皆様、こんにちは。公認会計士のSatoです。
申請期に入り、いよいよ上場のゴールが見えてきたと感じる経営者は少なくありません。しかし、その最終コーナーに、IPO準備プロセスにおける最大の難関とも言える「主幹事証券審査(引受審査)」が待ち構えています。
これは、監査法人が行う会計監査とはまた質の異なる、極めて厳格なデューデリジェンス(買収監査)です。この審査をパスできなければ、証券取引所への上場申請というスタートラインにすら立てません。
今回は、このIPOへの最終関門で、一体何が、どのように問われるのか。そして、経営者や経営陣は、それにどう立ち向かうべきか、その本質と実践策を解説します。
なぜ主幹事証券審査はこれほど厳しいのか?
主幹事証券会社は、あなたの会社の株式を、自らの信用と責任において、広く一般の投資家に販売する役割を担います。彼らにとって、この引受審査は単なる手続きではありません。
日本証券業協会の「株式の引受等に関する規則」 などに基づき、彼らは、投資家保護の観点から、上場申請会社が公開企業としてふさわしいか、ディスクロージャー(企業情報開示)の内容が適切かを、自らの責任において厳格に判断する義務を負っています。
もし、問題のある企業の上場を主導してしまえば、自社のレピュテーション(評判)を著しく損なうだけでなく、金融商品取引法に基づき、投資家に対する損害賠償責任を直接問われる可能性すらあります。彼らは、文字通り自社の社運を賭けて、この審査に臨んでいるのです。この審査の厳しさの背景には、それほどの重い責任があることを、まずご理解ください。
審査の主戦場「質問会」で問われること
主幹事証券審査の主戦場は、審査部門の担当者と、会社の経営陣とが直接対峙する、一連の「質問会」です。ここでは、申請書類に書かれた内容の行間を読み、その背後にある経営の「真の姿」が問われます。
公認会計士として、私が審査の場で特に重要だと感じる論点は、以下の4つです。
① 事業計画の実現可能性と“強靭性” 事業計画の数字そのものだけでなく、その蓋然性と持続性、そして耐性(レジリエンス)が問われます。
- 「この売上成長率を支える、具体的なアクションプランは何ですか?」
- 「主要なKPI(重要業績評価指標)が悪化した場合、利益はどの程度毀損しますか?」
- 「競合他社がこのような戦略を取ってきた場合、どう対抗しますか?」
計画が順調に進むことだけでなく、不測の事態に対する備えがあるか、経営者が事業リスクをどれだけ深く理解しているかが見られています。
② コーポレート・ガバナンスの実効性 N-1期を通じて積み上げてきたガバナンスの「運用実績」が、本当に有効に機能しているかが試されます。
- 「先月の取締役会での重要決議について、社外取締役からはどのような意見が出され、それをどう経営判断に反映させたのですか?」
- 「その議事録を見せてください。」
単に「会議をやりました」ではなく、社外役員の監督機能が実質的に働き、経営の透明性・客観性が担保されているかを、議事録などの証拠に基づいて徹底的に検証されます。
③ 内部管理体制の運用状況 規程通りに業務が回っているか、具体的な事例を通して確認されます。
- 「最近、社内で発生したコンプライアンス上の課題はありますか?その際、リスク管理規程に従って、どのように対応し、取締役会に報告しましたか?」
- 「内部監査で重要な指摘事項はありましたか?その改善は、現在どのようになっていますか?」
教科書通りの回答ではなく、生々しい実例の中で、構築したシステムがどう機能したかが問われます。
④ 潜在的リスクの把握と管理 申請書類に明記されていない、潜在的なリスクについても鋭く切り込んできます。
- 「従業員の残業時間は、適切に管理されていますか?未払残業代のリスクはありませんか?」
- 「主要な取引先や、キーパーソンとなる従業員が離反する可能性はありませんか?」
経営者が、自社に潜む「不都合な真実」から目を背けず、それをきちんと把握し、管理しようとしているかが試されます。
審査に臨む経営者の「覚悟」と「準備」
この厳しい質問会を乗り切るために、経営者と経営陣には、以下の姿勢が求められます。
- CEOは「自らの言葉」で語ること 事業戦略やリスクに関する核心的な質問に対して、CFOや担当役員に回答を委ねてはいけません。会社の隅々までを深く理解し、将来のビジョンとそれに伴うリスクを、経営者自身の言葉で、熱意と自信を持って語ることが不可欠です。審査担当者は、その姿勢から経営者としての器量を判断します。
- 「知らない」「分からない」を恐れないこと その場で答えられない詳細な質問に対し、憶測や曖昧な回答をすることは最悪の対応です。それは、不誠実さや管理能力の欠如と見なされます。分からないことは、「その点は重要なご指摘ですので、正確な情報を確認の上、後日速やかにご報告いたします」と正直に伝え、誠実かつ正確に対応する姿勢が、逆に信頼を高めます。
- 全ての回答に「根拠(エビデンス)」を用意すること 「当社の市場シェアは拡大しています」と答えるなら、その根拠となる第三者機関の調査データを示す。「当社の顧客満足度は高いです」と答えるなら、その裏付けとなるアンケート結果を示す。全ての回答は、客観的な事実とデータに基づいて行うことを徹底してください。
- 申請書類との「一貫性」を保つこと 質問会での口頭での回答と、提出している申請書類(Ⅰの部、Ⅱの部)の内容に、些細な齟齬もあってはなりません。矛盾が発覚した場合、ディスクロージャー全体の信頼性が疑われる、極めて深刻な事態となります。経営陣全員が、申請書類の内容を完璧に頭に入れておく必要があります。
最後に
主幹事証券審査は、上場企業となるための最終試験であり、経営陣の「成熟度」が総合的に評価される場です。
この審査を乗り越えることは、単に上場承認を得るためだけではありません。経営陣が自社の事業とリスクを完璧に把握し、市場との対話を行う準備が整っていることを、自ら証明するプロセスです。この厳しい対話を通じて、会社は真の公開企業へと変貌を遂げるのです。
公認会計士として、皆様が万全の準備をもってこの最終関門に臨み、見事突破されることを心から願っております。