目次
はじめに:実務で迷いやすい「特殊なリース取引」を徹底解剖
新リース会計基準導入実務シリーズ、第7回は応用編として、実務でも判断に迷うことが多い「セール・アンド・リースバック取引」と「サブリース(転リース)取引」の会計処理に焦点を当てます。
これまでの回で基本的な借手・貸手の会計処理を学びましたが、実際のビジネスでは、より複雑なスキームが用いられることも少なくありません。特に、資金調達や資産の効率的な活用を目的としたこれらの取引は、新基準の下で会計処理の考え方が大きく変わる部分があり、注意が必要です。
「資産を売却したはずなのに、なぜ利益の全額を計上できないの?」
「転貸しているだけなのに、なぜBSがこんなに膨らむの?」
この記事では、こうした疑問に答えるため、それぞれの取引のポイントと具体的な会計処理を、設例を交えながら分かりやすく解説していきます。
新リース会計基準の導入実務についてのおさらい記事はこちらをご参照ください。
- 新リース会計基準導入実務(1)新リース会計基準をわかりやすく解説|経営者が今すぐ知るべき影響と3つの対策
- 新リース会計基準導入実務(2)その契約、実はリースかも?新リース会計基準の「識別」3つの罠と具体例
- 新リース会計基準導入実務(3)リース期間の延長オプション、判断基準は?公認会計士が5つの要素と設例で徹底解説
- 新リース会計基準導入実務(4)新リース会計基準の使用権資産・リース負債の計算方法を公認会計士が徹底解説|短期・少額リースの論点も網羅
- 新リース会計基準導入実務(5)設例でわかる仕訳処理|費用の前倒し計上と損益(PL)・EBITDAへの影響を徹底解説
- 新リース会計基準導入実務(6)【新リース会計基準 貸手】何が変わる?割賦基準廃止と実務への影響
セール・アンド・リースバック取引
取引の概要と新基準での考え方
セール・アンド・リースバック取引とは、企業が自社で保有する資産(例:本社ビル、工場)を第三者(例:リース会社、投資ファンド)に売却し、同時にその買手から同じ資産をリースで借り戻す取引を指します。これにより、企業は資産の所有権を移転して売却資金を手にしつつ、その資産を継続して使用することができます。アセットライト化や資金調達の手段として活用される取引です。
最重要論点:「売却」に該当するかどうかの判定
この取引の会計処理は、最初の資産の移転が、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」における「売却」の要件(=顧客への支配が移転したか)を満たすかどうかで大きく異なります。この判定が、会計処理全体の分かれ道となります。
| 判定 | 会計処理の考え方 |
| 「売却」に該当する | 資産の売却と、リースバック(資産の借入れ)という2つの取引として処理する。 |
| 「売却」に該当しない | 資産を担保とした資金調達(金融取引)として処理する。 |
【設例】売却に該当する場合・しない場合の会計処理
1. 売却に該当する場合
資産の支配が買手に移転したと判断される場合、売手(借手)は(収益認識会計基準等に従い)通常の売却取引として資産の消滅を認識し、売却損益を計上します。その上で、リースバック部分については、通常のリース取引と同様に、使用権資産とリース負債を計上します(企業会計基準適用指針第33号 第56項)。
ポイントは、売却損益を全額認識するのではなく、リースバックにより保持し続ける使用権に対応する部分の損益は認識しない点です。
【設例】
- 建物の帳簿価額:6,000万円
- 売却価額(公正価値):10,000万円
- リースバックのリース料総額の現在価値:3,000万円
【仕訳イメージ】
| 勘定科目 | 借方 | 貸方 |
| 現金預金 | 10,000 | |
| 使用権資産 | 1,800 | |
| 建物 | 6,000 | |
| リース負債 | 3,000 | |
| 売却益 | 2,800 |
<解説>
- 使用権資産:売却した資産(建物)のうち、リースバックで使い続ける権利の割合分を計上します。計算:
帳簿価額 6,000 × (リース負債 3,000 ÷ 売却価額 10,000) = 1,800 - 売却益:売却益の全額(10,000 - 6,000 = 4,000)ではなく、買手に完全に移転した権利部分に対応する利益のみを認識します。
この会計処理により、たとえ売却益が出たとしても、リースバックによって使用し続ける権利の部分は資産としてBSに残り続けることになり、オフバランス目的での利用が難しくなりました(企業会計基準適用指針第33号 BC93項)。
2. 売却に該当しない場合
資産の支配が移転していない(実質的には資産を担保とした資金調達)と判断される場合、売手(借手)は資産をBSから消滅させません。受け取った売却代金は、金融負債(借入金)として処理します。つまり、この取引は「売却」ではなく「ファイナンス取引」として会計処理されます(企業会計基準適用指針第33号 第55項)。
【仕訳イメージ】
| 勘定科目 | 借方 | 貸方 |
| 現金預金 | 10,000 | |
| 金融負債(借入金) | 10,000 |
この場合、建物はBSに残り続け、減価償却も継続します。その後のリース料の支払いは、金融負債の元本返済と支払利息として処理されます。
サブリース(転リース)取引
取引の概要
サブリース(転リース)取引とは、ある資産の借手(A社)が、その資産をさらに第三者(C社)に貸し出す(転貸する)取引です。このとき、元の貸手(B社)とA社との間のリースを「ヘッドリース」、A社とC社との間のリースを「サブリース」と呼び、A社は「中間的な貸手」としての役割を担います。不動産業などでよく見られる取引形態です。
中間的な貸手の会計処理 ~総額表示のインパクト~
中間的な貸手であるA社の会計処理における重要なポイントは、ヘッドリースに係る会計処理と、サブリースに係る会計処理を相殺せずに、それぞれ総額で表示するという点です(企業会計基準適用指針第33号第89項)。
具体的には、A社は、
- ヘッドリース(B社との契約)に基づき、借手として「使用権資産」と「リース負債」を計上します。
- サブリース(C社との契約)がファイナンス・リースに該当する場合、貸手として「リース投資資産」を計上し、ヘッドリースの「使用権資産」の帳簿価額を消滅させます(企業会計基準適用指針第33号 第89項(1))。
この結果、A社のBSには、ヘッドリースに係るリース負債と、サブリースに係るリース投資資産が両建てで計上されることになります。これらを相殺することは認められていません。
この総額表示の要求は、サブリース事業を大規模に行っている企業にとっては、BSを大きく膨らませる要因となり、自己資本比率や負債比率といった各種財務指標に影響を与える可能性があるため、注意が必要です。
まとめ:応用論点の理解が、より正確な財務諸表作成につながる
今回は、応用編としてセール・アンド・リースバックとサブリース取引を取り上げました。
- ポイント1:セール・アンド・リースバックは、まず「売却」に該当するかを収益認識基準に照らして判断することが出発点となる。
- ポイント2:「売却」に該当する場合でも、リースバックで保持する権利に対応する損益は認識しない。
- ポイント3:サブリース取引では、中間的な貸手はヘッドリースとサブリースを相殺せず、総額でBSに表示する。
これらの取引は、会計処理の選択が財務諸表に与える影響が大きいため、契約の実態を正確に把握し、会計基準に沿った適切な判断が求められます。
次回は、開示・表示と経過措置について詳しく解説していく予定です。ぜひ、そちらもご覧ください。
よくある質問(Q&A)
セール・アンド・リースバックで「売却」に該当するかどうかは、具体的に何を基準に判断するのですか?
企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」で定められている「支配の移転」の考え方に基づいて判断します。例えば、買手が資産の使用を指図し、その便益のほとんどを享受できるか、法的な所有権が移転しているか、といった指標を総合的に勘案して、実質的に資産の支配が買手に移転したかを判断します。
セール・アンド・リースバックで、売却価額が資産の公正価値と異なる場合はどうなりますか?
売却価額が公正価値を上回る部分は、実質的に買手から売手への追加の資金提供(金融負債)とみなされます。逆に、公正価値を下回る部分は、前払リース料として処理されます。会計処理は、まず公正価値で売却されたものとして調整計算を行う必要があり、より複雑になります。
サブリースで、ヘッドリースとサブリースの期間が異なる場合はどうなりますか?
サブリースの分類(ファイナンスかオペレーティングか)は、ヘッドリースによって生じた「使用権資産」を原資産として、サブリースの契約条件(期間やリース料など)に基づいて判断します(企業会計基準適用指針第33号第91項)。例えば、ヘッドリース期間の大部分をサブリースで貸し出す場合は、ファイナンス・リースに分類される可能性が高くなります。
なぜサブリースでは資産と負債を相殺できないのですか?
ヘッドリースに基づくリース料の支払義務(リース負債)と、サブリースに基づくリース料の回収権利(リース投資資産)は、それぞれ異なる契約相手に対するものであり、法的に相殺できる権利がないためです。財務諸表利用者に企業が負っているリスク(支払義務と回収リスク)を正しく示すために、総額での表示が求められます。
不動産のサブリースで、原状回復義務も引き継ぐ場合、会計処理は変わりますか?
はい、影響があります。ヘッドリース契約に基づき中間的な貸手が負っている原状回復義務は、通常、資産除去債務として負債計上されます。サブリース契約でその義務が転貸先に移転する場合でも、中間的な貸手の義務が法的に免除されない限り、資産除去債務は残ります。契約内容を詳細に確認する必要があります。
ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。