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株主優待を目当ての投資はアリ?メリットと、知られざるデメリット

株式投資と聞くと、「なんだか難しそう…」と感じる方も多いかもしれません。しかし、「株主優待」という言葉には、少しワクワクしませんか?お気に入りのお店のポイントカードやクーポン券のように、お得なプレゼントがもらえるなんて、魅力的ですよね 。  

実際に、株主優待は株式投資を始めるきっかけとして、とても素晴らしい制度です。ですが、公認会計士として多くの企業の数字を見てきた立場からすると、この「お得感」だけで投資を決めてしまうことには、見過ごせないリスクが潜んでいることもお伝えしなくてはなりません。

この記事では、株主優待の魅力的な側面から、その裏に隠された注意点、そしてプロの投資家が実践する「失敗しにくい銘柄選びのコツ」まで、会計士ならではの視点で、誰にでもわかるように優しく解説していきます。この記事を読み終える頃には、あなたもただ優待を楽しむだけでなく、「賢く」優待株投資と付き合うための知識が身についているはずです。

そもそも株主優待って何?基本のキホン

まずは基本から押さえましょう。株主優待とは、企業が株主に対して「いつも応援してくれてありがとう」という感謝の気持ちを込めて、自社の製品やサービスなどをプレゼントする制度です 。これは、現金で支払われる「配当金」とは別の、いわば現物支給のボーナスのようなものです 。  

優待品の中身は企業によって本当にさまざまです。

  • 自社製品の詰め合わせ: キリンホールディングス(2503)のビールや飲料、日清食品ホールディングス(2897)のカップ麺など 。  
  • 割引券・お買い物券: イオン(8267)のお買い物割引カードや、すかいらーくホールディングス(3197)の食事券など 。  
  • 金券・ギフトカード: NTT(9432)のdポイントや、オリックス(8591)がかつて提供していたカタログギフトなど 。  

これらの優待は、企業のIR(投資家向け広報)戦略の一環でもあります。優待を通じて自社製品のファンになってもらい、個人投資家に株を長く安定して保有してもらう狙いがあるのです。

どうすればもらえるの?権利確定日の仕組み

株主優待をもらうためには、特定の日(権利確定日)に、その会社の株主名簿にあなたの名前が載っている必要があります。ここで重要なポイントが2つあります 。  

  1. 権利付最終日: 株を買ってから名義が書き換わるまでには2営業日かかります。そのため、権利確定日の「2営業日前」までに株を買っておく必要があります。この日を「権利付最終日」と呼びます。
  2. 権利落ち日: 権利付最終日の翌営業日を「権利落ち日」と呼びます。この日に株を買っても、残念ながら今回の優待や配当はもらえません。

例えば、3月31日(金曜日)が権利確定日の場合、その2営業日前の3月29日(水曜日)が権利付最終日です。この日までに株を買えば、優待をもらう権利が得られます。そして、翌日の3月30日(木曜日)が権利落ち日となります。この仕組みは、投資初心者がつまずきやすいポイントなので、しっかり覚えておきましょう。

株主優待の魅力と「おトク度」の測り方

株主優待には、日々の生活を豊かにしてくれる多くのメリットがあります。

  • 投資のモチベーションUP: 優待品が届くと、投資をしている実感が湧き、続ける楽しみになります 。  
  • 企業への理解が深まる: 実際に製品やサービスを使うことで、その企業の良し悪しが肌で分かり、応援したい気持ちが強まります 。  
  • 長期保有のインセンティブ: なかには、長く株を保有している株主を優遇し、優待内容をグレードアップしてくれる企業もあります 。  

会計士が教える「総合利回り」の計算方法

優待投資の「おトク度」を測るために、私が必ずチェックするのが「総合利回り」です。これは、株主優待の価値と配当金を合わせた、投資金額に対する実質的なリターンの割合を示します。

計算は簡単です。まず2つの利回りを計算します。

  1. 優待利回り (%): (1年間の優待品の価値 [円])÷(投資金額 [円])×100  
  2. 配当利回り (%): (1株あたりの年間配当金 [円])÷(1株の価格 [円])×100  

そして、この2つを足したものが「総合利回り」です 。  

例えば、株価が1,000円のA社株を100株(投資金額10万円)買ったとします。年間3,000円相当の優待品と、1株あたり20円(合計2,000円)の配当金がもらえる場合、

  • 優待利回り: 3,000÷100,000×100=3%
  • 配当利回り: 2,000÷100,000×100=2%
  • 総合利回り: 3%+2%=5%

となります。有名な優待投資家の桐谷広人さんは、この総合利回り4%以上を目安にしていると言われています 。  

しかし、ここで一つ注意点があります。優待利回りの計算式を見てください。分母は「投資金額」、つまり株価です。もし企業の業績が悪化して株価が大きく下がると、優待品の価値は同じでも、計算上の優待利回りは見かけ上、高くなってしまいます 。非常に高い利回りは、お得な銘柄のサインではなく、株価が低迷している危険な銘柄のサインかもしれないのです。  

会計士が鳴らす警鐘!優待投資の3つの隠れたリスク

ここからが本題です。楽しい株主優待ですが、会計のプロとして見過ごせない3つの大きなリスクが存在します。

リスク1:ある日突然なくなる「優待の廃止・改悪リスク」

株主優待は、法律で義務付けられたものではなく、あくまで企業側の任意のサービスです。そのため、企業の経営方針や業績次第で、ある日突然内容が変更されたり(改悪)、制度自体がなくなったり(廃止)する可能性があります 。  

近年、この動きは加速しており、個人投資家に絶大な人気を誇っていたオリックス(8591)やJT(日本たばこ産業, 2914)といった大企業でさえ、相次いで優待廃止を決定しました 。  

優待が廃止される主な理由は2つあります。

  1. 業績の悪化: これが最も分かりやすい理由です。会社が赤字に陥ったり、経営が苦しくなったりすると、コストのかかる優待を続けられなくなります 。  
  2. 株主平等の原則: こちらは最近のトレンドです。株主優待は、主に日本の個人投資家向けの制度です。海外の機関投資家など、優待品を利用できない株主から見れば、「一部の株主だけを優遇するのは不公平だ」という意見が出ます。そのため、業績が好調な企業でも、「全ての株主に公平に利益を還元するため」という理由で優待を廃止し、その分を配当金に回すケースが増えているのです 。  

特に、①新設されてから日が浅い優待②QUOカードなど自社製品と関係ない金券の優待③業績が悪化し、配当金を減らしている(減配)企業の優待は、廃止・改悪のリスクが高い傾向にあるため注意が必要です 。  

リスク2:優待以上に損をする「株価下落リスク」

これが最も本質的なリスクです。3,000円の優待品をもらっても、投資した10万円の株の価値が8万円に下がってしまっては、元も子もありません 。  

特に注意したいのが、先ほど説明した「権利落ち日」の株価の動きです。権利付最終日を過ぎると、その株を買っても優待や配当はもらえません。そのため、市場ではその価値の分だけ株価が自然に下落する傾向があります 。理論上は、優待と配当の価値を合わせた分だけ株価が下がると考えられています。  

さらに、優待が廃止されると発表された銘柄は、優待目当てで株を持っていた投資家が一斉に売りに走るため、株価が大きく下落することがよくあります 。  

リスク3:「優待欲しさ」が生む「心理的な罠」

「業績が悪化して株価が下がっている。本当は売った方がいいかもしれない。でも、せめて次の優待だけはもらってから…」

このように、優待が欲しいという気持ちが、冷静な売却判断を鈍らせてしまうことがあります 。これは「サンクコスト(埋没費用)の罠」と呼ばれる心理効果の一種です。結果的に損失がさらに膨らんでしまうケースは後を絶ちません。優待はあくまで「おまけ」と考え、投資の判断は企業の価値そのものに基づいて冷静に行う必要があります。  

公認会計士が実践する!優待株投資の「2ステップ安全チェック」

では、どうすればこれらのリスクを避け、賢く優待株を選べるのでしょうか?私が実践している、初心者でも簡単にできる「2ステップの安全チェック」をご紹介します。今回は、個人投資家に大人気のイオン(8267)を例に見ていきましょう。

ステップ1:企業の健康診断!「財務健全性チェック」

投資は、いわばその会社の一部オーナーになることです。まずは、投資先の会社が「健康的」かどうかを確かめましょう。人間でいう健康診断のようなものです。

① 売上と利益は成長しているか?(成長性)

企業の公式サイトにある「IR情報」や、証券会社のアプリなどで「業績」や「財務」のページを見てみましょう。過去3〜5年間の営業収益(売上高)当期純利益(最終的なもうけ)が、安定して右肩上がりに伸びているかを確認します 。ギザギザしていたり、年々下がっていたりする場合は注意信号です。  

② 借金に頼りすぎていないか?(安定性)

次に「自己資本比率」を見ます。これは、会社の全財産(総資産)のうち、返済不要の自分のお金(自己資本)がどれくらいの割合を占めるかを示す指標です 。この比率が高いほど、財務が安定しており、倒産しにくい「筋肉質な会社」と言えます。一般的に、  

40%以上あると健全な水準とされていますが、業種によって平均は異なります 。  

ステップ2:値段は妥当?「株価の割安性チェック」

健康的な会社でも、その株価が法外に高ければ、良い投資とは言えません。次に、現在の株価が「割安」か「割高」かをチェックします。

① 利益に対して割安か?(PER:株価収益率)

PERは、会社の利益(1株あたり利益)に対して、株価が何倍まで買われているかを示す指標です 。簡単に言えば、「投資したお金を、その会社の利益で何年で回収できるか」というイメージです 。この数値が低いほど、株価は利益に比べて割安と判断できます。日本の市場平均は  

15倍前後と言われることが多いので、一つの目安になります 。  

② 資産に対して割安か?(PBR:株価純資産倍率)

PBRは、会社の純資産(解散した時に株主に残る価値)に対して、株価が何倍かを示す指標です 。PBRが  

1倍なら、株価と会社の解散価値が同じということです。もし1倍を下回っていれば、その会社の純資産価値よりも安い価格で株が買えることになり、非常に割安だと判断できます 。  

【実践編】イオン(8267)をチェックしてみよう

それでは、この2ステップでイオンを分析してみましょう。(※2024年〜2025年初頭のデータに基づいています)

  • ステップ1:財務健全性チェック
    • 成長性: イオンの決算短信を見ると、営業収益は緩やかな成長を続けています 。  
    • 安定性: 2025年2月期の決算短信によると、自己資本比率は約33.8%です 。理想とされる40%よりは低いですが、小売業は多くの店舗や在庫といった資産を持つため、比率が低めに出る傾向があります。同業他社と比較することが重要です。  
  • ステップ2:株価の割安性チェック
    • PER: 近年のイオンのPERは100倍を超えることもあり、市場平均の15倍と比べると非常に高い水準です 。これは、市場が将来の成長に大きな期待を寄せていることを示しています。  
    • PBR: PBRも4倍を超えており、1倍を大きく上回っています 。同業の小売業他社と比較しても、高い評価を受けていることがわかります 。  
  • 会計士の結論: イオンは、安定した事業基盤を持つ優良企業ですが、株価指標(PER、PBR)から見ると、決して「割安」な株ではありません。投資家は、その安定性やブランド力、そして魅力的な株主優待に対して、プレミアム(割増価格)を支払っている状態と言えます。これは良い悪いではなく、「そういう特徴の株なのだ」と理解した上で投資することが大切です。

まとめ:優待株投資の5項目チェックリスト

これまでの内容を、誰でも使えるチェックリストにまとめました。気になる優待株を見つけたら、ぜひこの5つの視点で確認してみてください。

チェック項目確認する質問目安(理想)
総合利回り優待と配当を合わせた利回りは魅力的か?4%以上がひとつの目安 。  
業績過去数年、売上と利益は安定して成長しているか?安定した右肩上がりのトレンド 。  
財務の安定性自己資本比率は健全な水準か?40%以上が望ましい。安定または改善傾向にあるか 。  
株価の割安性PERやPBRは同業他社と比べて高すぎないか?業界平均などと比較して、妥当な価格水準であること 。  
優待の持続性優待は長く続いており、本業に関連しているか?歴史が長く、自社製品・サービスに関連した優待であること 。  

【重要】税金の話も忘れずに

最後に、少しだけ税金の話をさせてください。実は、受け取った株主優待は税法上「雑所得」として扱われ、課税対象となります 。  

この根拠は、所得税法第35条第1項に定められており、所得税基本通達24-2において、株主優待のような経済的利益は配当所得ではなく雑所得に該当すると明確にされています 。  

ただし、ほとんどの方が心配する必要はありません。会社で年末調整を受けている給与所得者の場合、給与以外の所得(株主優待や副業など、すべての雑所得の合計)が年間20万円以下であれば、確定申告は不要とされています 。  

注意点として、所得税の確定申告が不要な場合でも、お住まいの自治体への住民税の申告は別途必要になる場合があります 。気になる方は、自治体の窓口で確認してみてください。  

まとめ:賢く投資して、おトクな優待を楽しもう

株主優待は、株式投資の楽しさを教えてくれる素晴らしい入り口です。しかし、その魅力的な「おまけ」に目を奪われて、投資の本来の目的である「企業の成長に投資し、資産を形成する」ことを見失ってはいけません。

今回ご紹介した会計士ならではの視点、つまり、

  1. 総合利回りで「おトク度」を客観的に測る
  2. 「廃止」「株価下落」「心理」の3つのリスクを理解する
  3. 「財務」と「株価」の2ステップで企業の安全性をチェックする

この3つを実践するだけで、あなたの優待株投資は、ただの「お楽しみ」から「賢い資産形成」へと大きくステップアップするはずです。

企業のオーナーになったつもりで、その会社の健康状態と将来性をしっかり見極める。そして、その上で、株主として送られてくる優待品を心から楽しむ。これこそが、私が考える理想の優待投資の姿です。この記事が、あなたの素晴らしい投資家デビューの一助となれば幸いです。

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