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監基報540改正!会計上の見積りの監査はどう変わる?【公認会計士が徹底解説】

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • 決算業務に携わる経理・財務部門の方
  • 会計上の見積りの監査対応に不安がある方
  • 監査法人との協議を円滑に進めたい経営者・監査役の方

はじめに:なぜ今、「会計上の見積り」の監査が厳しくなるのか?

2023年3月期決算の監査から、企業の経理・財務部門にとって非常に重要なルール変更が適用されています。それは、日本公認会計士協会が公表した監査基準委員会報告書540「会計上の見積りの監査」(以下、改正監基報540)です 。  

「また新しい基準か…」と思われるかもしれませんが、今回の改正は単なる形式的な変更ではありません。実はこの改正の背景には、金融庁などの監督機関から「会計上の見積りに対する監査手続が不十分である」との指摘が相次いだという経緯があります 。つまり、  

監査法人がこれまで以上に厳格な視点で、企業の将来予測や判断の妥当性を検証することが、ルールとして明確に求められるようになったのです。

貸倒引当金、固定資産の減損、繰延税金資産の回収可能性など、企業の財務諸表には将来の不確実な事象を予測して計上する「会計上の見積り」が数多く存在します 。これらの項目は、経営者の判断が大きく影響するため、客観的な検証が難しい領域とされてきました。  

本記事では、この重要な改正について、経営者や経理実務担当者の皆様が「具体的に何が変わり、どう備えればよいのか」を理解できるよう分かりやすく解説します。


改正の核心:「固有リスク要因」という新しい物差しを理解する

今回の改正で最も重要なコンセプトが「固有リスク要因」という考え方の導入です 。これは、監査人が会計上の見積りに含まれる「重要な虚偽表示のリスク」を評価する際に用いる、新しい物差し(評価軸)です。  

監査人は今後、個々の会計上の見積りについて、以下の3つの要因とその相互関係を分析し、リスクの高さを判断します 。  

固有リスク要因解説具体的なビジネス事例
見積りの不確実性その見積りが、どれだけ正確に測定できない性質を持つか。合理的な結果の範囲がどの程度広いか。・判例が乏しく、結果が予測困難な訴訟に関する引当金の見積り ・新規事業の将来キャッシュ・フロー予測
複雑性見積りの算出方法や、必要となるデータがどれだけ複雑か。専門的な知識や高度なモデルが必要か。・デリバティブなど複雑な金融商品の時価評価 ・多数の変数を用いる精緻な統計モデルによる引当金計算
主観性見積りを行う上で、経営者の判断がどの程度必要とされるか。将来に関する仮定の設定に依存する度合い。・のれんの減損テストにおける事業計画の策定(特に成長率の仮定) ・開発中のソフトウェアの資産性判断

これまでの監査でも、もちろんこれらの要素は考慮されていました。しかし、改正監基報540では、これらをリスク評価の正式なフレームワークとして定義した点が大きな違いです。

この変更が意味することは、会計上の見積りが「経営者の主観」や「偏向(バイアス)」に影響されやすいという特性に対し、監査人がより体系的かつ懐疑的な視点で切り込むことを義務付けた、ということです 。特に「主観性」が高いと判断された見積りについては、経営者が「なぜその仮定を設定したのか」という根拠を、これまで以上に客観的な証拠をもって説明することが求められます。  


監査法人の新常識:監査現場で直面する「3つのアプローチ」

では、固有リスク要因によって「リスクが高い」と判断された会計上の見積りに対し、監査人は具体的にどのような手続を行ってくるのでしょうか。改正監基報540では、監査人が実施すべきリスク対応手続として、以下の3つのアプローチのうち、少なくとも1つ以上を実施することを要求しています 。  

これにより、監査プロセスはより透明化され、企業側もどのような検証が行われるかを予測しやすくなります。

アプローチ1:後発事象の利用(答え合わせ)

これは、決算日後から監査報告書日までに発生した事象を利用して、決算日時点の見積りの妥当性を検証する方法です。

  • 具体例: 決算日時点で評価が難しかった売掛金が、監査期間中に全額回収された場合、その回収実績をもって決算日時点の貸倒引当金がゼロであったことの強力な証拠とします。

アプローチ2:経営者の見積りプロセスのテスト(プロセスの検証)

経営者がどのように会計上の見積りを行ったか、そのプロセス自体をテストする方法です。これは従来から行われてきた手続ですが、より深度ある検証が求められます。

  • 具体例: 減損テストで用いられた事業計画について、その計画に使われたデータ(市場成長率など)の信頼性、計算モデルの正確性、そして設定された仮定(将来の売上成長率など)の合理性を個別に検証します。

アプローチ3:監査人による独立した見積り(第三者視点での再計算)

監査人が独自の情報や仮定を用いて、独立した見積額(点推定)や見積りの範囲(幅)を算出し、経営者の見積りと比較する方法です。

  • 具体例: 経営者が算定した退職給付債務について、監査人が別の年金数理人や標準的な死亡率・割引率を用いて再計算し、その結果と経営者の計上額に大きな乖離がないかを確認します。

この3つのアプローチが明示されたことで、監査人は単に経営者のプロセスをレビューするだけでなく、より客観的な証拠(後発事象や独立した再計算)を積極的に入手するよう促されます。企業側としては、自社の見積りプロセスが脆弱な場合、監査人がアプローチ3(独立した見積り)を選択し、結果として大きな監査修正につながる可能性も念頭に置く必要があります。


実務担当者向け:明日から始めるべき監査対応ガイド

この新しい監査基準に対し、企業はどのように準備を進めればよいのでしょうか。ここでは、多くの企業で論点となりやすい「固定資産の減損テスト」を例に、具体的な準備ステップを解説します。

ステップ1:自社の見積りを「固有リスク要因」で自己評価する

まず、自社の減損テストが3つの固有リスク要因の観点から、どの程度リスクが高いかを客観的に評価します。

  • 評価例: 「A工場の減損テストは、将来の販売量を予測する点で主観性が高く、割引キャッシュ・フロー法を用いるため複雑性も伴う。さらに、市況の変動が激しく見積りの不確実性も高い。したがって、監査上、重点的に見られる可能性が高い」と認識します。

ステップ2:主要な仮定の文書化と根拠の明確化

減損テストで用いる主要な仮定(例:将来5年間の売上成長率、割引率など)について、「なぜその数値を採用したのか」を説明する根拠資料を準備します。これは、監査人からの質問に備えるだけでなく、社内の意思決定プロセスを明確にする上でも極めて重要です 。  

  • 良い文書化の例:
    • 売上成長率(年率3%): 取締役会で承認された中期経営計画の数値と整合している。外部調査機関が公表している市場成長率(年率2.5%)を上回る点については、当社の新製品投入によるシェア拡大効果(+0.5%)を合理的に見込んでいる。過去3年間の平均成長率(3.2%)とも乖離は小さい。
    • 割引率(5%): 加重平均資本コスト(WACC)を算定。資本構成は直近の有利子負債と自己資本の時価に基づき、β値は類似上場企業3社の平均値を参照している。

ステップ3:感応度分析の実施

主要な仮定が変動した場合、減損損失の計算結果にどの程度影響を与えるかを示す「感応度分析」を実施し、文書化します。これは「見積りの不確実性」の程度を監査人に具体的に示す上で非常に有効です。

  • 分析例: 「売上成長率が仮定より1%低下した場合、回収可能価額はXX円減少し、減損損失がXX円発生する」「割引率が0.5%上昇した場合…」といった分析結果を準備します。

ステップ4:監査役等とのコミュニケーション強化

改正監基報540は、監査人と監査役等(または監査等委員会)とのコミュニケーションをより重視しています 。特に、リスクが高いと判断された会計上の見積りについては、その内容や判断根拠を事前に社内の監査役等と共有し、議論しておくことが望ましいでしょう。これにより、ガバナンスの観点からも見積りの妥当性を担保できます。  

これらの準備は、単に監査を乗り切るためだけのものではありません。自社の事業計画や将来予測の精度を高め、そのプロセスを客観的な証拠で裏付けることは、結果として経営管理レベルの向上に直結します。


まとめ:信頼を築くための会計へ

改正監基報540の導入は、会計上の見積りに対する監査をより厳格で、体系的かつ透明性の高いものへと変革しました。この変化は、経理・財務部門にとって一時的な負担増となるかもしれません。しかし、長期的に見れば、これは企業が自らの将来予測の合理性を内外に示し、投資家や金融機関といったステークホルダーからの信頼を勝ち取る絶好の機会です。

見積りプロセスの高度化と文書化に積極的に取り組むことは、もはや単なるコンプライアンス対応ではなく、持続的な企業価値向上に向けた重要な経営課題と言えるでしょう。

引用・参考文献

  • 日本公認会計士協会(JICPA)「監査基準委員会報告書540「会計上の見積りの監査」及び関連する監査基準委員会報告書の改正について」  
  • 金融庁「監査基準の改訂に関する意見書」

よくある質問(Q&A)

監基報540の改正で、監査は具体的にどう厳しくなりますか?

監査人が「固有リスク要因」(不確実性、複雑性、主観性)という新しい枠組みでリスクを評価し、経営者の将来予測の合理性をより深く検証するようになります。特にリスクが高い項目には、より客観的な証拠が求められます。

監査で指摘を受けないために、企業側で最も重要な準備は何ですか?

会計上の見積りを行う際の「主要な仮定」とその根拠を、客観的なデータと共に詳細に文書化することです。なぜその仮定を設定したのかを第三者に説明できる状態にしておくことが不可欠です。

「感応度分析」とは何ですか?なぜ監査で求められるのですか?

主要な仮定(例:将来の売上成長率)が変動した場合に、見積り額がどの程度影響を受けるかを分析することです。これにより、見積りの不確実性の高さを客観的に示すことができ、監査人がリスクを評価する上で重要な情報となるため求められます。


ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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