目次
はじめに:新基準対応の総仕上げ、「見せ方」と「移行方法」
新リース会計基準導入実務シリーズ、第8回は、これまでの会計処理の集大成である「財務諸表での表示・開示」と、新基準へスムーズに移行するための「経過措置」について解説します。
会計処理が正しくできても、それを財務諸表上で適切に表現できなければ、ステークホルダーに誤ったメッセージを与えかねません。また、適用初年度にどのような移行方法を選択するかは、一度きりの重要な意思決定であり、実務負担に大きく影響します。
この記事では、新基準によって財務諸表のどこがどう変わるのか、そして、実務上の負担を考慮した現実的な移行方法について、会計基準の根拠条文を交えながら分かりやすく解説していきます。
新リース会計基準の導入実務についてのおさらい記事はこちらをご参照ください。
- 新リース会計基準導入実務(1)新リース会計基準をわかりやすく解説|経営者が今すぐ知るべき影響と3つの対策
- 新リース会計基準導入実務(2)その契約、実はリースかも?新リース会計基準の「識別」3つの罠と具体例
- 新リース会計基準導入実務(3)リース期間の延長オプション、判断基準は?公認会計士が5つの要素と設例で徹底解説
- 新リース会計基準導入実務(4)新リース会計基準の使用権資産・リース負債の計算方法を公認会計士が徹底解説|短期・少額リースの論点も網羅
- 新リース会計基準導入実務(5)設例でわかる仕訳処理|費用の前倒し計上と損益(PL)・EBITDAへの影響を徹底解説
- 新リース会計基準導入実務(6)【新リース会計基準 貸手】何が変わる?割賦基準廃止と実務への影響
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財務諸表の「表示」はどう変わる?BS・PL・CFへの影響
新リース会計基準の適用により、財務諸表の各計算書における表示方法が変わります。
貸借対照表(BS):使用権資産とリース負債の表示場所
- 使用権資産: 原則として、有形固定資産や無形固定資産など、リースしている資産(原資産)の種類に応じた区分に含めて表示します。ただし、重要性がある場合は、独立した科目として「使用権資産」と表示することも可能です(企業会計基準第34号第49項)。
- リース負債: 貸借対照表日後1年以内に支払期限が到来する部分は「流動負債」、それを超える部分が「固定負債」として表示されます。また、他の負債とは区分して表示するか、他の負債に含める場合は注記でその金額を示す必要があります(企業会計基準第34号第50項)。
損益計算書(PL):減価償却費と支払利息の区分
- 減価償却費: 使用権資産の減価償却費は、その資産の用途に応じて、通常「販売費及び一般管理費」または「売上原価」に計上されます。
- 支払利息: リース負債に係る利息は「営業外費用」に計上されます。他の支払利息と合算して表示することも可能ですが、その場合は注記で金額を示す必要があります(企業会計基準第34号第51項)。
キャッシュ・フロー計算書(CF):支払リース料の分類変更
これまでオペレーティング・リースの支払額は、全額が「営業活動によるキャッシュ・フロー」に分類されていました。新基準では、これが大きく変わります。
- リース負債の元本返済部分: 「財務活動によるキャッシュ・フロー」に表示されます。
- 支払利息部分: 「営業活動によるキャッシュ・フロー」または「財務活動によるキャッシュ・フロー」に表示されます(企業が採用している会計方針による)。
この変更により、見かけ上、営業キャッシュ・フローが増加し、財務キャッシュ・フローが減少するため、金融機関などが財務分析を行う際に注意が必要となります。
注記(開示)で求められる重要情報
新基準では、財務諸表利用者が企業のリース活動の実態をより深く理解できるよう、詳細な注記情報が求められます(企業会計基準第34号第54項、第55項)。
財務諸表利用者がリース活動を理解するための追加情報
開示が求められる主な情報は以下の通りです。
| 区分 | 主な開示要求事項 | 参照条文 |
| 定性的情報 | ・リース活動の概要 ・重要な会計方針(短期・少額リースの扱いなど) ・重要な判断(リース期間の決定方法など) | 適用指針第95項、第97項 |
| 定量的情報 | ・使用権資産の原資産クラスごとの帳簿価額 ・リース関連の損益額(減価償却費、支払利息、短期・少額リースの費用など) ・リース負債の期首から期末への増減内訳 ・リース負債の年別の返済予定額(マチュリティ分析) | 適用指針第99項、第100項、第102項 |
特に、リース負債の年別の返済予定額(マチュリティ分析)の開示は、企業の将来の資金繰りを予測する上で非常に重要な情報です。このデータを正確に集計するためには、リース契約情報を一元管理する新たな業務プロセスやシステム対応が不可欠となるでしょう。
適用初年度の「経過措置」の選択
新基準を初めて適用する年度には、過去のすべてのリース契約に遡って新基準を適用する実務負担を軽減するため、いくつかの「経過措置」が認められています。
原則法 vs 簡便法:どちらを選ぶべきか?
移行方法には、大きく分けて2つのアプローチがあります(企業会計基準適用指針第33号第118項)。
- 原則法(リトロスペクティブ適用): 過去の財務諸表を、新基準を当初からずっと適用していたかのように遡って修正する方法です。財務諸表の比較可能性は高まりますが、過去の契約すべてについて遡及計算が必要となり、実務的な負担は非常に大きくなります。
- 簡便法(修正リトロスペクティブ適用): 適用初年度の期首に、新基準を適用した場合の累積的な影響額を利益剰余金に一度に反映させる方法です。過去の財務諸表は修正しません。
ほとんどの企業が選ぶ「簡便法」の具体的な中身
私の経験上、実務上の負担を考慮すると、ほとんどの企業は簡便法を選択することになると予想されます。
簡便法の中でも、特にこれまで費用処理してきた旧オペレーティング・リースに対しては、実務負担を大幅に軽減できる、以下のような特例的な計算方法が認められています(企業会計基準適用指針第33号第123項(2)②)。
- リース負債の計算: 適用初年度の期首時点における、残りのリース料総額を、その時点の追加借入利子率で割り引いて計算する。
- 使用権資産の計算: 上記1で計算したリース負債と同額とする。
この方法の最大のメリットは、リース契約を開始した時点まで遡って計算する必要がない点です。ただし、どの経過措置を選択するかは、会計監査人と事前に十分協議し、企業の状況に最も適した方法を慎重に決定することが重要です。この一度きりの選択が、移行時の会計処理と、その後の財務諸表の比較可能性に影響を与えることを理解しておく必要があります。
まとめ:計画的な準備で、スムーズな移行を
今回は、新リース会計基準における表示・開示と経過措置について解説しました。
- ポイント1:BS・PL・CFのすべてで表示方法が変更され、特にCF計算書への影響は大きい。
- ポイント2:注記情報が大幅に拡充され、リース負債の返済予定額など、将来のキャッシュ・フローに関する情報開示が重要になる。
- ポイント3:適用初年度は、実務負担の少ない「簡便法」による経過措置を選択することが現実的。
新リース会計基準への対応は、単なる会計処理の変更に留まりません。財務諸表の見え方が変わり、経営指標にも影響を与えます。適用開始までまだ時間はありますが、計画的に準備を進め、関係部署と連携しながらスムーズな移行を目指しましょう。
次回は、会計と税務のズレ!法人税申告調整の具体的方法について詳しく解説していく予定です。ぜひ、そちらもご覧ください。
よくある質問(Q&A)
なぜリース負債を流動負債と固定負債に分ける必要があるのですか?
企業の短期的な支払能力を評価するために重要だからです。貸借対照表日から1年以内に支払期限が到来する負債を「流動負債」として示すことで、財務諸表利用者は企業の短期的な資金繰りの状況をより正確に把握することができます。これは、通常の借入金などと同様の考え方です。
注記する情報がかなり増えますが、特に準備に時間がかかる項目は何ですか?
「リース負債の年別の返済予定額(マチュリティ分析)」が挙げられます。これは、将来5年間の1年ごとの返済額と、それ以降の合計額などを開示するもので、全社のリース契約情報を集約し、将来の支払スケジュールを正確に管理する体制が必要になるため、早期の準備が推奨されます。
経過措置の「原則法」と「簡便法」はどちらを選ぶべきですか?
財務諸表の期間比較の観点からは原則法が優れていますが、過去のすべての契約について遡及計算を行う必要があり、実務負担が非常に大きいです。そのため、ほとんどの企業にとっては、適用初年度の期首に差額を利益剰余金で調整する「簡便法」が現実的な選択肢となります。
簡便法を使えば、過去の契約を全く見直さなくてよいのですか?
いいえ、そうではありません。簡便法はあくまで「計算方法」を簡略化するものです。適用初年度の期首時点で存在するすべてのリース契約(これまでオフバランスだった不動産賃貸借契約などを含む)を洗い出し、「リースの識別」をやり直す必要があります。その上で、残りのリース期間やリース料を把握し、リース負債を計算することになります。
中小企業もこの表示や開示が必要になりますか?
いいえ、本会計基準の主な適用対象は、上場企業など会計監査を受ける会社です 。多くの中小企業は、引き続き「中小企業の会計に関する指針」に沿った、より簡便な会計処理が認められる見込みですので、現時点では大きな影響はないと考えられます。
ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。