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【サンテック×監査意見不表明】なぜ監査法人は「逃げた」のか?公認会計士が教える会計不正の裏側と上場廃止のリアル

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • サンテックの「意見不表明」の真相を知りたい方
  • 保有株の上場廃止リスクが不安な投資家の方
  • 「工事進行基準」や「減損」を基礎から学びたい方
  • 会計不正を見抜くプロの視点を身につけたい方

はじめに:株式市場を揺るがす「意見不表明」の衝撃

「決算書が信用できないと言われたも同然だ」――。

2024年6月、建設業界の中堅である株式会社サンテック(以下、サンテック)が公表した監査報告書は、多くの投資家に衝撃を与えました。そこに記されていたのは「適正意見」でも、条件付きの「限定付適正意見」でもなく、「意見不表明(Disclaimer of Opinion)」という、監査人からの事実上の“サジ投げ”宣言だったからです。

通常、上場企業の決算発表といえば、黒字か赤字か、増配か減配かといった業績の数字に注目が集まります。しかし、今回のケースは次元が異なります。「数字が良いか悪いか」以前に、「その数字が合っているかどうかすら分からない」という異常事態なのです。

私は公認会計士として、長年多くの上場企業の監査現場に立ち会ってきました。その経験から申し上げますが、監査報告書に「意見不表明」が記載されるケースは極めて稀です。これは、監査法人が「この会社の経理データはあまりに混沌としていて、監査としての判断を下す土俵にすら乗っていない」と白旗を上げたことを意味するからです。投資家にとっては、「上場廃止」という最悪のシナリオが現実味を帯びる、まさにレッドカード級の警報と言えます。

本記事では、2025年現在も市場の注目を集め続けるサンテックの事例を題材に、なぜこのような事態が起きたのか、その背景にある会計のメカニズムを、専門用語を極力噛み砕きながら徹底解説します。

  • 建設業特有の会計処理である「工事進行基準」の落とし穴とは?
  • 企業の資産価値を減らす「減損会計」という見えない爆弾の正体は?
  • 監査法人がサインを拒否する瞬間の、現場の緊迫した空気とは?

これらを読み解くことで、あなたは表面的なニュースの裏にある「企業の本当のリスク」を見抜けるようになるでしょう。投資家の方はもちろん、経理実務に携わる方にとっても、他山の石となる貴重なケーススタディとなるはずです。


第1章:そもそも「監査意見不表明」とは何か?【初心者向け徹底解説】

まずは、今回の核心である「意見不表明」について、会計の専門知識がない方にも直感的に理解できるよう、詳しく解説していきます。

1-1. 監査意見の4つのランクと「意見不表明」の位置づけ

上場企業は、金融商品取引法という法律に基づき、作成した決算書(財務諸表)について、独立した第三者である監査法人(公認会計士)の監査を受けなければなりません。監査法人は、会社が作った決算書をチェックし、その信頼性について「監査報告書」という形で意見を表明します。

この監査意見には、大きく分けて4つのランクが存在します。これをサッカーの試合に例えてみましょう。

監査意見の種類英語表記サッカーの試合に例えると?投資家へのメッセージ深刻度
無限定適正意見Unqualified Opinion「ナイスゲーム!ルール通り!」安心してください、この決算書は正しいルールで作られています。安全 (◎)
限定付適正意見Qualified Opinion「一部ファウルはあるが、試合は成立」一部間違っている部分(除外事項)もありますが、全体としては信用できます。注意 (△)
不適正意見Adverse Opinion「レッドカード!退場!」この決算書は重大な誤りがあります。信用してはいけません。危険 (×)
意見不表明Disclaimer of Opinion「濃霧で試合が見えない(審判放棄)」証拠がなさすぎて、判定することすら不可能です。測定不能 (☠️)

サンテックが突きつけられたのは、一番下の「意見不表明」です。

ここで多くの方が疑問に思うのが、「不正やミスがあるなら『不適正意見(×)』を出せばいいのではないか?」という点です。しかし、監査の世界はそう単純ではありません。

監査法人が「×(不適正)」をつけるためには、「売上が10億円過大計上されている」といった確実な証拠が必要です。間違いを指摘するためには、正しい数字が何であるかを知っていなければならないからです。

これに対し「意見不表明」は、「会社が出してきた資料がめちゃくちゃすぎて、10億円間違っているのか、それとも100億円間違っているのか、あるいは実は合っているのか、それすら確認しようがない」という状態を指します。監査人にとって、これは「お手上げ」の状態なのです。

1-2. 監査基準における「意見不表明」の定義

専門的な定義も確認しておきましょう。監査基準委員会報告書705「独立監査人の監査報告書における除外事項付意見」には、次のように規定されています。

監査人は、財務諸表に対する意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手できない場合において、未発見の虚偽表示が財務諸表に与える影響が重要かつ広範である可能性があると判断したときは、意見を表明してはならない。

(監査基準委員会報告書705 第8項)

ここで重要なキーワードは「十分かつ適切な監査証拠を入手できない」こと、そしてその影響が「重要かつ広範(Pervasive)」であることです。

  • 重要性(Materiality): 金額が大きい、または質的に重要であること。
  • 広範性(Pervasiveness): 決算書の一部だけでなく、全体に影響が及ぶ可能性があること。

サンテックの場合、一部の売上だけでなく、会社の資産評価や内部統制全体に対する不信感が広がっていたため、「広範な影響がある」と判断されたのです。

1-3. 上場廃止リスクとの直結

「意見不表明」が出されると、東京証券取引所(東証)の上場廃止基準に抵触する恐れが出てきます。上場企業として最も基本的な「投資家に正しい情報を開示する」という義務を果たせていないことになるからです。

実際、サンテックは過去にも不祥事があり、特設注意市場銘柄(現在は監理銘柄や特設注意市場銘柄の制度が再編されていますが、それに準ずる厳しい監視下)に指定された経緯があります。今回の意見不表明により、上場維持に向けた崖っぷちの状況に立たされたと言えます。


第2章:サンテック事件の全貌~なぜ監査法人はサインを拒否したのか~

では、具体的にサンテックの会計処理のどこが問題だったのでしょうか?抽象論ではなく、実際の監査報告書に基づき、事態を時系列で整理します。

監査を担当したRSM清和監査法人が提出した報告書によると、意見不表明に至った主な理由は以下の3点に集約されます1

No.論点監査法人の指摘内容(要約)影響額(概算)
工事進行基準の見積り特殊工事における原価見積もりの大幅な増加(5.9億円)について、その発生時期や根拠を示す証拠がない。約5.9億円のコスト増
固定資産の減損全社共用資産の減損の兆候があるが、将来キャッシュ・フローの見積もりの仮定が合理的か判断できない。約7億円の資産評価
第三者委員会第三者委員会の調査が継続中であり、その結果が及ぼす影響範囲を特定できない。測定不能(広範)

これらは会計実務において非常に重要な論点です。一つずつ深掘りしていきましょう。


第3章:【深層解説1】建設業の闇「工事進行基準」と見積もりの魔術

建設業界の会計には、一般の製造業や小売業とは異なる特殊なルールが適用されます。それが「工事進行基準」です。これが今回のサンテックにおけるつまずきの最大の原因の一つです。

3-1. 工事進行基準とは何か?

通常のビジネス(例えばパン屋さん)なら、「パンをお客さんに渡して代金をもらった時」に売上を計上します。これを「出荷基準」や「検収基準」と言います。

しかし、建設業は違います。巨大なビルやプラントを作るには、数年の期間がかかります。もし「完成して引き渡した時」にしか売上を計上できないとすると、工事期間中は売上がゼロになり、完成した年だけ巨額の売上が立つことになります。これでは、会社の正しい業績を表しているとは言えません。

そこで登場するのが「工事が進んだ分だけ、少しずつ売上と利益を計上していく」というルール、すなわち「充足度(進捗度)に応じた収益認識(旧・工事進行基準)」です。

【計算式】

当期の売上高は、以下の式で計算されます。

{当期の売上高} = {契約総額} × {これまでに掛かった原価}}/{工事原価総額の見積り} - {前期までに計上した売上}

この計算式の分母にある「工事原価総額の見積り(あといくらコストがかかるか)」が、悪魔的な重要性を持ちます。なぜなら、ここの数字をいじるだけで、売上や利益を自由自在に操作できてしまうからです。

履行義務の充足に係る進捗度を合理的に見積ることができる場合には、当該進捗度に基づき、一定の期間にわたり収益を認識する。

(企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」第38項)

3-2. サンテックで起きた「5.9億円」の悪夢

サンテックの事例では、ある特殊工事の案件において、監査の土壇場になって「実はあと5億9,627万6千円もコストが余計にかかります」という修正が入りました。

これは単なるコスト増ではありません。会計上、どのようなインパクトがあるのか、具体的な仕訳で見てみましょう。

【設例による解説】もしコスト見積もりが甘かったら?

<シナリオ:当初の想定>

  • 工事契約金額:10億円
  • 当初の原価見積り:8億円(利益2億円の予定)
  • 当期までの発生原価:4億円
  • 進捗率:4億円 \ 8億円 = 50%

この場合の売上計上額:

10億円 × 50% = 5億円

<正常な仕訳>

借方金額貸方金額
完成工事未収入金(売掛金)5億円完成工事高(売上)5億円
完成工事原価4億円未成工事支出金4億円

⇒ 利益:1億円(5億円 - 4億円)が計上されます。順調に見えます。


<シナリオ:サンテックの修正後>

「すいません、資材高騰と設計変更で、原価総額が12億円になりそうです」

こうなると、契約金額10億円に対して原価が12億円かかるため、最終的に2億円の赤字になることが確定します。

会計のルールでは、将来発生することが確実な赤字は、判明した時点で全額損失処理しなければなりません。これを「工事損失引当金」と呼びます。

<修正後の仕訳>

まず、これまでの売上計上が過大だった可能性があるため修正が必要ですが、さらに重要なのは将来の赤字分の計上です。

借方金額貸方金額
工事損失引当金繰入額2億円工事損失引当金2億円

⇒ 結果:今期はいきなり大赤字に転落します。

3-3. 監査人が「意見不表明」を選んだ真の理由

単に「赤字が出ました」というだけなら、監査法人は「はい、赤字ですね。正しく処理してください」と言って、適正意見を出します。赤字自体は経営の問題であって、会計処理の誤りではないからです。

しかし、サンテックのケースでRSM清和監査法人が問題視したのは、「その赤字は、本当に『今年』発生したものなのか?」という点でした。

監査法人の疑念は次のようなものであったと推測されます。

  1. 発生時期の不明確さ:「この工事は2年前に契約したものですよね?なぜ今の今まで、6億円ものコスト増に気づかなかったのですか?実は1年前から分かっていたのに、前期の決算を黒字に見せるために隠していたのではないですか?」
  2. 証拠の欠如:「コストが増えたと言うなら、その根拠となる業者からの見積書や、社内の設計変更の稟議書を見せてください。いつ、誰が、なぜコスト増を承認したのですか?えっ、ないんですか?」

サンテック側はこれに対し、合理的な説明や、コスト増の発生時期を裏付ける証拠資料(いつ事象が発生したかを証明するメールや会議議事録など)を十分に提出できなかったのです。

もし、この赤字が「実は1年前に発生していた」とすれば、去年の決算書が嘘だった(粉飾決算)ことになります。去年の数字が間違っているなら、そこから繋がっている今年の数字も信用できません。

いつの期の損失かすら特定できない以上、監査人は「今年の決算書は正しい」とは口が裂けても言えないのです。これが意見不表明の第一の理由です。


第4章:【深層解説2】減損会計~見えない資産価値の毀損~

2つ目の理由は「全社共用資産の減損」です。これも初心者にはわかりにくい論点ですが、要は「会社の持ち物が、帳簿に載っている金額ほどの価値がないかもしれない」という話です。

4-1. 減損会計の仕組み:将来稼げない資産はゴミ同然?

企業が持っている建物、機械、システムなどの固定資産は、「将来これを使ってビジネスをし、お金(キャッシュ)を稼ぐこと」を前提に、資産として貸借対照表(B/S)に計上されています。これを「投資の回収」といいます。

しかし、業績が悪化して「将来お金を稼げない」と判断された場合、その資産はもはや資産としての価値を失っています。この時、帳簿上の金額(簿価)を、実際の価値(回収可能価額)まで切り下げて、差額を損失として処理する必要があります。これを「減損(Impairment)」と呼びます6

判定の3ステッププロセス:

  1. 兆候の把握:赤字が続いている、市場環境が急激に悪化した、資産の使用方法が変わったなどの「ヤバいサイン」があるか?
  2. 認識の判定:その資産から将来得られるお金の総額(割引前将来キャッシュ・フロー)が、現在の帳簿価額を下回っているか?
    • 下回っていなければセーフ。
    • 下回っていればアウト(減損必須)。
  3. 測定:アウトの場合、帳簿価額を「回収可能価額(正味売却価額か使用価値の高い方)」まで減額し、その分を特別損失に計上する。

資産又は資産グループについて、減損の兆候がある場合には、当該資産又は資産グループから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額を見積り、減損損失を認識するかどうかを判定する。

(「固定資産の減損に係る会計基準」二 2.(1))

4-2. サンテックにおける「将来キャッシュ・フロー」の謎

サンテックでは、7億398万円規模の全社共用資産(おそらく本社ビルや基幹システム等と考えられます)について、減損の兆候がありました。

会社側は減損を回避、あるいは最小限にするために、「将来これだけ稼げるから大丈夫です」という事業計画書(将来キャッシュ・フロー見積り)を監査法人に提出しました。

しかし、監査法人はこう判断しました。

「この将来計画、楽観的すぎませんか?根拠はどこにあるんですか?」

監査報告書には次のように記載されています。

会社は将来キャッシュ・フローを見積るための資料を作成したが、当該見積りに用いた仮定の適切性について合理的な説明を受けることができなかったため、減損損失の計上の要否を判断するための十分かつ適切な監査証拠を入手することができなかった。

(サンテック 監査報告書より要約)

具体的には以下のようなやり取りがあったと想像されます。

  • 会社: 「来年は建設需要が回復して、売上が20%伸びる計画です。だからこのビルの価値は維持できます。」
  • 監査人: 「でも、過去3年間ずっと売上は下がっていますよね?なぜ急にV字回復するんですか?その根拠となる契約書や受注見込みリストはありますか?」
  • 会社: 「契約書はまだないですが、営業の手応えとしては…」
  • 監査人: 「『手応え』では監査証拠になりません。客観的なデータがないと、この計画は認められません。」

将来のキャッシュ・フロー見積りは、あくまで「将来の予測」に基づく計算です。予測の前提となる「仮定(売上成長率や利益率)」が崩れれば、減損損失の金額は数億円単位で変わってしまいます。

監査法人は、この「仮定」の妥当性を裏付ける証拠を入手できなかったため、ここでも「意見不表明」を選択せざるを得ませんでした。7億円の資産が、実は1億円の価値しかないかもしれないのに、7億円として計上することを認めるわけにはいかないからです。


第5章:【実務家視点】なぜ内部統制は機能しなかったのか?~過去の亡霊~

ここまでの話で、サンテックには「適切な資料がない」「見積もりが甘い」という致命的な欠陥があったことがわかります。公認会計士の視点から見ると、これは単なる個別の経理ミスではなく、「内部統制(Internal Control)」の完全な崩壊を意味します。

5-1. 内部統制報告書も「意見不表明」

今回のサンテックの事例では、決算書(財務諸表)だけでなく、「内部統制報告書」に対しても意見不表明が出されています

これは、監査法人が「この会社には、正しい決算書を作るための社内の仕組み(チェック体制やマニュアル運用)が機能しているかどうかすら、確認できませんでした」と宣言したことを意味します。

通常、上場企業には「J-SOX(内部統制報告制度)」という厳しいルールがあり、以下のような牽制機能が働くはずです。

  • 現場: 工事原価が増えそうなら、すぐにシステムに入力し、上長が承認する。
  • 経理部: 現場からのデータを毎月モニタリングし、予算と実績の差異が大きければ原因を追及する。
  • 経営陣・監査役: 定期的にリスク情報を吸い上げ、監査法人と連携する。

5-2. 繰り返される不祥事の歴史

実は、サンテックが会計不祥事を起こしたのは今回が初めてではありません。この「前科」こそが、監査法人が今回厳しい態度(意見不表明)を取った最大の背景要因と考えられます。

  • 2018年: 架空売上の計上等の不正会計が発覚。特設注意市場銘柄に指定される。
  • 2020年: 従業員による業務上横領が発生。

過去の事例では、当時の第三者委員会から「役員間の牽制が機能していない」「内部統制を無効化していた」といった厳しい指摘を受けていました。それを受けて、再発防止策を策定し、東証に改善報告書を提出していたはずです。

しかし、2024年に再び「重要な証拠がない」「いつ発生したかわからない」という事態に陥ったことは、「形式だけの再発防止策」しか行われていなかった可能性を強く示唆しています。

筆者の経験上、こうした企業は「経理部が現場(営業や工事部)に対して弱く、現場が都合の悪い情報を隠蔽する」「経営者が悪い情報を聞きたがらない」という企業風土が根付いていることが多いです。これは新しい会計システムを導入しただけで直るものではなく、組織文化の根深い病巣と言えます。

5-3. 「第三者委員会」という最後の砦

サンテックは今回も、事態の解明のために「第三者委員会」を設置しました。これは外部の弁護士や会計士で構成される独立した調査機関です。

しかし、監査報告書の提出日(2024年6月25日)時点で、この第三者委員会の調査は「継続中」でした。

監査法人としては、

「社内の誰も実態を把握できていないから、外部の専門家に調査を頼んだんですよね?その調査結果が出る前に、どうして決算書が正しいなんて言えるんですか?」

となるのは当然です。

調査が終わっていないということは、今回見つかった5.9億円のコスト増以外にも、まだ隠された爆弾(他の不正や損失)があるかもしれないということです。この「未知のリスクの広がり(広範性)」こそが、意見不表明の決定打となりました。


第6章:投資家への影響とサンテックの今後

最後に、この事例から一般の投資家やビジネスパーソンが学ぶべきポイントと、サンテックの今後について整理します。

6-1. 「意見不表明」後のシナリオ

意見不表明が出された後の企業は、茨の道を歩むことになります。

  1. 上場廃止の審査:東証は、意見不表明となった理由を精査し、上場廃止基準に該当するかどうかを審査します。ただちに上場廃止になるわけではありませんが、「監理銘柄(審査中)」に指定され、投資家に注意喚起がなされます。
  2. 改善報告書の提出:企業は、なぜ意見不表明になったのか、どうすれば解消できるのかをまとめた報告書を提出し、改善期間(猶予期間)入りとなります。
  3. 次期決算での勝負:次の決算(あるいは訂正報告書)で、監査法人から「無限定適正意見」または「限定付適正意見」をもらわなければ、上場廃止が確定します。

サンテックの場合、2025年9月までの改善状況報告書の公衆縦覧がアナウンスされるなど、上場維持に向けた首の皮一枚の状況が続いています。

6-2. 投資家が学ぶべき教訓

「意見不表明」は突然空から降ってくるわけではありません。多くの場合、予兆があります。

  • 決算発表の延期: 監査法人との揉め事が長引いている最も分かりやすいサインです。
  • 監査法人の異動: 大手監査法人(トーマツ、あずさ、EY、PwC)から準大手、中小監査法人へコロコロ変わる企業は要注意です。監査法人が「リスクが高すぎて付き合いきれない」と契約解除している可能性があるからです。
  • 「調査中」のリリース: 「不適切な会計処理の疑いで調査委員会を設置」というニュースが出たら、その期はまともな決算が出ない(=意見不表明リスクが高い)と覚悟すべきです。

6-3. サンテックの未来への提言

サンテックが信頼を取り戻すためには、単に数字を合わせるだけでなく、以下の根本的な改革が必要です。

  1. 「膿」を出し切る: 過去の不正やミスを全て洗い出し、どれだけ巨額の損失になろうとも、一度完全に財務諸表を訂正する(過年度訂正)。
  2. 証憑の完全保存: 工事原価の見積もり根拠、変更の経緯を全て文書化し、監査法人がいつでも閲覧できるようにするデジタルアーカイブを構築する。
  3. ガバナンスの刷新: 同じ過ちを三度繰り返した経営責任を明確にし、本当にものが言える社外役員やCFOを登用する。

結論:数字の背後にある「信頼」を見極めよ

サンテックの「意見不表明」事例は、単なる会計の計算ミスではありません。それは、「企業が自らの活動実績を正しく記録・説明する能力を喪失した」という、株式会社としてのアイデンティティに関わる重大な事故です。

  • 工事進行基準における見積もりの甘さは、企業の利益管理能力の欠如を示します。
  • 減損会計における将来計画の不備は、経営者の楽観バイアスと現実逃避を示します。
  • 内部統制の不全は、組織全体のコンプライアンス意識の麻痺を示します。

私たち一般投資家や読者は、表面的な「売上高」や「純利益」の数字だけを見て一喜一憂してはいけません。その数字が「どのような根拠(監査証拠)」に基づいて作られ、「誰(監査法人)」が責任を持って保証しているのか。そこまで見極める目を持つことが、自分の資産を守るための最強の防具となります。

会計は「ビジネスの言語」です。その言語が正しく話されていない企業の言葉を信じてはいけません。今回のサンテックの教訓を胸に、より賢明な投資判断と企業分析を行っていきましょう。

よくある質問(Q&A)

「意見不表明」が出たら、その会社の株はすぐに紙くず(0円)になるのですか? 

即座に0円になるわけでも、上場廃止になるわけでもありません。東証のルールでは、一定の期間内に改善し、適正な決算書を出し直すチャンスが与えられます(猶予期間)。ただし、市場の信頼は地に落ちるため、株価が暴落し、流動性が極端に低下するリスクは非常に高いです。売ろうと思っても買い手がつかない状況になることもあります。

監査法人が厳しすぎるのではないですか?もっと柔軟に対応できないのですか? 

監査法人が厳しくなった背景には、エンロン事件やカネボウ事件、東芝事件など、近年の国内外の会計不祥事に対する社会的な批判の高まりがあります。もし曖昧な証拠で「OK(適正意見)」を出して、後で粉飾が発覚した場合、監査法人は株主から巨額の損害賠償請求を受けることになります。そのため、監査人は「疑わしきは罰せず」ではなく「疑わしきはサインせず」という防衛的な姿勢を貫かざるを得ないのです。

「工事進行基準」を採用している会社は全て危ないのですか? 

そうではありません。大手ゼネコンやプラントエンジニアリング会社など、多くの企業が工事進行基準(現在は収益認識会計基準における進捗度測定)を採用しており、適切に運用されています。危ないのは、「原価管理システムが未熟な会社」や「無理な利益目標を現場に押し付けている会社」がこの基準を使う場合です。投資先を選ぶ際は、過去に工事損失引当金を頻繁に計上していないか(=見積もりが下手ではないか)をチェックすることをお勧めします。

サンテックは今後どうすれば信頼を回復できますか? 

特効薬はありません。まずは、監査法人から指摘された不備(原価見積もりの根拠資料の整備、減損判定の厳格化など)を物理的に改善し、次回の監査でなんとしてでも「適正意見」をもらうことがスタートラインです。さらに、第三者委員会が提言する再発防止策を「形だけでなく魂を入れて」実行し続ける姿勢を、数年単位で市場に見せ続ける必要があります。一度失った信頼を取り戻すには、失った時の何倍もの時間がかかります。

私の会社(中小企業)でも「意見不表明」は関係ありますか?

上場していなくても大いに関係があります。例えば、銀行から融資を受ける際や、M&Aで会社を売却する際に、公認会計士の監査や調査(デューデリジェンス)を受けることがあります。その際、経理資料がずさんで「意見不表明」レベルだと判断されれば、融資は断られ、会社売却の話も破談になります。「資料を整える」「数字の根拠を残す」ことは、上場・非上場に関わらず、経営の基本中の基本です。


sato
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ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍をご紹介します。

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