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株式上場(IPO)の実務(19) IPO監査を成功に導く監査法人との関係構築術|公認会計士が明かす5つの鉄則

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • IPO準備中で監査法人との付き合い方に悩む方
  • これから監査法人を選定する経営者・CFOの方
  • 監査対応の実務を円滑に進めたい担当者の方
  • 監査法人からの指摘にどう対応すべきか知りたい方

上場準備において、監査法人との関係がこじれるケースは少なくありません。しかし、その原因の多くは、会計処理の是非以前の、コミュニケーショはじめに:なぜ今、監査法人との「関係構築」が最重要なのか?

「IPO(株式上場)準備において、監査法人との関係がこじれてしまった…」 これは、私たちがコンサルティングの現場で非常によく耳にする悩みです。そして、その原因の多くは、会計処理の是非といった専門的な論点以前の、コミュニケーションや準備の進め方にあります。

特に2025年現在、IPOを取り巻く環境は大きく変化しています。IPOを目指す企業が増加する一方で、監査を担う公認会計士の人材は不足気味です。結果として、企業が監査法人を「選ぶ」だけでなく、監査法人から「パートナーとして選ばれる」必要性が高まっています 。実際に、大手監査法人だけでなく、準大手や中小の監査法人がIPO監査の担い手として存在感を増しており、その傾向は今後も続くと予測されています 。  

このような状況下でIPOを成功させるには、監査法人を単なる「審査役」ではなく、共に上場というゴールを目指す「パートナー」として捉え、良好な信頼関係を築くことが不可欠です。監査対応の巧拙は、貴社の「管理能力の成熟度」を示す重要な指標として、監査法人だけでなく、主幹事証券会社や投資家からも見られているのです。

本記事では、最新動向を踏まえ、公認会計士の視点から、IPO監査を乗り切り、監査法人と強固なパートナーシップを築くための「5つの鉄則」を、初心者の方にも分かりやすく、具体的かつ実践的に解説します。


【全体像を把握】IPO監査のタイムラインと各フェーズの目標

5つの鉄則を理解する前に、まずはIPO準備の全体像を把握しましょう。一般的に、IPO準備は上場申請する期(N期)の3年前(N-3期)から始まります。各フェーズで何をすべきか、監査法人とどう関わるかを理解することが、円滑な準備の第一歩です。

期間フェーズ企業側の主要タスク監査法人との主要なやり取り
N-3期以前体制構築期間・IPOプロジェクトチーム結成 ・事業計画、資本政策の策定 ・監査法人の選定 ショートレビュー(課題抽出調査)の実施 ・ショートレビュー結果に基づく改善計画の協議
N-2期準金商法監査期間・内部統制の構築、運用 ・社内規程の整備 ・決算早期化体制の構築・監査契約の締結 ・期首からの月次決算レビュー ・内部統制構築に関する助言と指導
N-1期直前期・試運転期間・上場申請書類(Ⅰの部など)の作成開始 ・J-SOX(内部統制報告制度)の試運用・N-2期の監査報告書受領と改善 ・N-1期の準金商法監査の実施 ・J-SOX評価に関する協議
N期申請期・本格運用・上場申請書類の完成 ・証券取引所による上場審査への対応・金商法監査・会社法監査の実施 ・KAM(監査上の主要な検討事項)に関する協議 ・上場審査での質問事項への共同対応

H2:【大前提】監査法人の「使命」と「権限」を正しく理解する

全ての鉄則の土台となる、最も重要な心構えからお話しします。それは、監査法人の立場を正しく理解することです。

監査法人は、貴社のビジネスパートナーである以前に、資本市場全体の「番人」です。彼らは、未来のすべての投資家に対し、貴社の財務情報が適正であることを保証するという、非常に重い法的責任を負っています 。  

その責任を果たすため、監査法人は法律によって極めて強い調査権限を与えられています。例えば、会社法では会計監査人に子会社の財産状況を調査する権限などが認められており(会社法第394条)、彼らの調査を正当な理由なく拒むことはできません。

【参照条文】

会社法 第三百九十四条(会計監査人による会計帳簿の閲覧等の請求) 1 会計監査人設置会社を代表する取締役は、会計監査人の職務の執行に当たり、会計監査人から、その職務を行うために必要な事項について報告を求められたときは、速やかに、適正な報告をしなければならない。 (e-Gov法令検索「会社法」より引用)

「彼らは、法律に基づいて、市場のために仕事をしている」という大前提を理解することが、全てのコミュニケーションの出発点となります。この理解があれば、「なぜこんな細かい資料まで必要なのか」といった疑問や不満も、彼らの使命を果たすための当然の職務であると納得できるはずです。


IPO監査を成功させるための5つの鉄則

この大前提を踏まえ、監査を円滑に進め、良好な関係を築くための5つの鉄則を、具体的なアクションプランと共に解説します。

H3:鉄則1:司令塔を明確にせよ!窓口一本化でコミュニケーションロスを防ぐ

監査法人からの質問や資料依頼に対し、経理、営業、法務など、各部門がバラバラに対応していませんか?これは、情報に食い違いを生じさせ、監査法人に「この会社の管理体制は大丈夫か?」という不信感を抱かせる最悪のパターンです。

必ず、社内の窓口をCFOや上場準備責任者に一本化してください。

この「司令塔」が全ての依頼を受け止め、社内の担当者に正確に指示を出す。そして、各部門から上がってきた回答や資料は、必ずこの司令塔が内容の整合性を確認してから監査法人に提出する。この体制を構築するだけで、コミュニケーションの質と効率は劇的に向上します。

【Point】リモート監査への対応 近年、リモートでの監査が一般的になりました 。移動時間がなくなり効率的になる一方、コミュニケーションの質が低下しやすいという課題もあります 。チャットツールやWeb会議を積極的に活用し、テキストだけでは伝わりにくいニュアンスは短い時間でも音声やビデオで補うなど、これまで以上に密な情報共有を心がけましょう 。  

H3:鉄則2:資料提出は「スピード・正確性・背景」の3点セットで信頼を勝ち取る

監査の現場では、日々、膨大な量の資料提出が求められます。ここで重要なのは、「スピード」と「正確性」の両立です。

  • スピード: 提出が遅れれば、その分監査スケジュールが遅延し、IPO全体の遅れに繋がりかねません。
  • 正確性: しかし、急ぐあまり間違った資料を提出するのは論外です。それは追加の質問や再提出を生み、結果として信頼を損ない、時間を浪費します。

依頼された資料の一覧表を作成し、提出期限、社内担当者、進捗状況を管理することを強くお勧めします。もし期限に間に合いそうになければ、正直にその旨を伝え、いつまでに提出可能か相談しましょう。無言で遅れるのが最も信頼を損ないます。

【+αで信頼を得るPoint】「事業的背景」を伝える 複雑な会計処理やイレギュラーな取引について説明する際は、以下の3点をセットで説明する準備を常に心がけてください。

  1. 事実(Fact): この取引は、いつ、誰と、どのような内容で、いくらで行われたのか。
  2. 会計基準(Rule): この事実に対し、会計基準のどの条文を、どのように適用したのか。
  3. 事業的背景(Business Context): なぜ、そもそもこの取引を行う必要があったのか。その事業上の合理性は何か。

この3点セットで説明することで、「この会社は、事業上の必要性を理解した上で、会計ルールに則って論理的に処理を行っている」という、極めて高い評価と信頼を得ることができます 。  

H3:鉄則3:懸念事項は「隠さず、早く」相談し、パートナーシップを築く

過去の会計処理の誤りや、グレーゾーンの取引が見つかった場合、最もやってはいけないのが「隠蔽」です。監査のプロである彼らは、間違いなくそれを見つけ出します。そして、それが監査の最終盤で見つかった時、その影響は計り知れません。最悪の場合、上場スケジュールの大幅な見直しが必要になります。

社内で懸念事項が見つかったら、直ちに、正直に、監査法人に相談してください。

「実は過去にこのような処理がありましたが、本来はどう処理すべきか、ご指導いただけますでしょうか」と。この姿勢は、貴社の誠実さと透明性を示す最高の機会となり、監査法人を「敵」ではなく、問題を共に解決する「パートナー」に変えます。監査とは「指摘→改善→確認」というサイクルを通じて、企業を上場企業にふさわしい姿へと成長させるプロセスなのです 。  

H3:鉄則4:指摘を歓迎せよ!改善サイクルで強固な管理体制を築く

監査法人からの指摘事項は、会社の欠点を責めるものではありません。それは「上場企業としてあるべき姿への改善提案」であり、会社の管理体制を強化するための貴重なアドバイスです。

指摘を真摯に受け止め、迅速に改善策を実行し、その結果を報告する。この「改善サイクル」を回すこと自体が、企業の内部統制やガバナンスを強化する本質的なプロセスです 。  

特に近年、監査報告書には「監査上の主要な検討事項(KAM)」の記載が義務付けられています 。これは、監査人が監査の過程で特に重要と判断した事項を記載するもので、投資家からの注目度も高い項目です。KAMになりうるリスクの高い項目については、早期に監査法人と協議し、十分な準備を進めることが重要です。  

H3:鉄則5:「人」として、敬意と感謝を忘れない

これは、テクニック以前の、最も重要な心構えかもしれません。 監査チームのメンバーも、人間です。彼らは厳しいスケジュールと大きなプレッシャーの中で仕事をしています。彼らに対して、きちんと挨拶をする。作業スペースを確保し、お茶を一杯出す。名前を覚えて、感謝の言葉を伝える。

こうした、人としての当たり前の敬意と感謝の姿勢は、必ず相手に伝わります。良好な人間関係は、無用な対立を避け、円滑なコミュニケーションの土台となります。厳しい仕事だからこそ、プロフェッショナルとしての敬意を忘れないでください 。  


H2:【2025年最新トピック】リモート監査のメリット・デメリットと対策

コロナ禍を経て、IPO監査においてもリモートワークが浸透しました。今後もこの流れは続くと考えられます。リモート監査の特性を理解し、適切に対応することが求められます。

メリットデメリット・課題
企業側・監査対応のための場所や時間の制約が減る ・資料の電子化により管理が効率化する・コミュニケーションの齟齬が起きやすい ・資料の電子化に手間とコストがかかる ・現場の雰囲気や非言語的な情報が伝わりにくい
監査法人側・移動時間がなくなり、監査を効率化できる ・全国・海外の拠点も監査しやすくなる ・監査コスト(交通費・宿泊費)を削減できる ・現物の確認ができない(棚卸資産、固定資産など) ・被監査部門との信頼関係構築が難しい ・不正のリスクを見抜きにくい可能性がある

【リモート監査の成功に向けた対策】

  • コミュニケーションの頻度を上げる: 定期的なWeb会議に加え、日々の細かな確認はチャットツールを活用するなど、対面以上に意識的に接点を増やしましょう。
  • 資料共有のルールを明確化する: クラウドストレージを活用し、ファイル命名規則やフォルダ構成を事前に監査法人と協議しておくことで、スムーズな資料共有が可能になります。
  • ハイブリッド監査を前提とする: 全てをリモートで完結させようとせず、棚卸の立会いや重要な会議など、必要に応じて対面での監査(現地往査)を組み合わせることが、監査の質を担保する上で重要です 。  

H2:まとめ:監査対応は、企業の「成熟度」を映す鏡である

結局のところ、IPO監査を円滑に進める秘訣は、「プロフェッショナルとしての誠実な姿勢」に尽きます。

監査法人の権限と使命を理解し、敬意を払い、誠実かつ論理的な対話を心がける。その姿勢そのものが、「この会社は、上場企業たるにふさわしい成熟した管理体制を持っている」という、何よりの証明となるのです。

監査対応は、貴社の組織力が試される重要な局面です。ぜひ、本記事で紹介した5つの鉄則を実践し、厳しい監査を乗り越え、市場から信頼される企業への扉を開いてください。

よくある質問(Q&A)

監査法人はどのように探せばよいのでしょうか?また、選定のポイントは何ですか?

主幹事証券会社からの紹介が一般的ですが、近年は監査法人を探すのが難しくなっているため、自社で直接アプローチすることも重要です。日本公認会計士協会では「IPO監査事務所リスト」を公開しており、連絡先を確認できます 。選定のポイントは、①自社の業種・規模でのIPO実績、②担当チームとの相性(コミュニケーションのしやすさ)、③監査報酬の見積もりの3点です。複数の監査法人と面談し、信頼できるパートナーを慎重に選びましょう。

監査の過程で、自社にとって不都合な問題点が発見された場合はどうすればよいですか?

問題点の発見は、失敗ではなく上場企業にふさわしい管理体制を構築するための重要なステップです。決して隠したり先延ばしにしたりせず、速やかに監査法人に事実を報告し、対応策を協議することが鉄則です。監査法人は企業の内部統制を強化するパートナーであり、早期に問題を共有することで、より効果的な改善策の助言を得られます 。透明性の高い姿勢が、最終的に監査法人との信頼関係を深めます。

監査法人から要求される資料が多く、対応に時間がかかりすぎてしまいます。何かコツはありますか?

効率的な対応には「事前の準備」と「円滑なコミュニケーション」が鍵となります。まず、監査計画の段階で、年間スケジュールや要求される可能性のある資料リストについて事前に協議し、準備を進めておきましょう。また、資料の背景や目的が不明な場合は、遠慮なく質問して意図を正確に理解することが重要です。資料をただ渡すだけでなく、経営判断の背景などを補足説明することで、監査法人の理解を助け、追加の質問を減らすことができます 。

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株式上場(IPO)の実務シリーズについて、これまでに記載した記事はこちらになります。


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ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍をご紹介します。

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