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【会計士が解説】のれんの償却期間はどう決める?投資の予想回収期間から考える実践的アプローチ

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

近年、事業承継や成長戦略の一環として、M&A(企業の合併・買収)は中小企業にとっても重要な選択肢となっています。中小企業庁が「中小M&Aガイドライン」を策定し、円滑な事業引継ぎを後押ししていることからも、その関心の高さがうかがえます 。  

M&Aの実務において、経理や財務の担当者が必ず直面するのが「のれん」という会計上の論点です。特に、「のれんを何年で償却するか」という償却期間の決定は、その後の会社の利益に長期間影響を与える重要な意思決定となります。

しかし、この償却期間の決定は、単なる会計処理上の手続きではありません。それは、M&Aという投資が将来どれくらいの期間にわたって会社に貢献するのかという、経営の予測を財務諸表に反映させる戦略的な行為です。償却期間を短く設定すれば、投資の早期回収に自信があるというメッセージになりますが短期的な利益は圧迫されます。逆に長く設定すれば、利益への影響は緩やかになりますが、投資効果の持続性について合理的な説明が求められます。

本記事では、M&Aを検討・実施する経営者や実務担当者の皆様に向けて、公認会計士が「のれんの償却期間」の考え方と、実務的な決定アプローチを、具体的な計算例や図表を交えながら分かりやすく解説します。

M&Aで登場する「のれん」とは?基本のキを理解しよう

まず、「のれん」そのものについて簡単におさらいしましょう。

「のれん」とは、M&Aにおいて、買収した企業の純資産(資産から負債を差し引いたもの)の時価を上回って支払った差額のことを指します 。  

のれん=買収価額−被買収企業の純資産の時価

例えば、あるレストランを買収するケースを考えてみましょう。そのレストランの土地や建物、厨房機器といった目に見える資産(純資産)の価値が合計で1億円だったとします。しかし、そのレストランには長年の評判、優秀なシェフ、常連客、一等地という立地など、帳簿には載らない無形の価値があります。これらの価値が将来的に多くの利益を生み出す(これを「超過収益力」と呼びます)と見込んで、買収側が1億5000万円を支払った場合、差額の5000万円が「のれん」となります。

この「のれん」は、会計上、貸借対照表の「無形固定資産」として計上されます 。  

ここで重要なのは、のれんの金額は、買収側が「将来これだけ稼げるだろう」という期待、つまり一種の楽観的な予測を数値化したものであるという点です。のれんが高額であるほど、そのM&Aが将来の期待に応えられなかった場合のリスクも大きくなります。過去には、東芝や日本郵政といった大企業が、巨額ののれん計上後に業績が想定通りに進まず、大規模な減損損失(のれんの価値を切り下げる会計処理)を計上した事例もあり、のれんが将来の業績に与える影響の大きさを物語っています 。  

なぜ償却が必要?日本の会計ルール「20年以内」の原則

のれんは永続的に価値を保つものではなく、その超過収益力は時間とともに徐々に費消されていくと考えられています。そのため、日本の会計基準では、計上したのれんを一定の期間にわたって規則的に費用として配分する「償却」という手続きが求められます 。  

このルールを定めているのが、企業会計基準委員会(ASBJ)が公表する「企業結合に関する会計基準」です。その第32項には、次のように明記されています。

のれんは、資産に計上し、20 年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却する。

出典:企業会計基準委員会(ASBJ)「企業結合に関する会計基準」第32項  

ポイントは以下の通りです。

  • 償却期間は最長20年: 20年を超えない範囲で、企業が合理的な年数を決定します 。  
  • 償却方法は定額法が一般的: 毎年、均等額を費用として計上する方法が実務では多く採用されています 。  
  • 利益への影響: 償却費は、損益計算書の「販売費及び一般管理費」として計上されるため、営業利益を直接押し下げる要因となります 。  
  • 一度決めたら変更不可: 最も注意すべき点として、一度設定した償却期間は、原則として後から変更することができません 。  

この「変更不可」というルールがあるため、最初の期間設定が極めて重要になるのです。

【本題】のれん償却期間の決め方:3つのステップで考える

では、具体的に償却期間をどのように決めればよいのでしょうか。会計基準の「効果の及ぶ期間」という言葉は抽象的ですが、実務では以下の3つのステップで合理的な期間を導き出します。

ステップ1:原則を理解する -「効果の及ぶ期間」とは

まず、会計基準が示す「効果の及ぶ期間」とは、M&Aによって獲得した超過収益力(ブランド力、技術力、顧客基盤など)が、将来の利益獲得に貢献すると期待される期間を指します。これは、買収した事業の特性によって異なり、例えば、技術の陳腐化が早いIT業界では短く、安定したブランド力を持つ老舗企業では長くなる傾向があります 。  

ステップ2:実務的な基準 -「投資の予想回収期間」を計算する

「効果の及ぶ期間」を客観的に見積もることは容易ではありません。そこで、実務上最も一般的で、かつ監査法人など外部への説明もしやすい合理的なアプローチが、「投資の予想回収期間」を目安にする方法です 。  

これは、「M&Aに投じた資金を、買収した事業が生み出す将来のキャッシュフロー(または利益)で何年で回収できるか」を計算し、その年数を償却期間とする考え方です。

計算式は非常にシンプルです。

投資回収期間=M&Aの投資額 ​/ 買収対象から得られる年間の予想キャッシュフロー(または利益)

具体的なシミュレーションを見てみましょう。

表1:償却期間の計算シミュレーション

項目ケースAケースB
M&A投資額10億円10億円
年間予想キャッシュフロー2億円1億円
投資回収期間5年 (10億÷2億)10年 (10億÷1億)
設定する償却期間(目安)5年10年

この表が示すように、ケースAでは投資額を5年で回収できる見込みのため、のれんの償却期間を5年と設定するのが合理的です。一方、ケースBでは回収に10年かかるため、10年で償却することが妥当と考えられます。このように、M&Aの意思決定の基礎となった事業計画と会計処理を連動させることが、合理的な期間設定の鍵となります。

ステップ3:総合的に判断する - その他の考慮要素

投資回収期間は強力な目安ですが、最終的な償却期間は、以下のような要素も総合的に勘案して決定することが望ましいです。これらは、金融庁のディスカッション・ペーパーなどでも論点として挙げられています 。  

  • 事業計画との整合性: 会社の中期経営計画(3ヶ年や5ヶ年)とM&Aの位置づけを考慮し、計画期間と償却期間を整合させます。
  • 業界の特性と技術の陳腐化: IT・ソフトウェア業界など技術革新の速い分野では3~5年、安定した製造業やブランドビジネスでは10~20年といったように、業界の平均的な製品・技術ライフサイクルを参考にします 。  
  • シナジー効果の持続期間: M&Aによって期待されるコスト削減や売上増加といったシナジー効果が、どのくらいの期間続くと見込まれるかを考慮します 。  
  • 社内規定の存在: 意思決定の恣意性を排除するため、「M&Aの金額が5,000万円未満の場合は5年で償却する」といった社内ルールを設けている企業もあります 。  

最重要ポイント:会計と税務のルールの違い

実務担当者が最も注意すべきは、会計上のルールと税務上のルールが全く異なるという点です。

会計上はここまで説明した通り、最長20年の範囲で企業が合理的な期間を決定できます。しかし、税法(法人税法)では、のれんに相当する「資産調整勘定」の償却期間は、一律で5年(60ヶ月)と定められています 。これは企業の任意で変更することはできません。  

この違いをまとめたのが以下の表です。

表2:会計と税務の「のれん償却」ルール比較

項目会計 (Accounting)税務 (Tax Law)
対象のれん資産調整勘定
償却期間20年以内で合理的に決定5年(60ヶ月)固定
根拠企業結合に関する会計基準法人税法・法人税法施行令
実務への影響営業利益に影響課税所得に影響

例えば、会計上の償却期間を10年と設定した場合、会計上の費用(のれん償却費)と、税務上の損金(資産調整勘定償却費)の金額に毎年ズレが生じます。この差額は、法人税の申告書で調整(申告調整)する必要があり、実務が煩雑になります。

このため、中小企業のM&Aでは、実務の簡便性を考慮して、会計上の償却期間を税務に合わせて「5年」に設定するケースも少なくありません。

世界の常識は?国際会計基準(IFRS)との比較

参考までに、グローバル企業の多くが採用している国際会計基準(IFRS)では、のれんの扱い方が大きく異なります。IFRSでは、のれんの規則的な償却は行われません 。  

その代わり、少なくとも年に1回、のれんの価値が毀損していないかをチェックする「減損テスト」を実施することが義務付けられています。そして、減損の兆候が見られれば、その価値の減少分を一度に大きな損失(減損損失)として計上します。

日本の会計基準(J-GAAP)とIFRSは、のれんの価値減少を「毎期少しずつ費用化するか(J-GAAP)」、「価値が毀損したタイミングで一気に損失処理するか(IFRS)」という点で、異なる会計思想に基づいています。J-GAAPの償却は利益の変動を平準化し予測可能性を高める一方、IFRSの減損処理は経済的な実態をよりタイムリーに反映するものの、時に業績の大きな変動要因となります。

結論:自社の実態に合った合理的な期間設定を

最後に、本記事の要点をまとめます。

  • 日本の会計基準では、のれんは20年以内で、その効果が及ぶと合理的に見積もられる期間で償却します。
  • 実務上、最も合理的で一般的な決め方は、「投資の予想回収期間」を目安にすることです。
  • 会計上の償却期間(20年以内)と、税務上の償却期間(5年固定)はルールが異なるため、必ず両方を理解しておく必要があります。
  • 一度決定した償却期間は後から変更できないため、事業計画や業界特性などを踏まえ、慎重に決定してください。

のれんの償却期間の決定は、数年、場合によっては十数年にわたって自社の損益計算書に影響を与え続ける重要な経営判断です。単なる経理処理と捉えず、M&Aの投資効果をどのように財務諸表に反映させるかという戦略的な視点から検討することが不可欠です。

判断に迷う場合や、自社にとって最適な期間設定について具体的なアドバイスが必要な場合は、必ず顧問の会計士や税理士などの専門家にご相談ください。


ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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