はじめに:誰もが夢見る「配当金生活」、でも落とし穴も?
株式投資への関心が、かつてないほど高まっています。特に、株を保有しているだけで定期的にお金がもらえる「配当金」は、多くの人にとって大きな魅力でしょう。銀行預金の金利が非常に低い今、配当金による収入、いわゆる「インカムゲイン」は、資産形成の力強い味方です 。さらに、新しいNISA(少額投資非課税制度)の登場で、受け取った配当金が非課税になるため、その魅力はますます輝きを増しています 。
こんにちは、公認会計士の佐藤と申します。私の仕事は、企業の「健康診断書」ともいえる決算書を読み解き、その会社が本当に健全かどうかをチェックすることです。そんな職業柄、多くの投資家が夢見る「配当金生活」という言葉の裏に、実は見過ごされがちな「落とし穴」が潜んでいることをお伝えしたいと思っています。
「配当利回り5%!なんて素晴らしいんだろう!」――そう思って飛びついた株が、数年後には配当金を減らし(減配)、株価も大きく下落してしまった…そんな悲しい話は、残念ながら珍しくありません。
この記事では、公認会計士である私が、皆さまをそんな失敗から守るための羅針盤となります。単に配当利回りの数字を見るだけでなく、その配当が本当に「持続可能」なのかを見抜くためのプロの視点をお伝えします。この記事を読み終える頃には、あなたも表面的な数字に惑わされず、真に安定した配当を出し続ける優良企業を見つけるための「武器」を手にしているはずです。
第1章:高配当株の「光と影」― なぜ私たちは惹かれ、そして何を警戒すべきか
高配当株投資は、正しく行えば非常に有効な資産形成手段ですが、その特性を理解しないまま始めると、思わぬ損失を被る可能性もあります。まずは、その魅力(光)と、注意すべき罠(影)の両面をしっかりと見ていきましょう。
1-1. 高配当株の魅力(光の部分)
多くの投資家が高配当株に惹かれるのには、明確な理由があります。
- 定期的な現金収入という安心感 最大の魅力は、なんといっても定期的に現金収入が得られることです。日本株の場合、多くの企業が年に2回(中間と期末)配当金を支払います 。株価が上がったり下がったりする中で、保有しているだけでチャリンチャリンとお金が入ってくる仕組みは、精神的な安定につながります。市場全体が下落している局面でも、配当収入があることで投資を続けるモチベーションを保ちやすいのです 。
- 成熟した安定企業が多い 安定して高い配当を支払える企業は、多くの場合、事業が成熟期に入った大企業です。例えば、通信、電力・ガス、食品といった、私たちの生活に不可欠なサービスを提供している企業がこれにあたります 。これらの企業は、急激な成長こそ期待しにくいものの、景気の波に左右されにくく、安定した収益基盤を持っていることが多いのです。投資初心者にとって、値動きの激しい新興企業よりも、こうした身近でビジネスモデルが分かりやすい企業の方が安心して投資しやすいでしょう 。
- 自分だけの「年金」を作れる 長期的に高配当株に投資し、得られた配当金を再投資していくことで、将来の大きなキャッシュフロー源を育てることができます。これはまさに「自分だけのオリジナル年金」を作るようなものです 。特に、毎年配当を増やし続ける「連続増配」企業に投資すれば、複利の効果で受け取れる配当金が雪だるま式に増えていくことも期待できます 。
1-2. 高配当株の罠(影の部分)
しかし、甘い言葉には棘があるもの。高配当株には、初心者が陥りやすい罠がいくつも存在します。
- 高すぎる配当利回りは「危険信号」 配当利回りのランキングを見ると、時には6%、7%、あるいはそれ以上の驚くような数字が並んでいることがあります 。しかし、これに飛びつくのは非常に危険です。そもそも配当利回りの計算式を思い出してみましょう。 配当利回り(%)=(1株あたりの年間配当額÷株価)×100この式からわかるように、配当利回りが高くなる理由は2つあります。①会社が配当を増やす(増配)か、②株価が下落するか、です。そして、異常に高い配当利回りの多くは、後者の「株価の下落」が原因です。なぜ株価が下がるのか?それは、多くの投資家が「この会社の業績は悪化していて、将来、配当が維持できなくなる(減配される)だろう」と予測し、株を売っているからです 。つまり、高すぎる利回りは、企業の魅力の証ではなく、むしろ「将来への危険信号」であることが多いのです。一般的に、配当利回りが6%を超えるような銘柄は、まず疑ってかかるべきです 。
- 「減配・無配」という悪夢 高配当株投資における最大のリスクが、企業の業績悪化などによる「減配(配当が減ること)」や「無配(配当がなくなること)」です。これは投資家にとって「二重の打撃」となります。まず、期待していた将来の現金収入が失われます。そして、それ以上に深刻なのが、減配発表による株価の暴落です。「高い配当がもらえる」という最大の投資理由が失われた株は、投資家から一斉に売られ、株価は大きく下落します 。過去には、日本たばこ産業(JT)や日産自動車といった有名企業でさえ、減配や無配を発表し、多くの投資家が受け取るはずだった配当金以上の含み損を抱えることになりました 。配当は決して約束されたものではない、ということを肝に銘じておく必要があります。
- 一回だけのお祭り「記念配当」の罠 企業が創立〇〇周年などを記念して、通常の配当に上乗せして支払う「記念配当」や、一時的な好業績を還元する「特別配当」を出すことがあります 。問題は、多くの株価情報サイトが、この一時的な配当も含めて年間の配当利回りを計算してしまうことです。これを知らずに投資すると、「来年もこの高い利回りがもらえるはず」と期待していたのに、翌年には通常の配当額に戻ってしまい、がっかりすることになります。高い利回りを見つけたら、それが継続的なものなのか、一時的なものなのかを必ず確認する癖をつけましょう。
第2章:会計士の道具箱 ― 利回りより大切な「2つの数字」
では、どうすればこれらの罠を避け、本当に安定した配当を出し続けられる企業を見つけられるのでしょうか。ここで、私たち会計士が企業の健康状態をチェックする際に使う「道具」が役立ちます。それは、表面的な「配当利回り」よりもはるかに重要な「2つの数字」です。
2-1. 道具①:配当性向 ― その会社、身の丈に合った生活をしていますか?
最初の道具は「配当性向(はいとうせいこう)」です。
- 配当性向とは? 配当性向とは、会社がその年に稼いだ利益(税引後純利益)のうち、何パーセントを配当金の支払いに充てたかを示す指標です 。 これを個人の家計に例えてみましょう。あなたの手取り月収が30万円で、そのうち9万円を家賃や趣味に使ったとします。この場合、あなたの「支出性向」は30%(9万円 ÷ 30万円)です。これと同じ考え方で、会社の利益のうち、どれくらいの割合を株主に還元しているかを見るのが配当性向です。計算式は以下の通りです。配当性向(%)=(1株あたりの配当額÷1株あたりの利益)×100
- 配当性向から何がわかるか? 配当性向を見ることで、その企業の配当方針が「持続可能」なものかどうかが分かります。日本の主要な上場企業では、配当性向の目安は30%前後とされています 。これを基準に、企業の健康状態をチェックしてみましょう。
- 健全ゾーン(30%~50%):稼いだ利益の半分以下を配当に回しています。これは、株主への還元と、将来の成長のための投資(内部留保)のバランスが取れている状態です。急な業績悪化にも耐える余力があり、配当の持続可能性は高いと言えます 。KDDIのように、明確に「配当性向40%超」を目標に掲げている企業もあります 。
- 注意ゾーン(60%~80%):株主還元に積極的ですが、利益の大部分を配当に回しているため、会社に残るお金が少なくなります。少し業績が落ち込んだだけで、配当を維持できなくなる可能性があります。
- 危険ゾーン(100%超):これは最大の警告サインです。会社が稼いだ利益以上に配当を支払っている「タコ足配当」の状態を意味します 。家計で言えば、給料以上の生活費を、貯金を取り崩したり、カードローンで賄ったりしているのと同じです。このような状態は長くは続かず、減配のリスクが極めて高いと言わざるを得ません 。
2-2. 道具②:キャッシュフロー ― 配当金の「本当の源泉」はどこですか?
2つ目の、そして最も重要な道具が「キャッシュフロー」です。
- 会計士の視点:「利益」と「現金」は違う ここで、会計士として一番お伝えしたい重要な事実があります。それは、「利益が出ていること」と「会社にお金があること」は全く違うということです。決算書の一つである「損益計算書」上で利益(黒字)が出ていても、実際には銀行口座の現金がカツカツ、という会社は存在します。そして、株主への配当金は、帳簿上の「利益」から支払われるのではなく、実際に会社にある「現金(キャッシュ)」から支払われるのです。この現金の流れを把握するための決算書が「キャッシュフロー計算書」です。
- 見るべきは「営業キャッシュフロー」 キャッシュフロー計算書には3つの区分がありますが、まず見るべきは「営業活動によるキャッシュフロー(営業CF)」です。これは、企業が本業(商品の販売やサービスの提供)でどれだけ現金を稼いだかを示す、いわば会社の「金融生命線」です 。安定配当を続ける企業は、この営業CFが毎年しっかりとプラスになっていることが絶対条件です。もし営業CFがマイナスだったり、年々減少傾向にあったりすれば、本業で現金を稼ぐ力が弱っている証拠であり、配当の安全性に黄信号が灯ります 。
- より重要な「フリーキャッシュフロー」 さらに一歩進んで確認したいのが「フリーキャッシュフロー(フリーCF)」です。これは、営業CFから、事業を維持・成長させるために最低限必要な設備投資などを差し引いた、会社が本当に自由に使える現金のことです 。このフリーCFこそが、配当金の支払いや借金の返済といった株主還元の「本当の源泉」となります 。 簡単な計算式は以下の通りです。フリーキャッシュフロー=営業活動によるキャッシュフロー−投資活動によるキャッシュフロー(※投資活動によるキャッシュフローは通常マイナスで表示されるため、実質的には足し算になります) ここで最も重要なチェックポイントは、「フリーキャッシュフローが、年間の配当金支払総額を上回っているか?」です。もし配当金支払総額の方が大きければ、その会社は自由に使えるお金以上に配当を支払っていることになり、これもまた持続不可能な状態と言えます。
第3章:実践分析 ―「安定配当株」と「危険な高配当株」を見分ける
それでは、これまで学んだ「道具」を使って、実際の企業をどのように分析するのかを見ていきましょう。
3-1. ケーススタディ①:安定配当企業の代表例(KDDI)
通信大手のKDDIは、安定配当株の代表格としてよく名前が挙がります 。
- 株主還元の姿勢:KDDIは中期経営計画において、「配当性向40%超を維持」し、「持続的な増配を目指す」と明確に宣言しています 。これは、経営陣が株主還元を非常に重視していることの表れです。
- 財務の健全性:実際の財務データを見ても、配当性向は目標通り40%台で安定的に推移しています。これは、利益の範囲内で無理なく配当を支払っている健全な状態を示しています。また、キャッシュフロー計算書を確認すれば、通信事業という安定した本業から毎年莫大な営業キャッシュフローを生み出しており、その範囲内で十分に配当金が支払われていることが分かります 。
KDDIの事例は、①明確な株主還元方針、②持続可能な配当性向、③本業による潤沢なキャッシュフロー、という安定配当企業に共通する3つの特徴を完璧に示しています。
3-2. ケーススタディ②:減配の罠に陥った企業の教訓(JTの事例)
かつて高配当株の王様とも言われた日本たばこ産業(JT)は、2021年に上場来初の減配を発表し、市場に衝撃を与えました 。しかし、実はその減配には、事前に読み取れる「予兆」がありました。
- 危険信号だった配当性向:JTの有価証券報告書を見ると、減配が発表される前年、2020年12月期の純利益は約3,103億円でした。一方で、年間の配当金支払総額は約2,731億円。これによって計算される配当性向は、なんと113.0%にも達していました 。さらに減配が実施された2021年12月期も 114.5%でした 。
- 分析:これはまさに、稼いだ利益以上のお金を配当として支払っていた「タコ足配当」の状態です。キャッシュフロー計算書を見ると、営業CFはプラスを維持していましたが(2020年: 5,198億円、2021年: 5,989億円)、その稼いだ現金のかなりの部分が配当金の支払いに消えていました 。利益が回復しない限り、この配当水準が持続不可能であることは、決算書を注意深く見ていれば明らかでした。
JTの事例は、高い配当利回りという表面的な魅力の裏で、配当性向が100%を超えるという明確な危険信号が点灯していたことを教えてくれます。この教訓は、すべての高配当株投資家が心に刻むべきものです。
財務健全性チェックリスト
これまでの分析を、一目でわかる比較表にまとめました。銘柄選びの際に、ぜひこのチェックリストを活用してください。
指標 (Metric) | 安定配当企業 (例: KDDI) | 減配リスク企業 (例: 減配前のJT) | 会計士のチェックポイント (CPA's Checkpoint) |
配当利回り (Yield) | 3-4% (魅力的だが過度ではない) | 5-7%+ (非常に高い) | 高すぎる利回りは危険信号かも? |
配当性向 (Payout Ratio) | 40-50% (健全な範囲) | 100%超 (利益を超過) | 100%超は持続不可能。80%超でも要注意。 |
営業CF (Operating CF) | 毎年、安定してプラス | プラスだが、減少傾向 or 不安定 | 本業でしっかり現金を稼げているか? |
フリーCF vs 配当金 | フリーCF > 配当金総額 | フリーCF < 配当金総額 | 自由に使えるお金で配当を払えているか? |
結論:賢い高配当株投資家になるための「4つの鉄則」
ここまで、高配当株の魅力と罠、そしてそれを見抜くための会計士ならではの視点をお伝えしてきました。最後に、賢い高配当株投資家になるための「4つの鉄則」としてまとめます。
- 利回りの数字だけを信じるな 高い配当利回りは、投資を検討する「きっかけ」にはなりますが、「購入の決め手」にしてはいけません。特に6%を超えるような異常な高利回りは、株価下落の裏返しである可能性を疑いましょう。
- 配当性向で「無理」をしていないか確認する 企業の利益に対して、配当の支払いが過度な負担になっていないかを確認しましょう。目安として80%以下、理想的には30%~50%の範囲に収まっている企業が安心です。100%を超えている銘柄は原則として避けましょう。
- キャッシュフローで「本当の稼ぐ力」を見る 配当金の源泉は現金です。営業キャッシュフローが毎年安定してプラスであり、かつフリーキャッシュフローが年間の配当金支払総額を上回っていることを必ず確認してください。これこそが、配当の持続可能性を裏付ける最も強力な証拠です。
- 過去の実績も重視する 何年も配当を維持、あるいは増やし続けている(「連続増配」や「累進配当」)企業は、それだけで財務が安定しており、かつ株主還元への意識が高い経営陣であることの証明になります 。過去の実績は、未来を約束するものではありませんが、信頼できるパートナーを選ぶ上での重要な判断材料となります。
最後に税金について補足します。通常、配当金には20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)の税金がかかります 。しかし、NISA口座を活用すれば、この税金が非課税になります。これから高配当株投資を始める方は、NISA口座の利用を強くお勧めします 。
会計士の道具箱から取り出した「配当性向」と「キャッシュフロー」という2つの武器を使えば、あなたも表面的な利回りに惑わされることなく、より賢明で、自信に満ちた投資判断ができるようになります。自分だけの「金のなる木」を育てる旅は、この確かな一歩から始まるのです。