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株式上場(IPO)の実務(19) IPO監査、その“やり取り”が成否を分ける。監査法人と良好な関係を築くための「5つの鉄則」

上場準備において、監査法人との関係がこじれるケースは少なくありません。しかし、その原因の多くは、会計処理の是非以前の、コミュニケーションや準備の作法にあります。監査対応の巧拙そのものが、実はあなたの会社の「管理能力の成熟度」を示す指標として見られているのです。

大前提:監査法人の「使命」と「権限」を理解する

まず、全ての鉄則の土台となる大前提から。監査法人は、あなたの会社のビジネスパートナーである以前に、資本市場全体の「番人」です。彼らは、未来の投資家全員に対し、貴社の財務情報が適正であることを保証する、という重い法的責任を負っています。

その責任を果たすため、監査法人は法律によって極めて強い調査権限を与えられています。例えば、会社法では会計監査人に子会社の財産状況を調査する権限などが認められており(会社法第394条)、彼らの調査を拒むことはできません。

この「彼らは、法律に基づいて、市場のために仕事をしている」という大前提を理解することが、全てのコミュニケーションの出発点となります。

監査を乗り切るための「5つの鉄則」

この前提を踏まえ、監査を円滑に進め、良好な関係を築くための5つの鉄則をご紹介します。

鉄則1:窓口を一本化し、司令塔を明確にする

監査法人からの質問や資料依頼に対し、経理、営業、法務など、各部門がバラバラに対応していませんか?これは、情報に食い違いを生じさせ、混乱を招く最悪のパターンです。

必ず、社内の窓口をCFOや上場準備責任者に一本化してください。監査法人からのすべての依頼はこの「司令塔」が受け止め、社内の担当者に正確に指示を出す。そして、各部門から上がってきた回答や資料は、必ずこの司令塔が内容を確認してから監査法人に提出する。この体制を構築するだけで、コミュニケーションの質と効率は劇的に向上します。

鉄則2:資料提出は「スピード」と「正確性」を両立させる

監査の現場では、日々、膨大な量の資料提出が求められます。ここで重要なのは、「スピード」と「正確性」のバランスです。

  • スピード: 提出が遅れれば、その分監査スケジュールが遅延し、IPO全体の遅れに繋がりかねません。依頼された資料は、迅速に提出することを常に心がけてください。
  • 正確性: しかし、急ぐあまり、間違った数字や内容の資料を提出するのは論外です。それは、さらなる質問や再提出依頼を生み、結果として信頼を損ない、時間を浪費します。

依頼された資料の一覧表を作成し、提出期限、社内担当者、進捗状況を管理することを強くお勧めします。もし期限に間に合いそうになければ、正直にその旨を伝え、いつまでに提出可能か相談しましょう。無言で遅れるのが最も信頼を損ないます。

鉄則3:論点は「事実」「会計基準」「背景」をセットで説明する

複雑な会計処理や、イレギュラーな取引について質問された際、ただ漠然と答えてはいけません。以下の3点をセットにして説明する準備を、常に心がけてください。

  1. 事実(Fact): この取引は、いつ、誰と、どのような内容で、いくらで行われたのか。
  2. 会計基準(Rule): この事実に対し、会計基準のどの条文を、どのように適用したのか。
  3. 事業的背景(Business Context): なぜ、そもそもこの取引を行う必要があったのか。その事業上の合理性は何か。

この3点セットで説明することで、「この会社は、事業上の必要性を理解した上で、会計ルールに則って論理的に処理を行っている」という、極めて高い評価と信頼を得ることができます。

鉄則4:懸念事項は「隠さず、早く」相談する

過去の会計処理の誤りや、グレーゾーンの取引が見つかった場合、最もやってはいけないのが「隠蔽」です。彼らは間違いなく、それを見つけ出します。そして、それが監査の最終盤で見つかった時、その影響は計り知れません。

社内で懸念事項が見つかったら、直ちに、正直に、監査法人に相談してください。「実は過去にこのような処理がありましたが、本来はどう処理すべきか、ご指導いただけますでしょうか」と。この姿勢は、あなたの会社の誠実さと透明性を示す最高の機会となり、監査法人を「敵」ではなく、問題を共に解決する「パートナー」に変えます。

鉄則5:「人」として、敬意と感謝を忘れない

これは、テクニック以前の、最も重要な心構えかもしれません。

監査チームのメンバーも、人間です。彼らは厳しいスケジュールの中、大変なプレッシャーの下で仕事をしています。彼らに対して、きちんと挨拶をする。作業スペースを確保し、お茶を一杯出す。名前を覚えて、感謝の言葉を伝える。

こうした、人としての当たり前の敬意と感謝の姿勢は、必ず相手に伝わります。良好な人間関係は、無用な対立を避け、円滑なコミュニケーションの土台となります。厳しい仕事だからこそ、プロフェッショナルとしての敬意を忘れないでください。

最後に

結局のところ、IPO監査を円滑に進める秘訣は、「プロフェッショナルとしての姿勢」に尽きます。

監査法人の権限と使命を理解し、敬意を払い、誠実かつ論理的な対話を心がける。その姿勢そのものが、「この会社は、上場企業たるにふさわしい成熟した管理体制を持っている」という、何よりの証明となるのです。

監査対応は、あなたの会社の組織力が試される重要な局面です。ぜひ、この5つの鉄則を実践し、厳しい監査を乗り越え、市場から信頼される企業への扉を開いてください。

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