5.会計実務

決算整理仕訳が苦手なあなたへ。簿記3級の必須8項目を完全攻略

はじめに:簿記学習最大の壁「決算整理」を、最強の武器に変える方法

簿記3級の学習も中盤に差し掛かり、「仕訳」という基本ルールにも慣れてきた頃でしょうか。しかし、多くの学習者がここで大きな壁にぶつかります。それが「決算整理仕訳」です 。  

「なぜこんな面倒な作業が必要なの?」「勘定科目が一気に増えて混乱する…」

そんな悲鳴が聞こえてきそうです。こんにちは、公認会計士のSatoです。断言します。この決算整理こそ、簿記3級の合否を分ける最重要論点であり、そして、会計の面白さが凝縮された部分でもあります。

決算整理とは、一言でいえば、期中につけてきた帳簿を、期末の時点でより正確な姿に整える「化粧直し」のような作業です 。この一手間を理解できるかどうかで、あなたの簿記力は劇的に変わります。  

この記事を最後まで読めば、あなたは次のことを手に入れられます。

  1. 「なぜ?」がわかるから忘れない、各決算整理仕訳の根本的な理由
  2. 試験で狙われる8つの必須項目について、ステップ・バイ・ステップで仕訳を作成する力
  3. 配点35点を占める第3問を攻略し、合格を確実にするための試験戦略  
  4. 単なる丸暗記ではない、ビジネスの数値を正しく読み解くための本質的な理解

これまでモヤモヤしていた知識が、パズルのピースがはまるようにスッキリと整理される。そんな体験をお約束します。さあ、一緒にこの壁を乗り越え、決算整理を得点源に変えていきましょう。

第1章:そもそも「決算整理」って何のためにやるの?会計の心臓部「発生主義」

決算整理の目的を理解する鍵は、会計の基本原則である「発生主義」にあります。

これは、「現金の動きに関係なく、経済的な価値が発生した時点で収益や費用を認識しよう」という考え方です。例えば、商品を掛けで販売した場合、まだ現金を受け取っていなくても、商品を引き渡した時点で「売上」という収益が発生したと考えます。

しかし、期中の取引は日々発生するため、期間のズレが生じます。例えば、1年分の家賃を前払いした場合、支払った時点では全額が費用のように見えますが、決算日をまたぐ場合、次期の分まで費用に計上するのはおかしいですよね。

そこで決算整理の出番です。決算整理とは、会計期間の正しい利益を計算するために、期中の記録を発生主義の考え方に基づいて修正する手続きなのです 。  

簿記3級の試験では、主に以下の決算整理が問われます。この記事では、これらの必須項目を一つずつ丁寧に解き明かしていきます 。  

  • 売上原価の算定
  • 貸倒引当金の設定
  • 減価償却
  • 費用・収益の繰延と見越(経過勘定)
  • 消耗品の処理
  • 現金過不足の処理
  • 貯蔵品の振替
  • 法人税等の計上

第2章:【必須項目①】売上原価の算定:「しーくり、くりしー」の正体

多くの受験生が呪文のように唱える「しーくり、くりしー」。これは、売上原価を算定するための決算整理仕訳の覚え方です。

なぜ必要?

  • 3分法では、商品を仕入れた際にすべて「仕入」という費用勘定で処理します。しかし、この「仕入」の中には、期末時点でまだ売れ残っている在庫(商品)の金額も含まれています。当期の正しい利益を計算するためには、当期に売れた商品の仕入原価(=売上原価)だけを費用として計上する必要があります。そのために、期末の売れ残り在庫分を「仕入」費用から除く作業が必要なのです 。  

仕訳をステップ解説

  • 売上原価は「期首商品棚卸高 + 当期商品仕入高 - 期末商品棚卸高」で計算されます。この計算を、仕訳を通じて行います。問題: 決算にあたり、売上原価を算定する。期首商品棚卸高は100円、期末商品棚卸高は150円であった。なお、当期の仕入勘定の残高は1,000円である。
  • ステップ1:期首商品を費用に振り替える(しーくり) 期首にあった在庫(100円)は、当期中に販売されたと考え、全額を「仕入」費用に加えます。 (借方) 仕入 100 / (貸方) 繰越商品 100
  • ステップ2:期末商品を資産に振り替える(くりしー) 期末に残っている在庫(150円)は、当期には売れなかった分なので、「仕入」費用から除外し、「繰越商品」という資産として次期に繰り越します。 (借方) 繰越商品 150 / (貸方) 仕入 150この2本の仕訳の結果、仕入勘定の残高は 1,000(期中)+100(期首分)−150(期末分)=950円となり、これが当期の「売上原価」となります。

つまずきポイント

  • なぜ「売上原価」という勘定科目を使わないのか?と混乱しがちですが、簿記3級で採用されている「3分法」では、「仕入」勘定の残高を動かすことで、結果的に売上原価を計算するというルールになっている、と割り切って覚えましょう 。  

第3章:【必須項目②】貸倒引当金の設定:回収できないリスクへの備え

なぜ必要?

  • 商品を掛けで販売した場合、「売掛金」という後でお金を受け取る権利(債権)が発生します。しかし、取引先の倒産などで、この売掛金が全額回収できるとは限りません。もし回収不能(貸倒れ)になった場合、その損失を将来の費用とするのではなく、売上が発生したのと同じ期に、関連する費用としてあらかじめ見越計上するのが、会計の「費用収益対応の原則」の考え方です。この将来の損失の見積額が「貸倒引当金」です 。  

仕訳をステップ解説(差額補充法)

  • 簿記3級では、期末に残っている売掛金などの債権残高に一定の率を掛けて貸倒見積額を計算し、前期から残っている貸倒引当金との差額を補充する方法(差額補充法)が一般的です 。  
  • 問題: 決算にあたり、売掛金の期末残高5,000円に対して2%の貸倒引当金を設定する。なお、貸倒引当金の残高は30円ある。
  • ステップ1:当期に必要な貸倒引当金の額を計算する 5,000円×2
  • ステップ2:前期からの残高との差額を計算する 当期に必要な額(100円)- 前期からの残高(30円)= 補充する額(70円)
  • ステップ3:差額を補充する仕訳を行う (借方) 貸倒引当金繰入 70 / (貸方) 貸倒引当金 70

つまずきポイント

  • 「貸倒引当金」は、貸借対照表では資産の部にマイナス項目として表示されます。これは「売掛金のうち、このくらいは回収できないかも」という評価額を示すためです。負債ではない点に注意しましょう 。  

第4章:【必須項目③】減価償却:大きな買い物の費用を分割計上する

なぜ必要?

  • 会社が長期間使用する目的で購入した建物、機械、車両などの固定資産は、時の経過とともに価値が減少していきます。この価値の減少分を、取得した年に一括で費用にするのではなく、使用する期間にわたって分割して費用計上する手続きが「減価償却」です。これにより、各期の収益と費用が適切に対応します 。

仕訳をステップ解説(定額法・間接法)

  • 簿記3級では、毎年一定額を償却する「定額法」と、固定資産の価額を直接減らさずに「減価償却累計額」という勘定科目を使う「間接法」を学びます。
  • 問題: 決算にあたり、備品(取得原価100,000円、耐用年数5年、残存価額ゼロ)の減価償却を行う。記帳方法は定額法による。
  • ステップ1:当期の減価償却費を計算する (100,000円−0円)÷5年=20,000円
  • ステップ2:減価償却の仕訳を行う (借方) 減価償却費 20,000 / (貸方) 減価償却累計額 20,000

つまずきポイント

  • なぜ「減価償却累計額」を使うのでしょうか?これは、貸借対照表に「備品がいくらで買ったものか(取得原価)」と「これまでに価値がどれだけ減ったか(減価償却累計額)」の両方を表示するためです。これにより、財務諸表を見る人がより多くの情報を得られるというメリットがあります 。  

第5章:【必須項目④】費用・収益の繰延と見越:期間のズレを正しく調整

ここは決算整理最大の山場です。しかし、時間軸のイメージを掴めば怖くありません。目的はただ一つ、当期の損益計算書に、当期に属する費用と収益だけを載せることです。

(図解イメージ:時間軸(前期末-当期末-次期末)を書き、4つのパターン(前払、未払、前受、未収)について、支払/受取のタイミングとサービス期間のズレを矢印で示す)

1. 費用の繰延(前払費用)

  • 状況: お金は先に払ったが、その中には次期以降の分が含まれている。(例:1年分の保険料を期中に前払いした)
  • 処理: 支払った費用のうち、次期以降の分を当期の費用から除外し、「前払費用」という資産に振り替える。
  • 仕訳例: (借方) 前払費用 XXX / (貸方) 支払保険料 XXX

2. 収益の繰延(前受収益)

  • 状況: お金は先に受け取ったが、その中には次期以降の分が含まれている。(例:1年分の家賃を期首に前受けした)
  • 処理: 受け取った収益のうち、次期以降の分を当期の収益から除外し、「前受収益」という負債に振り替える。
  • 仕訳例: (借方) 受取家賃 XXX / (貸方) 前受収益 XXX

3. 費用の見越(未払費用)

  • 状況: サービスは当期に受けたが、お金の支払いは次期以降。(例:給料の締め日が末日、支払日が翌月10日)
  • 処理: 当期に発生したにもかかわらず、まだ支払っていない費用を、当期の費用として計上し、「未払費用」という負債に振り替える。
  • 仕訳例: (借方) 給料 XXX / (貸方) 未払費用 XXX

4. 収益の見越(未収収益)

  • 状況: サービスは当期に提供したが、お金の受け取りは次期以降。(例:貸付金の利息を後払いで受け取る)
  • 処理: 当期に発生したにもかかわらず、まだ受け取っていない収益を、当期の収益として計上し、「未収収益」という資産に振り替える。
  • 仕訳例: (借方) 未収収益 XXX / (貸方) 受取利息 XXX
  • つまずきポイント この4つは混同しやすいため、「くまのみみ」という語呂合わせで覚えるのも有効です 。
    • (繰延)→ (前払費用・前受収益)
    • (見越)→ (未払費用・未収収益)

第6章:その他も万全に!残りの必須項目を一気にマスター

主要4項目以外にも、試験で頻出の決算整理があります。サクッと確認しましょう。

  • 消耗品の処理 文房具などを購入した際、「消耗品費(費用)」で処理した場合、期末の未使用分を「貯蔵品(資産)」に振り替えます 。   仕訳例: (借方) 貯蔵品 XXX / (貸方) 消耗品費 XXX
  • 現金過不足の処理 期中に発生した現金過不足の原因が、決算日になっても不明な場合、「現金過不足」という仮の勘定から「雑損(費用)」または「雑益(収益)」に振り替えます。財務諸表に「原因不明のお金のズレ」を残しておくわけにはいかないためです 。   仕訳例(不足の場合): (借方) 雑損 XXX / (貸方) 現金過不足 XXX
  • 法人税等の計上 決算で当期の利益が確定すると、納めるべき税金(法人税、住民税及び事業税)の額も計算されます。この税額を当期の費用として計上します。もし中間納付していれば、その分を差し引いた額が未払分となります 。   仕訳例(中間納付あり): (借方) 法人税、住民税及び事業税 XXX / (貸方) 仮払法人税等 XXX (借方) / (貸方) 未払法人税等 XXX

第7章:試験戦略:決算整理を制する者が第3問を制す

ここまで学んだ決算整理仕訳の知識は、簿記3級試験の第3問(配点35点)でその真価を発揮します 。第3問では、決算整理前残高試算表と複数の決算整理事項が与えられ、精算表や財務諸表を完成させる総合問題が出題されます。  

第3問 攻略の鉄則

  1. 決算整理仕訳をすべて下書きする: まずは問題用紙の余白に、与えられた決算整理事項の仕訳をすべて書き出します。
  2. T勘定で集計する: 仕訳で動いた勘定科目について、決算整理前残高試算表の金額に、仕訳の金額を加減算します。
  3. 解答用紙に転記する: 集計後の最終的な金額を、慎重に解答用紙に書き写します。

この論点での一つのミスが、複数の箇所の失点につながる可能性があります。例えば、貸倒引当金の計算を間違えると、損益計算書の「貸倒引当金繰入」と貸借対照表の「貸倒引当金」の両方が不正解になります 。だからこそ、一つ一つの仕訳を正確に理解し、丁寧に処理する練習が不可欠です。  

まとめ:決算整理は「ロジックのパズル」。理解すれば最強の得点源に

決算整理仕訳は、一見すると複雑で覚えることが多いように感じるかもしれません。しかし、一つ一つの処理には「なぜ、それが必要なのか」という明確な理由があります。

  • 売上原価の算定 → 正しい売上原価を計算するため
  • 貸倒引当金 → 将来の損失に備えるため
  • 減価償却 → 費用を正しく期間配分するため
  • 経過勘定 → 期間のズレを調整するため

この「なぜ?」を理解すれば、決算整理は単なる暗記作業から、論理的な思考を働かせる面白いパズルに変わります。そして、この最大の壁を乗り越えたとき、あなたは簿記3級の合格に大きく近づいているだけでなく、企業の財務状況をより深く読み解くための本質的な力を手に入れているはずです。

この記事を何度も読み返し、一つ一つの項目を確実に自分のものにしてください。応援しています!

-5.会計実務