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株式上場(IPO)の実務(20) IPO準備の「N-2期」は“会計の大改修”期間。会計方針の変更を先送りしてはいけない理由

IPO準備のカレンダーにおいて、「N-2期」(申請事業年度の2期前)ほど、後々の成否を左右する重要な年はありません。特に会計面において、この年は「会計方針の大改修」を行う、事実上の最後のチャンスとなります。

多くの経営者は、申請期(N-1期)が最も多忙だと考えがちですが、会計監査の世界では、N-2期こそが、後のプロセス全体を円滑に進めるための「基礎工事」の期間と位置づけられています。

なぜ、このN-2期がそれほどまでに重要なのか。そして、具体的にどのような「改修」が必要となるのか。今回は、この極めて重要なテーマについて、その理由と実務を詳しく解説します。

「比較可能性の原則」とN-2期というタイムリミット

上場企業は、投資家が企業の業績推移を正しく理解できるよう、当期の財務諸表と前期の財務諸表を並べて表示(比較情報)することが義務付けられています。これは、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」(以下、財務諸表等規則)にも明確に定められています(財務諸表等規則第3条)。

ここで重要なのは、比較される2つの期間(N-2期とN-1期)の財務諸表は、「同じモノサシ」で測られていなければならないという会計の大原則です。この「モノサシ」こそが、「会計方針」に他なりません。

もし、N-1期になってから会計方針を変更すると、N-2期の数字を新しい方針で再計算する必要が生じ、監査の現場は大変な混乱に陥ります。だからこそ、N-1期とN-2期の2期間を貫く会計方針を、N-2期の期首まで、遅くとも期中のできるだけ早い段階で確定させる必要があるのです。N-2期は、まさにそのタイムリミットと言えます。

N-2期で「大改修」が必要となる主な会計方針

では、非公開会社が上場を目指すにあたり、具体的にどのような会計方針を見直す必要があるのでしょうか。典型的な例をいくつか挙げます。

① 固定資産の減価償却方法

  • よくある変更: 税法上のメリットが大きい「定率法」から、資産の経済的な実態をより反映しやすい「定額法」への変更。
  • 理由: 定額法は、毎期の費用が安定するため、利益の期間比較がしやすくなり、投資家にとって分かりやすい財務情報となるためです。

② 棚卸資産の評価方法

  • よくある変更: 煩雑なため採用を見送りがちだった「低価法(簿価と時価を比べて、低い方を採用する)」の厳密な適用。
  • 理由: 在庫の陳腐化や滞留による価値の低下を、損失として速やかに財務諸表に反映させることは、会社の財政状態をより保守的かつ正確に示すために不可欠です。

③ 各種引当金の計上基準

  • よくある変更: 貸倒引当金、賞与引当金、製品保証引当金などについて、税法基準や「どんぶり勘定」ではなく、合理的な算定根拠に基づく計上基準を文書で確立。
  • 理由: 将来発生しうる費用や損失を、その原因が発生した期に正しく費用計上するためです。例えば賞与引当金であれば、夏の賞与のうち、前期の業績に帰属する部分を、前期の費用として計上する必要があります。

④ 収益認識基準

  • よくある変更: 「請求書発行時点」や「入金時点」といった社内ルールから、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)に定められた5つのステップに則った厳密な基準への変更。
  • 理由: 企業の最も重要な経営成績である「売上」を、いつ、いくらで計上するかというルールを、全社で統一し、客観的な基準で運用するためです。
会計方針変更の実務と影響:「遡及適用」という考え方

会計方針の変更は、取締役会での正式な決議を経て行われます。そして、その影響は非常に大きいものとなります。

会計方針の変更は、原則として、過去の財務諸表にもその新しい方針を適用していたかのように、財務諸表を修正(遡及適用)しなくてはなりません(企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」)。

これは実務上、何を意味するのでしょうか。例えば、N-2期の期首から減価償却方法を定率法から定額法に変更した場合、N-3期以前の全ての固定資産について、もし最初から定額法を採用していたらどうなっていたかを再計算し、N-2期の期首の利益剰余金や固定資産の金額を修正する必要があるのです。

この「遡及適用」の計算は非常に煩雑であり、経理部門に大きな負荷がかかります。だからこそ、監査法人と密に連携しながら、N-2期のできるだけ早い段階で着手する必要があるのです。

最後に

N-2期は、いわば“静かな嵐”です。表面上は通常の事業活動を行っている裏側で、経理・財務部門は、会社の会計の土台を根本から作り変えるという、極めて重要なミッションを遂行しています。この時期の奮闘が、N-1期以降の円滑な準備、ひいてはIPOの成否そのものを直接的に左右します。

経営者の皆様は、どうかこの「会計の大改修」の重要性を深くご理解いただき、経理部門に必要なリソースと支援を惜しまないでください。そして実務担当者の皆様は、監査法人をパートナーとして、この重要な一年を乗り切ってください。

強固な基礎の上にしか、高く、立派な建物は建ちません。N-2期は、未来の成長を支える盤石な財務基盤を築くための、またとない機会なのです。

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