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はじめに:2025年度(令和7年度)税制改正がビジネスと暮らしに与えるインパクト
2024年12月27日に閣議決定された「令和7年度税制改正の大綱」は、私たちのビジネスや個人の暮らしに大きな影響を与える重要な変更を数多く含んでいます 。特に個人課税分野においては、単なる税率の変更に留まらず、日本が直面する経済的・社会的課題への対応を色濃く反映した内容となりました。
今回の改正の柱は、大きく分けて以下の3つです 。
- 物価上昇への対応: 持続的な物価上昇局面において、特に低~中所得者層の税負担を軽減し、可処分所得を増やすこと。
- 子育て支援の強化: 少子化対策の一環として、子育て世帯に対する税制上の優遇措置を拡充すること。
- 資産形成の促進: 老後資金への不安を背景に、個人による長期的な資産形成を後押しすること。
この記事では、公認会計士の視点から、経営者および実務担当者の皆様が必ず押さえておくべき「令和7年度税制改正」の個人課税に関する変更点を、具体的な数値や表を交えながら、分かりやすく解説します。本稿で解説する内容は、すべて財務省が公表した公式資料に基づいています 。
【最重要ポイント】「103万円の壁」が「123万円」へ!基礎控除・給与所得控除の引上げを徹底解説
今回の改正で最も注目されているのが、いわゆる「103万円の壁」の見直しです。これは、パートタイマーなどの給与所得者の年収が103万円を超えると所得税が発生するラインのことで、この壁を意識して労働時間を調整する「就業調整」が、かねてより人手不足の一因として問題視されていました 。
この壁を構成していた2つの控除が、令和7年分所得税(令和8年度分住民税)から引き上げられます。
- 基礎控除の引上げ: 合計所得金額が2,350万円以下の納税者を対象に、基礎控除額が現在の48万円から58万円へと10万円引き上げられます 。
- 給与所得控除(最低保障額)の引上げ: 給与所得控除の最低額が、現在の55万円から65万円へと10万円引き上げられます 。
この結果、給与収入のみの場合の非課税限度額は、58万円(新基礎控除)+65万円(新給与所得控除)=123万円 となります。実に20万円もの大幅な引き上げであり、企業の採用戦略や従業員の働き方に直接的な影響を与える重要な変更点です。
表1:基礎控除・給与所得控除の新旧比較表
項目 | 改正前(~令和6年分) | 改正後(令和7年分~) | 差額 |
基礎控除 | 48万円 | 58万円 | +10万円 |
給与所得控除(最低額) | 55万円 | 65万円 | +10万円 |
合計(非課税限度額) | 103万円 | 123万円 | +20万円 |
この変更は、パート・アルバイト従業員を多く雇用する企業にとって、より多くの労働時間を確保できるチャンスとなります。従業員に対してこの変更点を丁寧に説明し、新たな働き方を提案することが可能になります。ただし、社会保険の加入義務が生じる「106万円の壁」や「130万円の壁」は今回の税制改正の対象外であるため、従業員への説明の際には、税金と社会保険の違いを明確に伝える注意が必要です。
子育て世帯を強力に支援!3つの税制優遇策
今回の改正では、子育て世帯を対象とした税制優遇策が重点的に盛り込まれました。住宅、扶養、生命保険という3つの側面から支援が強化されます。
3.1. 住宅ローン減税:子育て特例の1年延長と借入限度額
住宅ローン減税(住宅借入金等特別控除)は、2024年から省エネ性能に応じて借入限度額が縮小されましたが、子育て世帯等については2024年入居分に限り、縮小前の高い水準が維持される特例が設けられていました。
今回の改正では、この特例措置が1年間延長され、2025年(令和7年)中に入居する子育て世帯等も引き続き高い借入限度額の恩恵を受けられることになりました 。
ここでいう「子育て世帯等」とは、19歳未満の扶養親族を有する者、または本人か配偶者のいずれかが40歳未満である世帯を指します 。
表2:令和7年入居における住宅ローン減税の借入限度額
住宅の種類 | 子育て世帯等 | 一般世帯 | 控除期間 |
認定住宅(長期優良住宅・低炭素住宅) | 5,000万円 | 4,500万円 | 13年 |
ZEH水準省エネ住宅 | 4,500万円 | 3,500万円 | 13年 |
省エネ基準適合住宅 | 4,000万円 | 3,000万円 | 13年 |
出典:財務省「令和7年度税制改正の大綱」 、国土交通省資料等を基に作成
また、合計所得金額1,000万円以下の納税者が床面積40㎡以上50㎡未満の新築住宅を取得した場合の緩和措置も、2025年12月31日までの建築確認分に延長されています 。
3.2. 扶養控除の大きな変更点:新設「特定親族特別控除」とは?
扶養控除制度にも、大学生などの子を持つ世帯に配慮した大きな変更が加えられました。新たに「特定親族特別控除」が創設されます 。
これは、年齢19歳以上23歳未満の親族(大学生年代の子など)を対象とするもので、子のアルバイト収入が増えても、親が受けられる控除額が急にゼロにならないよう、段階的に減少する仕組みです 。
具体的には、子の合計所得金額が従来の扶養控除の上限(改正後は58万円)を超えても、123万円以下である場合に適用されます。これにより、子はより多くの収入を得ながら、親は一定の税負担軽減を受け続けることが可能になります。
表3:特定親族特別控除の仕組み(子の所得に応じた控除額)
特定親族(子)の合計所得金額 | 給与収入の目安 | 親が受けられる控除額 |
58万円超~85万円以下 | 123万円超~150万円以下 | 63万円 |
85万円超~90万円以下 | 150万円超~155万円以下 | 61万円 |
90万円超~123万円以下 | 155万円超~188万円以下 | 段階的に逓減 |
123万円超 | 188万円超 | 0円 |
出典:国税庁資料等を基に作成
この改正は、子の就労意欲を削ぐことなく、家計を支援することを目的としています。企業の実務担当者にとっては、年末調整の際に新たに従業員の子の所得状況を確認する必要が出てくるため、注意が必要です。
3.3. 生命保険料控除:23歳未満の扶養親族がいる場合の期間限定の拡充
子育て世帯の万が一への備えを後押しするため、生命保険料控除が期間限定で拡充されます 。
23歳未満の扶養親族を有する納税者を対象に、令和8年分の所得税について、一般生命保険料控除の適用限度額が、現行の4万円から6万円に引き上げられます 。
表4:生命保険料控除の改正内容(子育て世帯向け特例)
項目 | 改正前(現在) | 改正後(令和8年分) |
対象者 | 全ての納税者 | 23歳未満の扶養親族を有する納税者 |
一般生命保険料控除の限度額 | 最高4万円 | 最高6万円 |
3つの控除の合計限度額 | 12万円 | 12万円(変更なし) |
ただし、この拡充には重要な注意点があります。一般生命保険料、介護医療保険料、個人年金保険料の3つの控除を合わせた合計適用限度額12万円は据え置かれます 。したがって、すでに他の保険料で合計12万円の控除枠を使い切っている方にとっては、今回の改正による実質的な減税効果はないことになります。
老後資金の準備を後押し!資産形成に関わる税制改正
個人の資産形成を促すための改正も行われました。特にiDeCo(個人型確定拠出年金)の拡充は、多くの人にとってメリットのある変更です。
4.1. iDeCo(個人型確定拠出年金):拠出限度額の拡大
老後に向けた私的年金制度であるiDeCoについて、加入者の属性に応じた拠出限度額(掛金の上限)が引き上げられます 。これにより、より多くの資金を非課税で積み立て、将来に備えることが可能になります。
表5:iDeCo拠出限度額の新旧比較
加入者区分 | 現行の拠出限度額(月額) | 改正後の拠出限度額(月額) |
第1号被保険者(自営業者等) | 6.8万円 | 7.5万円 |
第2号被保険者(会社員・公務員)- 企業年金なし | 2.3万円 | 6.2万円 ※ |
第2号被保険者(会社員・公務員)- 企業年金あり | 5.5万円(共通枠) | 6.2万円(共通枠) |
※企業型DCとの共通の拠出限度額
出典:財務省「令和7年度税制改正の大綱」
特に、これまで拠出限度額が低く抑えられていた「企業年金のない会社員」の上限が大幅に引き上げられる点は、特筆すべきでしょう。
4.2. NISA(少額投資非課税制度):利便性向上のための地味ながら重要な変更
NISA制度自体に大きな変更はありませんが、利用者の利便性を高めるための改正が行われます 。
- つみたて投資枠で購入できるETF(上場投資信託)の最低取引単位が1,000円以下から1万円以下に引き上げられ、より柔軟な積立設定が可能になります。
- NISA口座を金融機関間で変更する際に、即日での買付けが可能となり、乗り換え時の機会損失がなくなります。
【経営者・投資家向け】エンジェル税制の改正ポイント
経営者や個人投資家にとって見逃せないのが、エンジェル税制の改正です。エンジェル税制とは、スタートアップ企業へ投資を行った個人投資家に対する税制優遇措置です 。
今回の改正の最大のポイントは、株式譲渡益を元手とする再投資期間の延長です 。
従来は、株式を売却して利益が出た年と同じ年内にスタートアップへ投資しなければ、優遇措置を受けられませんでした。これが改正により、譲渡益が発生した年の翌年末までに投資を行えば、譲渡益が発生した年に遡って税制優遇の適用を受けられるようになります 。
この変更により、投資家は有望な投資先をじっくりと探す時間的猶予を得られるようになります。成功した事業の売却益などを次の成長企業へ再投資するサイクルを促進する、非常に戦略的な改正と言えるでしょう。
【実務担当者必見】令和7年分 年末調整はこう変わる!準備すべき3つのこと
これまで見てきた数々の改正は、令和7年分の年末調整業務に直接影響します。実務担当者の皆様は、今から準備を進める必要があります。
6.1. 扶養控除等申告書の再確認と新様式への対応
今回の改正により、これまで扶養控除の対象外だった従業員の親族が、新たに対象となるケースが発生します。特に「特定親族特別控除」の創設に伴い、従業員には子の所得状況を再確認してもらい、必要であれば「給与所得者の扶句控除等(異動)申告書」を再提出してもらう必要があります 。
また、特定親族特別控除の適用を受けるためには、新たに「給与所得者の特定親族特別控除申告書」の提出が必要となります。この様式は、従来の「基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書」と統合され、一枚のより複雑な様式になる見込みです 。
6.2. 給与計算システムへの影響と設定変更の注意点
基礎控除額が所得に応じて変動する仕組みや、特定親族特別控除の段階的な計算など、手計算での対応は非常に煩雑で、ミスの原因となります 。
利用している給与計算システムが、今回の税制改正にいつ、どのように対応するのか、ソフトウェアベンダー(OBC、弥生、マネーフォワードなど)からの情報を早期に確認し、システムのアップデートや設定変更を計画的に行うことが不可欠です 。手作業や古いシステムに依存している場合、これを機にクラウド型給与計算システムへの移行を検討することも有効な対策です。
6.3. 従業員への周知とQ&Aの準備
制度が複雑化することで、従業員からの問い合わせが増加することが予想されます。特に、「自分の子供は新しい控除の対象になるのか」「いくらまで働けるようになったのか」といった質問が多く寄せられるでしょう。
国税庁が公表するQ&Aなどを参考に 、社内向けに分かりやすい説明資料を作成し、事前に周知することが混乱を防ぐ鍵となります。年末調整の繁忙期を迎える前に、社内説明会などを開催するのも良いでしょう。
まとめ:令和7年度税制改正への備えと今後の動向
令和7年度税制改正における個人課税分野の変更は、物価高への対応と子育て支援という明確な政策意図に基づいた、多岐にわたるものです。
- 「123万円の壁」への引き上げは、労働市場に変化をもたらす可能性があります。
- 子育て世帯向けの優遇策は、対象となる従業員の税負担を直接軽減します。
- そしてこれらの変更は、令和7年分の年末調整業務を大きく変えることになります。
経営者および実務担当者の皆様におかれましては、本記事で解説したポイントを基に、早期の準備と対応を進めていただくことが、スムーズな移行と従業員の満足度向上につながります。今後の法案成立や国税庁から公表される詳細な実務手続きに関する情報にも、引き続きご注目ください。
ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。