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経理だけじゃない!簿記がコンサルタントや銀行員の「最強の武器」になる理由【公認会計士が解説】

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

はじめに:帳簿の先にある世界へ。なぜ、ビジネスの最前線は「簿記」を求めるのか?

「簿記3級の勉強を始めたんだ」と友人に話すと、「へえ、経理になるの?」と聞かれた経験はありませんか?多くの方が「簿記=経理の仕事」というイメージをお持ちです。もちろん、それは間違いではありません。しかし、そのイメージだけで簿記の価値を捉えるのは、あまりにもったいないことです。

実は、簿記の知識は経理部門という枠をはるかに超え、企業の未来を左右する戦略的な職種、例えば経営コンサルタント銀行員といったビジネスの最前線で活躍するための「最強の武器」となり得ます 。  

なぜなら、簿記とは単なる記録作業ではなく、企業の活動を数字という万国共通の「ビジネス言語」で表現する技術だからです 。そして、その言語で書かれたカルテが「決算書(財務諸表)」です。  

この記事では、公認会計士である筆者が、簿記の知識がどのようにしてビジネスの最前線で武器になるのかを、具体的な2つの職種を例に挙げて、初心者の方にも分かりやすく解説していきます。簿記の学習が、あなたのキャリアの可能性をいかに大きく広げるか、その真実に触れてみましょう。

ケーススタディ①:経営コンサルタントの「レントゲン」としての財務諸表

経営コンサルタントとは?企業の「お医者さん」

まず、経営コンサルタントの仕事を簡単にイメージしてみましょう。彼らはいわば「企業の経営のお医者さん」です。「売上は伸びているのになぜかお金が残らない」「どうすればもっと利益を出せるのか」といった、経営者が抱える深刻な悩みを解決に導く専門家です 。  

お医者さんが患者を診察する時、まず何をするでしょうか?問診をし、レントゲンやMRIで体の中を詳しく調べますよね。それと同じで、コンサルタントが企業の課題を解決する最初のステップは、必ず「現状分析(診断)」から始まります。そして、その診断に不可欠な「レントゲン写真」こそが、簿記の知識を使って作られる損益計算書(P/L)貸借対照表(B/S)なのです。

コンサルタントは簿記の知識で「健康診断」を行う

簿記3級で学ぶ知識があれば、企業の基本的な「健康診断」ができます。コンサルタントは、これらの財務諸表を読み解き、企業の収益性や安全性を分析します。

【図解1:会社の成績表「損益計算書(P/L)」のキホン】

損益計算書は、会社が1年間でどれだけ儲けたかを示す「成績表」です。売上から様々な費用を引いていくことで、会社の「稼ぐ力」を段階的に見ることができます 。  

  ┌──────────┐
  │       売上高       │  (会社に入ってきたお金の総額)
  └──────────┘
           -
  ┌──────────┐
  │       売上原価     │  (商品の仕入れ代など、売上に直接かかった費用)
  └──────────┘
           =
  ┌──────────┐
  │      売上総利益    │  (商品やサービスの魅力度・競争力を示す利益)
  └──────────┘
           -
  ┌──────────┐
  │ 販売費及び一般管理費 │  (人件費や家賃など、本業を営むための経費)
  └──────────┘
           =
  ┌──────────┐
  │       営業利益     │  (本業でどれだけ稼いだかを示す、最も重要な利益)
  └──────────┘

【図解2:会社の財産状況「貸借対照表(B/S)」のキホン】

貸借対照表は、決算日時点での会社の財産状況を示す「スナップ写真」です。会社が持つ財産(資産)と、その財産をどうやって集めたか(負債・純資産)を示しており、常に左右の合計が一致します 。このバランス関係を理解することが、企業の構造を捉える第一歩です。  

資産=負債+純資産

資産(お金の使い道)負債(他人からのお金)
現金、預金買掛金、借入金
売掛金(後でもらえるお金)
建物、土地純資産(自分のお金)
資本金、利益剰余金
資産合計負債・純資産合計

コンサルタントはこれらの情報から、主に2つの視点で企業の健康状態をチェックします。

  1. 収益性分析:「効率よく儲かっているか?」 コンサルタントは、損益計算書から「売上高総利益率」などを見て、ビジネスモデルそのものが健全かを判断します 。もしこの比率が同業他社より低い場合、「価格設定が安すぎるのでは?」「仕入れコストが高すぎるのでは?」といった課題仮説を立てます。  
  2. 安全性分析:「倒産しにくく、体力があるか?」 貸借対照表からは「自己資本比率」という指標を使って、会社の財務的な安定度を測ります 。自己資本とは、返済不要の自分のお金のこと。この比率が高いほど、借金に頼らない安定した経営ができている証拠です。  

しかし、この自己資本比率も、ただ数字を見れば良いわけではありません。コンサルタントは必ず「業界平均」と比較して判断します。なぜなら、業種によって理想的な財務構造は全く異なるからです。

表1:中小企業の業種別・自己資本比率の平均

業種自己資本比率の平均値
情報通信業54.25%
製造業44.65%
建設業43.23%
卸売業41.03%
小売業30.99%
宿泊業、飲食サービス業15.21%

出典:中小企業庁「令和元年中小企業実態基本調査(平成30年度決算実績)」を基に作成  

例えば、IT企業(情報通信業)は大きな設備投資が不要なため自己資本比率が高くなる傾向があります。一方で、飲食店は店舗の設備投資などで借入が多くなるため、比率は低めに出ます 。この背景知識があるからこそ、コンサルタントは「この会社の自己資本比率20%は、IT業界では危険水域だが、飲食業界なら健全な範囲だ」といった、的確な診断を下せるのです。  

実践例:「利益は出ているのに、お金がない」の謎を解く

コンサルティングの現場で非常によくある相談が、「損益計算書上は黒字なのに、なぜか手元にお金がなくて資金繰りが苦しい」というものです 。  

簿記を知らないと、この謎は解けません。しかし、簿記の知識を持つコンサルタントは、損益計算書(P/L)だけでなく、貸借対照表(B/S)に注目します。そして、売掛金(まだ回収できていない売上)や棚卸資産(売れ残った在庫)の項目をチェックするのです。

その結果、「売上は立っているが、その代金回収が3ヶ月も先になっている(売掛金が多い)」「売れる見込みのない商品を大量に仕入れてしまい、倉庫で眠っている(棚卸資産が多い)」といった、利益と現金のズレの原因を突き止めます。

このように、簿記で学ぶ勘定科目の知識が、企業の致命的な問題を特定し、具体的な改善策(例:代金回収プロセスの見直し、在庫管理の徹底)を提案するための直接的な武器になるのです。

何よりの証拠:コンサルティングファームの採用要件

実際に、多くの会計系コンサルティングファームや経営コンサルティングファームでは、応募資格として「日商簿記2級程度」の知識を歓迎要件に挙げています 。これは、簿記の知識がコンサルタントの基礎体力として必須であることの何よりの証明と言えるでしょう。  

ケーススタディ②:銀行員の「未来を見通す羅針盤」としての財務分析

銀行員(法人営業)とは?企業の成長を支える「資金の門番」

次に、銀行員の仕事を見てみましょう。特に、企業にお金を貸し出す「法人営業」担当者は、企業の成長を支える重要な役割を担っています。工場を建てたい、新商品を開発したい、といった企業の成長意欲を実現するために、必要な資金を融資するのが彼らの仕事です。

しかし、銀行はボランティアではありません。貸したお金は、利息をつけてきちんと返してもらわなければなりません。そのため、銀行員の最も重要なミッションは「この会社は、貸したお金を将来きちんと返済できる体力があるか?」を厳しく審査することです 。このリスク判断の根拠となるのが、まさに企業の財務諸表なのです。  

銀行員が必ずチェックする2つの重要指標

銀行員は企業の財務諸表を多角的に分析しますが、特に返済能力を測る上で重視するのが、簿記の知識から導き出される以下の2つの指標です。

【図解3:返済能力を示す「債務償還年数」】

これは、「今の会社の儲け(キャッシュフロー)で、借入金全体を何年で返済できるか」を示す指標です 。計算はシンプルです。  

債務償還年数=有利子負債÷簡易キャッシュフロー

銀行は一般的に、この年数が10年以内であることを一つの目安とします 。これが15年、20年となると、「返済能力に対して借入が多すぎる」と判断され、新規の融資は非常に難しくなります。  

【図解4:安全性のバロメーター「自己資本比率」(銀行員の見方)】

先ほどコンサルタントの視点でも登場した「自己資本比率」ですが、銀行員はこれを「企業の安全性の最後の砦」として見ています。

もし会社が赤字に陥った場合、その損失を吸収してくれるのが自己資本です。自己資本が厚ければ、多少の赤字でも耐えられますが、自己資本が薄い(=借金が多い)と、わずかな赤字でも債務超過に陥り、倒産の危機に瀕します。銀行にとって、自己資本は「貸したお金が守られるための緩衝材(クッション)」なのです 。そのため、多くの金融機関では自己資本比率  

10%以上を融資判断の一つの基準としています 。  

実践例:融資の「可決」と「否決」を分ける貸借対照表

同じくらいの売上と利益を上げているA社とB社が、それぞれ銀行に運転資金の融資を申し込んだとします。なぜA社は断られ、B社は希望通りの融資を受けられたのでしょうか。その答えは貸借対照表にあります。

【図解5:融資判断を分けるB/S比較】

A社(融資否決)B社(融資可決)
資産資産
現預金 100現預金 100
売掛金 200売掛金 200
在庫 200在庫 200
設備 500設備 500
合計 1,000合計 1,000
負債負債
買掛金 200買掛金 200
借入金 700借入金 300
純資産純資産
純資産 100純資産 500
合計 1,000合計 1,000

A社の自己資本比率は10% (100÷1,000)、B社は50% (500÷1,000)です。銀行から見れば、A社はすでに多額の借入金を抱え、赤字に対する抵抗力が非常に弱い「危険な状態」です。一方でB社は、借入が少なく、過去の利益をしっかりと会社に蓄積してきた(純資産が多い)優良企業です。返済の確実性が全く違うため、融資判断に差が出るのは当然と言えます。

何よりの証拠:銀行の採用要件

銀行の法人営業職の求人情報を見ると、「歓迎要件」として「会計知識(簿記2~3級/決算書を読める程度)」といった記載が頻繁に見られます 。これは、企業の財務状況を正しく読み解く能力が、銀行員にとって不可欠なスキルであることを示しています。  

上級編:簿記3級から始まる、価値創造のプロフェッショナルへの道

ここまで見てきたように、簿記3級で学ぶ知識は、企業の「過去」と「現在」を分析するための基礎となります。そして、この土台があるからこそ、さらに高度な専門職への道が開けます。

M&Aアドバイザーや投資銀行、ベンチャーキャピタルといった職種では、この基礎知識を応用して、企業の「未来」を予測する財務モデリングという作業を行います 。これは、将来の損益計算書や貸借対照表をExcelなどで作成し、企業が将来どれくらいのキャッシュを生み出すかをシミュレーションする技術です。  

この未来のキャッシュフロー予測に基づいて、企業の現在の価値(企業価値)を算出します(企業価値評価。この評価額が、M&Aの買収価格交渉のベースとなるのです。  

もちろん、これらは高度な専門知識ですが、その根幹にあるのは「売上から費用を引くと利益になる」「利益が純資産に積み上がる」といった、簿記3級で学ぶごく基本的な原理原則です。簿記の学習は、こうした価値創造のプロフェッショナルを目指すための、揺るぎない第一歩なのです。

まとめ:簿記の学習は、未来の自分への最高の投資である

「簿記はただの帳簿付け」というイメージは、もう払拭されたでしょうか。

簿記の学習の本質は、単に仕訳のルールを覚えることではありません。それは、複雑なビジネスの事象を「資産・負債・純資産・収益・費用」という5つの要素に分解し、その因果関係を論理的に捉える「構造的思考力」を養う最高のトレーニングです 。  

  • 経営コンサルタントにとって、簿記の知識は企業の健康状態を診断する「レントゲン」です。
  • 銀行員にとって、簿記の知識は融資という大海原を航海するための「羅針盤」です。

あなたが将来、どのようなキャリアを歩むとしても、ビジネスに関わる以上、数字の裏側にある構造を読み解く力は必ずあなたの助けとなります。経理はもちろん、コンサルタント、銀行員、企画職、営業職、そして経営者。あらゆる道で、その知識はあなたを他の人より一歩先へと導いてくれるでしょう。

簿記の学習は、資格欄を一つ埋めるためだけのものではありません。それは、変化の激しいビジネス社会を生き抜くための普遍的なスキルを身につける、未来の自分への最高の投資なのです。

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