はじめに:税金は難しい?いいえ、投資の心強い味方です
「株式投資を始めてみたいけれど、『税金』や『確定申告』と聞くと、なんだか難しそうで足がすくんでしまう…」
こんにちは、公認会計士の私が、そんなあなたの不安を解消するためにこの記事を書いています。多くの方が投資を始める際に感じる税金へのハードル。ですが、ご安心ください。実は、株式投資の税金の仕組みは、一度理解してしまえばとてもシンプルです。
この記事では、専門用語をできるだけ使わず、具体的な例を交えながら、株式投資の税金の基本を一つひとつ丁寧に解説していきます。読み終わる頃には、税金が「罰金」ではなく、むしろ賢く資産を増やすための「ルール」であり、心強い味方であると感じていただけるはずです。
利益が出たときにどうなるのか、もし損失が出てしまったらどうすればいいのか、そして面倒な手続きをどうすれば一番簡単になるのか。あなたの投資家デビューを、税金の面から全力でサポートします。
1. 基本のキ:利益は2種類、税率はたった1つ
株式投資で得られる利益には、大きく分けて2つの種類があります。しかし、嬉しいことに、どちらの利益にかかる税率も、上場株式であれば基本的には同じです。まずはこのシンプルなルールから覚えましょう。
利益の種類1:株を売って得た利益(譲渡益)
最もイメージしやすい利益が、株を安く買って高く売ることで得られる「譲渡益(じょうとえき)」です。キャピタルゲインとも呼ばれます。税金の計算対象となる利益は、以下の簡単な式で計算できます 。
売却価格−(取得価格+売却時の手数料など)=課税対象の利益
例えば、A社の株を10万円で購入し、後に13万円で売却したとします。その際、証券会社に支払った手数料が合計1,000円だった場合、課税対象となる利益は次のようになります。
130,000円−(100,000円+1,000円)=29,000円
この29,000円に対して税金がかかります。
利益の種類2:会社からもらえる利益の分配(配当金)
もう一つの利益が「配当金(はいとうきん)」です。これは、投資先の企業が事業で得た利益の一部を、株主であるあなたに分配してくれるものです 。年に1回か2回、保有している株数に応じて支払われるのが一般的で、これもあなたの所得として課税の対象となります。
覚えておきたい「魔法の数字」:20.315%
では、これらの利益にどれくらいの税金がかかるのでしょうか。答えは非常にシンプルで、上場株式の場合、利益に対して一律で合計20.315%です 。
この税率の内訳は以下の通りです。
- 所得税:15%
- 復興特別所得税:0.315%(所得税額15%の2.1%分です)
- 住民税:5%
給与所得のように収入が増えるほど税率が上がる「累進課税」とは異なり、株式投資の利益は他の所得とは分けて計算され(これを「申告分離課税」と呼びます)、利益の大きさにかかわらず常に一定の税率が適用されます 。この「わかりやすさ」は、国が多くの人に投資を始めてもらいやすいように、意図的に設計した制度なのです。投資家にとって税金の予測が立てやすい、非常にありがたい仕組みと言えるでしょう。
2. 「確定申告は必要?」答えは口座選びで決まります
「利益が出たら、必ず確定申告をしないといけないの?」これは非常によくある質問ですが、答えは「あなたが最初にどの証券口座を選ぶか」でほぼ決まります。確定申告の手間は、年末に考えるのではなく、投資を始める最初の口座開設の時点でコントロールできるのです。
証券口座の種類を、ゲームの難易度設定に例えてみましょう。「かんたん」「ふつう」「むずかしい」の3つのモードから選べます。
かんたんモード:特定口座(源泉徴収あり)
これは、投資初心者の方の99%におすすめする、最も手間のかからない口座です。
- 仕組み:あなたが株を売って利益を出すたびに、証券会社が自動で税金を計算し、利益から20.315%を天引き(源泉徴収)して、あなたに代わって国に納税まで済ませてくれます 。
- 確定申告:原則として、一切不要です 。あなたは税金のことを気にせず、投資に集中できます。まさに「おまかせ」モードです。
ふつうモード:特定口座(源泉徴収なし)
- 仕組み:証券会社が1年間のあなたの利益と損失をすべて計算し、「特定口座年間取引報告書」という成績表のような書類を作成してくれます。ただし、税金の天引き(源泉徴収)は行われません 。
- 確定申告:あなた自身が、証券会社から受け取った「年間取引報告書」を使って確定申告を行い、税金を納める必要があります 。
- どんな人が使うの?:自分で納税のタイミングを管理したい方や、年間の利益が少額に収まる見込みの方などが選択します。
むずかしいモード:一般口座
- 仕組み:すべての管理を自分で行う専門家向けの口座です。どの株をいくらで買い、いくらで売ったか、すべての取引記録(取引報告書)をもとに、あなた自身で損益を計算しなくてはなりません 。
- 確定申告:もちろん、自分で行う必要があります。
- どんな人が使うの?:未上場の株式を取引する方など、特殊なケースで利用されます。これから投資を始める方は、基本的にこの口座を選ぶ必要はありません。
この3つの違いを、一目でわかるように表にまとめました。
特徴 | 特定口座(源泉徴収あり)かんたんモード | 特定口座(源泉徴収なし)ふつうモード | 一般口座むずかしいモード |
損益を計算するのは? | 証券会社 | 証券会社 | あなた自身 |
税金を納めるのは? | 証券会社(自動) | あなた自身(確定申告で) | あなた自身(確定申告で) |
確定申告は必要? | 原則不要 | 必要(※利益が20万円超の場合) | 必要(※利益が20万円超の場合) |
こんな人におすすめ | 初心者・手間をかけたくない人 | 納税を自分で管理したい人 | 上級者・未上場株の取引がある人 |
※会社員など給与所得者の場合。この「20万円ルール」は次に解説します。
便利さの裏にある小さな注意点:「20万円ルール」
ここで一つ、知っておくと役立つ知識があります。会社員などの給与所得者の場合、給与以外の所得(株式投資の利益など)の合計が年間20万円以下であれば、所得税の確定申告は不要、というルールがあります 。
これを口座選びに当てはめてみましょう。もしあなたが「源泉徴収なし」の口座で年間の利益が15万円だった場合、確定申告が不要なので、この利益に対する所得税はかかりません。しかし、「源泉徴収あり」の口座を選んでいると、利益が出た瞬間に証券会社が自動で税金を天引きしてしまいます。そして、利益が20万円以下だったからといって、天引きされた税金を取り戻すことは原則できません 。
つまり、「かんたんモード」は非常に便利ですが、少額の利益に対しては、本来払わなくてもよい税金を納める可能性があるのです。これは、シンプルさとのトレードオフと言えます。「とにかく手間なく安心して投資をしたい」という方は「源泉徴収あり」が最適です。一方で、「年間の利益は20万円もいかないだろう」と考える方は、「源泉徴収なし」を選ぶことで、少しだけ税金を節約できる可能性があることも覚えておきましょう。
3. 損失を勝利に変える:2つの強力な節税術
投資に損失はつきものです。大切なのは、損失が出たときにがっかりして終わるのではなく、それを「税金上の資産」として活用することです。日本の税法には、投資家の損失を和らげるための2つの非常に強力な制度が用意されています。これらを使いこなすことで、損失を将来の税金の割引券に変えることができます。
節税術1:損益通算(そんえきつうさん)
これは、同じ年の中に発生した、上場株式などの利益と損失をすべて合算(相殺)して、課税対象となる利益を減らすことができる制度です 。
具体的な例: ある年に、あなたの取引が以下のようだったとします。
- A株の売却で 10万円の利益
- B株の売却で 3万円の損失
もし何もしなければ、10万円の利益に対して税金(100,000円×20.315%=20,315円)がかかります。 しかし、確定申告で「損益通算」を行うと、税金を計算する元となる利益は、100,000円−30,000円=70,000円 に圧縮されます。その結果、税金は70,000円×20.315%=14,220円 となり、約6,000円も節税できるのです。
さらに、株の売却による損失は、その年に受け取った配当金とも損益通算が可能です。ただし、そのためには確定申告で配当金を「申告分離課税」という方式で申告する必要があります 。
節税術2:繰越控除(くりこしこうじょ)
損益通算をしても、その年の損失が利益を上回ってしまった場合(つまり、年間トータルでマイナスだった場合)、その残った損失を、翌年以降最大3年間にわたって繰り越し、将来の利益と相殺できる制度です 。
具体的な例(複数年):
- 1年目:年間の取引の結果、50万円の損失 が出ました。確定申告をして、この損失を届け出ます。
- 2年目:投資がうまくいき、20万円の利益 が出ました。通常ならこの20万円に税金がかかりますが、確定申告をすることで、前年から繰り越した50万円の損失と相殺できます。結果、その年の課税利益は0円となり、税金はかかりません。まだ相殺しきれない損失は、50万円−20万円=30万円。これをさらに翌年へ繰り越します。
- 3年目:さらに好調で、40万円の利益 が出ました。確定申告で、残りの30万円の損失と相殺します。課税対象となる利益は、40万円−30万円=10万円 のみとなり、この10万円に対してだけ税金を払えばよくなります。
このように、一度の大きな損失も、3年かけて将来の利益と相殺することで、税負担を大きく軽減できるのです。これはプロの投資家が当たり前のように活用する戦略です。損失を単なる失敗と捉えず、将来の税金を減らすための「戦略的資産」と考える。この税の仕組みは、私たち個人投資家にも同じような視点を持つことを促してくれます。
活用するための絶対条件
この2つの強力な節税術を利用するためには、必ず確定申告を行う必要があります。たとえあなたが「特定口座(源泉徴収あり)」を選んでいて普段は申告不要でも、損失を活かしたい年だけは、自ら確定申告をしなければなりません。
特に「繰越控除」を利用する場合は、損失が出た年だけでなく、その後も取引がない年を含めて、損失を繰り越している間は毎年連続で確定申告を続ける必要があるので注意してください 。
これらの投資家に有利なルールは、決して裏ワザではありません。租税特別措置法(第37条の12の2) という法律で正式に定められた、投資家が正当に使える権利なのです 。
4. あえて確定申告した方がおトクになるケース
「特定口座(源泉徴収あり)」で利益が出ているだけなら、確定申告は不要で楽ちんです。しかし、いくつかのケースでは、あえて一手間かけて確定申告をすることで、払いすぎた税金が戻ってくるなど、金銭的なメリットがあります。
1. 損失を活かして節税したいとき
これは前章で詳しく説明した通りです。「損益通算」や「繰越控除」という強力な節税術は、確定申告をすることで初めて利用できます 。年間の取引で少しでも損失が出た場合は、確定申告を検討する価値があります。
2. 複数の証券会社での損益を合算したいとき
複数の証券会社で「特定口座(源泉徴収あり)」を持っている場合、それぞれの口座は独立して税金を計算します。A証券での利益とB証券での損失を、証券会社が自動で合算してくれることはありません 。
例えば、A証券で10万円の利益が出て税金が天引きされ、B証券で10万円の損失が出たとします。このままでは、A証券で天引きされた税金は取られたままです。しかし、確定申告で両社の年間取引報告書を合算すれば、全体の損益は0円となり、A証券で支払った税金が全額還付されます 。
3. 配当金の税金を安くできる可能性があるとき(配当控除)
配当金には、受け取る時点で20.315%の税金が源泉徴収されています。しかし、確定申告で「配当控除」という制度を使うと、この税金の一部が戻ってくる可能性があります。
これは、企業が利益に対して法人税を支払った後、残った利益から配当を出しているため、個人が受け取る際に所得税を払うと「二重課税」になるという考え方を調整するための制度です 。
この配当控除を受けるには、確定申告で配当所得を給与など他の所得と合算する「総合課税」という方式を選ぶ必要があります 。
配当控除を使うべきかの判断基準
では、どんな人が配当控除を使うと有利なのでしょうか。目安となる黄金ルールがあります。
あなたの年間の課税所得(給与など各種所得から控除を引いた後の金額)が、おおよそ695万円以下の場合は、総合課税で申告して配当控除を受けた方が、源泉徴収されたままよりも税率が低くなり、税金が還付される可能性が高いです 。
ただし、重要な注意点があります。総合課税を選んで配当控除を受ける場合、その配当金を株の売却損失と損益通算することはできなくなります 。
シンプルな判断方法
- その年に株の売却損失がある場合 → 申告分離課税を選び、損失と配当金を損益通算する方が有利。
- その年に株の売却損失がなく、あなたの所得が比較的穏やかな場合 → 総合課税を選び、配当控除で税金の還付を狙うのが有利。
5. 最強の税金シールド:NISA(ニーサ)という選択肢
ここまで株式投資の税金について解説してきましたが、実は「そもそも税金がかからない」という特別な制度があります。それがNISA(ニーサ/少額投資非課税制度)です。
NISAとは?
NISAは、国が個人の資産形成を応援するために作った、非常に優遇された制度です。NISA口座という特別な口座内で得た利益には、一切税金がかかりません 。
株の売却益も配当金も、本来かかるはずの20.315%の税金がゼロになります。したがって、NISA口座内での取引については、利益がいくら出ても確定申告は不要です 。
2024年から始まった新しいNISAは、制度が恒久化され、生涯にわたって非課税で投資できる上限額も1,800万円と大幅に拡大するなど、さらに使いやすくパワフルな制度になりました 。
NISAのたった一つの、しかし絶対のルール
NISAはまさに夢のような制度ですが、利用する上で必ず理解しておかなければならない、非常に重要なルールが一つだけあります。それは、NISA口座での損失は、税務上「なかったこと」にされるという点です。
利益が非課税であることの裏返しで、NISA口座で発生した損失も、税金の計算上は存在しないものとして扱われます 。
これは何を意味するのでしょうか。
- NISA口座で出た損失を、課税口座(特定口座など)の利益と損益通算することはできません。
- NISA口座で出た損失を、翌年以降に繰越控除することもできません 。
このルールは、あなたの投資戦略に大きな影響を与えます。税金の観点から見ると、課税口座で出た損失は「将来の税金を減らす資産」になり得ますが、NISA口座で出た損失は、税制上のメリットが何もない、ただの損失になってしまうのです。
この特性を理解すると、より賢い口座の使い分けが見えてきます。例えば、全世界株式のインデックスファンドのように、長期的に安定した成長が期待できる「本命」の投資は、非課税の恩恵を最大限に受けられるNISA口座で行う。一方で、個別株など、よりリスクを取って大きなリターンを狙う投資は、万が一損失が出た場合に損益通算や繰越控除で税メリットを得られる課税口座(特定口座)で行う、といった戦略が考えられます。
結論:投資と税金の3つの心得
ここまで、株式投資に関わる税金の基本を一緒に見てきました。複雑に思えた税金も、ポイントさえ押さえれば、決して怖いものではないことがお分かりいただけたかと思います。最後に、これからのあなたの投資ライフに役立つ3つの心得をまとめます。
- 1. シンプルに始めよう:投資初心者の方は、まず「特定口座(源泉徴収あり)」を選びましょう。税金の計算から納税までを証券会社がすべて代行してくれるので、あなたは安心して投資の経験を積むことに集中できます。
- 2. 損失を味方にしよう:もし投資で損失が出てしまったら、それを放置せず、必ず確定申告をしましょう。「損益通算」と「繰越控除」という制度を活用すれば、その損失は将来のあなたの税負担を軽くしてくれる貴重な資産に変わります。
- 3. NISAで非課税の恩恵を:税金を気にせず投資の果実をまるごと受け取りたいなら、NISA口座を最大限に活用しましょう。ただし、「利益は非課税、損失は税務上ゼロ」というNISAの黄金ルールは決して忘れないでください。
これらのシンプルなルールを理解したあなたは、もう税金に臆することなく、自信を持って投資の世界に一歩を踏み出す準備ができています。賢い知識を武器に、素晴らしい投資の旅を始めてください。