令和6年12月に公表された「令和7年度税制改正大綱」は、今後の日本経済と企業経営の方向性を占う重要な指針です。特に法人課税分野においては、中小企業支援策の延長と見直し、成長分野への投資促進、そして新たな税負担の創設といった「支援」と「負担」が混在する内容となっており、経営者や実務担当者にはこれまで以上に緻密な戦略が求められます。
本記事では、税務の専門家として、令和7年度税制改正における法人課税の主要な変更点を、豊富な図表と具体例を交えながら、経営判断に直結する視点で徹底的に解説します。
まず、今回の法人課税改正の全体像を把握するために、主要な変更点を一覧で確認しましょう。
表1: 令和7年度 法人課税改正の主要項目と概要
改正分野 | 主な変更点 | 適用時期(原則) | 主な対象法人 |
中小企業の軽減税率 | 適用期限を2年延長。ただし、高所得法人への税率引上げ、グループ通算制度適用法人の除外といった見直しを実施。 | 令和7年4月1日以後開始事業年度 | 中小企業者等 |
中小企業経営強化税制 | C類型(デジタル化設備)を廃止し、適用期限を2年延長。B類型(収益力強化設備)の要件を厳格化し、高成長企業向けの拡充措置を新設。 | 令和7年4月1日以後 | 中小企業者等 |
防衛特別法人税(仮称) | 法人税額から500万円を控除した後の金額に4%の税率で課税する新たな付加税を創設。 | 令和8年4月1日以後開始事業年度 | 法人税の納税義務がある全法人 |
地域経済牽引事業税制 | 特定の設備投資に対する特別償却率・税額控除率を引き上げる拡充措置を実施。 | 令和7年4月1日以後 | 地域経済牽引事業計画の承認を受けた法人 |
企業版ふるさと納税 | 適用期限を3年延長。ただし、寄附の透明性を確保するための制度改善(情報公開等)が前提。 | 令和7年度から令和9年度まで | 地方創生事業へ寄附を行う法人 |
目次
中小企業向け税制の大きな転換点
今回の改正で最も影響が大きいのが、中小企業向けの主要な二つの税制、「法人税の軽減税率」と「経営強化税制」の見直しです。単なる延長ではなく、支援対象をより戦略的に絞り込むという政策意図が明確に見て取れます。
中小企業者等の法人税の軽減税率:支援延長と対象絞り込みの二面性
中小企業の資金繰りを支える重要な措置である、所得年800万円以下の部分に対する法人税の軽減税率(現行15%)の特例は、多くの経営者にとって関心の高い項目です 。
延長による安堵と、二つの重大な見直し
【朗報】適用期限を2年間延長 まず良いニュースとして、この特例の適用期限が2年間延長され、令和9年3月31日までに開始する事業年度まで適用されることになりました 。物価高や賃上げ圧力に直面する多くの中小企業にとって、これは事業計画を立てる上での一定の安心材料となるでしょう 。
【注意】対象範囲の見直し しかし、今回の改正は単なる延長ではありません。支援の対象を絞り込む、以下の二つの重要な見直しが同時に行われます。
- 高所得法人への税率引き上げ: 各事業年度の所得金額が年10億円を超える法人については、年800万円以下の部分に適用される軽減税率が、現行の15%から17%に引き上げられます 。
- グループ通算制度適用法人の適用除外: グループ通算制度の適用を受ける法人は、この軽減税率の特例の対象から完全に除外されます 。これらの法人の年800万円以下の所得には、本則税率である19%が適用されることになります 。
この変更が具体的にどれほどの税負担増につながるのか、ケース別に試算したのが次の表です。
表2: 中小企業軽減税率の見直しによる影響額シミュレーション
ケース | 年800万円以下の所得への適用税率 | 税額(年800万円の所得の場合) | 現行制度との税負担差額(年間) |
①所得10億円以下の中小法人(現行通り) | 15% | 120万円 | ±0円 |
②所得10億円超の中小法人(改正後) | 17% | 136万円 | +16万円 |
③グループ通算制度を適用する中小法人(改正後) | 19% | 152万円 | +32万円 |
この見直しは、政府の政策スタンスの変化を象徴しています。リーマン・ショック後の緊急対策として始まったこの制度は、全ての「中小企業」を広く支援する形から、より体力のある高収益企業や、グループ経営によって損益通算というメリットを享受できる企業を対象から外し、支援をより必要とする層に集中させる方向へと舵を切ったのです 。特にグループ通算制度を適用している企業は、損益通算のメリットと軽減税率不適用のデメリットを改めて天秤にかけ、制度利用の是非を再検討する必要に迫られる可能性があります。
中小企業経営強化税制:「成長戦略」へのシフトが鮮明に
設備投資を強力に後押しする中小企業経営強化税制も、大きな見直しが行われます。この制度は、対象設備を取得した際に「即時償却」または「最大10%の税額控除」を選択適用できる、極めて有利な制度です 。
C類型(デジタル化設備)の廃止とB類型(収益力強化設備)の厳格化
今回の改正のポイントは以下の通りです。
- 適用期限の2年延長: C類型を除き、適用期限が令和9年3月31日まで2年間延長されます 。
- C類型(デジタル化設備)の廃止: リモートワーク導入や業務プロセスの可視化など、幅広いデジタル化投資を対象としてきたC類型が、令和7年3月31日をもって廃止されます。これは非常に大きな変更点です 。
- B類型(収益力強化設備)の要件厳格化: 経済産業大臣の確認を要するB類型について、計画に記載する投資利益率の要件が、年平均5%以上から7%以上へと引き上げられます 。
- 高成長企業向けの新設枠(B類型拡充): 売上高100億円超を目指す成長意欲の高い企業を対象に、これまで対象外だった建物及びその附属設備(合計取得価額1,000万円以上)を新たに対象資産とする拡充措置が講じられます。ただし、この適用には賃上げが要件となります 。
- A類型(生産性向上設備)の要件明確化: 生産性向上の指標が「単位時間当たり生産量、歩留まり率又は投入コスト削減率」のいずれかであることが明確化されました 。
これらの変更点を実務的な対応策と共に整理したのが次の表です。
表3: 中小企業経営強化税制の改正内容と企業が取るべき対応
類型 | 主な変更点 | 新適用期限 | 企業が取るべき対応 |
A類型(生産性向上) | 指標を明確化。 | 2027年3月31日 | 設備投資計画が、明確化された生産性指標の向上に資することを証明できるように準備する。 |
B類型(収益力強化) | 投資利益率の要件を年平均7%以上に引上げ。 | 2027年3月31日 | 投資計画を再計算し、よりハードルの高くなった7%の利益率を達成できるか精査する。 |
B類型(高成長枠) | 建物・附属設備が対象に追加(売上100億円目標+賃上げが要件)。 | 2027年3月31日 | 大規模な事業拡大を計画中の企業は、成長ロードマップを策定し、この新たな優遇措置の活用を検討する。 |
C類型(デジタル化) | 類型自体を廃止。 | 2025年3月31日 | 【緊急】 C類型での適用を予定していた投資は、令和7年3月31日までに計画申請を完了させる必要がある。それ以降は、より要件の厳しいA類型やB類型での適用を検討し直す。 |
この一連の見直しは、政策の明確なピボットを示しています。これまで広範な「デジタル化」を奨励してきた姿勢から、より生産性や収益性に直結する「戦略的でインパクトの大きい投資」を厳選して支援する方向へと転換したのです。使いやすかったC類型の廃止は、企業に対し、IT投資の効果をより厳密に測定し、説明することを求めています。これからの設備投資は、「なぜこの投資が必要で、それによってどれだけ生産性や収益性が向上するのか」を、A類型やB類型の枠組みの中で具体的に示すことができなければ、税制優遇の対象とはなりません。
新たな税負担と変化する優遇措置
今回の改正では、中小企業支援の見直しと同時に、新たな税負担の創設や、既存の優遇措置の運用の厳格化も盛り込まれています。
防衛力強化の財源:防衛特別法人税(仮称)の創設
日本の防衛力強化のための財源確保を目的として、新たに「防衛特別法人税(仮称)」が創設されます 。これは法人税に対する付加税であり、多くの企業にとって新たな税負担となります。
制度の仕組みと計算方法
制度の仕組みは以下の通りです。
- まず、所得税額控除や外国税額控除などを適用する前の法人税額(基準法人税額)を算出します 。
- この基準法人税額から、中小企業への配慮として設けられた基礎控除額500万円を差し引きます 。
- その結果が課税標準(課税標準法人税額)となり、これに4%の税率を乗じた金額が、防衛特別法人税の納税額となります 。
適用時期は、令和8年4月1日以後に開始する事業年度からとされており、少し時間的な猶予があります。中間申告は令和9年4月1日以後開始事業年度から適用されます 。
具体的な計算イメージを掴むため、以下の例を見てみましょう。
表4: 防衛特別法人税の計算例
項目 | 金額 |
1. 基準法人税額 | 3,000万円 |
2. 基礎控除額 | △ 500万円 |
3. 課税標準法人税額 (1 - 2) | 2,500万円 |
4. 税率 | 4% |
5. 防衛特別法人税額 (3 × 4) | 100万円 |
この制度設計の重要な点は、500万円の基礎控除です。これにより、基準法人税額が500万円以下の企業は、実質的にこの新税の負担が生じません。法人税額500万円は、課税所得に換算すると約2,500万円〜3,000万円程度に相当するため、多くの小規模・零細企業は影響を受けない構造になっています。一方で、それを超える利益を上げる中堅・大企業にとっては、無視できない新たな固定コストとして、今後の予算策定や資金繰り計画に織り込む必要があります。
その他の主要な改正点
地域経済牽引事業税制の拡充
地域の経済成長を牽引する設備投資を支援するこの税制について、特定の要件を満たす事業に対する優遇措置が拡充されます。例えば、特別償却率を50%に、税額控除率を5%に引き上げる措置の対象が拡大されるなど、地域経済への貢献度が高い大規模投資をさらに後押しする内容となっています 。
企業版ふるさと納税の延長と透明性向上
企業が地方公共団体の地方創生プロジェクトに寄附を行った場合、寄附額の最大約9割が税額控除等により軽減される「企業版ふるさと納税」は、その高い節税効果から活用が急増しています 。
【朗報】適用期限を3年間延長 この制度の適用期限が3年間延長され、令和9年度まで活用できることになりました 。
【新条件】透明性の確保 ただし、この延長は制度の健全な運用を確保するための透明性向上策を講じることが前提とされています 。具体的には、地方公共団体によるチェック機能の強化や、寄附企業がその寄附先自治体から競争入札によらず事業を受注した場合などに、寄附法人名を公表するといった措置が盛り込まれています 。
これは、制度が寄附を隠れ蓑にした利益誘導に使われることを防ぐためのガバナンス強化策です。今後、この制度を活用する企業は、税務メリットだけでなく、情報公開によるレピュテーションリスクも考慮に入れた上で、自社のCSR(企業の社会的責任)戦略と整合性のとれた寄附を行うことが求められます。
まとめ:経営者が今すぐ取るべきアクションプラン
令和7年度税制改正は、企業経営に多岐にわたる影響を及ぼします。以下に、企業の状況に応じた具体的なアクションプランをまとめました。
- 全ての企業:
- まずは自社の顧問税理士等の専門家と連携し、今回の改正が自社の税負担や投資計画に与える具体的な影響額を試算しましょう。
- 所得が年10億円に近い、または超える企業:
- 軽減税率が17%に引き上げられることによる税負担増を、来期以降の利益計画・納税予測に正確に反映させてください。
- グループ通算制度を適用中(または検討中)の企業:
- 軽減税率の適用除外による税負担増(年間最大32万円)と、グループ通算による損益通算メリットを定量的に比較し、制度利用の継続が最適か、緊急に再評価が必要です。
- デジタル化投資を計画中の企業:
- 令和7年3月31日という期限を強く意識してください。C類型での適用を目指すなら、計画の策定と申請を急ぐ必要があります。間に合わない場合は、A類型・B類型のより厳しい要件下で計画を練り直す準備を始めましょう。
- 法人税額が500万円を超える企業:
- 令和8年度以降、防衛特別法人税という新たなキャッシュアウトが発生します。中期経営計画や資金繰り計画に、この新たな税負担を必ず織り込んでください。
結び:戦略的な適応こそが未来を拓く
令和7年度税制改正は、単なる既存制度の微調整ではありません。中小企業支援のあり方を問い直し、国の成長戦略と財政需要を反映した、大きな政策転換の始まりと捉えるべきです。
新たな負担増に目を奪われがちですが、高成長を目指す企業への投資支援や、地域貢献へのインセンティブなど、国の政策と歩調を合わせることで活用できるチャンスも依然として豊富に存在します。
本記事で解説した情報を、単なる知識として終わらせるのではなく、自社の未来を切り拓くための戦略的な財務・事業計画の見直しへと繋げていただければ幸いです。
【免責事項】 本記事の内容は、令和6年12月27日時点で公表されている「令和7年度税制改正の大綱」等の情報に基づき作成しており、一般的な情報提供を目的としています。実際の税務申告や個別具体的な判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
【主な参照情報源】
- 財務省「令和7年度税制改正の大綱の概要」(令和6年12月27日)
- 財務省「令和7年度税制改正の大綱(本文)」(令和6年12月27日)
- 国税庁、中小企業庁、経済産業省、内閣府地方創生推進事務局の関連ウェブサイト及び公表資料
ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。