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【公認会計士が解説】工事進行基準の火災、会計処理と税務リスク

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • 進行基準の案件で予期せぬ事態が起きた方
  • 火災発生時の具体的な会計処理を知りたい方
  • 工事損失引当金の税務リスクを理解したい方
  • 建設業・IT業の経営者、経理実務担当者

建設業やシステム開発の長期プロジェクトを担当されている経営者や実務担当者の皆様。「もし、うちのプロジェクト現場で火災が起きたら…」と考えたことはありますか?

「工事進行基準」を適用している案件で火災のような予期せぬ災害が発生すると、会計処理は一気に複雑化します。追加のコストは?保険金はどう処理する?そして、最終的な利益への影響は?

パニックにならず、冷静に対処するためには、あらかじめ正しい会計処理の流れを知っておくことが不可欠です。この記事では、公認会計士の視点から、工事進行基準(現在は「一定の期間にわたり充足される履行義務」と呼ばれます)を適用中の案件で火災が発生した場合の会計処理と、企業が直面する影響、そして見落としがちな「税務上のワナ」について、ステップバイステップで分かりやすく解説します。

まさかの事態に備え、この記事で万全の知識を身につけておきましょう。

1. まずは基本から:現代の「工事進行基準」を理解する

会計処理の解説に入る前に、まず重要な基本事項を確認しましょう。

多くの方が「工事進行基準」という言葉に馴染みがあると思いますが、2021年4月1日以後開始する事業年度からは「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)が強制適用され、会計上の考え方がアップデートされました 。  

従来の「工事進行基準」は廃止されたわけではなく、この新しい収益認識会計基準の中で「一定の期間にわたり充足される履行義務」の収益認識方法として統合されています。

実務上はまだ「工事進行基準」という言葉が使われることも多いですが、正式な会計ルール上の位置づけが変わったことを理解しておくことが、専門家としての信頼性にも繋がります。

項目旧:工事契約に関する会計基準  新:収益認識に関する会計基準  
会計処理の名称工事進行基準 / 工事完成基準一定の期間にわたり充足される履行義務 / 一時点で充足される履行義務
中心的な考え方工事の進捗度に応じて収益を認識契約における「履行義務」が充足されるにつれて収益を認識
適用範囲主に工事契約や受注制作ソフトウェア顧客との契約から生じるすべての収益(一部除く)

この記事では、読者の皆様の分かりやすさを優先し、適宜「工事進行基準」という言葉も使いながら解説を進めます。

2. 【本題】火災発生!5ステップで理解する会計処理の全フロー

それでは、実際に進行基準を適用している工事案件で火災が発生した場合の会計処理を、具体的な5つのステップで見ていきましょう。ここでは、仕訳例も交えながら、実務で何をすべきかを明確にします。

ステップ1:資産の滅失を認識する(火災損失の計上)

火災によって、現場に保管していた材料や、作りかけの建物・システム(会計上は「未成工事支出金」として資産計上されています)が使えなくなってしまった場合、まずはその資産価値が失われたことを帳簿に記録する必要があります。

このとき、保険金が受け取れるかどうかがまだ分からなくても、資産が物理的に失われたという事実を会計に反映させなければなりません。

【ポイント】

  • 焼失した資産(未成工事支出金など)の簿価を資産から減らす。
  • 保険金の受取額が未定の場合、損失額を一時的に「火災未決算」という勘定科目で処理する。これは、損失額が最終確定するまでの一時的な仮の資産勘定です 。  

<仕訳例> 火災により、未成工事支出金として計上されていた1,000万円分が焼失した。

勘定科目借方貸方
火災未決算10,000,000円
未成工事支出金10,000,000円

この仕訳により、未成工事支出金という資産が減少し、同額が火災未決算という勘定に振り替えられます。この時点では、まだ損益計算書(P/L)に損失は計上されません 。  

ステップ2:保険金の処理(入金確定時の会計処理)

次に、保険会社との交渉が進み、受け取れる保険金の額が確定したときの処理です。ステップ1で計上した「火災未決算」を取り崩し、実際の損益を確定させます。

【ポイント】

  • 保険金の確定額と、焼失した資産の簿価(火災未決算の金額)との差額を「火災損失」(特別損失)または「保険差益」(特別利益)として計上します 。  

<仕訳例1:保険金が損失額より少なかった場合> 焼失した資産1,000万円に対し、保険金が800万円に確定した。

勘定科目借方貸方
未収入金8,000,000円
火災損失2,000,000円
火災未決算10,000,000円

差額の200万円が、最終的な火災による損失として損益計算書に計上されます 。  

<仕訳例2:保険金が損失額より多かった場合> 焼失した資産1,000万円に対し、保険金が1,200万円に確定した。

勘定科目借方貸方
未収入金12,000,000円
火災未決算10,000,000円
保険差益2,000,000円

このケースでは、差額の200万円が利益として計上されます。

ステップ3:工事収益・原価の再見積もり

火災の影響は、焼失した資産だけにとどまりません。プロジェクト全体への影響を冷静に評価し、工事収益総額工事原価総額を見直す必要があります。

【見直すべき項目の例】

  • 追加原価: 焼失した部分の再製作費用、資材の再調達費用(緊急手配による価格上昇も考慮)、残骸の撤去費用など。
  • 工期の遅延: 遅延による追加の人件費、現場経費の増加。
  • 収益の変動: 顧客との契約内容によっては、工期の遅延に対する違約金(収益の減少)や、逆に仕様変更による追加受注(収益の増加)が発生する可能性があります。

この再見積もりは、次のステップ4で解説する極めて重要な会計処理の判断材料となります。

ステップ4:【最重要】工事損失引当金の計上を検討する

ステップ3の再見積もりの結果、「工事原価総額が工事収益総額を上回る」、つまりプロジェクト全体が赤字になる可能性が高くなった場合、会計上、特別な処理が求められます。

それが「工事損失引当金(こうじそんしつひきあてきん)」の計上です 。  

【工事損失引当金とは?】 将来発生するであろう工事の赤字(損失)を、赤字になることが確実となった会計期間に、将来の損失額の全額を前倒しで費用として計上するための引当金です 。  

【計上の要件】 以下の2つの要件を両方満たす場合に計上が必要となります 。  

  1. その工事契約について、損失が発生する可能性が高いこと。
  2. その損失額を合理的に見積もることができること。

火災による追加コストの発生で、プロジェクトが赤字に転落することがほぼ確実になった場合、この引当金の計上を検討しなければなりません。

<仕訳例> 火災後の再見積りの結果、当初黒字見込みだった工事が、最終的に1,500万円の赤字になることが判明した。当期末までに計上済みの利益はゼロとする。

勘定科目借方貸方
工事損失引当金繰入額15,000,000円
工事損失引当金15,000,000円

この「工事損失引当金繰入額」は、損益計算書上、売上原価として処理されます 。これにより、将来発生するはずだった1,500万円の損失が、すべて当期の費用として計上されるのです。  

ステップ5:【税務上のワナ】工事損失引当金の申告調整

ステップ4で計上した「工事損失引当金」には、経営者が絶対に知っておくべき税務上の大きな注意点があります。

それは、会計上費用として計上した「工事損失引当金繰入額」は、法人税法上、原則として損金(税務上の経費)として認められないという点です 。  

【これが何を意味するのか?】

  • 会計(帳簿)上: 損失が計上され、利益が圧縮される(または赤字になる)。
  • 税務(税金計算)上: その損失はなかったものとして扱われるため、会計上の利益よりも税務上の所得の方が大きくなる。

結果として、「帳簿上は赤字なのに、税金は発生する」という事態が起こり得ます。これは、火災対応で資金繰りが厳しい状況にある企業にとって、予期せぬキャッシュアウトとなり、経営に大きな打撃を与えかねません。

この会計上の利益と税務上の所得のズレを調整する手続きを「申告調整(加算)」と呼びます。税務申告の際に、会計上の利益に工事損失引当金繰入額を足し戻して、課税所得を計算する必要があるのです。

全体像のまとめ:火災発生時の会計・税務フロー

これまでの5ステップを、一つの表にまとめました。手元の案件で問題が発生した際に、全体像を把握するためのチェックリストとしてご活用ください。

フェーズ/事象主要な検討事項会計処理(主要な勘定科目)仕訳例(借方 / 貸方)税務上の留意点
1. 火災発生・資産滅失焼失した資産(未成工事支出金等)の簿価を特定する。火災未決算、未成工事支出金火災未決算 / 未成工事支出金この時点では課税関係に直接の影響はない。
2. 保険金請求保険契約の内容を確認し、請求手続きを行う。(仕訳なし)--
3. 工事採算の再見積り追加原価、工期遅延の影響を算定し、工事原価総額を見直す。(見積りの変更であり、直接の仕訳はない)-この見積りが将来の税務上の原価認識に影響する。
4. 損失発生が確実となる再見積りの結果、工事全体が赤字になるか判定する。工事損失引当金繰入額、工事損失引当金工事損失引当金繰入額 / 工事損失引当金繰入額は損金不算入。申告調整(加算)が必要 。  
5. 保険金確定・入金確定額と焼失資産簿価の差額を損益として認識する。未収入金、火災損失、保険差益、火災未決算未収入金、火災損失 / 火災未決算保険差益は益金(課税対象)、火災損失は損金となる。

3. 会計処理だけじゃない!企業経営への影響と今すぐできる対策

火災の影響は、帳簿の中だけで完結しません。企業経営全体に及ぶ深刻な影響と、平時から備えておくべき対策について解説します。

経営への3つの影響

  1. 業績への打撃: 追加コストや違約金の発生、そして工事損失引当金の計上により、単年度の業績が大幅に悪化する可能性があります。
  2. 資金繰りの悪化: 資産の再取得や追加工事のための支出が先行する一方で、保険金の入金には時間がかかります。前述の通り、税金支払いのための予期せぬキャッシュアウトも発生し、資金繰りを圧迫します 。  
  3. 信用力の低下: 業績悪化は、金融機関からの融資条件(財務制限条項など)に抵触するリスクや、取引先からの信用不安につながる可能性があります。

平時から備えるべき4つの対策

  1. 適切な保険への加入: 建設工事保険や賠償責任保険など、プロジェクトのリスク実態に合った保険に加入しているか、補償内容を定期的に見直しましょう。
  2. 契約内容の精査: 発注者との契約書で、天災等の不可抗力(Force Majeure)発生時の責任分担や納期延長の条件がどのように定められているか、法務担当者も交えて正確に把握しておくことが重要です。
  3. リスク管理体制の構築: 現場での安全管理はもちろん、災害発生時の報告ルート、各部門の役割分担、対外的な情報開示の方針などを定めたコンティンジェンシープラン(緊急時対応計画)を策定しておきましょう。
  4. 迅速な情報共有と専門家への相談: 万が一災害が発生した場合は、速やかに関係者(発注者、金融機関、株主など)へ状況を報告し、誠実な対応を心がけることが信用の維持に繋がります。また、会計・税務処理については、顧問会計士や税理士などの専門家に早期に相談し、適切な対応をとることが不可欠です。

4. まとめ

今回は、工事進行基準を適用している案件で火災が発生した場合の会計処理と、企業への影響について解説しました。

【今日の重要ポイント】

  • 火災発生時は、まず「火災未決算」で資産の滅失を仮計上し、保険金確定後に損益を確定させる。
  • プロジェクト全体の採算を再見積もりし、赤字が確実になった場合は「工事損失引当金」で将来の損失を一括計上する必要がある。
  • 最重要:工事損失引当金は税務上損金にならないため、「帳簿は赤字なのに税金が発生する」という資金繰りリスクに注意が必要。
  • 平時から保険や契約内容の確認、リスク管理体制の構築といった備えが、企業の命運を分ける。

予期せぬ事態は、いつ起こるか分かりません。しかし、正しい知識という「備え」があれば、被害を最小限に食い止め、迅速な再建へと繋げることができます。この記事が、皆様のリスク管理の一助となれば幸いです。

よくある質問(Q&A)

火災による追加費用は、工事原価に含めて進捗度を計算し直しますか?

はい、その通りです。火災による復旧費用や追加の材料費などは、再見積り後の「工事原価総額」に含めて計算します。その結果、工事全体の進捗度も再計算され、将来の会計期間で認識される収益額が変動することになります。

工事損失引当金を計上した場合、税務申告でどのような調整が必要ですか?

会計上、費用(売上原価)として計上した「工事損失引当金繰入額」は、法人税法上、その期の損金(税務上の経費)として認められません。そのため、法人税の申告書を作成する際に、会計上の利益にこの繰入額を全額加算する「申告調整」が必要となります 。

保険金が入金される前に、損失を計上する必要はありますか?

はい、計上する必要があります。会計では、現金の動き(入金)ではなく、経済的な事実の発生に基づいて取引を認識します。したがって、火災によって資産が失われたり、工事全体で損失が発生することが確実になったりした時点で、保険金の入金時期にかかわらず、損失をその会計期間に計上しなければなりません。


ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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