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取締役会運営マニュアル:議事録の書き方から会社法、IPO準備まで徹底解説

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • 取締役会の事務局・担当者の方
  • IPOを目指す企業の経営者・役員
  • 法務・管理部門で実務に悩む方
  • コーポレートガバナンスを学びたい方
  • 議事録の法的要件を知りたい方

目次

はじめに:なぜ今、取締役会の運営が重要なのか?

企業の成長ステージが進むにつれ、多くの経営者や実務担当者が「取締役会」の運営という課題に直面します。単なる法律上の手続きと捉えられがちな取締役会ですが、その実態は企業の将来を左右する極めて重要な「戦略的資産」です。適切に運営された取締役会は、迅速かつ的確な意思決定を促し、経営の健全性を担保する「成長エンジン」となり得ます 。  

この重要性の根底にあるのが、「コーポレートガバナンス(企業統治)」という考え方です。これは、株主はもちろん、顧客、従業員、地域社会といったすべての利害関係者(ステークホルダー)の利益を最大化するために、公正かつ透明性の高い経営を実現するための仕組みを指します 。そして、その仕組みの中核を担うのが、まさしく取締役会なのです 。  

企業の不祥事を防ぎ、持続的な成長を遂げるためには、経営陣の独断を防ぎ、多角的な視点から業務執行を監督する体制が不可欠です。取締役会は、そのための最高意思決定機関であり、監督機関として機能します。実は、取締役会の議事録の質や議論の深さは、その企業の経営の健全性や将来性を測る先行指標とも言えます。IPO(新規株式公開)の審査やM&Aのデューデリジェンス(企業調査)において、取締役会の議事録が徹底的に精査されるのはこのためです 。形骸化した会議は、経営戦略やリスク管理におけるより深刻な問題の兆候と見なされるのです。  

本稿では、会社法が定める基本的なルールから、実務担当者が明日から使える具体的な運営マニュアル、さらにはIPO準備を見据えた高度なガバナンス体制の構築まで、取締役会に関するあらゆる知識を網羅的に解説します。

第1部:まずは基本から:会社法が定める取締役会の設置義務と役割

取締役会の運営は、会社法という法律のルールに則って行われます。まずは、法律が定める最低限の決まり事を、その背景にある「なぜ、そのようなルールがあるのか」という趣旨と共に理解することが、実践的な運営への第一歩です。

1-1. 取締役会の設置が義務付けられる会社とは? (会社法第327条)

会社法第327条では、以下の種類の会社に取締役会の設置を義務付けています 。  

  • 公開会社
  • 監査役会設置会社
  • 監査等委員会設置会社
  • 指名委員会等設置会社

ここでいう「公開会社」とは、株式を証券取引所に上場している「上場会社」という意味だけではありません。定款で株式の譲渡に会社の承認を必要としない旨を定めている会社、つまり株式の譲渡が自由な会社を指します 。このような会社は、株主が不特定多数に広がる可能性があるため、経営の透明性を高め、株主保護を強化する目的で、取締役会による合議制の意思決定と相互監視が求められるのです。  

1-2. 何を決める場所?取締役会の主な決議事項 (会社法第362条4項)

会社法第362条4項は、取締役会で必ず決議しなければならない「決議事項」を定めています。これらは会社の経営の根幹に関わる重要な判断であり、代表取締役一人の判断に委ねることはできません。複数の取締役による多角的な視点と議論を経て決定することで、経営判断の妥当性を高める狙いがあります 。  

主な決議事項は以下の通りです。詳細は第3部で具体的に解説します。

  • 重要な財産の処分および譲受け
  • 多額の借財
  • 支配人その他の重要な使用人の選任および解任
  • 支店その他の重要な組織の設置、変更および廃止
  • 募集社債に関する重要事項
  • 内部統制システムの整備
  • 役員等の会社に対する責任の免除

1-3. 開催頻度のルールと報告義務 (会社法第363条2項)

会社法第363条2項は、代表取締役や業務執行取締役に対し、「3か月に1回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告しなければならない」と定めています。これにより、取締役会は最低でも3か月に1回、年に4回以上開催されることになります 。  

この「3か月に1回」というルールは、単なる形式的な期限ではありません。これは、取締役会が持つ最も重要な役割の一つである「取締役の職務執行に対する監督機能」を実質的に担保するための核心的な仕組みです 。定期的な報告を義務付けることで、経営陣の業務執行がブラックボックス化するのを防ぎ、他の取締役がその状況を監視し、必要に応じて是正を求める機会を確保しているのです 。  

1-4. 取締役会の招集通知

原則として、取締役会を開催するには、開催日の1週間前までに各取締役(および監査役)に対して招集通知を発する必要があります(会社法第368条)。

ただし、実務上はより柔軟な運用が可能です。定款でこの「1週間」という期間を短縮することができます。また、取締役および監査役の全員が同意すれば、招集手続き自体を省略することも認められています 。特に、役員間の連携が密な小規模な会社では、この省略が頻繁に活用されます。しかし、たとえ手続きを省略する場合でも、後々の記録保持や議論の準備のために、議題を記載した案内をメール等で送付しておくことが望ましい実務慣行と言えるでしょう 。  

1-5. 議事録の作成・保管義務と法的効力 (会社法第371条)

取締役会を開催した場合、その内容を記録した議事録を作成し、本店に10年間保存することが義務付けられています(会社法第371条)。  

この議事録は、単なる社内向けの会議メモではありません。株主代表訴訟などの訴訟における会社の意思決定プロセスの証拠、税務調査での取引の正当性の証明、そしてIPO審査におけるガバナンス体制の健全性の評価など、様々な場面で決定的な法的効力を持つ重要書類です 。議事録の不備は、会社の重要な意思決定の効力を揺るがしかねない重大なリスクとなるのです。  

会社法が定めるルールは、あくまで健全な企業統治を実現するための「最低限のフレームワーク」です。法律の条文をただ遵守するだけでは、IPO審査や厳しい投資家の目に耐えうる強固なガバナンス体制を構築することはできません。法律は「床」を定めるものですが、企業の価値を高めるためには、その上に「高層ビル」を建てるような、より高い水準の実務運用が求められるのです。

第2部:実務担当者のための取締役会運営マニュアル

法的な知識を土台に、ここでは取締役会を円滑かつ効果的に運営するための具体的な手順を、実務担当者の視点から解説します。優れた運営は、質の高い議論と迅速な意思決定を生み出します。

2-1. 開催準備の4ステップ:スケジュール調整から資料共有まで

取締役会の成否は、準備段階で8割が決まると言っても過言ではありません。

ステップ1:スケジュール調整 多忙な役員のスケジュール調整は、運営上の最初の難関です。場当たり的な調整を避け、事業年度の開始前に年間の取締役会の日程をあらかじめ決定しておくことが、最も効果的な解決策です 。これにより、役員は他の予定を調整しやすくなり、出席率の向上にも繋がります。  

ステップ2:アジェンダ(議題)の作成 効果的なアジェンダは、単なる議題の羅列ではありません。その会議の目的を明確にすることが重要です。例えば、「各事業部のKPI進捗管理」「新規事業投資の意思決定」「中期経営計画に関するブレインストーミング」など、会議のゴールを設定します 。CEOや各部門長と連携し、なぜ今この議題を議論する必要があるのか、という戦略的な視点からアジェンダを構築しましょう 。  

ステップ3:資料の作成と事前共有 取締役会を形骸化させないための最も重要なポイントが、質の高い事前資料の準備です。資料作成の鉄則は、「会議の場で初めて考える」状態をなくし、「事前に検討し、会議の場では議論・決定に集中する」環境を作ることです。

  • 分かりやすさの追求: 何十ページにもわたる詳細なデータ資料は、かえって論点を曖昧にします。要点を絞り、意思決定に必要な情報が明確に伝わるよう、サマリーや図表を活用しましょう 。  
  • 社外取締役への配慮: 社内の常勤役員と異なり、社外取締役は日常的な業務情報に精通していません。彼らが的確な監督機能や助言を行えるよう、議題の背景や社内事情について事前に簡単な説明(ブリーフィング)を行うことが極めて有効です 。  

ステップ4:招集通知の送付 準備の最終段階として、招集通知を送付します。オンライン開催が一般化した現代においては、物理的な開催場所だけでなく、Web会議のURLやIDなども明記する必要があります 。  

【招集通知の記載例(メール形式)】

件名:【ご通知】第〇回取締役会開催のお知らせ

取締役・監査役各位

拝啓

時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、下記のとおり取締役会を開催いたしますので、ご多忙中とは存じますが、万障お繰り合わせの上ご出席くださいますようお願い申し上げます。

敬具

記

1. 日時: 202X年〇月〇日(〇) 午後2時00分~午後4時00分
2. 場所:
   - 本社 役員会議室
   - Web会議システム「Teams」でもご参加いただけます。
     URL: https://xxxxxx
     ミーティングID: xxx xxx xxxx
     パスコード: xxxxxx
3. 目的事項:
   【報告事項】
   1. 202X年度 第2四半期 業績報告の件
   2. コンプライアンス委員会の活動状況報告の件

   【決議事項】
   第1号議案:〇〇事業における新規設備投資の件
   第2号議案:譲渡制限株式の譲渡承認に関する件

   ※各議案の詳細資料は、別途共有しておりますクラウドストレージをご確認ください。
   URL: https://xxxxxx

以上

-----------------------------
株式会社〇〇
取締役会事務局 担当:〇〇 〇〇
内線:1234
Email: xxx@xxx.co.jp
-----------------------------

2-2. 【テンプレート付】取締役会議事録の書き方:良い例と悪い例

議事録は、会社の意思決定を証明する法的な証拠書類です。会社法施行規則第101条では、議事録に記載すべき事項が定められており、要約すると「いつ、どこで、誰が集まり、何を議論し、どう決まったか」を明確に記録することが求められます 。  

取締役会の事務局は、単なる書記ではなく、会社のガバナンスの質を左右する戦略的な役割を担っています。事務局の準備の質が取締役会の議論の質を決定し、その記録の正確さが会社の法的リスクを管理するのです。この機能への投資は、企業統治全体を向上させるための、非常に効果的な一手と言えるでしょう。

【議事録の「悪い例」と「良い例」】

  • 悪い例(これでは不十分):第1号議案 〇〇年度予算の件 審議の結果、承認可決された。これでは、どのような議論があったのか、誰がどのような根拠で賛成したのかが全く分かりません。後日、この意思決定の妥当性が問われた際に、会社は適切な説明責任を果たすことができません。
  • 良い例(具体的で分かりやすい):第1号議案 〇〇年度予算の件議長より、B取締役に対し説明が求められた。B取締役は、配布資料3に基づき、〇〇年度予算案について説明を行った。売上高は前期比105%の〇〇円、営業利益は前期比110%の〇〇円を見込むこと、特にマーケティング費用を20%増額し、新製品〇〇の拡販に注力する方針である旨を述べた。これに対し、社外取締役であるF取締役より、マーケティング費用の具体的な使途と投資対効果の見込みについて質問があった。B取締役は、増額分のうち50%をデジタル広告に、30%をインフルエンサーマーケティングに投下し、半年で投資額の回収を見込んでいる旨を回答した。その後、議長が本議案の承認について議場に諮ったところ、出席取締役全員の一致をもって、原案どおり承認可決された。  

【決議事項別の議事録テンプレート】

1. 代表取締役選定の件

第1号議案 代表取締役選定の件

議長より、本日付で取締役の任期が満了し、先刻開催の定時株主総会において全取締役が再任されたことに伴い、会社法第362条および当社定款第〇条の規定に基づき、改めて代表取締役を選定する必要がある旨の説明があった。
議長がその選定方法を議場に諮ったところ、出席取締役の互選によることと決定した。
投票の結果、〇〇 〇〇氏が全会一致で選定された。被選定者はその場で就任を承諾した。

代表取締役
住所 東京都〇〇区〇〇一丁目〇番〇号
氏名 〇〇 〇〇

2. 譲渡制限株式の譲渡承認の件

第1号議案 譲渡制限株式の譲渡承認に関する件

議長より、当社の株主である〇〇 〇〇氏から、その所有する当社普通株式〇〇株を、〇〇 〇〇氏へ譲渡したい旨の承認請求が、書面をもってなされた旨の説明があった。
本件について審議した結果、出席取締役全員の一致をもって、本件譲渡を承認することに可決した。

第3部:具体的な議題例:決議事項と報告事項の判断基準

会社法で定められた決議事項には、「重要な」「多額の」といった抽象的な表現が多く見られます。ここでは、これらの言葉が実務上どのような意味を持つのか、判例などを交えながら具体的に解説します。

3-1. 「多額の借財」とは?金額の目安と判断ポイント

これらの言葉に明確な金額基準は法律上定められておらず、会社の規模や事業内容によって判断が異なります 。しかし、過去の裁判例が一定の目安を示しています。  

  • 重要な財産の処分・譲受け: 「重要」かどうかは、当該財産の価額、会社の総資産に占める割合、保有目的、取引の態様などを総合的に考慮して判断されます。過去の最高裁判所の判例(最判平成6年1月20日)では、会社の総資産の約1.6%に相当する資産の処分が「重要」と判断されました 。この判例以降、実務上は   総資産の1%を超えるような取引は、取締役会決議が必要な「重要」な取引に該当する可能性が高い、という一つの目安が形成されています 。  
  • 多額の借財: これも会社の規模との相対的な関係で判断されます。考慮される要素は、借入額そのものに加え、会社の総資産、経常利益、資本金などに対する割合です 。例えば、ある裁判例では、資本金100万円の会社が600万円の借入れを行うことは「多額の借財」に当たると判断されました 。  

【実務上のアドバイス】 これらの曖昧さを排除し、経営の予見可能性を高めるために、自社の「取締役会規程」において、「総資産の〇%以上の資産の処分」や「〇〇円以上の借入れ」は取締役会決議を必要とする、といった具体的な数値基準を定めておくことが強く推奨されます。このような社内ルールを策定するプロセス自体が、自社のリスク許容度を見極め、権限の所在を明確にするという、内部統制強化の重要な一歩となります。

3-2. 決議事項 vs. 報告事項

取締役会の議題は、大きく「決議事項」と「報告事項」に分かれます。この二つを明確に区別してアジェンダを組むことで、会議の進行がスムーズになります。

表1: 決議事項と報告事項の比較

項目決議事項報告事項
目的会社の意思を決定する業務執行の監督、情報共有
必要なアクション取締役による投票と可決が必要取締役への報告・説明(投票は不要)
具体例新規事業への投資承認、重要な契約の締結、代表取締役の選定代表取締役による3ヶ月ごとの業務執行状況報告、月次決算報告、内部監査結果の報告

3-3. 主な法定決議事項一覧

会社法第362条4項で定められた事項以外にも、会社法では多くの場面で取締役会の決議が必要とされています。実務で頻出するものを一覧にまとめました。議事録を作成する際の根拠条文の確認にもご活用ください。

表2: 主な法定決議事項一覧(会社法準拠)

決議事項根拠条文(会社法)
重要な財産の処分および譲受け362条4項1号
多額の借財362条4項2号
支配人その他の重要な使用人の選任・解任362条4項3号
支店その他の重要な組織の設置・変更・廃止362条4項4号
内部統制システムの整備に関する決定362条4項6号
競業取引・利益相反取引の承認365条1項、356条1項
譲渡制限株式の譲渡の承認139条1項
市場取引等による自己株式の取得165条3項
株式分割183条2項
公開会社における募集株式の募集事項の決定201条1項
計算書類および事業報告等の承認436条3項
中間配当の決定(定款に定めがある場合)454条5項

第4部:DX時代の取締役会:オンライン開催と議事録の電子化

デジタルトランスフォーメーション(DX)の波は、取締役会のあり方にも大きな変化をもたらしています。リモートワークの普及に伴い、オンラインでの開催や議事録の電子化が急速に広まりました。ここでは、その法的な有効性と実務上の注意点を解説します。

4-1. オンライン取締役会は法的に有効か?メリットと注意点

取締役会は、Web会議システムなどを利用してオンラインで開催することが法的に認められています。これにより、遠隔地の役員も参加しやすくなり、迅速な意思決定が可能になるというメリットがあります。

ただし、オンライン開催が法的に有効と認められるためには、以下の2つの要件を満たす必要があります。

  1. 即時性: 映像と音声がリアルタイムで伝わること。
  2. 双方向性: 全ての参加者が自由に発言し、議論に参加できること。

一般的なWeb会議システム(Zoom, Microsoft Teamsなど)は、これらの要件を満たしています 。  

【オンライン開催における実務上の課題と対策】

  • 通信障害への対応: 会議の途中で特定の取締役の通信が途絶えた場合、その取締役は通信が途絶えている間、会議に「欠席」しているものとして扱われます 。もし重要な決議の採決中に通信障害が発生すると、定足数を満たさなくなり、決議が無効になるリスクがあります。   ベストプラクティスは、通信障害が発生した場合は審議を一時中断し、接続が回復してから再開するというルールをあらかじめ定めておくことです。
  • セキュリティ対策: 取締役会では、未公開の決算情報や経営戦略など、極めて機密性の高い情報が扱われます。情報漏洩を防ぐため、参加者には公共のWi-Fiではなく安全なネットワーク環境を利用すること、イヤホンを使用し音声の漏洩を防ぐこと、そして第三者がいない私的な空間で参加することを徹底してもらう必要があります 。  
  • 本人確認: 参加者が本当に取締役本人であることを確認するため、会議の冒頭でカメラをオンにして顔を確認する、あるいは事前にIDとパスワードを発行するなどの対策が考えられます 。  
  • 開催場所の記載: 全員がリモートで参加する場合でも、議事録には物理的な「開催場所」を記載する必要があります。法務省の見解では、この場合、議長の所在地を記載することが一般的です 。  

4-2. 議事録の電子化とクラウド型電子署名の活用法

取締役会議事録は、紙で作成・保管する代わりに、PDFなどの電磁的記録として作成・保管することが認められています 。そして、紙の議事録への記名押印に代わるものとして「電子署名」が用いられます。  

【電子署名に関する重要な法改正】 従来、会社法が求める電子署名は、個々人が電子証明書を取得して行う「当事者型」に限られると解釈されており、導入のハードルが高いものでした。しかし、2020年5月の法務省見解により、クラウド型の電子契約サービスなどで利用される「立会人型」の電子署名も、一定の要件を満たせば有効であると明確化されました 。これは画期的な変更であり、多くの企業が手軽に議事録の電子化を進められるようになりました。  

【電子化のメリット】

  • コスト削減: 印刷代、郵送費、印紙代(契約書の場合)が不要になります。
  • 業務効率化: 書類の回覧にかかる時間が劇的に短縮され、意思決定のスピードが向上します。
  • セキュリティと管理の向上: アクセス権限の設定や変更履歴の記録により、改ざん防止や内部統制の強化に繋がります 。  

【登記申請時の注意点】 取締役の変更や本店移転など、法務局への登記申請に取締役会議事録を添付する場合、より厳格な電子署名の要件が課されることがあります。具体的には、代表取締役の商業登記電子証明書や、法務省が指定する特定の電子署名サービスを利用する必要があるため、登記手続きをオンラインで行う場合は事前に要件を確認することが重要です 。  

テクノロジーの導入は、単なる業務効率化に留まりません。オンライン開催のルールを整備したり、電子署名の運用フローを構築したりする過程は、自社のガバナンス体制を改めて見直し、より堅牢なものへと変革する絶好の機会となるのです。

第5部:成長戦略へ:IPO審査を勝ち抜く取締役会とは

これまで解説してきた取締役会の運営実務は、企業の持続的な成長、特にIPO(新規株式公開)という大きな目標を達成するための基盤となります。この最終部では、なぜ厳格な取締役会運営が企業価値向上に直結するのかを解説します。

5-1. IPO審査で見られる議事録の重要ポイント

IPOを目指す企業は、主幹事証券会社や証券取引所による厳格な審査を受けます。その過程で、過去数年分(通常は直前2期分)の取締役会議事録がすべて精査の対象となります 。  

審査担当者は、単に議事録が存在し、署名・押印があるかを確認しているのではありません。彼らは議事録を「会社の意思決定の品質と企業文化を映す物語」として読み解きます。チェックされるのは、以下のような点です。

  • 議論の実質性: 経営陣の提案に対して、取締役、特に社外取締役から質問や意見が出され、活発な議論が行われた形跡があるか。単なる「シャンシャン総会」になっていないか。
  • 監督機能の有効性: 経営陣の業務執行を適切に監督しているか。リスクの高い案件について、そのリスクが十分に議論されているか。
  • 重要な取引の承認: 会社法で定められた決議事項(特に、社長の親族が経営する会社との取引といった利益相反取引)が、適切に取締役会で承認されているか。これは非常に頻繁に指摘される不備事項です 。  
  • 記録の網羅性と一貫性: すべての会議の議事録が欠落なく保管されているか。記載内容に矛盾はないか。議事録の不備や欠落は、ガバナンス体制の欠陥とみなされ、IPOの大きな障害となります 。  

5-2. 内部統制の要としての取締役会の役割

IPO準備において必ず求められるのが「内部統制」の構築です。内部統制とは、簡単に言えば、以下の4つの目的を達成するために社内に構築されるルールやプロセスの総体です 。  

  1. 業務の有効性および効率性
  2. 財務報告の信頼性
  3. 事業活動に関わる法令等の遵守
  4. 資産の保全

会社法は、取締役会に対して「内部統制システムの整備に関する基本方針」を決定することを義務付けています(会社法第362条4項6号)。つまり、取締役会は、内部統制という会社のルールブックの最高方針を定め、経営陣がその方針通りに体制を運用しているかを監督する、という中心的な役割を担っているのです。機能している取締役会があって初めて、内部統制は絵に描いた餅ではなく、生きた仕組みとなるのです。  

5-3. 企業価値を高めるコーポレートガバナンス体制の構築

本稿で述べてきた、透明性の高い意思決定プロセス、厳格な監督機能、正確な記録管理、そして明確な社内ルール。これらすべてが一体となって、強固な「コーポレートガバナンス」を形成します 。  

優れたガバナンス体制は、目に見えない多くの利益を会社にもたらします。

  • 社会的信用の向上: 金融機関や取引先からの信頼が高まり、融資条件が有利になったり、大手企業との取引が円滑に進んだりします 。  
  • リスク管理の強化: 多角的な視点での議論により、潜在的な経営リスクを早期に発見し、対処することが可能になります。
  • 企業価値の向上: 投資家は、ガバナンスがしっかりしている企業を「持続的に成長する可能性が高い、安全な投資先」と評価します。これにより、株価や時価総額といった企業価値の向上に直結するのです 。  

取締役会議事録は、単なる過去の記録ではありません。それは、投資家や取引先といった外部のステークホルダーに対して、自社の経営がいかに健全で、熟慮に基づいているかを示す、最も雄弁な証明書なのです。

おわりに:実効性のある取締役会を目指して

取締役会の運営は、一度ルールを決めれば終わり、というものではありません。会社の成長ステージや事業環境の変化に応じて、常に見直しと改善を続ける継続的なプロセスです。重要なのは、法律の要件を満たすことだけを目的とせず、自社の経営にとって真に価値のある議論と意思決定の場として、取締役会を機能させることです。

最後に、自社の取締役会運営を評価し、改善するためのチェックリストを掲げます。このリストが、皆様の会社がより実効性のある取締役会を構築し、持続的な成長を遂げるための一助となれば幸いです。

表3: 取締役会 運営改善チェックリスト

フェーズチェック項目
準備段階☐ 年間の開催スケジュールは事業年度開始前に策定されているか?
☐ 議題と関連資料は、開催の3営業日前までには全役員に配布されているか?
☐ 社外取締役や新任取締役に対して、議題に関する事前ブリーフィングが実施されているか?
議事録作成☐ 議事録には、誰が、どのような意見を述べ、どのように決議されたかが具体的に記載されているか?
☐ 作成した議事録は、次の取締役会で内容の確認・承認を得るプロセスがあるか?
☐ 議事録は会社法が定める期間(10年間)、適切に保管・管理されているか?
ガバナンス体制☐ 「重要な財産の処分」「多額の借財」の具体的な金額基準が、取締役会規程で明確化されているか?
☐ オンライン開催時の通信障害やセキュリティに関する対応ルールは定められているか?
☐ 利益相反取引の有無を毎回確認し、該当する取締役を議決から除外する運用が徹底されているか?

よくある質問(Q&A)

取締役会をオンライン(Web会議)で開催した場合、議事録の「開催場所」はどう記載すればよいですか?

会社法上、議事録には開催場所の記載が必須です(会社法施行規則101条3項1号)。全員がリモート参加の場合でも、物理的な場所を定める必要があります。実務上は、議長の所在地(例:「東京都千代田区丸の内一丁目1番1号 当社本店会議室(議長Aが出席した場所)」)を開催場所として記載するのが一般的です。また、議事録にWeb会議システムを利用したこと、および出席者の接続状況が良好で、音声と映像の即時性・双方向性が確保されていた旨を明記することが望ましいです 。

決議事項に「特別の利害関係を有する取締役」がいる場合、議事録にはどのように記載し、その取締役はどう対応すべきですか?

特別利害関係を有する取締役は、その決議に参加できず、定足数の計算からも除外されます(会社法369条2項)。議事録には、①その取締役の氏名、②どの議案に利害関係があったか、③決議に参加しなかった旨、の3点を明確に記載する必要があります。例えば、「第1号議案について、取締役Bは特別利害関係を有するため、審議および決議に参加しなかった。」のように記述します。これは、決議の公正性を担保し、後日の紛争を防ぐための重要な記録です 。

IPO審査では、取締役会議事録のどのような点がチェックされるのですか?単なる形式不備も問題になりますか?

IPO審査では、議事録は形式だけでなく「実質」が厳しく問われます。チェックされるのは、①経営の意思決定プロセスが適切か、②社外取締役が監督機能を果たしているか(活発な質疑応答の記録)、③利益相反取引など重要な決議が漏れなく行われているか、④議事録が連続してすべて保管されているか、といった点です。単なる形式不備や欠落も、ガバナンス体制の欠陥と見なされ、上場の大きな障害となり得ます。議事録は、健全な経営を外部に示す「証明書」なのです 。


ここでは、あくまで私個人の視点から、ご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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