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株式上場(IPO)の実務(28)IPO、最後の審判。「証券取引所審査」を乗り越えるために、経営者が理解すべき“3つの視点”

皆様、こんにちは。公認会計士のSatoです。

厳しい主幹事証券審査を乗り越え、いよいよ証券取引所への上場申請へ。しかし、本当の「最後の審判」はここから始まります。それが、証券取引所の担当部署による上場審査です。

主幹事証券会社が「事業の成功可能性」という、ある意味で“攻め”の視点を重視するのに対し、証券取引所は「市場の信頼性維持と投資家保護」という、より公的で“守り”の視点から会社を評価します。彼らは、資本市場全体の健全性を守る、最後の砦なのです。

今回は、この最終関門である証券取引所審査で、審査官がどのような視点を持っているのか、そして経営者はどう準備し、それに臨むべきかを解説します。

審査の根拠となる「上場規程」

取引所審査は、担当審査官の個人的な考えで行われるわけではありません。彼らが自主的に定めるルールブック、すなわち「有価証券上場規程」に基づいて、客観的かつ厳格に行われます。

この規程には、上場企業として遵守すべき形式基準(株主数や時価総額など)と、より本質的な**「実質基準」**が定められています。特に審査で重視されるのが、この実質基準です。

例えば、東京証券取引所のグロース市場の上場規程では、実質基準として、

  • 企業の継続性及び収益性
  • 企業経営の健全性
  • コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性
  • 企業内容等の開示の適正性 などが定められています(東京証券取引所 有価証券上場規程第214条など)。

審査官が投げかける全ての質問は、これら規程の条文に照らし、貴社が上場企業としてふさわしい資質を持っているかを、あらゆる角度から判断するために行われるのです。

取引所審査官が持つ「3つの視点」

では、審査官は具体的にどのような視点で会社を評価するのでしょうか。公認会計士として審査の場に同席する中で、特に重要だと感じるのは以下の3つの視点です。

視点1:事業の「継続性」〜この会社は、永続できるか?〜 取引所にとって最大の悪夢は、上場後すぐに経営破綻するような企業を生み出してしまうことです。それは、市場全体の信頼を著しく損なうからです。そのため、彼らは短期的な利益成長以上に、事業の持続可能性(サステナビリティ)を重視します。

  • 典型的な質問:
    • 「貴社の事業は、特定の取引先や、特定の技術、特定のキーパーソンに過度に依存していませんか?もし、その依存先を失った場合、事業は立ち行かなくなりますか?」
    • 「5年後、10年後、貴社の事業を取り巻く外部環境(市場や競合)はどう変化すると予測しますか?その変化に対して、どう適応し、生き残っていきますか?」

ここでは、事業の強みだけでなく、弱みやリスクを経営者自らが客観的に認識し、それに対する備えを語れるかが試されます。

視点2:ガバナンスの「実効性」〜経営は、適切に規律付けられているか?〜 これは、近年の上場審査において、最も重要なテーマと言っても過言ではありません。特に、社外取締役や社外監査役といった、独立した第三者の目が、経営に対して本当に機能しているかが厳しく問われます。

  • 典型的な質問:
    • 「先日決議されたM&Aについて、取締役会では、社外取締役からどのような懸念や反対意見が出されましたか?それに対し、経営陣はどのように説明し、議論を尽くしたのですか?」
    • 「なぜ、その方を社外取締役に選任したのでしょうか。その方の独立性は、どのように担保されていると説明できますか?」

単に「社外取締役がいます」という事実だけでは不十分です。彼らが経営に対して、遠慮なく、厳しい意見を述べ、経営陣がそれに真摯に耳を傾けるという、健全な緊張関係が実際に機能していることを、具体的な議事録の内容などに基づいて証明する必要があります。

視点3:ディスクロージャーの「真実性」と「公平性」〜投資家に対して、誠実か?〜 取引所は、公正で透明性の高い市場を維持する責務を負っています。そのため、企業が投資家に対して行う情報開示(ディスクロージャー)の姿勢を厳しくチェックします。

  • 典型的な質問:
    • 「申請書類のリスク情報に記載されている事項以外に、投資家が知っておくべき、貴社の潜在的な問題はありませんか?」
    • 「業績が予想から大きく変動した場合、速やかに情報を開示するための社内体制(適時開示体制)は、具体的にどのようなフローになっていますか?担当部署と責任者は誰ですか?」

良い情報だけでなく、悪い情報も、全ての投資家に対して、公平かつタイムリーに開示するという、上場企業としての基本的な責務を、組織として果たせるかが問われます。

最終関門「社長ヒアリング」への準備

審査の最終段階では、社長自らが審査官の質問に答える「社長ヒアリング」が行われます。この場で経営者が示すべきは、以下の3つの覚悟です。

  1. 自社のストーリーと数字を「自分のもの」にする: 事業計画、財務数値、リスク、ガバナンス。その全てを、他人に頼ることなく、経営者自身の言葉で、淀みなく説明できること。
  2. 「公器」の経営者としての当事者意識を示す: もはや自分の会社ではなく、社会の公器として、株主全体の利益のために経営を行うという、強い自覚と責任感を表明すること。
  3. 誠実かつ率直であること: 審査官は、何百社もの企業を見てきたプロです。取り繕った言葉や、その場しのぎの回答はすぐに見抜かれます。弱みや課題についても、それをどう克服していくかの計画とセットで、誠実かつ率直に語る姿勢が、何よりも信頼を勝ち取ります。

最後に

主幹事証券審査が「事業計画の蓋然性」を問う“攻め”の審査だとすれば、取引所審査は「企業の継続性と信頼性」を問う“守り”の最終確認です。この両方をクリアして初めて、企業は公開企業としての翼を広げることができます。

この最後の審判は、会社の全てが問われる厳しい場ですが、同時に、自社の経営を客観的に見つめ直し、社会的な存在へと脱皮するための、またとない機会でもあります。公認会計士として、皆様が万全の準備でこの審査に臨み、見事、承認を勝ち取られることを心から応援しております。

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