3.監査

KAM(監査上の主要な検討事項)から読み解く企業リスク、監査報告書に記載されるKAMが何を示しているのか?

年に一度、株主総会の招集通知と共に送られてくる監査報告書。多くの経営者や実務担当者の皆様は、「無限定適正意見」という結論だけを確認し、残りのページは読み飛ばしてしまってはいないでしょうか。

しかし、その中には、自社の経営リスクを客観的に映し出す、極めて重要な情報が隠されています。それが「KAM(Key Audit Matters:監査上の主要な検討事項)」です。

これは、単なる専門的な記述ではありません。監査人が一年間の監査を通じて、貴社のビジネスとリスクを深く理解した上で送る、「ここが、財務報告における貴社の最重要リスク領域です」という、プロフェッショナルからのメッセージなのです。

今回は、このKAMが何を示しているのか、そして経営者や実務担当者は、それにどう向き合うべきかを解説します。

KAMの基本:そもそも「監査上の主要な検討事項」とは何か?

KAMとは、我々監査人が、その期の財務諸表監査において、「特に重要である」と判断した事項のことです。平たく言えば、「監査の過程で、我々が最も時間と労力を費やし、最も深く検討した論点」のトップリスト、とご理解ください。

ここで、極めて重要な点を明確にしておきます。

  • KAMは、監査意見が不適正であることを示す「意見の限定(不適正意見など)」ではありません。KAMは、あくまで「無限定適正意見」の枠内で報告されます。
  • KAMは、監査対象の事項に対する独立した意見を表明するものではありません
  • KAMは、会社のすべてのリスクを網羅したリストではありません

このKAMの報告は、監査基準委員会報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」に基づき、2021年3月期以降の監査報告書から適用が開始された、比較的新しい制度です。その目的は、監査の透明性を高め、監査報告書からより多くの有用な情報を引き出せるようにすることにあります。

KAMは、どのように選ばれるのか?

では、我々監査人は、何を基準にKAMを選定しているのでしょうか。それは、以下のようなプロセスを経ています。

  1. 監査役等と協議した事項の洗い出し: まず、監査の過程で監査役や監査役会と協議した、全ての重要な事項が候補となります。
  2. 特に注意を払った事項の識別: その中から、監査基準委員会報告書701が例示するような、特に監査人の注意を引いた事項を識別します。
    • 重要な虚偽表示リスクが高いと評価した領域(例:複雑な収益認識)
    • 会計上の見積りなど、経営者の重要な判断を伴う領域(例:のれんの減損テスト、引当金)
    • その期に発生した重要な取引や出来事(例:大規模なM&A、事業再編)
  3. 最も重要性が高い事項の決定: 最後に、②で識別した事項の中から、当年度の監査において「最も重要であった」と判断した事項を、職業的専門家としての判断に基づき、最終的にKAMとして選定します。

このプロセスを経て選ばれたKAMは、まさにその年度の監査の「核心部分」と言えるのです。

KAMが経営者に教えてくれること

経営者や実務担当者にとって、自社の監査報告書に記載されたKAMは、貴重な情報源です。

  • 自社の財務報告における「最重要リスク領域」がわかる 例えば、「のれんの減損」がKAMに選定された場合、それは貴社にとって、過去のM&Aの成否が、依然として財政状態に大きな影響を与える最重要リスクの一つであることを示唆しています。KAMは、いわば監査のプロが作成した、貴社の「財務報告リスクマップ」なのです。
  • 経営者による「主観的判断」が大きく介在する領域がわかる KAMに選定される事項の多くは、将来予測を伴う「会計上の見積り」に関連します。これは、その領域が「唯一絶対の正解」がない、経営者の主観的な判断に大きく依存していることを意味します。KAMは、そうした経営判断の妥当性が、監査上の主要な論点であったことを示しています。
  • 監査法人との対話の質を高める機会となる KAMは、監査法人とのコミュニケーションを深める絶好の機会です。「なぜ、この論点がKAMに選定されたのか」「監査法人が最も懸念した点はどこか」「来期に向けて、この領域の内部統制をどう強化すべきか」といった対話を通じて、自社の課題をより深く理解することができます。

経営者・実務担当者は、KAMにどう向き合うべきか

KAMを単なる「報告事項」で終わらせず、経営に活かすために、以下の行動をお勧めします。

  1. 自社のKAMを熟読し、理解する まずは、なぜそれが選定され、監査人がどのような手続を実施したのかを、自社の言葉で説明できるまで深く理解してください。
  2. 取締役会で議論する 監査報告書を受領した後、取締役会(特に社外取締役を交えて)で、KAMの内容とその背景について議論する場を設けるべきです。これにより、経営陣全体のリスク認識を高めることができます。
  3. 株主・投資家への説明を準備する 株主総会や決算説明会の場で、株主やアナリストからKAMについて質問される可能性があります。そのリスクの内容と、会社としてどのように管理しているのかを、分かりやすく説明できるように準備しておくことが、市場との信頼関係構築に繋がります。
  4. 将来的なリスク低減に繋げる KAMで指摘された領域の内部統制や業務プロセスを強化・改善することで、将来的には、その事項がKAMとして選定されなくなる可能性もあります。KAMを、自社の経営を改善するための「課題リスト」として前向きに活用する姿勢が重要です。

最後に

監査報告書のKAMは、単なる監査手続の報告ではありません。それは、監査人が貴社のビジネスとリスクを深く理解した上で送る、「ここが貴社の経営上、最も重要な論点です」という、プロフェッショナルからのメッセージです。

このメッセージを真摯に受け止め、自社のリスク管理体制を見つめ直し、経営の改善に繋げていくことこそ、KAM制度の本来の趣旨であり、企業価値向上への確かな道筋です。ぜひ、自社の監査報告書を、新たな視点で見直してみてください。

-3.監査