「IPO株は儲かるらしい」「宝くじに当たるようなものだ」といった話を聞いたことがあるかもしれません。実際に、過去のデータを見ると、新規公開株(IPO)を上場日に売却する「初値売り」という戦略の勝率は約9割に達した時期もあるほどです 。
しかし、なぜこれほど高い確率で利益が出るのでしょうか?そこには、運や偶然ではない、しっかりとした「仕組み」が存在します。
こんにちは。企業の財務諸表を監査し、その健全性をチェックする専門家、公認会計士です。私たちの仕事は、企業が株式市場にデビューする「上場(IPO)」のプロセスに深く関わります。投資家として市場を見るだけでなく、上場を目指す企業の内部で、その準備の厳しさや舞台裏を目の当たりにしてきました。
この記事では、そんな公認会計士の視点から、IPO投資がなぜ魅力的なのか、その裏側にある企業の努力や厳格な審査プロセス、そして実際に投資を始めるための具体的なステップと注意点を、専門用語をできるだけ使わずに、わかりやすく解説していきます。
なぜ儲かる?IPO株の価格が決まる2つのステップ
IPO投資の利益の源泉は、株を購入するときの価格「公募価格」と、上場して最初につく価格「初値」の差額にあります。多くの場合、「初値」が「公募価格」を上回るため、利益が生まれやすいのです 。この価格差が生まれる背景には、独特の価格決定プロセスがあります。
ステップ1:公募価格の決定 ― 投資家の需要を探る「ブックビルディング」
企業が上場する際、投資家に株を販売する価格、つまり「公募価格」を決めなければなりません。この価格は、主幹事証券会社が中心となり、「ブックビルディング(需要積み上げ)方式」という方法で決定されます 。
これは、いわば「投資家への需要アンケート」です。
- 仮条件の設定:まず、主幹事証券会社が専門的な分析や機関投資家へのヒアリングを通じて、「1株あたり1,000円から1,200円」といった仮の価格帯(仮条件)を設定します 。
- 需要申告:次に、私たち個人投資家がその仮条件の範囲内で、「何株欲しいか」を証券会社に申告します 。
- 公募価格の決定:集まった需要の強さを見て、最終的な公募価格が決定されます。人気が高ければ、仮条件の上限である1,200円で決まることが多くなります 。
ステップ2:初値の決定 ― 市場の評価が反映される最初の株価
公募価格が決まり、抽選で当選した投資家が株を手に入れた後、いよいよ上場日を迎えます。上場後、証券取引所で最初につく株価が「初値」です 。
この初値は、上場日の朝、「この株を買いたい」という投資家と、「(公募価格で手に入れた株を)売りたい」という投資家の注文のバランスが取れたところで決まります。
公認会計士の視点:利益の源泉「IPOディスカウント」の存在
では、なぜ初値は公募価格より高くなりやすいのでしょうか。その最大の理由は、「IPOディスカウント」という慣行にあります 。
これは、企業や主幹事証券会社が、意図的に公募価格を理論的な企業価値よりも少し割安に設定する戦略です。なぜなら、彼らにとって最も避けたい事態は、上場時に株が売れ残ってしまう「公募割れ」だからです 。
割安な価格設定には、いくつかの目的があります。
- 確実な資金調達:価格を魅力的にすることで、多くの投資家から買い注文を集め、IPOを確実に成功させます 。
- リスクへの配慮:新規上場企業は、既存の上場企業に比べて投資家が入手できる情報が少ないため、その不確実性(リスク)を補うために価格が割り引かれます 。
- 市場へのアピール:上場初日に株価が上昇すれば、その企業への注目度が高まり、今後の株価形成にも良い影響を与えます 。
この「IPOディスカウント」こそが、私たち個人投資家にとっての利益の源泉となっているのです。それは偶然の産物ではなく、IPOを成功させるための合理的な経済メカニズムの一部と言えます。
信頼性の証し。公認会計士が見る上場までの厳しい道のり
「割安で買えるチャンスがあるのはわかったけど、よく知らない新しい会社の株を買うのは不安だ」と感じる方も多いでしょう。しかし、IPO株として市場に出てくる企業は、私たちが想像する以上に厳格な審査をクリアした、いわば「選ばれし企業」です。
上場準備には通常3年以上の歳月がかかり、その過程で企業は以下の3つの「門番」による徹底的なチェックを受けます。
- 主幹事証券会社:IPOの準備を指導し、株式の販売も担うパートナーです。企業のビジネスモデル、成長性、社内体制などを厳しく審査します。自社の評判をかけて株式を引き受けるため、その目は非常に厳しいものです 。
- 証券取引所(東京証券取引所など):投資家保護の観点から、上場にふさわしい企業かどうかを最終判断します。審査基準は、数値で測れる「形式要件」と、企業の質を問う「実質要件」に分かれており、両方を満たす必要があります 。
- 監査法人(公認会計士):そして、私たち監査法人が、独立した第三者の立場で企業の財務情報の信頼性を担保します 。
上場審査基準の厳しさ:市場が求める信頼性のレベル
東京証券取引所には、企業の規模や成長ステージに応じて「プライム」「スタンダード」「グロース」という3つの市場区分があり、それぞれに厳しい上場基準が設けられています。これは、企業が投資家から信頼を得て、公正な株価を形成するための土台となります。
市場区分 | 主な形式要件(例) | 求められる企業像 |
プライム | 株主数800人以上、流通株式時価総額100億円以上、流通株式比率35%以上 | 高いガバナンス水準を備え、グローバルな投資家との対話に耐えうる企業 |
スタンダード | 株主数400人以上、流通株式時価総額10億円以上、直近1年の利益1億円以上 | 公開市場にふさわしい流動性とガバナンス基盤を持つ企業 |
グロース | 株主数150人以上、流通株式時価総額5億円以上、流通株式比率25%以上 | 高い成長可能性を持ち、その事業計画の合理性が評価される企業 |
公認会計士の役割:単なる数字のチェックではない
私たちのIPO監査は、単に過去の決算書が正しいかを確認するだけではありません。上場審査では、最低でも過去2期分の財務諸表について、監査法人による「適正意見」というお墨付きが必須です 。
その過程で、私たちは企業に対して「指導的機能」も果たします 。具体的には、以下のような体制が上場企業としてふさわしいレベルにあるかをチェックし、改善を促します。
- 内部統制の構築:不正やミスを防ぎ、業務が正しく行われるための社内ルールや仕組みが整備・運用されているか 。
- コーポレート・ガバナンス:経営の透明性を確保し、株主全体の利益を考えて経営が行われているか 。
- コンプライアンス:法令を遵守し、反社会的勢力との関係を完全に排除する体制が整っているか 。
つまり、IPOを達成した企業は、数年がかりで専門家たちの厳しい指導を受け、経営の透明性や内部管理体制を徹底的に磨き上げた企業なのです。このプロセス自体が、投資家にとっての大きな安心材料となります。
初心者でも簡単!IPO投資を始める3ステップ
IPO投資の仕組みと信頼性がわかったところで、次は実践編です。意外に思われるかもしれませんが、IPO投資を始める手順は非常にシンプルです。
ステップ1:証券口座を開設する
まず、IPO株を取り扱っている証券会社に口座を開設する必要があります 。
会計士からのワンポイントアドバイス: 複数の証券会社に口座を開設することをお勧めします。特に、IPO案件で中心的な役割を果たす「主幹事証券会社」を多く務める証券会社は狙い目です。主幹事には、販売される株の大部分が割り当てられるため、当選確率が格段に高まります 。
ステップ2:IPOの抽選に申し込む
口座を開設したら、証券会社のウェブサイトでこれから上場する企業のIPOスケジュールを確認します。興味のある案件があれば、ブックビルディング期間中に申し込みましょう 。
人気のIPOは、買いたい人が販売数より圧倒的に多いため、購入権利は「抽選」で決まります 。多くのIPOは購入時の手数料が無料なのも、初心者には嬉しいポイントです 。
ステップ3:当選したら購入し、売却の準備をする
抽選結果が発表され、見事「当選」したら、購入の意思表示をして入金を済ませます 。
その後は上場日を待ち、多くの投資家が実践する「初値売り」を行う場合は、上場日の朝に売り注文を出します。これで、公募価格と初値の差額が利益として確定します 。
投資家の羅針盤。「目論見書」の読み方
IPOに申し込む際、必ず目にするのが「目論見書(もくろみしょ)」という分厚い書類です。これは、企業の事業内容や財務状況、リスクなどが詳細に書かれた公式説明書です 。
企業が投資家に対してこの目論見書を交付することは、金融商品取引法第十五条で定められた、投資家を保護するための重要なルールです 。難しそうに見えますが、ポイントを押さえれば、企業の姿を深く理解するための強力なツールになります。
公認会計士がチェックする4つのポイント
私がもし個人投資家として目論見書を読むなら、まず以下の4点に注目します。
- 事業の内容:この会社が「何をして、どうやって儲けているのか」を自分の言葉で説明できるか。ビジネスモデルがシンプルで理解しやすいかは重要なポイントです。
- 主要な経営指標等の推移:過去数年間の業績データが載っています。特に「売上高」と「経常利益」に注目し、順調に成長しているか、トレンドを確認しましょう 。
- 株主の状況:どのような株主が会社を支えているかを見ます。安定した事業会社が株主であれば心強いですが、売却益を狙うベンチャーキャピタルが多い場合は、上場後に売り圧力となる可能性も考えられます 。
- 事業等のリスク:私が最も重要視する項目です。 企業が自ら「こんなリスクがあります」と開示している部分です。競合の出現、法改正、特定の取引先への依存など、その企業の弱点が正直に書かれています。ここを最初に読むことで、冷静な投資判断ができます 。
「勝率9割」の裏側。知っておくべき3つのリスク
IPO投資は非常に魅力的ですが、もちろんリスクも存在します。健全な投資判断のため、以下の3つの点は必ず理解しておきましょう。
リスク1:公募割れの可能性
勝率が高いとはいえ、100%ではありません。市場全体の地合いが悪化したり、企業の人気が想定より低かったりすると、初値が公募価格を下回る「公募割れ」が起こる可能性があります 。2023年には96社が上場しましたが、そのうち初値が公募価格を上回ったのは67社でした。つまり、約3割は初値で利益が出なかった計算になります 。
リスク2:当選確率が低い
人気のIPOは、宝くじに例えられるほど当選確率が低くなります 。何度も申し込んでも、なかなか当たらないのが現実です。過度な期待はせず、当たったらラッキーというくらいの気持ちで、コツコツ申し込みを続けることが大切です 。
リスク3:ロックアップ解除後の株価下落
IPO時には、創業者やベンチャーキャピタルなどの大株主が、上場後一定期間(例:90日や180日)は市場で株を売却できないようにする「ロックアップ」という契約を結ぶことが一般的です 。
このロックアップ期間が終了すると、これまで市場に出てこなかった大量の株式が売られる可能性があり、その売り圧力で株価が下落することがあります 。初値で売らずに中長期で保有する場合は、このロックアップ解除のタイミングを事前に把握しておくことが重要です。
まとめ:IPO投資への第一歩
IPO投資がなぜ儲かりやすいのか、その背景にある「IPOディスカウント」という仕組みと、上場に至るまでの企業の厳格な審査プロセスについて解説してきました。
- IPOの利益は、意図的に割安に設定された公募価格と、市場の期待を反映した初値の価格差から生まれる。
- 上場企業は、証券会社、取引所、公認会計士など複数の専門家による厳しい審査をクリアしており、信頼性が高い。
- 参加方法はシンプルだが、公募割れや当選確率の低さといったリスクも存在する。
この記事を読んで、IPO投資に少しでも興味を持っていただけたなら幸いです。
最初から大きなお金を投じる必要はありません。まずは証券口座を開設し、気になる企業の目論見書を「勉強のため」に読んでみることから始めてみてはいかがでしょうか。その小さな一歩が、これまで遠い世界に感じられたIPO投資を、身近で現実的な選択肢に変えてくれるはずです。