目次
はじめに:費用の前倒し計上と損益(PL)・EBITDAへの影響
新リース会計基準導入実務シリーズ、第5回は多くの経理担当者の方が最も気になる「具体的な会計処理(仕訳)」と、それが経営数値に与える「損益(PL)への影響」についてです。
これまでの回で「リースの識別」や「リース料の算定」を学んできましたが、それらはすべて、正しい仕訳を切るための準備段階です。ここを乗り越えれば、新基準対応の核心部分を理解したと言っても過言ではありません。
「仕訳はシステムの仕事だから…」と思われるかもしれませんが、その背景にあるロジックを理解していなければ、システムから出力された数値が正しいのか、監査法人になぜこの数値になるのかを説明することができません。
この記事では、具体的な設例を使いながら、リース開始日から決算、支払いまでの一連の仕訳を丁寧に解説し、特に注意すべき「費用の前倒し計上」という現象と、それが営業利益やEBITDAといった経営指標に与えるインパクトを明らかにします。
ケーススタディで学ぶ一連の仕訳処理
百聞は一見に如かず。まずはシンプルな設例を使って、具体的なリース契約の仕訳の流れを追いかけてみましょう。
【設例】シンプルなリース契約
- リース期間:5年
- 年間リース料:100万円(毎年期末払い)
- 割引率:3%
- リース開始日のリース料総額の現在価値:4,579,708円
- ※リース料総額の割引現在価値の算定方法は第4回の記事で解説しています。
- その他:当初直接費用などはないシンプルな契約とします。
ステップ1:リース開始日の仕訳 ~資産と負債を両建て計上~
リース開始日には、算定されたリース料総額の現在価値で「使用権資産」と「リース負債」を貸借対照表(BS)に計上します(企業会計基準第34号第33項、第34項)。これが「オンバランス」の第一歩です。
| 勘定科目 | 借方 | 貸方 |
| 使用権資産 | 4,579,708 | |
| リース負債 | 4,579,708 | |
| 摘要 | リース取引開始 |
この仕訳により、これまでオフバランスだった契約がBSに資産・負債として計上され、企業の財政状態をより忠実に表すことになります。
ステップ2:決算期の仕訳 ~利息と減価償却を認識~
決算日には、大きく2つの処理が必要です。「リース負債に係る利息の計上」と「使用権資産の減価償却」です。
リース負債の利息計上
リース負債は、将来の支払額を現在価値に割り引いているため、時の経過とともに利息が発生します。この利息は、期首時点のリース負債残高に割引率を乗じて計算します(利息法)(企業会計基準適用指針第33号第39項)。
- 1年目の利息計算:4,579,708円(期首リース負債残高) × 3% = 137,391円
| 勘定科目 | 借方 | 貸方 |
| 支払利息 | 137,391 | |
| リース負債 | 137,391 | |
| 摘要 | リース負債に係る利息計上 |
計上された支払利息の分だけ、リース負債の残高が増加することになります。
使用権資産の減価償却
使用権資産は、有形固定資産などと同じように、リース期間にわたって減価償却を行います。原則として、定額法で償却します(企業会計基準第34号第37項)。
- 1年目の減価償却費計算:4,579,708円 ÷ 5年 = 915,942円
| 勘定科目 | 借方 | 貸方 |
| 減価償却費 | 915,942 | |
| 使用権資産 | 915,942 | |
| 摘要 | 使用権資産の減価償却 |
ステップ3:リース料支払時の仕訳 ~元本と利息の返済~
期末に年間リース料100万円を支払った際の仕訳です。支払ったリース料は、ステップ2で計上した利息(137,391円)の支払いに充てられ、残額がリース負債(元本)の返済となります。
| 勘定科目 | 借方 | 貸方 |
| リース負債 | 1,000,000 | |
| 現金預金 | 1,000,000 | |
| 摘要 | リース料支払 |
この結果、期末のリース負債残高は、期首残高 4,579,708円 + 利息発生 137,391円 - リース料支払 1,000,000円 = 3,717,099円 となります。
損益計算書(PL)への影響:費用が「前倒し」になるカラクリ
ここが経営上、非常に重要なポイントです。仕訳を見てお気づきでしょうか?
なぜ費用は前倒しになるのか?旧基準との比較
旧基準のオペレーティング・リースでは、費用(支払リース料)は毎年100万円で定額でした。しかし、新基準では費用が「減価償却費」と「支払利息」の2つに分かれます。
1年目の費用合計: 915,942円 (減価償却費) + 137,391円 (支払利息) = 1,053,333円
支払リース料100万円だったものが、1年目の費用は105万円超となり、旧基準より多くなっています。
支払利息は、リース負債の残高に利率を掛けて計算されるため、残高が大きいリース期間の初期ほど多く、年々減少していきます。その結果、減価償却費が定額であっても、費用総額はリース期間の前半に多く計上され、後半に少なくなる「前倒し」のカーブを描くのです。
| 旧基準(オペレーティング) | 新基準 | |
| 費用項目 | 支払リース料 | 減価償却費 + 支払利息 |
| 費用計上パターン | 毎年定額 | 期間の前半に多く、後半に少なくなる |
経営への影響①:事業部門の業績評価と予算策定
この費用の変動は、事業部門の業績評価や予算策定に直接影響を与えます。
例えば、多数の店舗を賃借している小売業で、大規模な店舗を新規出店したとします。新基準では出店初期の費用が旧基準よりも大きく計上されるため、単年度の収益性が計画よりも悪く見えてしまう可能性があります。
こうした会計上の影響をあらかじめ経営層や事業部門長に説明し、業績評価指標(KPI)の見直しなどを検討することが、現場の混乱を避けるために不可欠です。
経営への影響②:営業利益とEBITDAはどう変わる?
もう一つの重要な変化は、費用の「性質」が変わることです。
- 旧基準:「支払リース料」として、主に販売費及び一般管理費に計上。
- 新基準:「減価償却費」(販管費など)と「支払利息」(営業外費用)に分解。
支払利息が営業外費用になることで、営業利益が押し上げられる効果があります。
さらに、金融機関などが重視するEBITDA(利払前・税引前・減価償却前利益)は、計算上、支払利息と減価償却費が足し戻されるため、旧基準に比べて増加する傾向にあります。
これは実質的な収益力が向上したわけではなく、あくまで会計処理の変更による見かけ上の変化です。投資家や金融機関に対しては、この会計基準の変更による影響額を丁寧に説明することが求められるでしょう。
まとめ:仕訳の理解が、全社的な対応への第一歩
今回は、新リース会計基準における具体的な仕訳と、それがPLに与える影響について解説しました。
- ポイント1:リース開始日に、リース料総額の現在価値で使用権資産とリース負債を計上する。
- ポイント2:決算では、リース負債に係る利息と使用権資産の減価償却費を計上する。
- ポイント3:費用総額は、利息法によりリース期間の前半に多く計上される。
- ポイント4:支払利息が営業外費用となるため、営業利益やEBITDAは増加する傾向にある。
この会計処理の変更は、経理部門だけの問題ではありません。業績評価や予算、財務戦略にも関わる全社的な課題です。まずは経理担当者の皆様がこのロジックをしっかり理解し、社内への的確な情報発信のハブとなることが、新基準対応を成功に導く鍵となります。
次回は、新リース会計基準【貸手】の変更点について詳しく解説していく予定です。ぜひ、そちらもご覧ください。
よくある質問(Q&A)
なぜ支払利息は毎年減っていくのですか?
支払利息は、期首時点の「リース負債の残高」に利率を掛けて計算されるためです。リース料を支払うごとにリース負債の元本が返済され、残高が減っていくため、それに伴い発生する利息も年々減少していきます(企業会計基準適用指針第33号第39項)。
使用権資産の減価償却の方法は定額法だけですか?
原則として定額法ですが、原資産を自ら所有していたと仮定した場合に適用する減価償却方法と同一の方法で算定することも認められています。より実態を反映する方法があれば、そちらを選択することも可能です(企業会計基準第34号第37項)。
リース料が売上高に応じて変動する場合、会計処理はどうなりますか?
売上高や資産の利用状況に応じて決まる変動リース料は、リース負債の当初測定には含まれません。これらの変動リース料は、発生した期の費用として処理されます(企業会計基準第34号 結論の背景BC42項)。
営業利益が増えるなら、会社にとって良いことではないのですか?
見かけ上の営業利益は増加しますが、会社のキャッシュ・フローや生み出す利益の実態が変わるわけではありません。むしろ、これまで費用処理していたものがBSに負債として計上されるため、自己資本比率や負債比率といった財務指標は悪化する傾向にあります 。金融機関からの借入契約における財務制限条項(コベナンツ)に抵触しないか、注意が必要です。
この会計処理は中小企業にも適用されますか?
いいえ、本会計基準は主に上場企業や会社法上の大会社など、会計監査人監査を受ける企業が対象です 。多くの中小企業は、引き続き「中小企業の会計に関する指針」に沿った会計処理が認められる見込みです。
ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。