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【会計士が解説】MTGの不適切会計、調査報告書の要点を紐解く

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • 自社の内部統制に課題を感じている経営者・役員の方
  • 不正会計の兆候を早期発見したい経理・監査部門の方
  • ガバナンス強化の具体策を知りたい管理部門の責任者
  • 投資先のガバナンスリスクを評価したい投資家の方

はじめに:「ReFa」「SIXPAD」の裏にあった会計問題

美容ローラー「ReFa」やトレーニング機器「SIXPAD」。クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した華やかなプロモーションで急成長を遂げ、2018年7月には「ユニコーン企業」として大きな期待を背負い、東京証券取引所マザーズ(当時)に上場した株式会社MTG 。  

しかし、その輝かしいイメージの裏側で、深刻な問題が進行していました。上場からわずか1年後、2019年に連結子会社であるMTG上海で不適切な会計処理が発覚し、第三者委員会が設置される事態となったのです 。  

本記事では、公認会計士の視点から、株式会社MTGが公表した第三者委員会の調査報告書を徹底的に分析します。なぜ彼らの会計処理は「不適切」と判断されたのか、その手口と根本的な原因はどこにあったのか。専門的な内容を誰にでも理解できるよう、具体的な事例と図表を交えながら、わかりやすく解説します。この事例は、企業の成長とガバナンスのあり方を考える上で、すべての投資家やビジネスパーソンにとって重要な教訓を含んでいます。

問題発覚のきっかけ:なぜ第三者委員会が設置されたのか?

この問題は、MTGが自ら発見したものではありませんでした。きっかけは、会社の財務諸表が適正かどうかをチェックする「会計監査人」(有限責任監査法人トーマツ)の存在です 。  

2019年9月期 第2四半期の決算内容をトーマツがレビューする過程で、中国の子会社「MTG上海」における特定の取引の売上計上方法に疑問符が付きました。当初の説明と実態が異なる可能性が浮上したため、トーマツが現地で追加調査を行った結果、会計処理の前提となる事実に誤りがあることが判明したのです 。  

このような「不適切な会計処理の疑義」は、投資家の判断に重大な影響を与える「発生事実」に該当します。上場企業は、東京証券取引所の定める適時開示規則に基づき、このような重要事実を直ちに開示する義務を負っています 。事態を重く見たMTGは、客観的かつ徹底的な調査を行うため、外部の弁護士や公認会計士から成る独立した「第三者委員会」の設置を決定しました 。  

表1:株式会社MTGの不適切会計問題 調査概要

項目詳細
会社名株式会社MTG(東証グロース:7806)
主要ブランドReFa(リファ)、SIXPAD(シックスパッド)
問題の概要中国子会社(MTG上海)における不適切な収益認識
調査期間2019年5月14日~2019年7月11日  
調査機関外部の専門家で構成される第三者委員会
財務的影響2019年9月期の業績予想を黒字から85億円の最終赤字に修正  

不正の核心:調査報告書が指摘した3つの手口

第三者委員会の調査報告書は、主に3つの不適切な会計処理を指摘しました。いずれも「売上を早く、大きく見せたい」という動機から行われたものですが、会計のルールを根本から無視したものでした。ここでは、その手口を一つずつ見ていきましょう。

手口1:実質的な在庫リスクを抱えたままの「売上計上」(対C社・42億円)

MTGが行ったこと

MTGは、中国のECサイトへの販路を持たない商社C社に対し、商品を大量に出荷し、その時点で42億円の売上を計上しました。形式上は、商品を出荷し、請求書を発行し、代金も回収していたため、一見すると正当な取引に見えました 。  

隠された実態

しかし、調査によって重要な裏の約束が明らかになりました。それは、「もしC社が商品を売り切れなかった場合、MTGがその在庫を買い戻す」という保証です 。つまり、C社は在庫を抱えるリスクを一切負っておらず、実質的な在庫リスクはすべてMTGが負担していたのです。  

会計士による分析

これは会計の大原則である「実質優先の原則(Substance over Form)」に反します。取引は契約書などの「形式」だけでなく、その「経済的な実態」で判断しなければなりません。このケースでは、MTGが在庫リスクを負い続けているため、実質的には商品をC社に預けて販売を委託している「委託販売に類似した取引」と判断されました。したがって、売上を計上できるのは、MTGがC社に出荷した時点ではなく、C社が最終的な消費者(ECサイトの顧客)に販売した時点となります。結果として、計上された42億円の売上は取り消されるべきだと結論付けられました 。  

手口2:契約が成立していない「見切り発車」の売上計上(対A社)

MTGが行ったこと

MTG上海は、新規取引先であるB社との取引を急ぐあまり、正式な手続きが間に合わないため、既存の取引先であるA社を介する形で商品を販売し、売上を計上しました 。  

隠された実態

問題は、この売上が計上された2019年1月時点で、当事者であるMTG上海、A社、B社の三者間での正式な契約が結ばれていなかったことです。さらに、A社は単なる「経由地」であり、当初から代金を支払う意思も能力もありませんでした 。  

会計士による分析

売上を計上するための大前提は、顧客との間に法的に有効な「契約が存在する」こと、そしてその対価を「回収できる可能性が非常に高い」ことです。この取引は、契約が未締結であった時点でまず成立していません。加えて、A社に支払い意思がない以上、代金回収の可能性も極めて低く、売上計上は認められません。法的な裏付けと商業的な合理性を無視した、完全な「見切り発車」の売上計上でした 。  

手口3:商品の「支配」が移転していない売上計上(対B社・13.7億円)

MTGが行ったこと

MTG上海は、取引先B社に商品を出荷した時点で、13.7億円の売上を計上しました 。  

隠された実態

しかし、両社の契約書には、MTG上海がB社のECサイト運営費用を負担することや、商品の最低小売価格をMTG上海が指定する、といった条項が含まれていました 。  

会計士による分析

これらの条項は、商品がB社の倉庫に移動した後も、MTG上海がその販売活動に対して重要な関与を続け、価格決定権などの「支配」を保持していたことを意味します。会計ルール上、売上は商品やサービスの「支配」が顧客に移転したときに初めて認識されます。この場合、商品の実質的な支配は、B社がECサイトを通じて最終顧客に販売した時点ではじめて移転すると判断されました。これもまた「委託販売に類似した取引」であり、出荷時点での一括売上計上は不適切であるとされました 。  

表2:MTGの不適切会計と正しい会計処理の比較

取引ケースMTGの不適切な処理正しい会計処理と判断理由
手口1(対C社)商品出荷時に42億円の売上を一括計上した。実質優先の原則: 在庫買い戻し保証により、MTGが在庫リスクを負担。実質は委託販売であり、最終顧客への販売時に売上を計上すべきだった。
手口2(対A社)三者間契約が未締結のまま売上を計上した。契約の存在と回収可能性: 法的に有効な契約が存在せず、A社に支払い意思もなかったため、売上計上の要件を満たしていなかった。
手口3(対B社)販売価格等を支配したまま出荷時に13.7億円の売上を計上した。支配の移転: MTGが販売に関する重要な支配を保持しており、支配がB社に移転していない。これも委託販売と同様の扱いとなるべきだった。

なぜダメなのか?会計の基本ルール「収益認識基準」を学ぶ

MTGの事例を理解する上で欠かせないのが、「いつ、いくら売上を計上するべきか」を定めた会計のルールブック、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)です 。これは国際的な会計基準であるIFRS第15号に沿って開発された、世界標準の考え方です 。  

この基準の最も重要な原則は、「約束した商品やサービスの『支配』が顧客に移転したときに収益を認識する」というものです 。  

「支配の移転」とは、単に商品を渡すことではありません。顧客がその商品を自由に使ったり、転売したり、その商品から得られる利益を享受したりできる状態になることを指します。車を売ることに例えるなら、鍵と車検証を渡し、買い手がその車を自由に運転したり、売却したり、好きな色に塗り替えたりできるようになった時点ではじめて「売れた」と言えるのです。もし売った後も「この道しか走ってはいけない」「修理代は売り主が持つ」といった制約があれば、それはまだ完全に売れたとは言えません。

会計専門家は、この原則を適用するために、以下の「5つのステップ」に従って判断します。

表3:収益認識の5ステップ(かんたん解説版)

ステップ正式名称ビジネスにおける平易な説明
1契約の識別顧客との間に、法的に有効な「本物の契約」があるか?
2履行義務の識別我々は何を提供すると約束したか?(商品、サービスなど)
3取引価格の算定その約束に対して、いくら受け取る権利があるか?
4履行義務への取引価格の配分複数の約束がある場合、それぞれの価値はいくらか?
5収益の認識約束を果たした時(=支配が移転した時)に、売上を計上する。

出典:企業会計基準委員会(ASBJ)「企業会計基準第29号『収益認識に関する会計基準』」  

MTGの事例は、まさにこのルールを軽視した結果です。手口2(対A社)はステップ1の「契約の識別」ができておらず、手口1(対C社)と手口3(対B社)はステップ5の「支配の移転」という要件を満たしていませんでした。

根本原因:単なる会計ミスではなかった組織的な問題

この問題は、単なる現場の会計ミスや知識不足で片付けられるものではありません。第三者委員会の報告書は、より根深い組織的な問題を指摘しています。

過度なプレッシャーと歪んだ企業風土

上場後の企業には、投資家の期待に応えるため、高い成長を維持しなければならないという強烈なプレッシャーがかかります。報告書によると、MTG社内には達成困難な売上目標が課され、そのプレッシャーが現場を不正に走らせる土壌となりました 。中国子会社の幹部から送られた「多少の無茶は目をつぶってください」というメールは、数字を優先し、コンプライアンスを軽視する当時の社内の空気を象徴しています 。  

機能しなかったコーポレート・ガバナンス

健全な企業経営には、不正を防ぐためのチェック機能、すなわちコーポレート・ガバナンスが不可欠です。一般的に、企業のリスク管理は「3つの防衛線」で考えられますが、MTGではそのすべてが機能不全に陥っていました。

  • 第1線(事業部門): 不正な取引を直接実行した海外事業部門。
  • 第2線(管理部門): 事業部門を牽制・監督すべき本社管理部門の機能が弱く、チェックが働きませんでした。さらに、松下剛社長(当時)自身が、知人に自己資金を渡して自社製品を大量購入させようと計画していた事実も発覚し(未遂)、経営トップのコンプライアンス意識の低さが露呈しました 。  
  • 第3線(内部監査部門): 独立した立場で業務の妥当性をチェックする内部監査部門も、特に海外子会社に対する監視が不十分であったと指摘されています 。  

このように、あらゆる階層でチェック機能が働かなかったことが、不正の発生と拡大を許した根本的な原因と言えます。

事件の結末:失われた信頼と再生への道のり

不適切会計の代償は非常に大きなものでした。

  • 財務諸表の訂正と業績悪化: MTGは金融商品取引法に基づき、過去の有価証券報告書の「訂正報告書」を提出せざるを得なくなりました 。これは、公表していた決算内容に重大な誤りがあったことを公式に認める行為です。結果として、2019年9月期の業績予想は、当初の6.2億円の黒字から一転して85億円の最終赤字へと大幅に下方修正されました 。  
  • 市場の反応と経営責任: 不正の発覚後、同社の株価は急落し、多くの株主が損失を被りました 。経営責任を明確にするため、海外事業担当の常務は辞任し、松下社長は役員報酬の100%を1年間自主返上することを発表しました 。  
  • 再発防止策: MTGは、コンプライアンス教育の徹底、非現実的な経営目標の設定プロセスの見直し、管理部門や内部監査体制の強化、そして役員から独立した内部通報窓口の設置といった再発防止策を策定・公表しました 。  

この事例から我々が学ぶべき教訓は明確です。投資家は、急成長企業の華やかな数字の裏側にある「売上の質」や「ガバナンス体制」にこそ目を向ける必要があります。売上高が伸びていても、それが実態の伴わないものであれば、いずれ大きなリスクとなって跳ね返ってくるのです。

まとめ:「形式」より「実質」を問う会計の鉄則

株式会社MTGの不適切会計問題は、上場後のプレッシャーの中で、企業がいかに道を踏み外しうるかを示す典型的な事例でした。それは、会計の基本原則である「形式よりも実質を重んじる」という考え方を軽視し、目先の数字を追い求めた結果です。

この事件は、企業経営において透明性、強固なガバナンス、そして倫理観に基づいたリーダーシップがいかに重要であるかを、改めて私たちに教えてくれます。一つの不祥事が企業の信頼を根底から揺るがし、その回復には長い時間と多大な努力を要するのです。この教訓は、すべての企業、そして市場に関わる人々が心に刻むべきものと言えるでしょう。

よくある質問(Q&A)

報告書によると、MTGの不適切会計の根本的な原因は何だったのでしょうか?

報告書では、単なる経理担当者のミスや不正だけでなく、より根深い組織的な問題が指摘されています。具体的には、①業績目標達成への過度なプレッシャーが存在した企業風土②チェック機能が形骸化していた内部統制システムの不備、そして③経営陣によるガバナンス意識の欠如が複合的に絡み合ったことが根本原因と結論付けられています。

この不適切会計は、会社の財務諸表や株価にどのような影響を与えましたか?

調査の結果、過去数年間にわたる売上や利益の過大計上が判明し、過年度決算の訂正が行われました。これにより、訂正後の財務諸表では自己資本が大幅に減少し、財務健全性への信頼が大きく損なわれました。市場ではこの発表を重く受け止め、株価は急落し、投資家からの信頼回復が大きな課題となりました。

報告書で提言された再発防止策のうち、他の中小企業でもすぐに取り入れられる最も重要なものは何ですか?

最も重要なのは「経営トップによる明確なコンプライアンスメッセージの発信と、それを担保する内部通報制度の実効性確保」です。具体的には、社長自らが「不正は絶対に許さない」という姿勢を全社に示し、従業員が報復を恐れずに不正の懸念を報告できる独立した窓口(例:社外弁護士直通のホットライン)を設置・周知徹底することです。これはコストをかけずとも、組織の自浄作用を高める上で極めて効果的です。


ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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