皆様、こんにちは。公認会計士のsatoです。
IPO準備というと、主幹事証券会社や監査法人とのやり取りに意識が集中しがちですが、円滑な上場と、その後の安定的な運営に不可欠な、もう一つの重要なパートナーがいます。それが、信託銀行などが担う「株主名簿管理人」です。
非公開のうちは、株主は数名で、エクセルで管理できていたかもしれません。しかし、株式を公開するということは、面識のない不特定多数の投資家が、日々、株主として入れ替わることを意味します。その膨大かつ重要な株主情報を、自社で管理することは事実上不可能です。
今回は、なぜ株主名簿管理人が必要なのか、その法的根拠から、具体的な業務内容、契約の実務まで、公認会計士の視点で解説します。
なぜ株主名簿管理人が必要なのか?その法的・実務的根拠
株主名簿管理人との契約は、単なる業務のアウトソーシングではありません。それは、法律と証券取引所の規則によって定められた、上場企業としての「義務」なのです。
- 会社法上の位置づけ: 会社法では、株主名簿管理人を設置した場合、株主名簿の作成・備置をはじめとする株主名簿に関する一切の事務を、会社に代わって株主名簿管理人が行うこととされています(会社法第123条)。これにより、専門機関による適正な名簿管理が法的に担保されます。
- 証券取引所の規則 :そして、証券取引所は、その上場規程において、上場企業に対し、取引所が承認する株主名簿管理人(信託銀行や専門の代行会社)に株式に関する事務を委託することを義務付けています。これは、多数の株主の権利を公平に保護し、株式市場の円滑な流通を確保するための、極めて重要なルールです。
つまり、株主名簿管理人との契約は、上場企業になるための必須のインフラ整備とご理解ください。
株主名簿管理人の具体的な業務内容
では、彼らは具体的にどのような業務を担ってくれるのでしょうか。その役割は、単に株主のリストを管理するだけにとどまりません。
- 株主名簿の管理・更新: 日々の株式売買に伴う名義書換手続き、住所変更の届出、相続手続きなど、株主情報の正確な維持・管理を行います。
- 株主の権利確定事務: 株主総会での議決権や、配当金を受け取る権利を持つ株主を確定させるための「基準日」現在の株主名簿を作成します。
- 株主総会の運営支援: 数千、数万の株主に対して、招集通知や議決権行使書を送付し、返送された議決権行使書を集計します。総会当日の受付や議長の議事進行をサポートする役割も担います。
- 配当金の支払い事務: 確定した株主名簿に基づき、配当金額を計算し、各株主の指定口座への振込手続きを行います。
- 特別口座の管理: 証券会社の口座に預託されていない株券(いわゆるタンス株)を保有する株主のために、「特別口座」を管理します。
これらの業務は、いずれも高度な専門性と、ミスが許されない正確性、そして堅牢なセキュリティ体制が求められます。
選定・契約のタイミングと実務
■ 主な株主名簿管理人
日本では、主に以下のメガバンク系信託銀行と専門の代行会社がこの業務を担っています。
- 三菱UFJ信託銀行
- みずほ信託銀行
- 三井住友信託銀行
- 日本証券代行
■ 選定のタイミング
申請期(N-1期)の期首、遅くとも株主総会の3ヶ月前までには契約を完了させることが理想です。 なぜなら、N-1期の株主総会の運営からサポートに入ってもらい、上場本番に向けた「リハーサル」を行うことが、実務上非常に有益だからです。
■ 選定・契約後の流れ
- 候補先の選定・内定: 主幹事証券会社と相談の上、候補先を選定し、提案と見積りを受け、1社を内定します。既存の取引銀行との関係性も考慮されることが一般的です。
- 取締役会での決議: 株主名簿管理人を設置することを、取締役会で正式に決議します。
- 定款の変更: 「株主名簿管理人を設置する」旨を、定款に記載する必要があります。これは、株主総会の特別決議事項です。
- 契約締結: 正式に業務委託契約を締結します。
- 株主名簿の移管: ここが実務上の大きな山場です。会社がそれまで管理してきた株主データ(氏名、住所、持株数、取得履歴など)を、株主名簿管理人に引き渡します。この時、データの正確性や、過去の株式移動の経緯(契約書など)について、詳細な確認が行われます。
【補足】 この「株主名簿の移管」は、想像以上に時間を要する場合があります。特に、過去の株式譲渡の記録が曖昧だったり、株主情報が最新でなかったりすると、その整理・確定に多大な労力がかかります。来るべき日に備え、日頃から株主名簿と関連資料を正確に管理しておくことが、何よりの準備となります。
最後に
株主名簿管理人は、IPO準備における「縁の下の力持ち」です。その存在は、主幹事証券会社や監査法人ほど目立つものではありませんが、上場企業としての信頼性とコンプライアンスを根底から支える、極めて重要なパートナーです。
本記事を参考に、適切なタイミングで、円滑に選定・契約プロセスを進めてください。盤石な株主事務のインフラを整えることは、未来の株主に対する、会社の誠実さを示す第一歩となるのです。