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株式上場(IPO)の実務(17) 「守り」が「攻め」の基盤になる!IPOを成功させるガバナンス構築・運用の実践ガイド

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • IPO準備中でガバナンス構築に悩む経営者の方
  • 内部統制(J-SOX)の実務を具体的に知りたい方
  • 守りの体制を企業価値向上に繋げたい担当者の方
  • 上場審査で求められる管理体制を理解したい方

はじめに:「守り」こそが、IPOにおける最強の「攻め」である理由

株式上場(IPO)を目指す経営者の方々から、「ガバナンスや内部統制の構築は、コストばかりかかって面倒だ」という声を聞くことがあります。確かに、規程の整備や会議体の運営など、IPO準備における管理体制の構築は、一見すると事業成長の足かせになる「守り」の活動に思えるかもしれません。

しかし、その認識は根本的に改める必要があります。IPOにおけるコーポレートガバナンスや内部統制という「守り」は、単なるコンプライアンス対応ではなく、企業の持続的な成長と企業価値向上を実現するための、最も重要な「攻め」の基盤なのです 。  

これは、超高層ビルを建てることに似ています。どれだけ高く、壮大なビルを建てようと計画しても、その土台となる基礎が脆弱であれば、計画は絵に描いた餅に終わります。IPO後の急成長という高いビルを支えるためには、盤石なガバナンスという基礎工事が不可欠です。

投資家は、企業の成長性(攻め)だけでなく、その成長を支える経営の安定性や透明性(守り)を厳しく評価します 。ガバナンスが脆弱な企業は、不正や不祥事のリスクが高いと見なされ、結果としてIPO時の評価額(株価)が低くなる可能性があります。つまり、強固な「守り」を構築することは、企業価値を最大化するための直接的な「攻め」の戦略と言えるのです。  

本記事では、公認会計士の視点から、IPOを成功に導くためのガバナンス構築・運用の実践的な方法を、「守り」が「攻め」の基盤となるメカニズムと共に、分かりやすく解説します。

第1章:IPOガバナンスの全体像を掴む ~何を、なぜ守るのか?~

まず、IPO準備で向き合うことになる「コーポレートガバナンス」や「内部統制」といった言葉の正確な意味と、その全体像を理解することから始めましょう。

1.1. 「コーポレートガバナンス」とは?経営者のためのシンプル解説

コーポレートガバナンスとは、日本語で「企業統治」と訳され、会社の健全な経営を目的として、経営を監視・監督するための「仕組み」を指します 。これは、株主をはじめ、顧客、従業員、取引先、地域社会といった様々な利害関係者(ステークホルダー)の利益を守り、会社の価値を中長期的に高めていくための枠組みです 。  

IPOを目指す過程で、「内部統制」や「コンプライアンス」といった類似の言葉が出てきて混乱することがあります。以下の表で、それぞれの役割と関係性を整理しましょう。

表1:ガバナンス・内部統制・コンプライアンスの違い

項目コーポレートガバナンス内部統制コンプライアンス
日本語訳企業統治内部統制法令遵守
誰が誰を株主が経営者を経営者が従業員を企業全体が社会を
目的経営を監視・監督する「仕組み」  業務を適正に遂行するための社内「ルール・プロセス」  法令や社会規範を「守ること」  
関係性内部統制やコンプライアンスを含む、より大きな概念ガバナンスを実現するための具体的な手段内部統制が目指す目的の一つ

このように、コーポレートガバナンスという大きな傘の下に、それを実現するための具体的な社内ルールである内部統制があり、その目的の一つとしてコンプライアンスの徹底がある、と理解すると分かりやすいでしょう。

1.2. 上場の「公式ルールブック」:コーポレートガバナンス・コードを読み解く

上場企業が遵守すべきコーポレートガバナンスの具体的な指針として、東京証券取引所(東証)が「コーポレートガバナンス・コード」(以下、CGコード)を定めています 。これは、上場企業が実効的なガバナンスを実現するための原則を示した、いわば「公式ルールブック」です。  

CGコードは、「プリンシプルベース・アプローチ」という考え方を採用しており、全ての原則を画一的に強制するものではありません。「コンプライ・オア・エクスプレイン(Comply or Explain)」、つまり「原則を実施するか、実施しない場合はその理由を説明するか」を各企業が選択する仕組みになっています 。  

IPO準備においては、特に以下の「5つの基本原則」の趣旨を理解し、自社の体制を整備していくことが求められます。なお、グロース市場への上場を目指す場合は、この基本原則への対応が求められます 。  

表2:IPO準備企業が押さえるべきCGコード5つの基本原則

基本原則原則の概要IPO準備における実践ポイント
1. 株主の権利・平等性の確保全ての株主を公平に扱い、その権利が実質的に確保されるようにする 。  資本政策の策定。株主総会の運営準備。少数株主の権利を不当に害する取引がないか総点検する。
2. 株主以外のステークホルダーとの適切な協働従業員、顧客、取引先、地域社会など、多様な関係者との協働に努める 。  従業員の行動規範や倫理規程を整備する。サステナビリティ方針を策定し、企業価値向上との関連性を説明できるようにする 。  
3. 適切な情報開示と透明性の確保財務情報だけでなく、経営戦略やリスク、ガバナンス等の非財務情報も適切に開示する 。  開示体制(ディスクロージャー・ポリシー)を構築する。投資家向け説明資料(Iの部など)の作成準備を開始する。
4. 取締役会等の責務経営の監督機能を実効的に果たし、独立客観的な立場で意思決定を行う 。  独立社外取締役の選任を検討する。取締役会の役割・議題を明確にし、議事録を適切に整備する 。  
5. 株主との対話株主との建設的な対話を通じて、経営への理解を求め、企業価値向上に繋げる 。  IR(インベスター・リレーションズ)担当部署や責任者を決定する。株主からの意見を取締役会にフィードバックする仕組みを構築する 。  

【参照】

  • 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」

第2章:「守りの砦」を築く ~内部統制(J-SOX)対応の実践ステップ~

コーポレートガバナンスという設計図を描いたら、次はその設計図を具体化する「守りの砦」、つまり内部統制を構築するステップに進みます。

2.1. 「内部統制」とは?ガバナンスを動かす社内のエンジン

内部統制とは、企業の事業活動を適切かつ効率的に運営していくための、社内のルールや仕組みのことです 。これは、コーポレートガバナンスという理念を現場で動かすための「エンジン」に相当します。  

金融庁が公表している基準では、内部統制は以下の「4つの目的」を達成するために、組織内の全ての者によって遂行されるプロセスと定義されています 。  

  1. 業務の有効性及び効率性:事業活動の目的を達成するため、資源を無駄なく有効活用すること。
  2. 報告の信頼性:財務諸表などの報告内容が信頼できるものであることを確保すること。
  3. 事業活動に関わる法令等の遵守:法律や社会規範を守って事業活動を行うこと。
  4. 資産の保全:会社の資産(有形・無形問わず)が不正なく、正当な手続きで取得・使用・処分されること。

そして、これらの目的を達成するために、内部統制は「6つの基本的要素」から構成されるとされています 。  

  1. 統制環境:経営者の誠実性や倫理観、取締役会の機能など、組織の気風を決定する基盤。
  2. リスクの評価と対応:目標達成を阻害するリスクを識別・分析し、適切に対応すること。
  3. 統制活動:経営者の命令や指示が適切に実行されるよう定める方針や手続き(権限分掌、承認手続きなど)。
  4. 情報と伝達:必要な情報が組織内外の関係者に正しく伝わる仕組み。
  5. モニタリング:内部統制が有効に機能しているかを継続的に監視・評価するプロセス。
  6. ITへの対応:業務や統制活動で利用される情報システムに適切に対応すること。

2.2. J-SOXを乗り越える!IPO必須の内部統制報告制度

上場企業は、金融商品取引法に基づき、財務報告に係る内部統制が有効に機能しているかを経営者自らが評価し、その結果を「内部統制報告書」として公表する義務があります 。この制度は、米国のSOX法を参考に作られたため、通称「J-SOX」と呼ばれています 。  

この報告書に虚偽記載があった場合などは罰則も定められており、上場企業にとって極めて重要な義務です 。新規上場企業の場合、上場後3年間は公認会計士による内部統制報告書の「監査」は免除されることが多いですが、報告書の「提出」自体は初年度から必要です。この点は誤解されやすいため、注意が必要です 。  

J-SOX対応を効率的に進めるために、実務では「3点セット」と呼ばれる文書を作成します。これらは、目に見えない業務の流れやリスクを可視化し、管理するための必須ツールです。

表3:J-SOX対応の必須ツール「3点セット」の役割

ツール内容目的と役割
フローチャート業務の開始から終了までの流れを、担当者や部署ごとに図で表現したもの 。  業務プロセスの「見える化」。 誰が何をしているのか、情報の流れを直感的に把握し、ボトルネックやリスク箇所を特定しやすくする。
業務記述書フローチャートの各ステップについて、具体的な作業内容、使用システム、証憑などを文章で補足したもの 。  業務内容の「詳細化」。 フローチャートだけでは分からない業務の詳細を記録し、担当者が変わっても業務が引き継げるようにする。監査人への説明資料にもなる。
リスク・コントロール・マトリックス (RCM)業務プロセスに潜むリスクと、それに対応する統制(コントロール)活動を一覧にした表 。  リスクと統制の「対応付け」。 重要なリスクが漏れなく管理されているかを確認する。内部統制の有効性を評価する上での中心的な文書となる。

【参照】

  • e-Gov法令検索「金融商品取引法」
  • 金融庁「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準」

2.3. 「守り」の体制設計:取締役会・監査役会はどう作る?

ガバナンスと内部統制を機能させるためには、その器となる組織体制(機関設計)が重要です。上場審査では、会社の意思決定と監督・監査が適切に行われる体制が整備されているかが厳しくチェックされます 。  

  • 取締役会:会社の業務執行に関する意思決定を行うとともに、代表取締役などの業務執行を監督する重要な機関です。IPO準備においては、経営の監督機能を強化するため、経営陣から独立した立場の「社外取締役」を複数名選任することが一般的です 。CGコードでは、プライム市場上場企業に対しては独立社外取締役を3分の1以上選任することが求められています 。  
  • 監査役会(または監査等委員会など):取締役の職務執行を監査する機関です。取締役会から独立した立場で、違法または不当な業務執行がないかをチェックします。監査役の半数以上は社外監査役であることが求められるなど、高い独立性が要求されます 。  
  • 内部監査部門:経営者の直轄組織として、各部門の業務が社内規程や計画に沿って適切かつ効率的に行われているかを、客観的な立場で評価・助言する部門です 。内部統制における「モニタリング」の中心的役割を担います。  

これらの機関がそれぞれの役割を適切に果たし、相互に連携・牽制することで、経営の透明性と健全性が保たれます。

【参照】

  • e-Gov法令検索「会社法」
  • 東京証券取引所「新規上場ガイドブック」  

第3章:「守り」を「攻め」に転換する ~ガバナンスが企業価値を高める仕組み~

ここまで構築してきた「守りの砦」は、コンプライアンスのためだけにあるのではありません。ここからは、その「守り」が、いかにして事業成長という「攻め」に繋がるのかを具体的に見ていきましょう。

3.1. コンプライアンス遵守だけじゃない!強いガバナンスがもたらす経営上のメリット

強固なガバナンスと内部統制は、不正や不祥事を防ぐだけでなく、経営に多くのプラスの効果をもたらします。

  • 業務の効率化と生産性の向上:業務プロセスを文書化し、ルールを明確にすることで、業務の無駄や重複が排除され、標準化が進みます。これにより、組織全体の生産性が向上します 。  
  • 的確な経営判断の実現:信頼性の高い財務情報がタイムリーに経営陣に提供されるため、より迅速で的確な意思決定が可能になります 。  
  • 社会的信用の獲得と資金調達力の強化:ガバナンスが効いている企業は、投資家や金融機関からの信頼が高まり、資金調達が有利に進められます。これは、IPO時の高い評価額にも直結します 。  
  • 従業員のモチベーション向上:公正なルールと透明性の高い組織環境は、従業員に安心感を与え、働きがいを高めます。結果として、離職率の低下や優秀な人材の確保にも繋がります 。  

以下の表は、「守り」の施策がどのように「攻め」の成果に結びつくかを示したものです。

表4:「守り」の施策が「攻め」の成果に繋がる具体例

「守り」の施策「攻め」の成果
業務プロセスの文書化(3点セット作成)業務の標準化と効率化、属人化の排除による生産性向上  
承認フローの厳格化迅速で正確な経営判断、無駄なコストの削減  
独立した内部監査部門の設置潜在的リスクの早期発見と改善による事業継続性の向上  
適切な情報開示体制の構築投資家からの信頼獲得による資金調達力の強化、企業価値(株価)の向上  
社外取締役による監督機能の強化経営戦略の客観的な検証による中長期的な成長戦略の精度向上  

3.2. 事例に学ぶ:ガバナンスが明暗を分けたIPOストーリー

ガバナンスの重要性は、実際の企業の事例を見ることでより深く理解できます。

  • 成功事例:ピジョン株式会社やエーザイ株式会社、キリンホールディングス株式会社などは、コーポレートガバナンスに関する表彰を受けるなど、高い評価を得ています 。これらの企業に共通するのは、CEOの解任基準を具体的に定める、ESG(環境・社会・ガバナンス)の取り組みと企業価値向上を結びつけて投資家に説明する、多様性に富んだ取締役会を構築するなど、形式的でない実効性の高いガバナンスを実践している点です 。このような「攻め」のガバナンスが、持続的な成長と高い企業評価を支えています。  
  • 失敗事例:一方で、ガバナンスの欠如が企業の存続を揺るがした事例も後を絶ちません。過去には、グレイステクノロジー株式会社が、経営トップの強烈なプレッシャー(パワーハラスメント)を背景とした長年の粉飾決算により上場廃止に至りました 。また、近年社会を騒がせたビッグモーター社の保険金不正請求問題や、旧ジャニーズ事務所における性加害問題なども、創業家による支配や取締役会の監督機能不全といった、深刻なガバナンスの欠陥が根底にありました 。  

これらの失敗事例が示す教訓は極めて重要です。ガバナンスの失敗は、単なる一つのルール違反や手続きのミスから生じるのではありません。その多くは、経営トップの姿勢や企業文化といった「統制環境」の欠陥に起因します。経営者がルールを軽視し、異論を許さない文化が蔓延すれば、どれだけ精緻な規程やマニュアル(3点セットなど)を作成しても、それは「絵に描いた餅」となり、いざという時に機能しません。

IPO準備企業にとって、これは他人事ではありません。創業社長のリーダーシップで成長してきた企業ほど、トップダウンの文化が根強く、ガバナンス上の課題を抱えやすい傾向があります。最強の「守り」とは、ルールや書類を整備すること以上に、経営陣自らが率先して公正で透明な企業文化を築き上げることなのです。

まとめ:強い「守り」を築き、持続的に成長する企業へ

本記事では、IPOを成功させるためのガバナンス構築について、「守り」が「攻め」の基盤になるという視点から解説してきました。

コーポレートガバナンスや内部統制の構築は、決して上場のためだけの「コスト」や「規制対応」ではありません。それは、業務を効率化し、経営判断の質を高め、社会からの信頼を勝ち取り、最終的には企業価値を最大化するための戦略的な「投資」です。

IPOはゴールではなく、持続的な成長に向けた新たなスタートラインです。目先の成長だけを追い求めるのではなく、まずは盤石な「守り」の基盤を築き上げること。それこそが、IPOを成功させ、その先も社会から支持され続ける企業へと飛躍するための、唯一確実な道筋と言えるでしょう。


ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

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