1.会計・税務

役員報酬はこう決める!節税と経営者のモチベーションを最大化する税務戦略

はじめに:単なる経費ではない、役員報酬の戦略的役割

経営者の皆様は、ご自身の役員報酬の決め方について、「会社の、そして自分個人の手元に、もっと効率的にお金を残す方法があるのではないか」と考えたことはありませんか。役員報酬の設計は、単に経費を支払うという会計上の一処理ではありません。それは、会社の税負担をコントロールし、経営者個人の資産形成を左右し、そして何よりも事業成長への意欲を掻き立てる、極めて強力な経営戦略ツールなのです。

しかし、その戦略的な重要性とは裏腹に、役員報酬には従業員の給与とは全く異なる、厳格な税務上のルールが設けられています。このルールを知らずに報酬を決めてしまうと、本来は会社の経費として認められるはずの支出が認められず、結果として多額の法人税を支払うことになりかねません。

本稿では、役員報酬をめぐる税務の基本原則から、より高度な最適化戦略までを、経営者や実務担当者の皆様に分かりやすく解説します。損金として認められるための「3つの黄金律」、税務調査で否認されないための「妥当な金額」の考え方、会社と個人双方の手取り額を最大化するシミュレーション、そして税制上有利な退職金準備まで。このガイドが、皆様の会社にとって、コンプライアンスを遵守し、税務上効率的で、かつ経営者の皆様のモチベーションを最大限に高める報酬プランを設計するための一助となれば幸いです。

第1章 役員報酬を「損金」にするための3つの黄金律

役員報酬を考える上での最初の、そして最も重要な関門は、その支払いを税務上の経費、すなわち「損金」として法人税の計算上、費用として認めてもらうことです。従業員の給与が原則として全額損金になるのとは対照的に、役員報酬は、税法上、原則として「損金不算入」、つまり利益の分配とみなされ、経費として認められません 。これは、経営者が意図的に役員報酬を操作して、法人税を不当に免れることを防ぐための基本的な考え方です。  

しかし、それでは会社の経営を担う役員への正当な対価を支払うことができません。そこで、税法は特定の要件を満たす場合に限り、例外的に役員報酬を損金として認める3つの「扉」を用意しています 。これら3つのいずれかの形態に該当しない役員への支払いは、原則として損金にはなりません。  

  1. 定期同額給与:安定した月々の報酬
  2. 事前確定届出給与:事前に届け出た賞与(ボーナス)
  3. 業績連動給与:会社の業績に連動する報酬

これらのルールは、法人税法第34条に定められており、役員報酬の損金算入を考える上での絶対的な出発点となります 。  

ここで理解すべき重要な点は、これら3つの選択肢が、特に中小企業の経営者にとって同列ではないということです。実務上、これらは明確な階層構造と戦略的な役割分担を持っています。

  • 「定期同額給与」は、役員報酬の根幹をなす最も基本的で一般的な形態です 。  
  • 一方で「業績連動給与」は、非同族会社であることや有価証券報告書での開示が求められるなど、要件が非常に厳しく、株式を公開していない多くの中小企業にとっては、現実的な選択肢とは言えません 。  
  • その結果、中小企業の役員報酬戦略は、実質的に「定期同額給与」という安定した土台の上に、戦略的な選択肢として「事前確定届出給与」をどう活用するか、という2つのツールで組み立てられることになります。本稿も、この実務的な現実に即して解説を進めていきます。

第2章 中小企業の礎:「定期同額給与」をマスターする

「定期同額給与」とは、その名の通り、「その支給時期が1か月以下の一定の期間ごとであり、かつ、その事業年度の各支給時期における支給額が同額である給与」を指します 。簡単に言えば、毎月決まった日に、決まった金額が支払われる役員の「月給」です。この「毎月同額」という安定性が、損金として認められるための鍵となります。  

極めて重要な「事業年度開始から3か月」ルール

定期同額給与を運用する上で、経営者が絶対に守らなければならないのが、報酬額を変更できるタイミングのルールです。原則として、役員報酬の月額を変更できるのは、事業年度開始の日から3か月以内に開催される株主総会などの決議による場合に限られます 。  

【具体例で理解する】

  • 適正なケース: 3月決算の会社(事業年度:4月1日~翌年3月31日)が、6月20日の定時株主総会で、A取締役の月額報酬を80万円から100万円に増額することを決議したとします。この場合、3か月ルール(6月30日まで)の期間内に適正な手続きで改定されているため、4月と5月の支給額は80万円、6月から翌年3月までの支給額は100万円となり、その全額が損金として認められます。改定前と改定後で、それぞれの期間内において金額が「同額」であるため、定期同額給与の要件を満たすのです 。  
  • 否認されるケースと、その厳しいペナルティ: 同じ会社が、業績が好調だったため8月10日に臨時株主総会を開き、A取締役の報酬を100万円に増額したとします。この場合、3か月ルールを過ぎてからの増額となるため、増額分である20万円(100万円 - 80万円)は、8月以降の支給分について損金として認められません 。   さらに注意が必要なのは、期中に報酬を減額した場合です。正当な理由なく期中に報酬を減額すると、その事業年度を通じて、減額後の低い金額までしか損金として認められなくなる可能性があります 。これは非常に厳しいペナルティであり、安易な報酬変更がいかに危険かを示しています。  

例外的に期中の変更が認められるケース

原則として期中の変更は認められませんが、ごく例外的に、やむを得ない事情がある場合には変更が認められることがあります。

  • 役員の職制上の地位の変更など:取締役が代表取締役に昇格するなど、役員の地位や職務内容に重大な変更があった場合 。  
  • 経営状況の著しい悪化:倒産の危機に瀕するなど、会社の経営状態が著しく悪化し、役員報酬を減額せざるを得ない場合 。  

ただし、これらの例外が適用されるハードルは非常に高いと認識しておくべきです。基本は「期中の報酬額は変えられない」と心得て、事業年度開始時に慎重な計画を立てることが肝要です。

第3章 戦略的な賞与の活用:「事前確定届出給与」

定期同額給与が安定した月給であるのに対し、役員に対して税務上の経費として認められる形で賞与(ボーナス)を支給したい場合に用いるのが、「事前確定届出給与」です。これは、役員の功績に報いるための賞与を損金算入するための、唯一の方法と言えます 。  

しかし、この制度を利用するためには、税務署に対して「いつ、誰に、いくら支払うか」を事前に届け出るという、極めて厳格な手続きが求められます。この手続きを一つでも誤ると、支給した賞与の全額が損金不算入となるため、細心の注意が必要です。

失敗が許されない手続きのステップ

  1. 株主総会での決議: まず、株主総会等において、支給する役員の氏名、具体的な支給額、そして支給日を確定させる決議を行う必要があります 。議事録には、これらの情報を明確に記載し、保管しておくことが不可欠です。  
  2. 税務署への届出: 次に、「事前確定届出給与に関する届出書」という書類を作成し、所轄の税務署に提出します。この提出期限が非常に重要で、以下のいずれか早い日が期限となります 。
    • 上記1.の株主総会決議の日から1か月を経過する日
    • その事業年度開始の日から4か月を経過する日
  3. 届出通りの厳格な支払い: 最後に、届け出た内容と一円たりとも違わない金額を、届け出た一日たりとも違わない日付に支払わなければなりません。もし、会社の業績が予想より良かったからと1円でも多く支払ったり、資金繰りの都合で支払日を1日ずらしたりしただけで、その賞与の全額が損金として認められなくなってしまいます 。  

実務上の特例

手続きの厳格さを補うため、いくつかの実務的な特例も設けられています。

  • 新設法人の場合:会社を設立したばかりの法人は、設立の日から2か月以内が届出期限となります 。  
  • 期限が休日の場合:届出期限が土日・祝日にあたる場合は、その翌営業日が期限となります 。  

この制度は、計画的に利益を役員に還元し、法人税の負担を軽減するための強力なツールですが、その利用には絶対的な手続きの遵守が求められることを肝に銘じてください。

第4章 「業績連動給与」についての補足

役員報酬の損金算入が認められる3つ目の形態として、「業績連動給与」があります。これは、会社の利益や株価といった客観的な業績指標に連動して報酬額が算定されるもので、役員のインセンティブと株主の利益を一致させることを目的としています 。  

しかし、この制度は、その適用対象が極めて限定的であり、大多数の中小企業にとっては現実的な選択肢ではないという点を明確に理解しておく必要があります 。  

その理由は、損金算入が認められるための要件が非常に厳しいためです 。  

  • 非同族会社であること:経営者一族で株式の大部分を保有しているような、いわゆる「同族会社」は対象外です。多くの中小企業はこの要件を満たせません。
  • 有価証券報告書での開示:報酬の算定方法などを、上場企業が提出する有価証券報告書で開示する必要があります。株式を公開していない非上場企業は、この要件を満たすことができません。

結論として、この章の目的は、経営者の皆様がこの複雑で適用可能性の低い制度に時間を費やすことを避け、実務上重要な「定期同額給与」と「事前確定届出給与」の2つに集中していただくことにあります。

第5章 「高すぎる」の罠:税務署に否認されない「相当な」報酬額とは

ここまで、役員報酬を損金にするための手続き的なルール(形式)について解説してきました。しかし、たとえ「定期同額給与」や「事前確定届出給与」のルールを完璧に守ったとしても、安心はできません。税務調査において、その報酬額自体が「不相当に高額」であると判断された場合、高すぎるとみなされた部分は損金として認められないのです 。  

では、何をもって「相当」あるいは「不相当に高額」と判断されるのでしょうか。税務当局は、主に以下の2つの基準で評価します 。  

  1. 形式基準: これは、役員報酬の支払いが、定款の規定や株主総会の決議で定められた支給限度額の範囲内で行われているか、という客観的な基準です。例えば、株主総会で「取締役の報酬総額は年間5,000万円を上限とする」と決議されているにもかかわらず、6,000万円を支払っていれば、超過分の1,000万円は形式基準の時点で否認されます。これは、適正なコーポレート・ガバナンスが機能しているかどうかのチェックです 。  
  2. 実質基準: こちらがより判断が難しく、税務調査で論点となりやすい基準です。報酬額が、その役員の実態に見合っているかを総合的に判断します。具体的には、以下のような要素が考慮されます 。
    • 役員の職務内容:その役員が具体的にどのような業務を担い、会社の収益にどれだけ貢献しているか。
    • 会社の収益状況:会社の売上や利益が減少しているにもかかわらず、役員報酬だけを増額しているようなケースは、不相当と判断される典型例です 。  
    • 他の従業員への給与支給状況:従業員の給与水準とかけ離れた、突出して高額な報酬は問題視される可能性があります。
    • 同業他社の役員報酬水準:事業内容や企業規模が類似する他の会社が、役員にいくら支払っているか。これが最も重要な比較対象となります。

この実質基準の主観的な性質を考えると、役員報酬の設定は、単に一つの「正解」の金額を見つける作業ではありません。むしろ、将来の税務調査を想定し、「なぜこの金額が妥当なのか」を論理的かつ客観的な証拠に基づいて説明できる「防御可能な物語」を事前に構築しておく作業と言えます。

その物語を構築する上で最も強力な武器となるのが、税務当局自身が公表している統計データです。国税庁が毎年発表する「民間給与実態統計調査」は、企業の資本金規模別の平均役員給与という、客観的で権威のあるベンチマークを提供してくれます。このデータを参考に報酬額を決定し、そのプロセスを議事録などに記録しておくことで、「我々は客観的なデータに基づき、妥当な報酬額を決定した」という強力な主張が可能になります。

表1:資本金規模別の平均役員給与(令和5年分)
資本金の額
2,000万円未満
2,000万円以上5,000万円未満
5,000万円以上1億円未満
1億円以上10億円未満
出典:国税庁「民間給与実態統計調査」  

この表は、「同業他社との比較」という抽象的な概念を、具体的で信頼性の高い数値に落とし込むための貴重な羅針盤となります。自社の報酬水準を検討する際の、客観的な出発点としてご活用ください。

第6章 究極の最適化:会社と個人の「総手残り額」を最大化する

これまでの議論は、いかにして役員報酬を会社の損金にするか、という法人税の観点が中心でした。しかし、経営戦略としての役員報酬設計の最終目標は、法人税の最小化だけではありません。真のゴールは、会社に残るお金と、経営者個人が手にするお金の合計額、すなわち「総手残りキャッシュ」を最大化することにあります。

そのためには、3つの要素の複雑な相互作用を理解し、シミュレーションする必要があります 。  

  1. 法人税:役員報酬を増やす → 会社の利益が減る → 法人税が減る
  2. 所得税・住民税:役員報酬を増やす → 個人の所得が増える → 累進課税により個人の税金が増える
  3. 社会保険料:役員報酬を増やす → 標準報酬月額が上がる → 会社と個人双方が負担する社会保険料が増える

単純に法人税を減らす目的で役員報酬を高く設定すると、個人の所得税や社会保険料の負担がそれを上回るほど急増し、結果として「総手残りキャッシュ」が減ってしまう、という現象がしばしば起こります。最適な役員報酬額は、これらの要素が絶妙に均衡する「スイートスポット」に存在するのです。

そして、利益水準の高い中小企業がこのスイートスポットを見つける上で、極めて強力な、しかし一見すると分かりにくい戦略が存在します。それは、月々の「定期同額給与」を比較的低めに抑え、年間の報酬総額の大部分を「事前確定届出給与」による賞与として一括で支給するという方法です。

この戦略がなぜ有効なのか。それは、社会保険料の計算方法の特性を利用しているからです。

  • 月給にかかる社会保険料(健康保険・厚生年金)は、報酬額が上がるにつれて保険料も上昇し、その上限は非常に高く設定されています。
  • 一方、賞与にかかる社会保険料には、比較的低い上限額が設けられています(例えば、厚生年金保険料は1回の支給につき150万円が上限)。  

この仕組みの違いが、大きな節税効果を生み出します。例えば、年収2,000万円をすべて月給(約167万円/月)で受け取る場合、その全額が社会保険料の計算対象となります。しかし、これを月給50万円(年600万円)と賞与1,400万円に分けた場合、賞与の1,400万円のうち社会保険料の計算対象となるのは上限額までであり、それを超える部分には社会保険料がかかりません。

この「社会保険料上限の活用」により、会社と個人の社会保険料負担を合法的に大幅に削減し、「総手残りキャッシュ」を劇的に増やすことが可能になるのです。この戦略は高度な知識を要するため、顧問税理士などの専門家と相談の上、シミュレーションツールなどを活用して、自社にとっての最適な給与と賞与のバランスを見つけることを強くお勧めします 。  

第7章 未来への計画:役員退職金の戦略的価値

役員報酬の設計は、現在だけでなく、経営者が勇退する未来も見据えて行うべきです。役員退職金は、長年の功労に報いるための重要な制度であると同時に、極めて税制上有利な形で会社の資金を個人に移転するための、最後の、そして最大の切り札となります。

「相当な」退職金額の算定:功績倍率法

役員退職金も、不相当に高額な部分は損金として認められません。税務上、一般的かつ妥当な算定方法として広く認められているのが「功績倍率法」です 。  

計算式: 最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率  

この計算式における「功績倍率」は、役職に応じて設定され、過去の判例などから、一般的に以下の水準が妥当とされています 。  

  • 代表取締役(社長):3.0倍程度
  • 専務取締役:2.4倍程度
  • 常務取締役:2.2倍程度
  • 平取締役:1.8倍程度
  • 監査役:1.6倍程度

例えば、最終報酬月額が100万円の社長が30年間在任した場合、功績倍率を3.0倍とすると、100万円 × 30年 × 3.0 = 9,000万円 が、損金算入が認められる退職金の目安となります。

個人にとっての絶大な税制優遇:退職所得控除

役員退職金の真の力は、会社側での損金算入に加えて、受け取る個人側の税負担が極めて軽い点にあります。退職金は給与所得とは全く異なる「退職所得」として扱われ、手厚い税制優遇が受けられます。

その計算方法は以下の通りです 。  

  1. まず、勤続年数に応じて非常に大きな「退職所得控除額」を計算します。
    • 勤続20年以下の場合: 40万円×勤続年数
    • 勤続20年超の場合: 800万円+70万円×(勤続年数−20年)
  2. 次に、課税対象となる金額(課税退職所得金額)を計算します。
    • 課税退職所得金額 = (退職金額−退職所得控除額)×21​

この「2分の1課税」と、その前の大きな控除額の組み合わせにより、退職金にかかる実効税率は、同額を給与や賞与で受け取る場合に比べて劇的に低くなります。これは、経営者が生涯をかけて築き上げた会社の価値を、引退時に最も効率的に受け取るための、まさに「黄金の出口戦略」と言えるでしょう。

結論:慎重な計画を要する戦略的意思決定

役員報酬の決定は、会社の財務と経営者個人の人生設計に深く関わる、重要な戦略的意思決定です。本稿で解説したポイントを、改めて以下に要約します。

  1. 規律が鍵:「定期同額給与」と「事前確定届出給与」の厳格な手続きルールを遵守することは、交渉の余地のない絶対条件です。
  2. 金額の正当化:報酬額を感覚で決めるのではなく、国税庁の統計データなどの客観的ベンチマークや役員の功績記録を用いて、その金額が「相当」であることを説明できる準備をしておくことが重要です。
  3. 全体最適の視点:法人税、個人の所得税・住民税、そして社会保険料という3つの要素を総合的に捉え、会社と個人の「総手残りキャッシュ」を最大化する視点を持つことが、真の最適化につながります。
  4. 長期的な計画:税制上有利な役員退職金制度を計画的に準備することは、経営者自身の未来を守るための強力なツールとなります。

役員報酬の設計は、税法の深い理解と、個々の会社の財務状況や経営者のライフプランに合わせた緻密な計算が求められる専門的な領域です。本稿がその戦略的な枠組みをご提供するものであったとしても、最終的なプランニングは、必ず顧問税理士などの専門家にご相談ください。専門家との連携こそが、皆様の会社とご自身の未来にとって、最良の成果をもたらすことを確信しております。

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