2023年10月からインボイス制度が始まり、経理の現場では請求書のチェック業務がより重要になりました。「取引先から届いた請求書に登録番号がない…」「消費税額の記載がおかしい…」そんな場面に遭遇し、ヒヤリとした経験はありませんか?
記載事項に不備のあるインボイスをそのまま処理してしまうと、最悪の場合、消費税の納税額が増えてしまう可能性があります。
しかし、ご安心ください。不備のあるインボイスを受け取ってしまっても、適切な手順を踏めば問題なく対処できます。この記事では、受領したインボイスに不備があった場合の具体的な対応方法を、3つのステップで分かりやすく解説します。
目次
なぜ「正しいインボイス」が重要なのか?仕入税額控除の基本
インボイス制度で、なぜ請求書の記載事項がこれほど厳密に求められるのでしょうか。それは「仕入税額控除」という消費税の計算における非常に重要な仕組みに関係しているからです 。
仕入税額控除とは、事業者が消費税を納める際に、売上にかかった消費税額から、仕入れや経費にかかった消費税額を差し引くことができる制度です。この控除を適用するためには、原則として法令で定められた要件を満たす帳簿と「適格請求書(インボイス)」の保存が必須となります 。これは消費税法第三十条で定められている国のルールです 。
もし受け取った請求書がインボイスの要件を満たしていない場合、その取引で支払った消費税額を控除できなくなり、結果として自社が納める消費税額が増加してしまうのです。これは、単に一つの取引で損をするという話ではなく、会社の資金繰りにも影響を与えかねない重要な問題です。
これで完璧!適格請求書(インボイス)に必要な6つの記載事項
では、どのような請求書が「正しいインボイス」なのでしょうか。国税庁は、適格請求書に必要となる6つの記載事項を定めています 。受け取った請求書にこれらの項目がすべて正しく記載されているか、以下のチェックリストで確認しましょう。
表1:適格請求書の必須記載事項チェックリスト
| 項目 | 記載内容のポイント | よくある不備の例 |
| ① 発行事業者の氏名・名称と登録番号 | Tから始まる13桁の番号が必須です。 | 登録番号の記載漏れ、桁数の間違い。 |
| ② 取引年月日 | 課税仕入れを行った年月日を記載します。 | 西暦と和暦の混在、日付の間違い。 |
| ③ 取引内容(軽減税率対象品目はその旨) | 商品・サービス内容。「※」印などで軽減税率(8%)対象であることが明記されている必要があります。 | 軽減税率対象品目なのに「※」などの記載がない。 |
| ④ 税率ごとに区分した合計額と適用税率 | 10%対象と8%対象それぞれの合計対価額(税抜または税込)と、適用税率(10% or 8%)が記載されていること。 | 税率ごとの合計金額が分かれていない。 |
| ⑤ 税率ごとに区分した消費税額等 | 10%と8%それぞれの消費税額。端数処理は一つのインボイスにつき、各税率ごとに1回までと定められています 。 | 消費税額が合計額しか記載されていない。 |
| ⑥ 書類の交付を受ける事業者の氏名・名称 | 自社の正式名称が記載されているか。 | 宛名が「上様」や屋号のみになっている。 |
この6つの項目、特に「①登録番号」と「⑤税率ごとに区分した消費税額等」はインボイス制度で新たに追加された重要なポイントです。日々の経理業務で、このリストを基にチェックする習慣をつけましょう。
【3ステップで解決】記載事項が不足しているインボイスへの具体的な対応フロー
請求書に不備を発見した場合、慌てる必要はありません。以下の3つのステップで冷静に対応しましょう。これが最も確実で原則的な方法です 。
Step 1:不備の発見と特定
まずは、上記のチェックリストを使い、どの項目が不足しているか、あるいは間違っているかを具体的に特定します。例えば、「登録番号の記載がない」「軽減税率対象品目の記載が漏れている」など、修正を依頼する内容を明確にしておきましょう。
Step 2:発行元への修正依頼
次に、請求書の発行元である取引先に連絡し、不備があった旨を伝えて修正したインボイスの再発行を依頼します。連絡は電話でも構いませんが、後々の記録のためにメールで行うのが確実です。
【メール文例】インボイスの修正・再発行依頼
件名: 請求書の修正・再発行のお願い(株式会社〇〇)
本文: 株式会社△△ 経理ご担当者様
いつも大変お世話になっております。 株式会社〇〇の〇〇です。
先日お送りいただきました以下の請求書につきまして、インボイスの記載事項に確認したい点がございます。
・請求書番号:[請求書番号] ・発行日:[発行日] ・金額:[金額]
上記の請求書について、誠に恐れ入りますが、国税庁の定める適格請求書の要件であります「[不備の内容、例:登録番号]」の記載が見受けられませんでした。
弊社の経理処理上、正しいインボイスが必要となりますため、大変お手数をおかけいたしますが、修正版を再発行いただけますでしょうか。
なお、お手元の請求書は、二重処理を防ぐため、誠に勝手ながら破棄させていただきます。
お忙しいところ恐縮ですが、ご対応のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
株式会社〇〇 部署名・氏名 連絡先
このように、丁寧かつ具体的に修正箇所を伝えることで、相手方もスムーズに対応しやすくなります 。
Step 3:修正インボイスの受領と保管
取引先から修正されたインボイスを受け取ったら、再度6つの記載事項がすべて満たされているかを確認します。問題がなければ、その修正版インボイスを正式な証憑として保管します。
注意点: 修正前の不備があったインボイスは、誤って処理しないよう速やかに破棄することが推奨されます。経緯を記録するために残す場合は、ファイル名や書類に「修正前」「無効」などと明記し、明確に区別できるようにしておきましょう 。
【実務担当者向け】相手に再発行を依頼しにくい場合の特例的アプローチ
原則は発行元に修正してもらうことですが、「取引先との力関係で強く言いにくい」「連絡がなかなかつかない」といった実務上の課題もあるでしょう。
そのような場合に備えて、国税庁は受領側(買手側)で対応できる例外的な方法も認めています 。これは、自社のタイミングで処理を進められる非常に実用的な方法です。
その方法とは、受領側が不備のある箇所を追記・修正し、その内容について発行元の確認を受けるというものです。この対応により、その書類は「修正されたインボイス」であると同時に、修正事項を明記した「仕入明細書」としても扱われ、仕入税額控除の要件を満たすことができます 。
具体的には、以下のような手順になります。
- 受け取った請求書(PDFや紙)のコピーや余白に、不足していた情報(例:「登録番号:T1234567890123」)を追記します。
- 追記した内容を取引先にメール等で送り、「こちらの内容で追記いたしましたが、相違ございませんでしょうか?」といった形で確認を求めます。
- 取引先から「相違ない」との返信(承諾)を得ます。
- 「追記した請求書」と「相手方の承諾を得たメール」をセットで保存します。
この方法を使えば、相手に再発行の手間をかけさせることなく、迅速に問題を解決できます。
表2:インボイス修正方法の比較(原則と特例)
| 対応方法 | メリット | デメリット/注意点 |
| 原則:発行元に修正・再発行を依頼 | 最も正しく、確実な方法。 | 相手の対応次第で時間がかかる場合がある。 |
| 特例:受領側で追記・修正し、相手の確認を得る | 自社のタイミングで迅速に処理を進められる。相手の手間を軽減できる。 | 必ず相手方の確認(メール等で可)が必要。勝手な修正は認められない 。 |
状況に応じて、よりスムーズに進む方法を選択しましょう。
知っておくと安心!インボイス保存が不要な特例ケース
実は、すべての取引でインボイスの保存が必須というわけではありません。請求書の不備をチェックする前に、そもそもインボイスの保存が不要な特例に該当しないかを確認することで、不要な事務作業を大幅に削減できます。
5.1. 少額特例:税込1万円未満の取引
基準期間(2年前)の課税売上高が1億円以下の事業者などは、税込1万円未満の課税仕入れについて、インボイスの保存がなくても帳簿への記載のみで仕入税額控除が認められます 。
- 対象事業者: 基準期間の課税売上高が1億円以下、または特定期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者 。
- 適用期間: 2023年10月1日から2029年9月30日までの取引が対象です。
- 判定単位: 1回の取引の合計額(税込)で判定します。例えば、税込6,000円の商品と税込5,000円の商品を同時に購入した場合、合計11,000円となり、この特例の対象外となるので注意が必要です 。
多くの経費精算などがこの特例に該当する可能性があります。
5.2. 振込手数料の取り扱い
銀行のATMやインターネットバンキングを利用した際の振込手数料は、3万円未満であれば「自動サービス機からの商品の購入等」に該当し、インボイスの交付義務が免除されています。そのため、インボイスの保存は不要で、帳簿への記載のみで仕入税額控除が認められます 。
これらの特例を知っておくことで、日々の経理業務の効率は大きく向上します。
まとめ:不備のあるインボイスに慌てず、適切に対応しよう
インボイス制度下で記載事項に不備のある請求書を受け取った際の対応は、仕入税額控除を正しく受けるために不可欠です。最後に、対応の流れをもう一度確認しましょう。
- まず特例を確認: 税込1万円未満の取引や振込手数料など、インボイス保存不要のケースに該当しないかチェックする。
- 6つの項目をチェック: 特例に該当しない場合、請求書の記載事項に漏れや誤りがないか確認する。
- 原則は再発行依頼: 不備があれば、発行元に連絡し、修正版のインボイスを再発行してもらう。
- 特例として自社修正も可: 急いでいる場合や相手に依頼しにくい場合は、自社で追記・修正し、必ず相手の確認を得て保存する。
この手順を理解しておけば、万が一不備のある請求書を受け取っても、自信を持って適切に対応できるはずです。日々の業務フローに組み込み、正確な経理処理を心掛けましょう。
よくある質問(Q&A)
間違って発行してしまった元の請求書は、破棄してもよいですか?
いいえ、破棄してはいけません。誤った請求書であっても、発行した取引の証憑(しょうひょう)となります。元の請求書には「無効」「訂正済」などと明確に記載し、訂正後に再発行した請求書とセットで保管することが、税務調査などへの備えとして重要です。
赤伝(マイナスの伝票)を切らずに、手書きで二重線を引いて訂正印を押す方法は認められますか?
インボイス制度においては、手書きでの修正は原則として認められません。適格請求書(インボイス)の記載要件を満たさなくなる可能性があるためです。ミスが発覚した場合は、元の請求書を取り消すための赤伝(売上返品伝票など)を発行し、改めて正しい内容の請求書を発行するのが最も安全で確実な方法です。
請求書の金額は合っていますが、振込先の口座番号だけが間違っていました。この場合も再発行が必要ですか?
はい、再発行が必要です。金額だけでなく、振込先口座情報なども含めて、請求書に記載されたすべての情報が正確であることが求められます。軽微なミスと自己判断せず、取引先に迷惑をかけないためにも、速やかに訂正した請求書を再発行しましょう。
ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。