5.会計実務

簿記3級取得後の年収は?実際の求人情報から見るリアルな給与相場

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

はじめに:簿記3級の価値は「初任給」だけでは測れない

「簿記3級を取ったら、年収はいくらくらいになるんだろう?」

学習を始める前の方も、合格して次のステップを考えている方も、これは最も気になる点の一つでしょう。この記事では、公認会計士として多くのキャリア相談に乗ってきた視点から、実際の求人データに基づいたリアルな数字と、その数字を未来に向けて大きく引き上げていくための戦略的な方法を、初心者の方にも分かりやすく解説します。

結論から言うと、実務未経験の方が簿記3級を武器に就職する場合、初年度の年収は一定のレンジに収まることがほとんどです。しかし、重要なのはその最初の金額ではありません。簿記3級という資格は、会計や経理という専門職の世界への「入場券」であり、あなたのキャリアの可能性を拓く「パスポート」なのです。

この記事では、まずそのリアルな出発点となる年収相場をデータで確認します。そして、それ以上に大切なこととして、その出発点からいかにして年収を戦略的に高めていくか、具体的なキャリアパスと行動計画を明らかにしていきます。

第1章:リアルな出発点 ―「簿記3級・実務未経験」の年収相場をデータで見る

まず、最も気になる「最初の年収」について、実際の求人情報から見ていきましょう。様々な求人サイトを横断的に分析すると、首都圏において実務未経験者が簿記3級を活かして正社員の仕事に就く場合、提示される年収はおよそ300万円~450万円の範囲に集中しています 。  

この金額は、簿記3級という「知識の証明」に対して企業が支払う対価です。まだ実務での応用力が未知数であるため、企業側は候補者の「ポテンシャル」に投資している段階と言えます 。経理事務や会計事務所のアシスタントといった職種が、この年収帯の主な受け皿となります。  

具体的な求人例をいくつか見てみましょう。

表1:簿記3級・未経験者向け求人サンプル(首都圏)

職種名雇用主のタイプ提示年収出典
経理事務中小企業340万円~383万円
会計事務所スタッフ税理士法人300万円~430万円
監査アシスタント監査法人300万円~600万円
経理上場企業グループ340万円以上

この表を見ると、未経験からでも多様なキャリアの入り口があることが分かります。しかし、この出発点の給与額を見て「思ったより高くないな」と感じる必要は全くありません。

ここでの最も重要な考え方は、最初の仕事の真の目的は、給与額を最大化することではなく、簿記3級という知識を「実務経験」という名の資産に変換することにあります。この実務経験こそが、将来のあらゆる年収交渉やキャリアアップの基盤となる、最も価値ある通貨なのです。最初の1~2年は、給与をもらいながらプロフェッショナルとしての土台を築くための、いわば「有給のトレーニング期間」と捉えるのが賢明な視点です。

第2章:年収を戦略的に引き上げる3つの方法

簿記3級がキャリアの「入場券」であるならば、次はその価値をいかにして高め、より高いステージへと進んでいくかが重要になります。年収を戦略的に引き上げるためには、主に3つの強力なレバーが存在します。

2.1:次の資格へ ― 簿記2級取得で市場価値を飛躍させる

簿記3級取得後、年収を上げるために最も効果的かつ確実な次の一手は、日商簿記2級の取得です。多くの企業の経理部門では、簿記2級が単なる歓迎要件ではなく、応募の「必須条件」となっているケースが非常に多く見られます 。簿記2級は、商業簿記に加えて製造業の会計で不可欠な「工業簿記」を学ぶため、活躍できるフィールドが格段に広がり、転職市場での評価が大きく向上します。  

その効果は、長期的な年収の推移に明確に表れます。資格保有者の年収データを年代別に見ると、その差は歴然です。

表2:簿記3級 vs 2級 年代別・平均年収の推移

年代簿記3級保有者簿記2級保有者年収差
20代394万円386万円-8万円
30代453万円469万円+16万円
40代482万円561万円+79万円
50代505万円661万円+156万円

(出典:株式会社MS-Japan「管理部門・士業の年収TIPS」2023年4月~2024年3月データ )  

このデータが示す非常に興味深い点は、20代では年収にほとんど差がないことです。これは、キャリアの初期段階では資格のレベルよりも、まずは実務経験を積むことが優先されるためです。しかし、30代以降、実務経験が積み重なるにつれて、その差は劇的に開いていきます。

これは、簿記2級の知識がなければ担当できないような、より高度で付加価値の高い業務(例えば、年次決算の主担当や管理会計など)にアクセスできるようになるからです。簿記2級は、単に資格手当がつくといった直接的な効果以上に、より高い報酬が支払われる業務への「挑戦権」を与えてくれるのです。その結果、経験と共に年収が加速度的に上昇していくという構造が生まれます。

2.2:経験の質を高める ―「できる業務」のレベルを上げる

経理の仕事と一言で言っても、その業務には明確な難易度と市場価値の階層が存在します。年収を上げるためには、この階層を意識的に登っていくことが不可欠です。

  • レベル1:日次業務(年収300~400万円台)
    • 伝票の起票、仕訳入力、経費精算、現預金管理など。
    • 経理キャリアの基礎となる業務です。簿記3級・未経験者の最初の仕事はここから始まります。
  • レベル2:月次決算(年収400~500万円台)
    • 勘定科目の残高確認、試算表の作成、補助簿の締め切りなど。
    • 会社の月々の成績をまとめる重要な業務です。一人で月次決算を締められるようになると、経理担当者として一人前と見なされ、市場価値が大きく上がります 。  
  • レベル3:年次決算・税務申告(年収500~700万円台)
    • 決算整理仕訳、貸借対照表・損益計算書などの財務諸表作成、法人税・消費税の申告書作成補助など。
    • 会社の1年間の総仕上げであり、高度な知識と経験が求められます。このレベルの業務経験は、転職市場で非常に高く評価されます 。  
  • レベル4:専門業務(年収700万円以上)
    • 連結決算、開示業務(有価証券報告書など)、管理会計(予算策定・実績分析)、IPO(株式上場)準備など。
    • 上場企業やその子会社で求められる専門性の高いスキルです。これらの経験を持つ人材は希少価値が高く、経営に近いポジションで活躍することが期待されます 。  

年収を上げるためには、日々のルーティン業務をこなすだけでなく、上司に働きかけて月次決算の一部を担当させてもらう、年次決算の補助業務に積極的に関わるなど、常に一つ上のレベルの業務に挑戦する姿勢が重要です。

2.3:働く場所を選ぶ ― キャリアパスで年収は大きく変わる

どこで経験を積むか、という選択も年収に大きな影響を与えます。特にキャリアの初期段階では、「会計事務所」で働くか、「事業会社の経理」で働くかが大きな分岐点となります。

  • 会計事務所・税理士法人
    • 特徴: 様々な業種・規模のクライアントを担当するため、短期間で幅広い決算・税務申告の経験を積むことができます。いわば「経理実務のトレーニングジム」のような環境です 。  
    • キャリアパス: 数年間勤務して実務能力を徹底的に鍛え、その後、より待遇の良い事業会社へ転職する、というキャリアパスを描く人が多いです。
  • 事業会社の経理部門
    • 特徴: 特定の業界・企業の会計に深く関わることができます。福利厚生が充実しており、長期的なキャリア形成を見据えやすい傾向があります 。  
    • キャリアパス: 経理担当からスタートし、主任、係長、課長(マネージャー)へと昇進していくのが一般的です。大企業や外資系企業では、より高い年収が期待できます。

ここで一つ、公認会計士の視点から非常に有効な戦略をお伝えします。それは、まず会計事務所で2~3年ほど集中的に実務経験を積み、その後、事業会社の経理部門に転職するというキャリアプランです。

会計事務所で多様な経験を積んだ人材は、事業会社から「即戦力」として高く評価されます。そのため、このルートを辿ることで、年収が大幅にアップするケースが少なくありません。データによれば、会計事務所から事業会社の経理へ転職することで、平均して70万円以上、首都圏では90万円以上の年収アップが見込めるという調査結果もあります 。これは、キャリアの初期段階で意図的に経験の質を高め、その価値を転職市場で現金化するという、極めて合理的な戦略と言えるでしょう。  

第3章:公認会計士からの実践的アドバイス ― 資格の価値を最大化する「+α」

簿記の資格と実務経験は、経理キャリアの両輪です。しかし、その価値をさらに高め、ライバルに差をつけるために、もう一つ絶対に欠かせないスキルがあります。それはExcelの習熟です。

現代の経理業務において、会計ソフトの導入は当たり前ですが、それだけで仕事が完結することはありません 。会計ソフトから出力したデータを加工・分析し、経営層向けの報告資料を作成したり、独自の視点で予算実績を管理したりする場面では、必ずExcelが使われます。  

特に、以下の3つの機能は経理の実務で頻繁に使われ、これらを使いこなせるかどうかで業務効率と評価が大きく変わります。

  1. VLOOKUP関数(またはXLOOKUP関数): 2つの表を特定のキー(例:勘定科目コード、取引先コード)で紐づけ、必要なデータを取り出す関数です。例えば、売上データに取引先マスターから正式な会社名を付与する、といった作業を自動化できます 。  
  2. SUMIF(S)関数: 特定の条件に合致する数値だけを合計する関数です。例えば、膨大な経費データの中から「交際費」かつ「営業第一部」の合計金額を瞬時に計算する、といった場面で威力を発揮します 。  
  3. ピボットテーブル: 大量のデータをドラッグ&ドロップ操作だけで、様々な角度から集計・分析できる機能です。例えば、月別・部門別・科目別の費用一覧表などを、数クリックで作成できます。

Excelスキルは、単なる作業効率化のツールではありません。データを自在に操り、数字の裏側にあるビジネスの状況を読み解き、それを分かりやすく報告する能力の証明でもあります。簿記の知識が「ビジネスの文法」だとすれば、Excelはそれを表現し、分析するための「言語」です。この言語を流暢に話せる人材は、単なる「記録係」ではなく、経営の意思決定を支える「ビジネスパートナー」として評価され、それが高い報酬へと繋がっていくのです 。  

まとめ:簿記3級は、あなたの未来を拓く「パスポート」である

この記事では、簿記3級取得後の年収というテーマについて、リアルなデータと具体的なキャリア戦略の両面から掘り下げてきました。最後に、重要なポイントを振り返りましょう。

  • 実務未経験者の簿記3級取得後の初年度年収は、300万円~450万円が現実的な相場である。
  • しかし、これはキャリアの「出発点」に過ぎず、最初の仕事の目的は高収入ではなく「実務経験」を得ることにある。
  • 年収を飛躍的に高めるには、①簿記2級へのステップアップ、②月次・年次決算といった質の高い業務経験の積み重ね、③会計事務所から事業会社へといった戦略的なキャリア選択、が極めて重要である。
  • これらの土台の上に、Excelスキルという+αを身につけることで、あなたの市場価値はさらに高まる。

簿記3級は、取得して終わり、ではありません。それは、あなたを専門職という新たな世界へといざなう「パスポート」です。このパスポートを手に、どこへ旅立ち、どのような景色を見るかは、これからのあなたの学びと選択にかかっています。ぜひ、目の前の資格取得だけでなく、その先にある豊かなキャリアの広がりを見据えて、力強い一歩を踏み出してください。

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