「税効果会計の事業計画と、減損会計の計画、なぜ数字が違うんですか?」
決算監査の終盤、監査人からこの質問を投げかけられ、言葉に詰まった経験はありませんか?実は、この「計画の不整合」こそが、監査人が最も目を光らせ、かつ「経営者の恣意性(自分たちに都合よく数字を操作しているのではないか)」を確信してしまう急所なのです。
今回は、公認会計士の視点から、繰延税金資産の回収可能性を支える「事業計画の合理性」と、監査人の追及を論理的に回避するための「防衛実務」を分かりやすく解説します。
目次
1. 監査人が狙う「ダブルスタンダード」:減損計画 vs 税効果計画
税効果会計において、将来の課税所得を見積もるための「事業計画」は、他の会計上の見積りとセットで検証されます。特に「固定資産の減損会計」で用いる将来キャッシュ・フロー予測との整合性は、監査における最重要チェックポイントの一つです。
なぜ今、事業計画の合理性がこれほどまでに厳しく問われるのか、その根本的な理由をこちらで解説しています。
なぜ不整合が起きるのか?
経理実務の現場では、以下のような心理的バイアスが働き、無意識に「ダブルスタンダード(二重基準)」が生じがちです。
- 減損会計: 減損損失を避けたいので、将来の利益(キャッシュ・フロー)を「強気」に見積もる。
- 税効果会計: 繰延税金資産を多く計上したいので、将来の課税所得を「強気」に見積もる。
「どちらも強気なら問題ないのでは?」と思うかもしれません。しかし、監査人はその「強気の根拠」が、例えば市場平均の成長率を大きく上回っていたり、過去の達成実績と乖離していたりする場合、一気に懐疑心を強めます。逆に、片方を保守的にし、もう片方を楽観的にするといった「使い分け」は論外です。
監査人がチェックする整合性一覧表
監査人は、以下の項目において、減損計画と税効果計画が1円単位、1%単位で一致しているかを確認します。
| チェック項目 | 減損会計(CF計画) | 税効果会計(所得見積り) | 監査人の視点 |
| 売上成長率 | 市場成長率を反映しているか? | 減損計画と同じ成長率か? | なぜ税効果だけ売上が伸びるのか? |
| コスト削減策 | 実行可能な計画か? | 所得を増やすための架空の削減か? | 減損では費用が出るのに所得では消える? |
| 設備投資 | 更新投資が織り込まれているか? | 減損計画と投資額は一致するか? | 投資をしないのに利益が増えるのは不自然。 |
| 主要な仮定 | 割引率や耐用年数の整合性 | 償却費などの税務調整の整合性 | 根本的な経営シナリオがズレていないか? |
不整合がある場合、監査人は「経営者の見積りには偏向(バイアス)がある」と判断し、見積り全体の信頼性を否定しにかかります (監査基準委員会報告書540号第32項)。
2. 分類3における「おおむね5年」の壁を論理的に突破する
企業分類が「分類3」に該当する場合、繰延税金資産の計上範囲は「将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)」における一時差異等のスケジューリング結果に基づくとされています 。
実務上、監査人はこの「5年」を鉄の掟のように突きつけてきますが、これには論理的な「突破口」があります。
5年を超える見積りが認められる「合理的かつ客観的な根拠」とは
指針26号では、5年を超える期間の所得見積りが認められる例外を設けています。これを立証するためには、単なる「目標」ではなく、以下の「物証」が必要です。
- 長期の受注残高: すでに5年超の期間にわたり、安定した収益が約束されている契約(建設、プラント、長期保守契約など)。
- ストック型ビジネスの安定性: 過去10年以上の解約率が極めて低く、統計的に5年超の収益予測が可能であることの証明。
- 法的・制度的な裏付け: 許認可事業や売電価格が保証されたFIT制度など、外部要因による収益の確定。
「予測の精度」をデータで語る
監査人が5年超を認めない最大の理由は「お宅の予測は当たらないでしょう?」という疑念です。これに対抗するには、「過去の予算と実績の乖離分析(予実分析)」を提示するのが最も効果的です 。
「過去5年間、当社の利益予測の誤差は±5%以内です」というデータがあれば、監査人は5年超の予測についても「合理的な根拠がある」と認めざるを得なくなります(繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針第23項)。
3. タックス・プランニングを「絵に描いた餅」にしない
「このままだと所得が足りないから、来期に含み益のあるビルを売却する予定にして、繰延税金資産を積み増そう」
このような安易なタックス・プランニング(節税や所得創出の計画)は、現代の監査では真っ先に否認されます。監査人は、そのプランニングが「実行可能」で「実効性」があるかを厳しく問い詰めます 。
監査人を納得させる「実効性」の証拠資料
タックス・プランニングを所得見積りに含める場合、実務担当者は以下のエビデンスを揃えておく必要があります。
- 取締役会の議事録: 「含み資産の売却」が単なる経理の思いつきではなく、経営陣の確固たる意思決定であることを証明します。
- 売却先との交渉記録: すでに検討が進んでいることを示す意向表明書(LOI)や仲介業者との契約書。
- 具体的なスケジュール: 決済日、売却益の試算、税務上の損益発生時期の特定。
「利益が足りなくなったら売るつもり」といった不確定な計画は、監査上の証拠としてはゼロ評価です。
4. 【現場のリアル】「保守的な見積り」と「合理的な見積り」の落とし所
監査人はよく「保守的な見積り(低めに見積もること)」を求めますが、会計基準が求めているのはあくまで「合理的な見積り(最も蓋然性が高い数値)」です 。
筆者の体験談:監査人との「1億円」を巡る攻防
あるクライアントの監査で、海外事業の成長率を巡って議論になったことがあります。会社は「5%成長」を主張し、監査人は「過去実績から見て2%が妥当」と譲りませんでした。
私は公認会計士として、単に数字をぶつけ合うのではなく、「感応度分析(シミュレーション)」の提示をアドバイスしました。「成長率が1%下がると、繰延税金資産はXX円減りますが、それでも資産性は維持されます」という、リスクの振れ幅(レンジ)を示したのです 。
この「幅」を用いた議論により、最終的には「3.5%」という、両者が納得できる(かつ論理的な)落とし所に着地することができました。
5. 実務担当者が備えるべき「エビデンス・アーカイブ」
監査をスムーズに終えるための秘訣は、監査人が「自分の調書に貼れる資料」を先回りして用意することです 。
事業計画の策定だけでなく、監査全体をスムーズに進めるための資料準備や事前協議の進め方については、こちらのガイドを参考にしてください。
必須アーカイブリスト
- 他見積りとの整合性チェック表: 減損、税効果、退職給付等の各計画値が一致していることを一目で示す表。
- 市場予測の外部データ: 業界紙やシンクタンクのレポートなど、自社の計画が「世間一般」と乖離していない証拠 。
- 予実分析シート: 過去の計画がどれだけ正確だったかを示す「予測のトラックレコード」。
これらの資料を、監査が始まる前に「会計上の見積りに関する根拠資料」としてパッケージ化しておきましょう。
まとめ:事業計画は「経理の数字」ではなく「会社の意思」
税効果会計における事業計画の整合性は、単なる計算の問題ではなく、会社全体のガバナンスと経営の透明性を問うものです。減損計画との矛盾を解消し、客観的な証拠で裏付けられた計画を提示することで、監査人からの信頼を勝ち取り、決算リスクを最小限に抑えることができます。
数字の背後にある「ロジック」を磨き、強い経理部門を目指しましょう。
次回は、繰延税金資産の回収可能性を支える「事業計画の合理性」と、監査人の追及を論理的に回避するための「防衛実務」を分かりやすく解説します。!
よくある質問(Q&A)
減損計画と税効果計画で、どうしても数字が一致しない場合は?
なぜ不一致が生じているのか、その「質的な理由」を論理的に説明できるメモランダムを作成してください。例えば「減損は事業単位だが、税効果は法人単位であるため、対象範囲が異なる」といった合理的な理由があれば、数字のズレ自体は許容されます。
業績が右肩下がりの場合、5年先の所得見積りは認められませんか?
現状のままでは厳しいですが、具体的な「構造改革プラン」とその進捗状況、および改革による利益改善の客観的な証拠があれば、見積りに含めることは可能です。ただし、過去の改革が未達に終わっている場合は、監査人のハードルは非常に高くなります。
タックス・プランニングによる所得創出は、期末ギリギリの決定でも間に合いますか?
期末日時点で「実行可能」であり、かつ「意思決定がなされている」必要があります。取締役会の決議が期末後になった場合、監査人はそれをプランニングとして認めないリスクが高いです。早めの意思決定と議事録作成を徹底しましょう。
監査人が「業界平均より成長率が高すぎる」と言ってきた時の切り返しは?
自社独自の強み(特許、シェア拡大の具体策、新規受注)をエビデンスとともに提示してください。業界平均はあくまで参考値であり、個別企業には特有の事情があることを、客観的なデータで立証するのが防衛実務の基本です。
連結子会社の所得見積りも、親会社がここまで細かく管理すべきですか?
はい。連結決算における繰延税金資産の資産性は、グループ全体の整合性が問われます。子会社が作成した計画を親会社がレビューし、グループ全体の経営方針と矛盾がないかを確認するプロセス自体が、監査人への強力なアピール(内部統制の有効性証明)になります。
専門家としての経験に基づき、現場で本当に『武器』になった数冊を厳選しました。理論だけで終わらない、実践に裏打ちされた知恵を求める方の参考になれば幸いです。