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IPOへの第一歩:「ショートレビュー」とは?会計士が徹底解説
「いつかは自社も株式上場(IPO)を」
多くの経営者様が抱く大きな目標ではないでしょうか。しかし、IPOへの道のりは長く、専門的な準備が不可欠です。その記念すべき第一歩であり、今後のプロセス全体を左右するほど重要な手続きが、今回解説する「ショートレビュー」です。
ショートレビューは、いわばIPOという長距離マラソンに挑む前の「総合健康診断」です。自社の経営体制が上場企業として通用するレベルにあるのか、専門家である公認会計士が客観的に評価し、課題を洗い出してくれます。
この記事では、公認会計士である筆者が、IPOを目指す経営者様や実務担当者様に向けて、以下の点を分かりやすく、かつ具体的に解説します。
- ショートレビューの基本的な定義と目的
- なぜIPO準備にショートレビューが不可欠なのか
- 具体的にどのような項目が調査されるのか
- 最適な実施時期や費用の目安
- ショートレビューの根拠となる法律(会社法・金融商品取引法)
本記事を通じて、ショートレビューへの理解を深め、万全の体制でIPO準備をスタートさせる一助となれば幸いです。
ショートレビュー(短期調査)の基本的な定義
ショートレビューとは、監査法人が企業と監査契約を締結する前に行う、ごく短期間の調査を指します。「短期調査」や「予備調査」とも呼ばれます 。
この調査の最大の目的は、「その企業が上場企業になるための準備を、計画通りに進められる状態にあるか」を見極め、潜在的な課題を早期に発見することです 。監査法人はこの結果をもって、監査契約を引き受けるかどうかの判断材料の一つとします。
なぜショートレビューが不可欠なのか?上場審査との関係性
ショートレビューは単なる任意の手続きではありません。IPOの成否を分ける、極めて重要なプロセスです。その理由は、ショートレビューで問われる項目が、最終関門である東京証券取引所の上場審査基準に直結しているからです 。
東京証券取引所は、投資家保護の観点から、上場を希望する企業に対して厳格な審査基準を設けています。これには株主数や時価総額といった数値で測れる「形式要件」と、企業統治や内部管理体制の質を問う「実質審査基準」があります 。
特に重要視されるのが「実質審査基準」であり、ショートレビューはこの基準をクリアできる体制が整っているかを事前にチェックする役割を担っています。
表1:東京証券取引所の主要市場における実質審査基準の概要
| 審査項目 | プライム市場 | スタンダード市場 | グロース市場 |
| 企業の継続性及び収益性 | 継続的に事業を営み、安定的かつ優れた収益基盤を有していること | 継続的に事業を営み、かつ、安定的な収益基盤を有していること | 合理的な事業計画を有し、その遂行に必要な事業基盤が整備されていること |
| 企業経営の健全性 | 事業を公正かつ忠実に遂行していること | 事業を公正かつ忠実に遂行していること | 事業を公正かつ忠実に遂行していること |
| コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性 | 適切に整備され、機能していること | 適切に整備され、機能していること | 適切に整備され、機能していること |
| 企業内容等の開示の適正性 | 企業内容等の開示を適正に行うことができる状況にあること | 企業内容等の開示を適正に行うことができる状況にあること | 企業内容等の開示を適正に行うことができる状況にあること |
出典:東京証券取引所「有価証券上場規程」及び「上場審査等に関するガイドライン」を基に作成 。
この表が示す通り、どの市場を目指すにせよ、「コーポレート・ガバナンス」や「内部管理体制」は必須の審査項目です。ショートレビューは、これらの体制に不備がないか、いわば本番の試験(上場審査)前の「模擬試験」として機能するのです。
ショートレビューで調査される具体的な項目
では、具体的にどのような点が調査されるのでしょうか。調査範囲は会計分野に留まらず、経営管理の根幹に関わる多岐にわたる項目が含まれます 。
近年、監査法人のリスク管理は非常に厳格化しており、ショートレビューは単なる「課題発見の場」から、「監査契約を締結するに値する企業かを見極めるための選考」という側面が強まっています。指摘事項が多すぎると、監査契約を断られてしまうケースも少なくありません 。
したがって、以下の項目について、自社がどのような状況にあるかを事前に把握しておくことが極めて重要です。
表2:ショートレビューの主要調査領域と具体的確認ポイント
| 調査領域 | 具体的な確認ポイントの例 |
| 経営管理体制 | ・取締役会が定期的(例:月次)に開催され、議事録が適切に作成・保管されているか ・監査役が設置され、その機能が有効に働いているか ・稟議規程や職務分掌が整備され、適切に運用されているか ・内部監査体制が構築されているか |
| 会計制度 | ・上場企業に求められる会計基準(日本基準等)に準拠した会計処理が行われているか ・月次決算が早期(例:翌月10営業日以内)に確定する体制が整っているか ・販売、購買、固定資産、原価計算などの会計処理プロセスが適切に整備されているか |
| 利益管理制度 | ・事業計画に基づいた詳細な予算(総合予算)が策定されているか ・月次での予実管理が行われ、差異分析と対策が適切に行われているか |
| 関連当事者取引 | ・役員やその親族、主要株主などとの取引の必要性、合理性が説明できるか ・取引条件が第三者との取引と比較して妥当であるか ・上場審査の障害となるような不透明な取引が存在しないか |
| 労務管理 | ・労働時間管理が客観的な記録(タイムカード、PCログ等)に基づき適正に行われているか ・未払残業代が発生していないか(過去に遡って精算を求められる最重要項目のひとつ) ・社会保険への加入手続きが適切に行われているか |
| 資本政策 | ・株主構成が安定経営に適しているか ・ストックオプションの発行状況や計画は適切か ・上場に向けた資金調達計画に合理性があるか |
これらの項目は、上場企業として当然に備えているべき経営の「土台」です。ショートレビューは、この土台がどれほど強固であるかを確認するプロセスなのです。
IPO準備全体で乗り越えるべき「監査の壁」の全体像についての解説記事もご参照ください。
最適な実施時期と期間、費用の目安
時期
ショートレビューを受ける最適なタイミングは、上場申請を目指す事業年度の3期前(N-3期)が一般的です 。
なぜなら、上場審査では直近2期分の財務諸表について監査法人の監査証明が必要となるためです。N-3期にショートレビューを受け、そこで見つかった課題を1年かけて改善し、N-2期の期首から本格的な監査(期首残高監査)をスムーズに開始するというのが理想的なスケジュールです 。
期間と費用
- 期間:企業の規模や管理体制の整備状況によりますが、一般的には数週間から2ヶ月程度です 。
- 費用:調査にかかる工数に比例し、150万円~300万円程度が標準的なレンジとされています 。
根拠となる法律:会社法と金融商品取引法(J-SOX)
ショートレビューで厳しく問われる「内部管理体制」は、なぜこれほどまでに重要なのでしょうか。それは、会社法と金融商品取引法という2つの法律で、その構築と運用が求められているからです。
- 会社法による義務付け 取締役会設置会社のうち、大会社(資本金5億円以上または負債200億円以上)は、「内部統制システム」を構築することが取締役会で義務付けられています 。これは、企業の業務の適正を確保し、健全な経営を行うための基本的な社内体制を指します。
- 参照条文:会社法 第三百六十二条 第四項第六号、第五項
- 金融商品取引法による義務付け(J-SOX対応) さらに、すべての上場企業は、金融商品取引法に基づき、財務報告の信頼性を確保するための内部統制が有効に機能しているかを経営者自らが評価し、その結果を「内部統制報告書」として提出することが義務付けられています。これを内部統制報告制度(通称:J-SOX)と呼びます 。 この報告書には、公認会計士または監査法人の監査証明が必要となります 。
- 参照条文:金融商品取引法 第二十四条の四の四
つまり、「会社法で求められる健全な経営体制を構築し、それが金融商品取引法(J-SOX)の要求するレベルで運用されていること」が、上場企業の大前提となります。ショートレビューは、この法的な要求水準に達しているかを確認する、最初の重要な関門なのです。
まとめ:ショートレビューを成功させ、円滑なIPO準備へ
本記事では、IPO準備の第一歩である「ショートレビュー」について、その定義から具体的な調査項目、法的背景までを解説しました。
- ショートレビューはIPO準備の「総合健康診断」であり、上場審査の模擬試験でもある。
- 調査項目は会計だけでなく、経営管理体制全般に及ぶ。
- 近年は監査法人による「選考」の側面が強く、事前準備が不可欠。
- 最適な実施時期は上場申請の3期前(N-3期)。
- その根拠は会社法と金融商品取引法(J-SOX)にある。
ショートレビューは、決して恐れるべきものではなく、自社の経営基盤を客観的に見つめ直し、より強固な組織へと成長させる絶好の機会です。ここで見つかった課題に真摯に向き合うことが、その後の円滑なIPO準備、そして上場後の持続的な成長へと繋がっていきます。
ショートレビュー実施から始まるIPO準備の全貌についての解説記事もご参照ください。
よくある質問(Q&A)
ショートレビューを受けないとどうなりますか?
ショートレビューは法的な義務ではありませんが、これを受けないと監査法人との監査契約を締結できない可能性が極めて高くなります。監査契約がなければ上場審査に進むことはできないため、事実上、IPO準備における必須のプロセスと言えます。また、対応に時間を要する潜在的な課題を早期に発見できないというリスクも高まります。
ショートレビューの費用はどのように決まりますか?
費用は、企業の事業規模、業種の複雑性、子会社の有無、内部管理体制の整備状況など、多くの要因によって変動します。一般的な目安としては数十万円から数百万円程度ですが、個別の見積もりが必要です。複数の監査法人から見積もりを取得し、調査の範囲と費用を比較検討することが重要です。
ショートレビューで指摘された事項は、必ず改善しなければなりませんか?
はい、指摘された事項は、最終的な上場審査の基準に直結する重要な課題であるため、原則としてすべて改善する必要があります。監査法人は、指摘事項に対する改善計画の策定と実行状況を継続的にモニタリングし、その進捗をもって監査契約を締結できるか否かを最終判断します。指摘事項を放置した場合、IPOのスケジュールに重大な遅延が生じる可能性があります。
ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。