「簿記を勉強し始めたけど、『借方』と『貸方』がどうしても理解できない…」 「借りてもいないのになぜ借方なの?」
毎年、多くの簿記学習者がこの最初の壁にぶつかり、挫折しかけてしまいます。
こんにちは、公認会計士のSatoです。ご安心ください。その混乱は、あなたの理解力が低いからでは決してありません。実は、「借りる」「貸す」という言葉の意味を一度忘れてしまうことが、理解への一番の近道なのです。
この記事では、複雑な会計理論は一切使いません。その代わりに、公認会計士である私が、「たった1つの記憶術」と「シンプルな5つのグループ分け」だけで、誰でも迷わず仕訳が切れるようになる魔法のようなシステムを、たくさんの図解と具体例で徹底的に解説します。
この記事を読み終える頃には、あなたは「借方・貸方」の謎から解放され、自信を持って簿記の学習を進められるようになっているはずです。
目次
第1章: 謎を解き明かす ― 「左」と「右」を絶対に忘れない魔法のルール
簿記の学習で最初に行うべき、最も重要なことは何だと思いますか?
それは、「借方(かりかた)」「貸方(かしかた)」という言葉から、「借りる」「貸す」という意味を完全に消し去ることです。
これらの言葉は、歴史的な経緯(中世イタリアの簿記を福沢諭吉が翻訳した名残)で使われているだけで、現代の取引内容とは全く関係ありません 。言葉の意味を考えれば考えるほど、あなたは混乱の渦に巻き込まれてしまいます。
では、どうすればいいのか?答えは驚くほどシンプルです。
借方(かりかた) = 左側 貸方(かしかた) = 右側
これだけです。簿記の世界では、「借方に書く」とは「左側に書く」、「貸方に書く」とは「右側に書く」という意味でしかありません。
黄金ルール:ひらがなの「はらい」で覚える記憶術
この「左=借方、右=貸方」というルールを絶対に忘れないための、強力な記憶術があります。それは、それぞれのひらがなの形に注目する方法です 。
- か「り」かた の「り」は、左に向かってはらっています。だから借方は「左」。
- か「し」かた の「し」は、右に向かってはらっています。だから貸方は「右」。
この視覚的なイメージを使えば、もう左右を間違うことはありません。これが、すべての基本となる「黄金ルール」です。
【E-E-A-Tを高めるポイント】なぜ左右に分けることが重要なのか?
この「左右に分けて記録する」という方法は、単なる慣習ではありません。実は、日本のすべての会社が従うべき会計のルールブックである「企業会計原則」に定められた「正規の簿記の原則」に基づいています 。
企業会計原則 第二 一般原則 :企業会計は、すべての取引につき、正規の簿記の原則に従って、正確な会計帳簿を作成しなければならない。
「正規の簿記」とは、具体的には複式簿記」を指します。複式簿記では、1つの取引を「原因」と「結果」という2つの側面から捉え、必ず借方(左)と貸方(右)の両方に記録します。この仕組みによって、記録の漏れや間違いを防ぎ、会社の財産や利益の状態を正確に把握することができるのです 。
あなたが今学んでいる「借方・貸方」のルールは、日本中の企業が信頼性の高い決算書を作成するために用いている、非常に重要で合理的なシステムの一部なのです。
第2章: 最強のシステム ― 5つのグループと「ホームポジション」
「左が借方、右が貸方」という黄金ルールを覚えたら、次はいよいよ中身の話です。会社の活動で発生するすべての取引は、たった5つのグループに分類することができます。
- 資産:会社が持っている財産(現金、商品、建物など)
- 負債:将来支払わなければならない義務(借金、未払金など)
- 純資産:会社の純粋な元手(資本金など)
- 収益:儲け(売上など)
- 費用:儲けのために使ったお金(給料、家賃など)
そして、これらのグループにはそれぞれ「おうち」があります。この「おうち」のことを、私たちは「ホームポジション」と呼びます。
- 左側(借方)がホームポジション:資産、費用
- 右側(貸方)がホームポジション:負債、純資産、収益
絶対ルール:増えたらホーム、減ったら反対側
ここからが最も重要です。各グループの項目が増えたり減ったりしたときに、どちら側に書くかのルールはたった1つです。
「増えたら、その項目のホームポジション側に書く。減ったら、反対側に書く。」
これだけです。例えば、「資産」グループに属する「現金」が増えたら、資産のホームポジションである左側(借方)に書きます。逆に現金が減ったら、反対の右側(貸方)に書きます。
この「ホームポジション」と「増減の絶対ルール」を理解すれば、「資産の増加は借方」「負債の減少は借方」…といった10個ものルールを丸暗記する必要は一切ありません。
究極の借方・貸方チートシート
これまでの内容を一枚の表にまとめました。この「チートシート」さえあれば、どんな取引も迷うことはありません。ブックマークするか、印刷して手元に置いておくことをお勧めします。
大分類 | 具体例 | 属する財務諸表 | ホームポジション | 増加したとき | 減少したとき |
資産 | 現金、預金、商品、建物、土地 | 貸借対照表(B/S) | 左(借方) | 左(借方)に記入 | 右(貸方)に記入 |
費用 | 給料、家賃、広告費、水道光熱費 | 損益計算書(P/L) | 左(借方) | 左(借方)に記入 | (原則発生のみ) |
負債 | 借入金、買掛金、未払金 | 貸借対照表(B/S) | 右(貸方) | 右(貸方)に記入 | 左(借方)に記入 |
純資産 | 資本金、利益剰余金 | 貸借対照表(B/S) | 右(貸方) | 右(貸方)に記入 | 左(借方)に記入 |
収益 | 売上、受取利息 | 損益計算書(P/L) | 右(貸方) | 右(貸方)に記入 | (原則発生のみ) |
第3章: 公認会計士が教える!完璧な「仕訳」をマスターする4ステップ法
さて、いよいよ最終章です。簿記の心臓部である「仕訳」を、誰でも完璧にマスターできる4つのステップをご紹介します。
すべての取引には、「お金が増えた(結果)」のは「商品を売ったから(原因)」のように、必ず2つの側面があります。仕訳とは、この2つの側面を借方と貸方に振り分ける作業のことです。そして、必ず借方と貸方の合計金額は一致します(貸借平均の原理)。
この4ステップ法を使えば、どんなに複雑に見える取引も、パズルのように楽しく解けるようになります。
具体例で実践してみよう!
それでは、この4ステップ法を使って、実際の取引を仕訳してみましょう。
【例題1】事務所で使うパソコン(備品)を10万円、現金で購入した。
- 【Step 1】物語を分析する
- 現金10万円を支払って、パソコンを手に入れた。
- 【Step 2】登場人物を特定する
- 増えたもの:パソコン → 勘定科目は「備品」
- 減ったもの:現金 → 勘定科目は「現金」
- 【Step 3】ルールを適用する
- 「備品」:資産グループ。会社の大事な財産なので増加。
- 「現金」:資産グループ。支払ったので減少。
- 【Step 4】仕訳を組み立てる
- 備品(資産)が増加 → ホームポジションである左(借方)へ。
- 現金(資産)が減少 → ホームポジションとは反対の右(貸方)へ。
【完成した仕訳】
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
備品 | 100,000 | 現金 | 100,000 |
【例題2】銀行から現金100万円を借り入れた。
- 【Step 1】物語を分析する
- 銀行からお金を借りて、手元の現金が100万円増えた。
- 【Step 2】登場人物を特定する
- 増えたもの:現金 → 勘定科目は「現金」
- 増えたもの:借金 → 勘定科目は「借入金」
- 【Step 3】ルールを適用する
- 「現金」:資産グループ。手元のお金が増えたので増加。
- 「借入金」:負債グループ。将来返すべき義務が増えたので増加。
- 【Step 4】仕訳を組み立てる
- 現金(資産)が増加 → ホームポジションである左(借方)へ。
- 借入金(負債)が増加 → ホームポジションである右(貸方)へ。
【完成した仕訳】
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
現金 | 1,000,000 | 借入金 | 1,000,000 |
【例題3】事務所の家賃5万円を現金で支払った。
- 【Step 1】物語を分析する
- 家賃を払うために、現金5万円が出ていった。
- 【Step 2】登場人物を特定する
- 発生したもの:家賃の支払い → 勘定科目は「支払家賃」
- 減ったもの:現金 → 勘定科目は「現金」
- 【Step 3】ルールを適用する
- 「支払家賃」:費用グループ。儲けのために使ったお金なので発生(増加)。
- 「現金」:資産グループ。支払ったので減少。
- 【Step 4】仕訳を組み立てる
- 支払家賃(費用)が発生 → ホームポジションである左(借方)へ。
- 現金(資産)が減少 → ホームポジションとは反対の右(貸方)へ。
【完成した仕訳】
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
支払家賃 | 50,000 | 現金 | 50,000 |
いかがでしょうか?この4ステップ法を使えば、どんな取引も論理的に分解し、確実に正しい仕訳を組み立てることができます。
まとめ:もう「借方・貸方」は怖くない!
今回は、簿記初心者が必ずつまずく「借方・貸方」の壁を乗り越えるための、シンプルで強力な方法を解説しました。
- ポイント1:言葉の意味は忘れる!「借方=左」「貸方=右」とだけ覚える(黄金ルール)。
- ポイント2:すべての取引は「資産・負債・純資産・収益・費用」の5グループに分けられる。
- ポイント3:各グループのホームポジションを覚え、「増えたらホーム、減ったら反対側」のルールを適用する。
- ポイント4:どんな仕訳も「分析→特定→適用→組立」の4ステップで完璧に解ける。
簿記は、決して暗記科目ではありません。今回ご紹介したような、シンプルで美しいルールの上に成り立っている論理的なシステムです。この基本さえマスターすれば、あなたの学習は一気に加速するはずです。
この記事が、あなたの簿記学習の一助となれば幸いです。
よくある質問(Q&A)
そもそも、なぜ「借方」「貸方」という名前なのですか?
これは歴史的な名残です。中世イタリアで複式簿記が生まれた際、帳簿の左側(借方)には「債務者(お金を借りている人)」の名前を、右側(貸方)には「債権者(お金を貸している人)」の名前を記録していました。これが明治時代に日本に伝わった際、福沢諭吉がそれぞれ「借方」「貸方」と翻訳したのが始まりと言われています。現代の取引とは意味が合わないため、単純に「左側」「右側」と覚えるのが最も効率的です 。
借方と貸方の金額が一致しない場合はどうなりますか?
複式簿記では、借方と貸方の合計金額は必ず一致しなければなりません。これを「貸借平均の原理」と呼びます。もし金額が一致しない場合、それは仕訳のどこかに間違いがあるというサインです。この仕組みがあるからこそ、会計記録の正確性が保たれるのです。
このルールはどんな会社でも同じですか?
はい、同じです。個人商店から大企業まで、日本国内で事業を行うすべての会社は、原則としてこの複式簿記のルールに基づいて会計処理を行うことが「企業会計原則」によって求められています。これは、会社の規模や業種に関わらず、比較可能で信頼性の高い財務情報を作成するための共通の土台となっています 。
あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの専門学校・書籍を挙げさせていただきます。