門家にも門戸を開くべきかが活発に議論されています 。監査法人以外の専門家の参入を認める方向でおおむね意見が一致しつつありますが、その場合の品質管理、倫理・独立性基準の遵守、そして監督体制をどう構築するかが大きな論点となっています 。  

企業にとって、この動きは保証業務実施者の選択肢が広がることを意味します。しかし同時に、それは選択の複雑化ももたらします。今後は、単に既存の会計監査人に依頼するという単純な構図ではなく、開示する情報の特性に応じて、最適な専門性を持つ保証チームを、場合によっては複数の組織から組み合わせて選定する必要が出てくるかもしれません。保証業務実施者の選定と管理は、より戦略的な経営課題となるでしょう。

企業が今すぐ着手すべきこと:保証に耐えうる「内部統制」の構築

第三者保証の報告書は、いわば企業のサステナビリティ情報管理体制の「成績表」です。良い成績を得るためには、付け焼き刃の対策では通用しません。保証義務化という「本番の試験」に備え、企業は今すぐ、サステナビリティ報告に係る内部統制(ICSR: Internal Control over Sustainability Reporting)の構築に着手する必要があります。

これは全く新しい概念ではなく、多くの日本企業が経験してきた財務報告に係る内部統制(J-SOX)の考え方やフレームワーク(COSOフレームワークなど)を応用することが可能です 。具体的には、以下の要素を整備していくことが求められます。  

  1. ガバナンスと企業文化の醸成 取締役会による監督責任を明確にし、経営層が主導する推進体制を構築します。サステナビリティ、財務、法務、事業部門などを横断するタスクフォースを設置し、全社的な取り組みとして位置づけることが不可欠です 。  
  2. 業務プロセスの標準化と文書化 データの収集、算定、集計、検証、そして経営層による承認に至るまでの一連のプロセスを定義し、文書化します。J-SOXで求められる「3点セット(業務フロー図、業務記述書、リスクコントロールマトリックス)」のような形で業務を可視化し、誰が、いつ、何を行うのかという役割と責任を明確にすることが、統制の基礎となります 。  
  3. データ管理体制の強化 サステナビリティ情報は、自社拠点のみならず、サプライチェーン上の取引先など、社外の第三者から入手するデータも多く含まれます(特にScope3排出量など)。これらのデータの正確性、網羅性、一貫性をいかに担保するかが大きな課題です。データの入手元や算定根拠を明確にし、受け入れたデータを検証する仕組みを構築する必要があります 。Excelでの属人的な管理から脱却し、システム導入を検討することも重要です 。  
  4. 早期の関与と準備状況の評価(Readiness Assessment) 保証が義務化される年度まで待つのではなく、早い段階で保証業務実施者候補と契約し、準備状況の評価(Readiness Assessment)や、任意での保証業務を依頼することを強く推奨します 。これにより、本格的な保証業務が始まる前に、プロセスの重大な欠陥やデータの不備を特定し、修正する時間を確保できます。手戻りを防ぎ、効率的に体制を整備するための最も有効な手段です。  

これらの内部統制構築は、単に規制対応のためのコストではありません。信頼性の高いデータをタイムリーに収集・分析できる体制は、経営陣が自社のリスクと機会をより正確に把握し、的確な戦略的意思決定を行うための強力な武器となります。保証に耐えうる内部統制への投資は、企業の経営管理基盤そのものを強化する投資であると捉えるべきです。

結論:義務から企業価値向上への転換

サステナビリティ情報に対する第三者保証の義務化は、多くの企業にとって新たな規制対応という負担に感じられるかもしれません。しかし、その本質を理解すれば、これを長期的な企業価値向上に繋げる戦略的な機会と捉えることができます。

保証制度は、グリーンウォッシュという具体的なリスクから企業と市場を守り、投資家の信頼を獲得するための不可欠な仕組みです。国内外のロードマップはすでに明確に示されており、残された準備期間は決して長くありません。

企業が今、最優先で取り組むべきは、サステナビリティ情報を正確かつ網羅的に収集・管理するための強固な内部統制の構築です。このプロセスを通じて整備されたデータ基盤は、規制対応のためだけでなく、経営陣が自社の事業活動を深く理解し、より精緻な意思決定を行うための貴重な経営資源となります。

第三者から得られる「お墨付き」は、単に報告書の信頼性を証明するだけではありません。それは、企業のサステナビリティに対する真摯な姿勢、高度な管理体制、そして透明性の高い経営そのものに対する信頼の証となるのです。この変化を前向きに捉え、早期に行動を起こすことこそが、これからの時代を勝ち抜く企業の条件と言えるでしょう。

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