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保有株にTOBが発表されたら?投資家が取るべき3つの選択肢を徹底比較

はじめに - ある日突然、あなたの保有株に「買収提案」が

ある朝、いつものように株価をチェックしていると、あなたが投資している会社の一つに「TOB(株式公開買付)実施」というニュースが飛び込んできたと想像してみてください。株価は急騰し、市場はにわかに活気づいています。嬉しい反面、「TOBって何?」「これからどうすればいいの?」と戸惑ってしまうかもしれません。

この記事では、公認会計士である筆者が、そんなあなたのためのガイド役を務めます。株式投資の世界で時折起こるこの「TOB」というイベントを分かりやすく解き明かし、株主であるあなたが冷静に最善の判断を下せるよう、3つの選択肢を丁寧にご案内します。この少し複雑な出来事を、あなたの投資家としての知識を深める絶好の機会に変えていきましょう。

TOBの仕組みを理解する:なぜ買付価格は魅力的なのか?

TOB(株式公開買付)とは?

TOB(ティーオービー)とは「Take-Over Bid」の略で、日本語では「株式公開買付」と呼ばれます 。これは、ある会社が別の会社の経営権を取得することなどを目的に、「期間」「価格」「買い付ける株数」を公表して、証券取引所を介さずに株主から直接株式を買い集める手法です 。企業の合併・買収(M&A)において重要な役割を果たします。  

「プレミアム」価格の秘密

TOBが発表されると、多くの株主が注目するのはその「買付価格」です。通常、その時点の市場株価よりも大幅に高い価格が提示されます。この上乗せ分は「プレミアム」と呼ばれ、株主が株式を売却する大きな動機となります 。  

では、なぜ買い手は市場価格より高いお金を払ってまで株式を買い集めようとするのでしょうか。会計士の視点から見ると、そこには合理的な理由が存在します。

  1. シナジー効果(相乗効果): 買い手企業は、2つの会社が統合することで、コスト削減や販路拡大など、「1+1」が2以上になる価値が生まれると期待しています。この将来生み出される価値の一部を、プレミアムとして現在の株主に還元しているのです 。  
  2. 無形資産の評価: 買収される企業には、貸借対照表には表れない価値、例えば強力なブランド力、独自の技術、優秀な人材といった「無形資産」が存在します。買い手は、こうした目に見えない価値を高く評価し、その対価をプレミアムに含めています 。  
  3. コントロールプレミアム: 会社の経営をコントロールできる権利(経営支配権)そのものに価値があります。過半数の株式を取得することで、経営方針を決定できるようになるため、その支配権を得るための対価としてプレミアムが支払われるのです 。  

このプレミアムは、一般的に発表前の株価に対して20%から50%程度上乗せされることが多いですが、案件によって大きく異なります 。  

友好的TOBと敵対的TOB:舞台裏のドラマ

TOBには、買収される会社の経営陣の賛同を得て行われる「友好的TOB」と、経営陣の反対を押し切って行われる「敵対的TOB」の2種類があります。日本では友好的TOBが大多数を占めますが 、敵対的TOBの場合は、その後の展開が不透明になることもあります 。  

投資家の岐路:3つの選択肢を徹底解剖

さて、ここからが本題です。TOBが発表されたとき、あなたには大きく分けて3つの選択肢があります。それぞれのメリット・デメリットを詳しく見ていきましょう。

選択肢1:「応募する」(TOBに参加して売却する)

これは、買い手企業が提示したTOB価格で、保有する株式を買い取ってもらう手続きをすることです。

メリット

  • 高い価格での売却: プレミアムが上乗せされた、市場価格より高い価格で株式を売却できます 。  
  • 手数料が原則無料: TOBへの応募に際して、証券会社への売買手数料はかからないのが一般的です。これは市場で売却する場合と比べて直接的なコスト削減になります 。  

デメリットとリスク

  • 現金化までに時間がかかる: すぐにお金を受け取れるわけではありません。代金は、TOB期間(通常20~60営業日)が無事に終了した後に支払われます 。  
  • TOB不成立のリスク: 買い手が目標とする株数を集められなかった場合、TOBは不成立となります。その場合、応募した株式は手元に戻ってきますが、株価はTOB発表前の水準、あるいはそれ以下に下落する可能性があります 。  
  • 按分比例のリスク: 買い手の買付予定株数に対して、応募された株数が上回った場合(人気で応募が殺到した場合)、応募した株式の一部しか買い取ってもらえないことがあります。これを「按分比例(あんぶんひれい)」と言います 。  

特に注意したいのが、この按分比例のリスクです。例えば、買い手が100万株を買い付ける予定のところに、株主から合計200万株の応募があったとします。この場合、買い手は各株主の応募株数に対して50%ずつしか買い付けません。あなたが100株を応募していたら、50株はTOB価格で売却できますが、残りの50株は手元に戻ってきてしまいます。売るつもりだった株式が手元に残り、不透明な株価に直面することになるのです 。  

選択肢2:「市場で売却する」

TOBのニュースを受けて上昇した株価を見て、通常の株式取引と同じように証券取引所で売却する方法です。

メリット

  • 迅速さと確実性: 約定すれば数営業日後には現金化できます。TOBが成立するかどうかを心配する必要もありません 。  
  • 自由なタイミング: 上場している限り、いつでも自分の判断で売却できます。

デメリットとリスク

  • 売買手数料がかかる: 通常の株式取引と同様に、証券会社に手数料を支払う必要があります 。  
  • 価格が若干低い: TOBが発表されると、市場での株価はTOB価格に近づきますが、通常はTOB価格より「少しだけ低い」水準で推移します 。  

なぜTOB価格と市場価格に少し差が生まれるのでしょうか。この差は、市場が2つの要素を価格に織り込んでいるからです。1つは「TOBが不成立になるかもしれない」というわずかなリスク。もう1つは「今すぐ現金化できる価値(お金の時間的価値)」です。市場で売却する投資家は、この小さな価格差を支払うことで、確実性と即時性を手に入れていると言えます。

選択肢3:「保有し続ける」

TOBに応募もせず、市場での売却もせず、そのまま株式を持ち続ける選択です。

メリット

  • 将来の成長への期待(高リスク): もしTOBが不成立に終わり、かつその会社の将来性に強く期待している場合、長期的な株価上昇の恩恵を受けられる可能性は残ります。ただし、これは非常に投機的でリスクの高い選択です 。  
  • 株主権利の継続: TOB後も上場が維持される場合(完全子会社化が目的でない場合など)、配当や株主優待などの権利を引き続き享受できます 。  

デメリットと致命的なリスク

  • 上場廃止: TOBが成功し、買い手が完全子会社化を目指している場合、その会社は上場廃止になるのが一般的です。上場廃止になると、証券取引所で自由に株を売買できなくなり、資産としての流動性(換金しやすさ)が著しく低下します 。  
  • スクイーズアウト(強制買取): 上場廃止後、新たな支配株主は、残った少数株主の株式を強制的に買い取ることができます。これを「スクイーズアウト」と呼びます 。価格はTOB価格と同額になることが多いですが、株主側に売るか売らないかの選択肢はありません。  

ここで会計士として、特に警告したいのが「スクイーズアウトの税務上の罠」です。スクイーズアウトによる強制買取は、証券取引所を通じた取引ではなく、相対取引(当事者間の取引)と見なされます。これには重大な税務上の注意点があります。もしこの取引で損失が出た場合、他の上場株式の売却で得た利益と損益通算することができません 。また、利益が出た場合は、特定口座で自動的に源泉徴収されるわけではないため、ご自身で確定申告を行う必要があります 。これは知識がないと陥りやすい、非常に大きな落とし穴です。  

3つの選択肢の比較まとめ

複雑な内容を整理するために、下の表にまとめました。ご自身の判断の参考にしてください。

比較項目① TOBに応募する② 市場で売却する③ 保有し続ける
売却価格プレミアム付きのTOB価格TOB価格に近い市場価格不確定、最終的にはTOB価格相当の可能性
確実性TOB成立が条件高い低い(売却は自分の意思ではない)
現金化の速さ遅い(TOB期間終了後)速い非常に遅い(スクイーズアウト後)
手数料原則無料有料-
最大のリスクTOB不成立、按分比例TOB価格より若干低い価格上場廃止、流動性喪失、不利な税務処理

会計士の視点:投資家を守るための法的ルール

TOBは、買い手が一方的に有利にならないよう、法律で厳格にルールが定められています。その目的は、あなたのような個人投資家を保護し、公正・公平な機会を確保することにあります 。  

その中心となるのが「金融商品取引法」です。この法律は、力を持つ買い手が秘密裏に会社を乗っ取ることを防ぎ、すべての株主が平等に情報を得られるようにするためのものです。

特に重要なのが「3分の1ルール」です。これは、ある会社の株式を買い集めた結果、所有割合が3分の1を超える場合には、原則としてTOB(株式公開買付)という透明性の高い方法を使わなければならない、という決まりです(金融商品取引法 第27条の2第1項) 。  

なぜ「3分の1」なのでしょうか。議決権の3分の1超を保有すると、株主総会で会社の合併や定款変更といった重要な議案を単独で否決できる力(特別決議の否決権)を持つことになります。法律は、この大きな権力構造の変化が起きる前に、他のすべての株主に対して、プレミアム付きの価格で株式を売却できる公平な機会を与えるべきだと考えているのです。

投資家は、買い手が提出する「公開買付開始公告」や、TOB対象企業が賛成か反対かの意見を表明する「意見表明報告書」といった公式な書類を通じて、正確な情報を得ることができます 。  

実践ガイド:TOBに応募する具体的な手続き

もし「選択肢1:応募する」を選んだ場合、以下のステップで手続きを進めます。

  1. 公開買付代理人を確認する: TOBの発表資料には、手続きの窓口となる「公開買付代理人」の証券会社名が記載されています。応募は、この指定された証券会社でしかできません 。  
  2. 口座を開設する(必要な場合): もし代理人証券会社に口座を持っていない場合は、まず口座を開設する必要があります。これには日数がかかるため、迅速に行動しましょう 。  
  3. 株式を移管する: 現在あなたが株を預けている証券会社から、代理人証券会社の口座へ、対象の株式を移す「株式移管」の手続きを依頼します。この手続きにも数日~1週間以上かかることがあります 。  
  4. 応募申込を行う: 株式の移管が完了したら、代理人証券会社のウェブサイトや郵送などで、正式にTOBへの応募申込を行います 。  

ここで最も重要なのは「時間」です。口座開設から株式移管、そして応募申込まで、すべての手続きをTOBの期間内に完了させる必要があります。特に株式移管は時間がかかるため、「応募しよう」と決めたら、その日のうちに手続きを開始するくらいの心構えが大切です 。  

ケーススタディ:ニデックによるTAKISAWAへのTOB(2023年)

理論を現実の事例に当てはめてみましょう。2023年、大手モーターメーカーのニデックが、工作機械メーカーのTAKISAWAに対してTOBを実施しました 。  

このTOBは、当初TAKISAWAの合意なく開始されたため「同意なき買収(敵対的買収に近い形)」として始まりました 。ニデックは1株あたり2,600円という、発表前の株価を大幅に上回る価格を提示しました 。  

会計士の視点で見ると、当時のTAKISAWAは典型的な買収ターゲットでした。業績が伸び悩んでおり、株価が1株あたり純資産を下回る状態(PBR1倍割れ)で取引されていたため、市場がその資産価値を十分に評価していないと判断できたからです 。ニデックは、その割安な資産を取得し、自社の経営手法で企業価値を向上させる好機と見たのです。  

最終的に、TAKISAWAの経営陣は検討の末、このTOBに賛同することを表明し、株主に応募を推奨しました。TOBは成功し、ニデックはTAKISAWAを完全子会社化する方針を示しました。これは、今後、上場廃止と残った株主に対するスクイーズアウトが行われることを意味します 。この事例は、同意なき買収の開始、高いプレミアムの力、そして最終的な完全子会社化への道筋という、TOBの一連の流れを非常によく示しています。  

結論:あなたの資産のために、情報に基づいた判断を

最後に、3つの選択肢の要点をもう一度振り返ります。

  • TOBに応募する: 最も高い価格が期待できるが、不成立や按分比例のリスク、現金化までの時間といった条件が伴う。
  • 市場で売却する: 価格は少し劣るが、確実性とスピードを重視する場合の選択肢。
  • 保有し続ける: 基本的には避けるべき選択肢。上場廃止による流動性の喪失や、不利な税務処理といった極めて大きなリスクがある。

どの選択が唯一の「正解」ということはありません。あなたの投資目的、リスク許容度、そしてそのTOB案件に対するあなた自身の考え方によって、最適な答えは変わります。公式の発表資料をよく読み、この記事で解説したメリット・デメリットを天秤にかけ、冷静に、そして情報に基づいてご自身の判断を下してください。

TOBを経験することは、コーポレートファイナンスと株式投資のダイナミズムを肌で感じる、またとない学びの機会です。このプロセスを理解することで、あなたはより賢く、力強い投資家へと成長していくことでしょう。

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