4.株式投資

「この株、お買い得?」株価の”ものさし” PERをやさしく解説します

はじめに - 投資の第一歩は「割安?割高?」を知ることから

株式投資と聞くと、なんだか難しそう、専門用語ばかりでよくわからない、と感じる方も多いかもしれません。しかし、基本の考え方は、実は普段の買い物とよく似ています。例えば、素敵な洋服を見つけたとき、多くの人はまず値札を確認し、その品質やデザインに見合った価格かどうかを考えますよね。とても良い品物でも、値段が高すぎたら購入をためらうかもしれません。逆に、品質はそこそこでも、驚くほど安ければ「お買い得」だと感じるでしょう 。  

株式投資もこれと全く同じです。どんなに素晴らしい会社でも、その株価が法外に高ければ、良い投資先とは言えません。逆に、今はあまり注目されていなくても、会社の価値に比べて株価が安ければ、それは絶好の「お買い得」チャンスかもしれません。

この「株価が会社の価値に比べて割安か、割高か」を判断するための、最も基本的で重要な”ものさし”が、今回ご紹介するPER(株価収益率)です 。PERは、投資する株を探すとき、保有している株を売るタイミングを考えるとき、あるいは市場全体が値下がりしているときに、冷静な判断を下すための強力な味方になります 。  

この記事では、公認会計士の視点から、このPERという”ものさし”の使い方を、誰にでもわかるように、やさしく、そして具体的に解説していきます。この記事を読み終える頃には、企業の株価をただの数字としてではなく、その価値を測るための具体的な指標として見ることができるようになっているはずです。

まずは基本から!PER(株価収益率)って一体なに?

PERは「Price Earnings Ratio」の略で、日本語では「株価収益率(かぶかしゅうえきりつ)」と呼ばれます 。その名の通り、株価(Price)  

が、その会社の利益(Earnings)と比べて、どのくらいの水準にあるのかを示す指標です。具体的には、「株価が1株あたりの利益の何倍になっているか」を表します 。  

計算式はとてもシンプルです。

PER(倍)=株価÷1株あたり当期純利益(EPS)

ここで出てくる「1株あたり当期純利益(EPS)」も難しく考える必要はありません。これは、会社が1年間で稼いだ最終的な利益(当期純利益)を、発行している株式の数で割っただけのものです 。つまり、「株主が持つ株1枚あたり、会社はいくら利益を稼いだか」を示しています。  

このPERが持つ意味を、より直感的に理解するには、2つの見方があります。

  1. 「利益の何倍まで株価が買われているか」という見方 PERが10倍であれば、その会社の「1株あたりの利益」の10倍の値段が株価についている、という意味になります 。  
  2. 「投資したお金を何年で回収できるか」という見方 こちらの方が初心者の方には分かりやすいかもしれません。PERが10倍ということは、もし会社の利益が毎年同じだと仮定した場合、投資した金額をその会社の利益で回収するのに10年かかる、と考えることができます 。当然、この年数は短い方が効率が良いですよね。だから、一般的に   PERの数値が低いほど、株価は割安と判断されるのです 。  

具体的な例で見てみましょう。ここに「ニコニコ製菓」というお菓子の会社があったとします。

  • ニコニコ製菓の株価:1,000円
  • ニコニコ製菓の1株あたり当期純利益(EPS):100円

この場合、ニコニコ製菓のPERは、1,000円÷100円=10倍 となります 。これは、投資した1,000円を回収するのに10年かかる、という目安を示しています。もし、ライバル会社の「ワクワクフーズ」の株価が同じ1,000円でも、1株あたり利益が50円しかなければ、そのPERは20倍となり、投資回収に20年かかる計算になります。この2社を比べると、ニコニコ製菓の方が「割安」だと言えそうですね。  

このように、PERは株価という表面的な数字の裏側にある「収益力」と結びつけて価値を測るための、最初のステップなのです。

PER活用の王道①:『同業他社』と比べてみよう

PERの基本的な意味がわかったところで、次に実践的な使い方を見ていきましょう。最も重要で基本的な使い方が、同じ業界の他の会社(同業他社)と比較することです 。  

よく「PERは15倍が目安」と言われることがあります 。これは、日本の代表的な株価指数である日経平均株価のPERが、歴史的に15倍前後で推移することが多かったためです 。しかし、この「15倍」という数字を、すべての会社に当てはめてしまうのは非常に危険です。なぜなら、PERの適正な水準は、業界によって大きく異なるからです 。  

例えば、最新の技術で急成長しているIT企業と、昔からある安定した電力会社を同じPERのものさしで測ることはできません。これは、リンゴとミカンを比べて「どちらが優れた果物か」と議論するようなものです。

投資家たちは、将来大きく成長しそうな業界の会社には、高い期待を寄せます。その期待が株価に反映されるため、IT・情報通信、バイオ・医薬品といった成長産業では、PERが高くなる傾向があります 。たとえ現在の利益が小さくても、「将来もっと大きな利益を生むはずだ」と多くの人が考えるため、株価が利益の何十倍にもなることがあるのです。  

一方で、銀行や電力、食品といった成熟産業は、業績が安定しているものの、爆発的な成長は期待しにくいです。そのため、投資家の期待もそこそこに留まり、PERは比較的低くなる傾向があります 。  

業種(あくまでイメージです)平均PERの傾向特徴
情報・通信業高め高い成長が期待され、将来の利益が株価に織り込まれやすい。
医薬品高め新薬開発など、研究開発への大きな期待が反映されやすい。
小売業普通景気の動向に比較的連動し、安定した需要が見込まれる。
銀行業低め業績は安定しているが、規制も多く急成長はしにくい。

このように、PERを使って株の割安・割高を判断する際は、必ず同じ土俵で比べることが鉄則です。気になる会社を見つけたら、まずはYahoo!ファイナンスや証券会社のサイトでその会社がどの「業種」に分類されているかを確認しましょう 。そして、同じ業種のライバル企業たちのPERをいくつか調べて、比較対象の会社のPERがその平均と比べて高いのか、低いのかをチェックするのです。このひと手間が、PERという指標を正しく使いこなすための鍵となります。  

PER活用の王道②:その会社の『過去』と比べてみよう

同業他社との比較と並んで、もう一つ重要なPERの活用法があります。それは、その会社自身の過去のPERと比較することです 。  

会社にも、人と同じように個性があります。市場から常に高い成長を期待されて、PERが30倍前後で推移するのが「普通」という会社もあれば、安定志向でPERが10倍前後で推移するのが「当たり前」という会社もあります。その会社の「PERの個性」を理解せずに、現在の数値だけを見ても、それが本当に割安なのか割高なのかは判断できません。

そこで役立つのが「ヒストリカルPER」です 。これは、過去にその会社のPERがどのように推移してきたかを示すグラフやデータのことです。多くの投資情報サイト(例えば「株探」など)や証券会社のツールで確認することができます 。  

ヒストリカルPERのチャートを見ると、その会社のおおよその「PERの範囲(レンジ)」がわかります。例えば、ある会社の過去数年間のPERが、おおむね10倍から15倍の間で動いていたとします。もし、現在のPERが8倍まで下がっていたら、「いつもの水準よりかなり割安かもしれない」と考えることができます 。逆に、現在のPERが20倍に上がっていたら、「少し過熱気味で、割高になっているかもしれない」という判断材料になります。  

さらに、ヒストリカルPERのチャートには、投資判断に役立つ便利な目印がついていることがあります。

  • 「決」: 決算発表があった日を示します。会社の業績が発表されると、利益の数字が変わるため、PERが大きく動くきっかけになります。
  • 「修」: 業績予想の修正が発表された日を示します。会社が「今年の利益は思ったより良さそうです(上方修正)」あるいは「悪そうです(下方修正)」と発表すると、投資家の期待が変化し、PERも変動します。

これらのアイコンに注目することで、単にPERが上下したという事実だけでなく、「なぜPERが動いたのか」という背景まで読み解くことができます。例えば、「決算発表(決)の後、PERが急に下がったな。発表された利益が市場の予想を大きく上回ったから、株価が上がる以上にPERの分母(利益)が大きくなったんだな」といった分析が可能になります。これは、単なる数字の比較から一歩進んだ、より深い企業分析の入り口と言えるでしょう。

【公認会計士の視点】PERの数値だけ見てはダメ!投資家が知るべき3つの注意点

さて、ここまでPERの基本的な使い方を解説してきましたが、ここからは公認会計士ならではの視点で、PERの数字を鵜呑みにする危険性についてお話しします。PERの計算式はシンプルですが、その分母である「利益」は、時として投資家を惑わすクセモノでもあるのです。

注意点1:PERが高い=「割高」とは限らない

まず、PERが高い銘柄を単純に「割高だからダメ」と切り捨ててはいけません。前述の通り、高いPERは、市場からの高い成長期待の表れであることが多いのです 。例えば、かつてのAmazonのように、PERが100倍を超えるような時期もありました 。これは、投資家たちが「今の利益は小さくても、この会社は将来、今の100倍以上の利益を稼ぐポテンシャルがある」と信じて、未来の利益にお金を払っていたからです。  

このような成長株への投資(グロース投資)では、現在のPERの高さよりも、将来の成長がその期待を上回れるかどうかが重要になります 。  

ただし、会計士として付け加えるならば、高いPERには相応のリスクが伴います。それは、もし期待されたほどの成長が実現できなかった場合、株価が大きく下落する可能性があるということです。高いPERの株は「完璧な未来」が織り込まれているため、少しでもそのシナリオが崩れると、失望売りを招きやすいのです。

注意点2:一時的な利益・損失のワナ

これが、会計士として最も注意を促したいポイントです。PERの計算に使われる「当期純利益」には、その会社の本業とは関係のない、その期だけ特別に発生した利益や損失が含まれている場合があります。これらを会計用語で「特別利益」「特別損失」と呼びます 。  

この「特別」な項目が、PERの数値を大きく歪ませるワナになるのです。

  • ワナの例①:特別利益でPERが「不当に低く」見えるケース ある会社が、本社ビルを売却して100億円の利益(特別利益)を上げたとします。この利益は当期純利益に加算されるため、その年の1株あたり利益(EPS)は非常に大きくなります。その結果、株価が変わらなくても、PERは計算上、極端に低くなります 。   これを見た投資家は「PERが5倍!なんて割安なんだ!」と飛びついてしまうかもしれません。しかし、この利益はビルを売ったことによる一時的なもので、来年以降も続くわけではありません。会社の本業の収益力が上がったわけではないのに、PERの数字だけが一人歩きして割安に見えてしまうのです。
  • ワナの例②:特別損失でPERが「不当に高く」見えるケース 逆に、工場で火災が起きたり、大規模なリストラを行ったりして、多額の損失(特別損失)を計上したとします 。すると、その年の当期純利益は大幅に減少、あるいは赤字になります。その結果、PERは非常に高い数値になるか、後述するように計算不能になります 。   これを見て「PERが50倍なんて割高すぎる」とか「赤字の会社はダメだ」と判断するのは早計かもしれません。この損失が一過性のもので、本業のビジネスモデルは健全であれば、来期以降は利益が回復し、株価も持ち直す可能性があります。むしろ、このような一時的な悪材料で売られすぎている時こそ、投資のチャンスになることさえあります。

【会計士からのアドバイス】 PERを見るときは、必ず「この利益は、来年以降も続く持続的なものか?」と自問自答する癖をつけましょう。企業の決算発表資料である「決算短信」などを少し覗いてみて、「特別利益」や「特別損失」という項目に大きな金額が計上されていないかチェックするだけで、このワナの多くは回避できます。重要なのは、利益の「量」だけでなく「質」を見極めることです。

注意点3:利益がマイナス(赤字)の会社はどう見る?

会社が赤字、つまり当期純利益がマイナスの場合、1株あたり利益(EPS)もマイナスになります。PERを計算すると、当然マイナスの数値になります 。  

PERがマイナス10倍、というのはどう考えれば良いのでしょうか?「投資回収にマイナス10年かかる」というのは意味が通りませんね。そのため、赤字企業のPERは、分析上意味をなさないとされています 。多くの投資情報サイトでは、赤字企業のPERは「-(ハイフン)」や「N/A(該当なし)」と表示されます。  

【会計士からのアドバイス】 赤字の会社や、設立間もないベンチャー企業など、利益が出ていない会社の価値を測りたい場合、PERは適切な”ものさし”ではありません。このような場合は、別の指標に切り替える必要があります。その代表格が、会社の「資産」に注目するPBR(株価純資産倍率)です 。PERが使えない場面では、PBRなどの他の指標で多角的に分析することが重要です。  

PERは万能じゃない!他の指標と合わせて多角的に判断しよう

ここまでPERの有用性と注意点を解説してきましたが、最後に忘れてはならないのは、PERは決して万能ではないということです 。PERは企業の「収益力」という一面を切り取った指標に過ぎません。企業には他にも、資産の状況や、お金の稼ぎ方の上手さなど、見るべき側面がたくさんあります。  

優れた投資家は、一つの指標に頼るのではなく、複数の指標を組み合わせて、企業を立体的に評価します。PERの「チームメイト」として、最低でも以下の2つは知っておくと、分析の幅がぐっと広がります。

  1. PBR(株価純資産倍率)- 資産の視点 Price Book-value Ratioの略で、株価が1株あたりの純資産の何倍かを示します 。純資産とは、会社が持っている総資産から負債を差し引いた、いわば「会社の正味の財産」です。PBRが1倍なら、株価と会社の解散価値(理論上、会社を清算したときに株主に戻ってくるお金)が同じということになります 。一般的に1倍を下回ると、資産価値から見て割安と判断されます。PERが使えない赤字企業の評価や、銀行や不動産など資産を多く持つ企業の分析で特に力を発揮します 。  
  2. ROE(自己資本利益率)- 効率の視点 Return On Equityの略で、株主が出したお金(自己資本)を使って、会社がどれだけ効率的に利益を生み出しているかを示す指標です 。ROEが高いほど、「お金の稼ぎ方が上手い」質の高い企業と評価できます。一般的に10%を超えると優良とされることが多いです 。たとえPERが同じ10倍の会社が2社あっても、片方のROEが5%で、もう一方が15%であれば、後者の方がより魅力的な投資先と言えるでしょう。  

PERで「割安さ」を、PBRで「安定性」を、ROEで「収益効率」をチェックする。このように、それぞれの指標が持つ意味を理解し、自分なりの分析ダッシュボードを作ることで、より精度の高い投資判断が可能になります。

まとめ:PERを味方につけて、賢い株式投資の一歩を踏み出そう

今回は、株式投資の基本的な指標であるPERについて、その意味から実践的な使い方、そしてプロが気をつけるべき注意点までを詳しく解説しました。最後に、重要なポイントをもう一度おさらいしましょう。

  • PERは株価の「値札」のようなもの。会社の利益と比べて割安か割高かを教えてくれる。
  • 「15倍」のような絶対的な基準はない。必ず「同業他社」や「その会社の過去」と比較して判断する。
  • 会計のプロのように「利益の質」をチェックする。ビル売却などの一時的な利益や損失に惑わされない。
  • PERは万能ではない。PBR(資産)やROE(効率)といった仲間と一緒に使い、会社を立体的に見る。

PERという一つの”ものさし”を使いこなせるようになるだけで、株式投資は「何となく」から「根拠のある」判断へと大きく変わります。もちろん、これだけで必ず成功するわけではありませんが、大きな失敗を避け、良い投資機会を見つけるための強力な武器になることは間違いありません。

この記事が、あなたの賢い株式投資の第一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。

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