1.会計・税務

スタートアップ経営者必見!資金調達ラウンドを乗り切るための税務・会計ガイド

なぜ、創業初日から「数字のプロ」が必要なのか?

スタートアップの経営者は、革新的なプロダクト開発や市場開拓に情熱を注ぎます。その中で、経理や税務といったバックオフィス業務は、後回しにされがちな「守り」の領域と見なされることが少なくありません。しかし、成功を収めるスタートアップは、創業初日から会計や税務を単なる義務ではなく、事業成長を加速させる「攻め」の武器として捉えています。

税理士や公認会計士といった専門家の役割は、記帳代行や税務申告だけにとどまりません 。彼らの真価は、客観的な数字に基づいた経営判断のサポートにあります。例えば、資金調達の場面では、専門家が作成を支援した説得力のある事業計画書が、希望額の融資実現に繋がったという事例も存在します 。このように、専門家は外部CFO(最高財務責任者)のような役割を担い、事業計画の策定から金融機関との交渉まで、経営者の重要なパートナーとなり得るのです 。  

この関係性を理解する上で重要な視点があります。それは、会計機能を「コストセンター」ではなく「戦略的資産」として捉え直すことです。創業者はプロダクトと市場に集中すべきであり、煩雑な会計業務に時間を奪われることは、最も貴重な経営資源の浪費に他なりません 。専門家に会計業務を委ねることで、経営者は本来注力すべき業務に集中できます。  

さらに、投資家や金融機関は、融資や出資の判断を行う際に必ず財務状況を精査します 。整理された会計帳簿やリアルタイムで把握できる経営数値は、経営の透明性と規律を示す何よりの証拠となります 。つまり、創業初期から専門家と連携し、クリーンな財務体制を構築することは、単なるコストではなく、将来の「資金調達力」への直接的な投資なのです。それは、企業の信用を築き、成長の機会を逃さないための、極めて戦略的な一手と言えるでしょう。  

【シード/アーリー期】事業の土台を固める、守りと攻めの財務戦略

事業の黎明期であるシード/アーリーステージでは、限られたリソースを最大限に活用し、強固な事業基盤を築くことが最優先課題です。この時期の財務戦略は、事業の生存と将来の飛躍を左右します。

最初の資金調達:融資・補助金・助成金を賢く使い分ける

自己資金だけでは事業の立ち上げや初期成長の運転資金が不足する場合、外部からの資金調達が必要になります。株式を渡さない「デット・ファイナンス」や返済不要の資金獲得は、この段階で非常に有効な選択肢です。

日本政策金融公庫の創業融資 スタートアップにとって最も身近な金融機関が日本政策金融公庫です。特に注目すべきは「新規開業資金」という制度です 。2024年3月に、これまで多くの起業家が利用してきた「新創業融資制度」がこの「新規開業資金」に一本化され、より利用しやすくなりました。大きな変更点として、従来求められていた自己資金要件が撤廃され、無担保・無保証人での融資上限額が7,200万円に引き上げられた点が挙げられます 。これにより、優れたアイデアと事業計画があれば、自己資金が少なくても大きな挑戦が可能になりました。  

2025年度に活用できる補助金・助成金 国や地方自治体は、スタートアップを支援するための多様な補助金・助成金制度を用意しています。これらは原則返済不要の貴重な資金源です。一般的に、新しい価値創造を目指す事業には「補助金」、雇用の創出や職場環境の整備には「助成金」が適しています 。  

2025年度に注目すべき制度には、事業再構築補助金の後継と位置づけられる「中小企業新事業進出補助金」や、小規模事業者の販路開拓を支援する「小規模事業者持続化補助金<創業型>」などがあります 。また、福岡市や熊本県のように、自治体が独自に家賃補助や開発支援を行う例も増えています 。非正規雇用労働者の正社員化などを支援する「キャリアアップ助成金」のように、人材確保と組織づくりに役立つ制度も重要です 。  

これらの申請プロセスには、見過ごされがちな戦略的利点が存在します。日本政策金融公庫の融資申請であれ、大型の補助金申請であれ、その核となるのは論理的で説得力のある「事業計画書」です 。市場分析、競合との差別化、収益計画、資金使途などを詳細に記したこの書類を作成するには、相当な労力がかかります。しかし、一度この質の高い事業計画書を完成させれば、それは他の資金調達申請にも応用可能な強力な資産となります。例えば、公庫向けに作成した計画書の基本構造はそのままに、補助金の目的に合わせてDX(デジタル・トランスフォーメーション)の側面を強調したり、地域経済への貢献を追記したりするだけで、複数の申請に活用できるのです 。最初の大きな努力が、次の申請のハードルを劇的に下げ、資金調達の成功確率を連鎖的に高めていく。これこそが、リソースの限られた創業期における「ドキュメンテーション・フライホイール(好循環)」戦略です。  

創業期の王道!絶対に押さえるべき節税テクニック

創業期において、キャッシュフローは企業の生命線です。賢い節税は、手元資金を最大化し、事業の持続可能性を高めるために不可欠です。

資本金1,000万円の壁 会社設立時に最も重要な税務上の意思決定の一つが、資本金の額です。資本金を1,000万円未満に設定することで、原則として設立から最大2事業年度、消費税の納税義務が免除されます 。これは、設立1期目と2期目には納税義務判定の基礎となる「基準期間」(前々事業年度)が存在しないためです。この規定は消費税法第9条(納税義務の免除)および第12条の2(新設法人の納税義務の免除の特例)に基づいています 。売上にかかる消費税を納税せずに済むため、直接的なキャッシュフローの改善に繋がります。  

その他に押さえるべき節税策 他にも、創業期から活用できる有効な節税策は数多く存在します。

  • 役員報酬の最適化: 役員報酬は、毎月一定額を支給する「定期同額給与」とすることで、会社の経費(損金)として計上できます。また、将来的に役員退職金を活用することも、個人の所得税と法人税の両面でメリットがあります 。  
  • 出張旅費規程の整備: 出張旅費規程を整備し、実費精算ではなく規定に基づく日当を支給することで、会社は経費を計上でき、受け取った役員や従業員は所得税が非課税となります 。  
  • 社宅制度の活用: 経営者の自宅を会社名義で借り上げ、社宅として家賃の一部を個人が負担する「役員社宅制度」を導入すれば、会社が支払う家賃の大部分を経費にできます 。  
  • 小規模企業共済への加入: 経営者の退職金準備として、掛金が全額所得控除の対象となる小規模企業共済に加入することも有効な節税策です 。  

ただし、節税を考える際には注意すべきことがあります。節税策の中には、経費を増やして利益を圧縮する方法が紹介されることがあります。しかし、例えば税金300万円を節約するために900万円の経費を使うと、手元に残る現金は700万円から70万円に激減してしまいます 。スタートアップにとって、税額以上に重要なのは手元の現金、つまり「キャッシュ・ランウェイ(資金が尽きるまでの期間)」です。したがって、節税策を評価する際には、「それは新たな現金の支出を伴うものか?」という視点が不可欠です。社宅制度のように、どうせ個人で支払うはずだった家賃を会社の経費に付け替えるような質の高い節税策は、現金を減らさずに税負担を軽減します。無駄な経費を使って節税するのではなく、手元資金をいかに最大化するか、という観点から戦略を立てることが肝要です。  

将来の成長を見据えた経理体制の構築法

事業の成長とともに取引は複雑化し、経理業務の重要性は増していきます。創業期に構築した経理体制が、将来の拡張性を左右します。

クラウド会計ソフトの導入 現代のスタートアップにとって、クラウド会計ソフトの導入はもはや選択肢ではなく必須と言えます。銀行口座やクレジットカードと連携して取引データを自動で取り込み、記帳作業を大幅に効率化します 。これにより、経営者はリアルタイムで財務状況を把握し、迅速な意思決定が可能になります 。日本国内では、「マネーフォワード クラウド会計」「freee会計」「弥生会計 オンライン」が主要な選択肢であり、それぞれ操作性や他システムとの連携、サポート体制に特徴があるため、自社の状況に合わせて選ぶことが重要です 。  

経理業務の基礎固め ツールの導入と並行して、基本的な業務フローを確立することが不可欠です。

  • 定期的な記帳: 取引が発生したら、溜め込まずに定期的に記帳(仕訳)する習慣をつけましょう。期末にまとめて処理しようとすると、内容の確認に時間がかかり、ミスも発生しやすくなります 。  
  • 経費精算ルールの明確化: 誰が、何を、どのように申請し、承認されるのか、という経費精算のルールを早期に定め、現金管理を徹底することが重要です 。  
  • 月次決算の実施: 毎月、簡易的にでも損益を確定させる「月次決算」のプロセスを導入しましょう。これにより、事業の進捗を正確に把握し、資金繰りの悪化などを早期に察知できます 。創業初期は、これらの業務を外部の専門家に委託(アウトソーシング)するのも非常に有効な戦略です 。  

実は、この創業期の経理体制構築は、将来のシリーズAラウンドの資金調達を成功させるための布石となります。シリーズAでは、投資家による厳格なデューデリジェンス(事業精査)が行われ、過去の財務記録が徹底的に調べられます 。このとき、エクセル管理やどんぶり勘定で経営してきた会社は、資料の整理と説明に膨大な時間とコストを費やすことになり、最悪の場合、信頼を失いディールが破談になることさえあります。一方で、創業初日からクラウド会計ソフトを導入し、クリーンな会計記録を積み重ねてきた会社は、投資家に対して透明性と規律、そしてプロフェッショナリズムを示すことができます。これは投資家にとってのリスクを低減させ、彼らが事業そのものの評価に集中できる環境を提供します。つまり、早期の経理体制構築は、単なる管理業務の効率化ではなく、未来の資金調達を円滑に進めるための戦略的な「先行投資」なのです。  

【シリーズA以降】事業拡大期に直面する高度な税務・会計課題

プロダクトが市場に受け入れられ(PMF達成)、事業が本格的な拡大フェーズに入るシリーズA以降、税務・会計の課題はより高度で複雑なものへと変化します。

VCからの資金調達:投資契約書に潜む税務リスク

ベンチャーキャピタル(VC)からの出資は、事業成長を大きく加速させますが、その際に締結する投資契約書には、将来の税務に大きな影響を及ぼす条項が含まれています。

「みなし清算条項」の理解 特に注意が必要なのが「みなし清算条項(Deemed Liquidation)」です 。これは、会社がM&A(合併・買収)される際に、会社が「清算された」とみなし、その売却代金を分配するルールを定めたものです。多くの場合、VCなどの優先株主が、まず自身の投資額を(時にはその数倍を)優先的に回収し、その残りを他の株主(創業者など)で分配するという内容になっています 。これにより、会社の売却額によっては、持株比率が高いはずの創業者の手取りが、VCよりも少なくなるという事態も起こり得ます 。  

この条項は、単なる資金分配のルールにとどまりません。創業者とVCの間でM&A対価を再分配するこの仕組みが、税務上どのように解釈されるかというリスクを内包しています 。創業者は通常、株式売却益に対して約20%の譲渡所得課税を想定しますが、みなし清算条項による分配が、税務当局によって異なる性質の所得(例えば、より税率の高い「みなし配当」など)と見なされる可能性もゼロではありません 。  

この事実は、投資契約書が法務・商務上の文書であると同時に、極めて重要な「税務文書」であることを示唆しています。契約交渉の段階で弁護士が法的な妥当性を確認するのは当然ですが、それだけでは不十分です。将来の税務リスクを回避するためには、契約書にサインする前に、必ず税務の専門家にもレビューを依頼し、その潜在的な影響を完全に理解しておく必要があります。税務上の検討を怠ることは、数年後のイグジット時に予期せぬ多額の納税という形で、手痛いしっぺ返しを食らうことに繋がりかねません。

優秀な人材を惹きつけるストックオプションの税務

事業拡大には優秀な人材の獲得が不可欠であり、ストックオプションはそのための強力な武器となります。しかし、その設計を誤ると、従業員にとって魅力が薄れたり、会社にとって意図しない結果を招いたりします。

税制適格ストックオプション vs. 税制非適格ストックオプション ストックオプションには、税制上の優遇措置が受けられる「税制適格」と、そうでない「税制非適格」の2種類があります 。  

  • 税制適格ストックオプション: 従業員にとって税務メリットが非常に大きい制度です。権利を行使して株式を取得した時点では課税されず、その株式を売却して利益が確定した時点で初めて、約20%の譲渡所得として課税されます 。  
  • 税制非適格ストックオプション: 設計の自由度が高い(社外の協力者などにも付与可能)一方で、税負担が重くなります。権利行使時の株価と行使価額の差額が給与所得と見なされ、最大で約55%の税率で課税されます 。  

税制適格と認められるためには、租税特別措置法第29条の2に定められた厳格な要件(無償発行、行使価額が付与時の時価以上、付与対象者が社内の役員・従業員に限られる、権利行使期間が原則付与後2年~10年、年間の権利行使価額の上限など)をすべて満たす必要があります 。  

近年、スタートアップを後押しするため、この要件は緩和傾向にあります。令和5年度・6年度の税制改正により、設立5年未満の非上場企業では権利行使期間が最長15年に延長されたほか、年間の権利行使価額の上限も、企業のステージに応じて最大3,600万円まで引き上げられました 。これらの改正を正しく理解し、魅力的なインセンティブプランを設計することが、人材獲得競争を勝ち抜く鍵となります。  

比較項目税制適格ストックオプション税制非適格ストックオプション
主な特徴従業員の税負担が軽い設計の自由度が高い
付与対象者原則、自社及び子会社の取締役・執行役・使用人  制限なし(社外協力者、業務委託先なども可能)  
課税タイミング1. 権利行使時:非課税 2. 株式売却時:課税  1. 権利行使時:課税 2. 株式売却時:課税  
税の種類・税率株式売却益に対して譲渡所得として課税(約20%)  1. 権利行使益に給与所得として課税(最大約55%) 2. 株式売却益に譲渡所得として課税(約20%)  
主な法的要件租税特別措置法に定める厳格な要件(行使価額、行使期間、限度額など)を満たす必要あり  特段の法的要件はなし

投資家への説明責任とIPO準備の第一歩

外部から資金を受け入れることは、株主、すなわち投資家に対する説明責任を負うことを意味します。この段階から、将来のIPO(株式公開)を見据えた社内体制の整備が始まります。

  • 内部統制の整備: 従業員が増え、組織が拡大するにつれて、口頭での指示や属人的な業務プロセスは限界を迎えます。稟議規程や職務分掌といった正式なルールを定め、業務の透明性と正当性を担保する「内部統制」の構築が不可欠です。これは、不正や誤謬を防止するだけでなく、上場審査で求められる必須項目でもあります 。  
  • 月次決算の早期化: 投資家は、事業の進捗をタイムリーに把握することを求めます。月次決算の締め日を短縮し、迅速に経営数値を報告できる体制は、経営のスピードと規律を示す上で極めて重要です。また、金融機関からの追加融資を受ける際にも、迅速な情報開示は信頼に繋がります 。  
  • IPOロードマップの策定: シリーズAは、本格的なIPO準備のキックオフと位置づけられます。投資家向けに精緻な事業計画や財務予測を作成し、ガバナンスを強化し、持続的な成長の軌跡を示していくことが、市場からの信頼を獲得する第一歩となります 。  

失敗しない「資金調達に強い税理士」の選び方

これまでの解説で明らかなように、スタートアップの成長ステージに応じて、税理士に求められる役割は大きく変化します。特に資金調達においては、単なる税務の専門家ではなく、事業の成長を共に牽引してくれる戦略的パートナーが必要です。では、どのようにして「資金調達に強い税理士」を見極めればよいのでしょうか。

重要なのは、税理士が持つ経験、知識、そしてネットワークです。過去の支援実績を具体的な数値で示せるか、最新の融資制度や補助金制度に精通しているか、といった点は基本的な確認事項です 。特に、国が専門性を認定する「経営革新等支援機関」であるかどうかは、一つの客観的な指標となります 。  

また、金融機関とのネットワークも重要な要素です。実績のある税理士は、銀行や信用金庫、日本政策金融公庫の担当者と良好な関係を築いており、効果的な紹介や交渉の仲介が期待できます 。さらに、自社の業界に対する深い知見を持っているかどうかも見逃せません。業界特有のビジネスモデルや資金繰りの特性を理解しているパートナーであれば、より的確なアドバイスが得られるでしょう 。  

最終的に最も大切なのは、税務申告という技術的な業務を超えて、事業計画のブラッシュアップや資金繰り改善といった経営全体を見据えた戦略的な助言ができるかどうかです 。料金体系が明瞭であることも、信頼関係を築く上での基本となります 。  

以下のチェックリストを活用し、複数の候補者と面談することで、自社にとって最適なパートナーを見つけることができるでしょう。

チェック項目確認するべき質問の例
1. 資金調達の支援実績「創業融資の支援実績(件数・成功率)を具体的に教えていただけますか?」  
2. 専門知識と認定「経営革新等支援機関の認定を受けていらっしゃいますか?」  
3. 金融機関との連携「提携している金融機関や、ご紹介が可能な担当者はいらっしゃいますか?」  
4. 業界への理解度「私達と同じような業種のスタートアップを支援されたご経験はありますか?」  
5. 戦略的アドバイス能力「弊社の事業計画をご覧になって、どのような改善点が考えられますか?」  
6. 料金体系の透明性「料金体系について、追加費用が発生する可能性も含めて詳しくご説明いただけますか?」  

成長し続けるための財務基盤とは

本稿では、スタートアップが資金調達の各ラウンドで直面する税務・会計上の課題と、その乗り越え方について解説してきました。シード/アーリー期には、資本金設定やクラウド会計導入といった事業の礎を築き、融資や補助金を活用して初期の成長資金を確保します。そしてシリーズA以降は、VCとの複雑な契約交渉、優秀な人材を惹きつけるストックオプション設計、投資家への説明責任を果たすための内部統制構築といった、より高度な課題に対応していくことになります。

この長い旅路を通じて一貫して言えることは、税務や会計を単なる事後処理の作業と捉えるのではなく、常に先を見据えた「戦略的機能」として経営に組み込むことの重要性です。創業初期に築いたクリーンで拡張性のある財務基盤は、その後のあらゆる資金調達を円滑にし、迅速な経営判断を可能にし、最終的にはIPOという大きな目標達成の土台となります。

最適な専門家を早期にパートナーとして迎え入れ、数字に基づいた規律ある経営を実践すること。それこそが、不確実性の高いスタートアップの世界で持続的に成長し、大きなビジョンを実現するための、最も確かな羅針盤となるのです。

-1.会計・税務