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新リース会計基準導入実務(2)その契約、実はリースかも?新リース会計基準の「識別」3つの罠と具体例

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • 新基準で何がリースになるか知りたい経理担当者の方
  • 「業務委託契約」やITサービス契約の扱いを知りたい方
  • 全社的な契約の洗い出しをどう進めるか悩んでいる方
  • 監査法人への説明に備え、識別の根拠を整理したい方

はじめに:なぜ「リースの識別」がすべての始まりなのか?

第1回の記事では、新リース会計基準の全体像と、すべてのリースが資産・負債として計上される「オンバランス化」のインパクトについて解説しました。今回は、その導入実務における最初の、そして最も重要なステップである「リースの識別」に焦点を当てます。

「うちの会社は、契約書に『リース』と書いてあるものしか関係ないだろう」

もしそうお考えでしたら、少し注意が必要です。新基準では「何がリースに該当するのか」という定義そのものが、より経済的な実態を重視するものに変わりました。

私の経験上、多くの企業がこの「リースの識別」でつまずきます。ここで契約を見落としてしまうと、その後の資産・負債計上、減価償却といった後工程のすべてが不正確になり、決算間際に監査法人から指摘を受け、大きな手戻りが発生する…という事態に陥りかねません。まさに、導入プロジェクトの土台を築く、最も慎重に進めるべきステップなのです。

この記事では、実務で判断に迷いがちなポイントも含め、「リースの識別」を徹底的に解説します。

sato
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新基準の羅針盤!「リース」に該当するかを見抜く3つの判断基準

新基準では、「契約が、特定された資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する場合、当該契約はリースを含む」と定義されています。この少し難しい定義を、実務で使えるように噛み砕くと、以下の3つの基準で判断することになります。

表1:リース識別 3つの判断基準チェックリスト

判断基準チェックポイント具体例
基準① 資産の特定契約の対象となる資産が、物理的または契約上、具体的に特定されているかYES: 車両番号「品川300 あ 12-34」の車
NO: タクシー会社の法人契約(どの車に乗るか指定不可)
基準② 経済的利益の享受その資産を使うことで得られる経済的な利益(売上やコスト削減など)の「ほぼすべて」を、自社が得られるかYES: リースしたトラックの荷台スペースをすべて自社で使える
NO: パイプライン輸送能力の10%だけを利用する契約
基準③ 使用の指図その資産を「いつ、どこで、何のために」使うかを、自社で決定できるかYES: レンタカー(行き先や目的は自由)
NO: 運転手付きハイヤー(運転はハイヤー会社が管理)

この3つの基準をすべて満たす場合に、その契約は新基準上の「リース」に該当すると判断されます。それでは、各基準の注意点を詳しく見ていきましょう。

基準①:資産は「特定」されているか? ~「いつでも交換OK」の契約は要注意~

まず、契約の対象となる資産が特定されているかを確認します。車両番号やシリアル番号で指定されていれば分かりやすいですが、注意すべきは「サプライヤー(貸手)の実質的な交換権」の有無です。

これは、「契約書では資産が特定されていても、貸手側がいつでも自由に、同等の別の資産と交換できる権利を持っておりその交換によって貸手が経済的に得をする場合」には、実質的に資産は特定されていないとみなす、という考え方です。

例えば、データセンターのサーバーラックを「ラック番号A-01」として契約していても、データセンター側が電力効率などを理由に、いつでも同等の別ラックに移動させる権利を持っている場合は、「資産は特定されていない」と判断される可能性があります。

基準②:経済的利益を「ほぼすべて」享受しているか? ~資産のうまみを独り占めできるか~

次に、特定された資産の使用から生じる経済的利益の「ほぼすべて」を、借手が享受する権利を持っているかを確認します。

例えば、ある倉庫全体を賃借し、そのスペースをすべて自社の在庫保管に使えるのであれば、この要件を満たします。しかし、倉庫の一部分(例えば全体の30%)だけを利用する契約で、残りの70%を倉庫会社が他の顧客のために自由に使用できる場合、資産が生む経済的利益のすべてを享受しているとは言えず、リースには該当しない可能性が高くなります。

基準③:資産の使用を「指図」する権利があるか? ~どう使うかを自分で決められるか~

最後に、借手がその資産を「どのように」「何のために」使用するかを指図する(コントロールする)権利を持っているかを確認します。

社用車リースであれば、いつ、誰が、どこへ運転するかは借手である企業が自由に決められるため、使用を指図する権利があると言えます。一方で、運転手付きのハイヤー契約の場合、行き先や時間を指示することはできますが、どの車を使い、誰が運転し、どう整備するかといった「資産(=車)そのものの使用」に関する重要な意思決定はハイヤー会社が行っています。このような場合は、単なるサービスの提供を受けていると判断され、リースには該当しません。

【ケーススタディ】実務で迷う契約、徹底解剖!

理論は分かっても、実際の契約に当てはめるのは難しいものです。ここでは、特に判断に迷う2つのケースを見ていきましょう。

ケース1:データセンターのサーバーラック利用契約はリース?

ITインフラとして一般的なデータセンターの利用契約や、IaaS(Infrastructure as a Service)のようなクラウドサービス契約は、非常に判断が悩ましい典型例です。

  • リースと判断される可能性が高いケース:
    • 契約で特定のサーバー(シリアル番号等で識別)が割り当てられ、そのサーバーを物理的に他社と共有することがない
    • サーバー会社が、自社の都合で別のサーバーに勝手に交換する権利を持っていない
    • そのサーバーの処理能力のほぼすべてを自社で利用できる
  • リースと判断されない可能性が高いケース:
    • 多数のユーザーでサーバー資源を共有しており、自社に割り当てられるサーバーは固定されていない(SaaS型の多くが該当)。
    • 契約上は特定のラックが指定されていても、データセンター側が実質的な交換権を持っている

このように、契約形態によって結論が大きく変わるため、IT部門と連携し、契約内容やサービスの仕様を詳細に確認することが不可欠です。

ケース2:「業務委託契約」に隠れたリースを見抜け!

「この契約は『業務委託契約』だからリースじゃない」と考えるのは早計です。新基準では、契約の名称ではなく、その経済的実態で判断します。

例えば、ある部品メーカーとの間で「製造委託契約」を結んでいたとします。その契約の中で、「委託先は、発注元である当社専用の製造ラインを使用する」と定められていたらどうでしょうか。

この場合、たとえ契約書のタイトルが「業務委託」でも、

  1. 資産の特定: 「当社専用の製造ライン」が特定されている
  2. 経済的利益の享受: そのラインで作られる製品はすべて当社向けであり、経済的利益をほぼすべて享受している
  3. 使用の指図: 当社が生産計画を指示することで、そのラインをいつ、何のために動かすかを実質的に指図している

という3つの基準を満たし、リースに該当すると判断される可能性が非常に高いのです。

このとき、契約の対価には、設備の利用料(=リース部分)と、製造人員の人件費や管理費(=サービス部分/非リース部分)が混在しています。原則として、これらを合理的に分離し、リース部分だけを資産・負債として計上する必要があります。

結論:経理部だけでは無理!全社で進める契約洗い出しの3ステップ

ここまで見てきたように、「リースの識別」は、契約書のタイトルだけでは判断できず、その実態を深く理解する必要があります。リースに該当しうる契約は、IT部門のサーバー利用契約、営業部門の車両契約、総務部門の不動産賃貸借契約など、社内のあらゆる部署に散在しています。

したがって、この対応を成功させるためには、経理部門だけでなく、全社を巻き込んだプロジェクトとして進めることが不可欠です。

  1. 全社的な契約管理台帳の整備:まずは、各部署がどのような契約を結んでいるのか、その全体像を把握することから始めましょう。契約管理システムがなければ、Excel等で一元的な台帳を作成することが第一歩です。
  2. 「リース識別チェックリスト」の作成と展開:本記事の表1のような、経理以外の担当者でも簡易的に判断できるチェックリストを作成し、各部署に配布します。これにより、現場レベルでの一次的なスクリーニングが可能になります。
  3. 各部門への協力依頼と説明会の実施:なぜこの作業が必要なのか、会社全体にどのような影響があるのかを丁寧に説明し、協力を仰ぎましょう。特に、契約内容を最もよく理解している法務部門や各事業部門との連携は、プロジェクトの成否を分ける鍵となります。

このプロセスは、単なる会計基準対応に留まらず、自社の契約管理体制そのものを見直し、ガバナンスを強化する絶好の機会となるでしょう。

sato
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明確なリース契約や賃貸借契約がない「実質的なリース」を洗い出す実務上の留意点

「実質的なリース」の洗い出しは、経理部門だけでは把握することが難しいこともあるので、現場に早めに問い合わせることをおすすめします。

  • 現場で他社のものを使っていないか確認する。⇒ 借手のリースに該当しないか?
  • 経理部門が、「賃借料」「支払手数料」「通信費」など、リースに該当しそうな勘定科目について、毎月保存している請求書を精査して、対象になりそうな取引を絞りこんだ上で、現場に調査票(わかりやすい表現で)を送付して回収する。

よくある質問(Q&A)

クラウドサービス(SaaS, IaaS, PaaS)はリースに該当しますか?

SaaS(Software as a Service): 特定のサーバーやインフラを支配しているわけではなく、サービスの提供を受けているに過ぎないため、多くはリースに該当しません 。   

IaaS / PaaS: 契約内容によります。特定のサーバーや物理的なインフラが自社専用に割り当てられ、実質的な交換権が提供者側にない場合は、リースに該当する可能性があります。契約内容を詳細に確認する必要があります。

不動産賃貸借契約はすべてリースになりますか?

はい、オフィスや店舗、倉庫などの不動産賃貸借契約は、通常「特定の資産(物件)」を「一定期間」「対価を払って」使用する権利を得るため、新基準上のリースの定義を満たすことがほとんどです 。これまで費用処理していた家賃が、BSに資産・負債として計上されることになるため、特にインパクトの大きい領域です。 

契約書に「リース」や「賃貸借」という言葉がなければ、対象外と考えてよいですか?

いいえ、対象外とは言えません。新基準では、契約の法的形式や名称ではなく、経済的な実態に基づいてリースかどうかを判断します 。例えば「業務委託契約」「サービス利用契約」といった名称の契約でも、本記事で解説した3つの判断基準を満たせばリースに該当します。

リース部分とサービス部分(保守料など)が一体となった契約はどうすればよいですか?

原則として、契約の対価を、それぞれの独立した価格の比率など合理的な基準で「リース部分」と「非リース部分(サービス部分)」に配分し、リース部分のみをオンバランス処理します 。ただし、実務上の簡便な取り扱いとして、両者を区分せずに契約全体をリースとして一体で処理することも認められています。どちらを選択するかは会計方針として決定が必要です。

新基準の適用開始日より前に結んだ古い契約も、見直しの対象になりますか?

はい、原則として、新基準の適用開始日時点で有効なすべての契約が識別の対象となります。ただし、経過措置として、現行のリース会計基準を適用していた既存のリース取引については、再度の識別判断を行わずに新基準を適用することが認められています 。一方で、これまでリースとして扱っていなかった契約(不動産賃貸借など)は、すべて洗い出して識別し直す必要があります。


sato
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ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

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