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株式上場(IPO)の実務(9) 日常業務とIPO準備、二兎を追うための実践的マネジメント術

「いざ上場準備を始めると、現場が全く回らなくなった…」 「日常業務に追われ、上場準備が計画通りに進まない…」

これは、株式上場(IPO)を目指す多くの企業が直面する「最大の壁」です。日々の売上を支える通常業務に、突如として膨大な上場準備タスクが降りかかってくる。その結果、管理部門を中心に社員は疲弊し、プロジェクトは遅延、最悪の場合、上場の夢そのものが頓挫しかねません。

しかし、ご安心ください。この困難な課題は、精神論や根性論で乗り越えるものではありません。明確な方針と仕組み、そして経営者の強いリーダーシップがあれば、必ず両立は可能です。

本記事では、日常業務と上場準備という「二兎」を確実に得るための、実践的なマネジメント術を徹底解説します。

なぜ両立はこれほどまでに難しいのか?

まず、問題の根本原因を正しく理解することから始めましょう。

  • 絶対的なリソース不足: 社員数は変わらないのに、業務量だけが2倍、3倍に膨れ上がります。特に、決算早期化、開示資料作成、内部統制構築などを担う経理・財務・法務といった管理部門の負担は限界に達します。
  • 未知の業務への戸惑い: 上場準備には、これまで経験したことのない専門的なタスクが山積しています。何から手をつければ良いかわからず、調査や手探りの作業に多くの時間が奪われます。
  • 優先順位の混乱: 営業部門は目先の売上を追い、管理部門は未来への投資である上場準備を進める。社内で向かう方向がバラバラになり、「どちらが重要なんだ」という不満や混乱が生じます。
  • 「他人事」という意識: 「上場準備は、社長と管理部門がやること」という空気が蔓延し、事業部門からの協力が得られず、プロジェクトチームが孤立無援に陥ります。

これらの課題を放置したままでは、プロジェクトは前に進みません。では、どうすればこの壁を乗り越えられるのでしょうか。

両立を成功させる「マネジメント」4つの鉄則

重要なのは、経営トップが先頭に立ち、明確な方針を示すことです。

鉄則1:経営トップが「最優先課題」であると宣言し続ける

最も重要なのが、社長のコミットメントです。「我が社は今、全社を挙げて上場を目指す。これは他の何よりも優先される経営課題である」と、朝礼や会議の場で繰り返し、力強く宣言してください。トップの明確なメッセージが、全社員の意識を統一し、優先順位の混乱を防ぎます。

鉄則2:リソース配分に「聖域」を設けない

「人は増やせないが、仕事はやれ」では、現場は潰れてしまいます。経営者は、この期間限定のプロジェクトを乗り切るためのリソース配分を決断しなければなりません。

  • 専任チームの設置: 可能な限り、日常業務から切り離した「上場準備専任チーム」を設置するのが理想です。
  • 兼務比率の明確化: 兼務せざるを得ない場合でも、「Aさんの業務時間の50%は上場準備に充てる」といった形で、会社として業務配分を明確に定義し、本人と所属部署に伝えます。
  • 戦略的な人員補強: 派遣社員や業務委託などを活用し、日常業務をサポートする人員を一時的に補強することも有効な手段です。
鉄則3:「上場は全員野球だ」と理解を求める

上場準備は、決して一部の部署だけの仕事ではありません。社長自らが「上場のメリット」を全社員に具体的に語り、理解と協力を求めましょう。

  • 事業への好影響: 「上場すれば信用力が上がり、大型案件が受注しやすくなる」
  • 採用への好影響: 「優秀な人材が集まり、皆さんの業務負担も軽減できる」
  • 社員への還元: 「ストックオプションなど、皆さんの頑張りに報いる制度を用意する」

このように、上場が「自分ごと」であると認識されれば、事業部門も「資料作成に協力しよう」「面倒な申請手続きも会社のためだ」と、前向きな協力体制が生まれます。

鉄則4:「やらないこと」を決める勇気を持つ

リソースが限られている以上、すべてを100%こなすことは不可能です。この期間中は、「やらないこと」を意図的に決める経営判断が求められます。

  • 重要度の低い会議の廃止
  • 新規事業や開発プロジェクトの一時凍結・延期
  • 過剰な社内報告資料の簡素化

「捨てる勇気」を持つことで、本当に重要なタスクにリソースを集中させることができます。

現場で実践!両立を加速させる「実務」3つの工夫

経営方針が定まったら、次は現場レベルで業務を効率化する工夫です。

工夫1:外部リソースを徹底的に活用する

社内ですべてを抱え込む必要はありません。アウトソーシングできる業務は、積極的に外部のプロに任せましょう。

  • 日常業務のアウトソーシング: 経理記帳、給与計算、労務手続き、採用代行(RPO)など。
  • 専門業務のサポート: IPOコンサルタント、内部統制(J-SOX)構築支援、開示書類作成支援など。

外部の力を借りることで、社員はより付加価値の高い、社内でしかできない業務に集中できます。

工夫2:ITツールで「ムダ」をなくす

情報共有の遅れや、非効率な作業はプロジェクトの遅延に直結します。積極的にITツールを導入し、業務を効率化しましょう。

  • プロジェクト管理ツール: Asana, Backlog, Trelloなどを活用し、誰が・いつまでに・何をすべきかを可視化する。
  • コミュニケーションツール: SlackやTeamsで、迅速な情報共有と意思決定を促進する。
  • クラウドERP・会計ソフト: 業務プロセスの標準化と内部統制の効率的な構築に貢献する。
工夫3:現場の疲弊を防ぎ、モチベーションを維持する

長期間にわたるプロジェクトでは、メンバーのメンタルケアとモチベーション維持が極めて重要です。

  • 現実的なスケジュール: 無理な計画は立てず、必ずバッファを設ける。
  • 小さな成功の称賛: 「監査法人との契約完了」「規程集の完成」など、マイルストーンを達成するたびに、チームの努力を称賛し、労う場を設ける。
  • 経営陣によるケア: 社長や役員が定期的に現場に声をかけ、感謝を伝え、困っていることはないかヒアリングする。

こうした小さな配慮の積み重ねが、チームの一体感を高め、困難を乗り越える力になります。

まとめ

日常業務と上場準備の両立は、上場を目指すすべての企業が通る道です。この最大の壁を乗り越える鍵は、「経営トップの覚悟と決断」、そして「仕組みによる業務の最適化」に他なりません。

精神論に頼るのではなく、全社一丸となって、戦略的にこの難局に立ち向かう。その先にこそ、上場という輝かしいゴールが待っています。経営者の皆様、今こそリーダーシップを発揮し、会社を次のステージへと導いてください。

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