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株式上場(IPO)の実務(27)IPOの最終関門「主幹事証券審査」とは?経営の“真の成熟度”が問われる5つの視点

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

ポイント

  • IPO準備を進めている経営者の方
  • 主幹事証券審査の内容を具体的に知りたい方
  • 上場できる会社の基準を理解したい実務担当者
  • 自社の経営の成熟度を客観的に評価したい方

「最後の関門」が問いかける、たった一つのこと

企業の成長戦略における重要なマイルストーン、株式新規上場(IPO)。その長く険しい道のりの最終盤に、全ての企業が必ず向き合うことになる一つの大きな関門があります。それが「主幹事証券審査」です。

東京証券取引所(以下、東証)による上場審査の「前」に行われるこの審査は、しばしば「IPOにおける最後の、そして最大の関門」と表現されます。なぜなら、この審査が問いかけるのは、株主数や利益額といった形式的な基準だけではないからです。それは、「あなたの会社は、社会の公器となるにふさわしい“真の成熟度”を備えているか?」という、極めて本質的な問いなのです。

こんにちは。公認会計士であり、長年多くの企業のIPO支援に携わってきた専門家の視点から、この難解に見える「主幹事証券審査」の実態を解き明かしていきます。

本記事では、主幹事証券会社がどのような視点で企業の「成熟度」を見抜こうとするのかを、具体的な5つの切り口から徹底的に解説します。この記事を読み終える頃には、審査を突破するために何を準備し、どのような会社を目指すべきかの明確なロードマップが手に入っているはずです。

なぜ「主幹事証券審査」が IPO の “最終関門” なのか?

審査の具体的な内容に入る前に、まずこの審査がなぜこれほどまでに重要視されるのか、その構造的な理由を理解しておく必要があります。

取引所審査の「前」に行われる、もう一つの審査

IPOプロセスには、大きく分けて2つの審査が存在します。一つは東証などの証券取引所が行う「上場審査」、そしてもう一つが、その前段階で行われる「主幹事証券審査(引受審査)」です 。  

多くの経営者が東証の審査に意識を向けがちですが、実はその土俵に上がるための推薦状がなければ、上場申請すらできません。その推薦状の役割を果たすのが、主幹事証券会社が作成する「上場適格性調査に関する報告書」です 。  

主幹事証券会社は、数ヶ月にわたる厳格な審査を経て、「この会社は上場企業として適格である」と判断した場合にのみ、この報告書を東証に提出します 。つまり、主幹事証券審査を通過できなければ、IPOへの道はその時点で閉ざされてしまうのです。これが、この審査が“最終関門”と呼ばれる第一の理由です。  

証券会社が自らの “信頼” を賭けて行う厳格な審査

ではなぜ、主幹事証券会社はこれほど厳しく企業を審査するのでしょうか。それは、彼らが自社のビジネスと社会的な“信頼”そのものを賭けているからです。

もし推薦した企業が上場後すぐに不祥事を起こしたり、業績が大きく悪化したりすれば、株式の引受・販売を行った主幹事証券会社の評価は地に落ち、投資家からの信頼を失います 。このような事態を避けるため、証券会社は「審査部門」という独立した部署を設け、極めて客観的かつリスク回避的な視点で企業を徹底的に調査します。  

IPO準備企業にとって、主幹事証券会社は上場準備を導いてくれる心強いパートナー(引受部門)であると同時に、最も厳しい評価者(審査部門)でもあるのです 。この二面性を理解し、絶対的な透明性をもって審査に臨む姿勢が不可欠となります。  

【徹底解説】主幹事証券が審査で見抜く「経営の成熟度」5つの視点

それでは、本題である「経営の成熟度」とは具体的に何を指すのでしょうか。それは企業の年齢や規模ではありません。経営が個人の才覚や感覚だけに依存せず、予測可能で統制の取れた「仕組み」によって運営されている状態を指します。投資家は、この「予測可能性」と「統制」にこそ、自らの資金を託すのです。

主幹事証券会社は、東証が定める「実質審査基準」の枠組みを用いながら、より深く、より実践的なレベルでこの成熟度を評価します 。ここでは、その評価軸を5つの視点に分解して解説します。  

視点1:組織としての成熟度 ― 「仕組み」で動く会社か?

最初の視点は、企業の「OS(オペレーティング・システム)」とも言えるコーポレート・ガバナンスと内部管理体制の有効性です。オーナー経営者が一人で全てを決める「個人商店」から、ルールとプロセスに基づき組織として意思決定がなされる「公の器」へと脱皮できているかが問われます。

審査では、単に規程集が揃っているかではなく、その仕組みが実際に機能し、経営の透明性と公正性を担保しているかが厳しくチェックされます 。  

表1:内部管理体制の基本チェックリスト

カテゴリ主なチェック項目参照条文・出典の考え方
ガバナンス機能取締役会議事録は、形式だけでなく実質的な議論の記録となっているか?社外取締役は経営陣に対し、実効性のある牽制や助言を行っているか?監査役(会)は独立した立場で監査を実施できているか?会社法第369条(取締役会の決議)、東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」  
社内規程の整備・運用職務権限規程や稟議規程に基づき、適切な権限者が承認を行っているか?経理規程や販売管理規程など、業務の根幹をなすルールが実態に即して整備・運用されているか?  金融商品取引法第24条の4の4(内部統制報告制度)
内部監査の独立性と実効性内部監査部門は、経営陣から独立した立場で計画・実施・報告を行っているか?外部委託する場合でも、会社が主体的に関与し、改善活動を主導しているか?  
コンプライアンス体制関連法令(業法、労務、個人情報保護法等)の改正をモニターし、業務に反映させる仕組みがあるか?全従業員に対するコンプライアンス研修が定期的・継続的に実施されているか?
リスク管理体制事業継続を脅かすリスク(事業環境、災害、情報セキュリティ等)を網羅的に識別・評価し、対応策を講じるプロセスが確立されているか?

視点2:事業としての成熟度 ― 「希望」ではなく「根拠」で語れるか?

次に問われるのは、事業計画の合理性です。上場審査は、過去の実績を評価するだけでなく、未来の成長可能性を評価する「将来志向」の審査です。そのため、企業が提示する中期経営計画が、単なる希望的観測(トップダウンの目標)ではなく、客観的な根拠に裏打ちされているかが極めて重要になります。

審査官は、その計画が市場環境分析、競合分析、そして自社の足元の実績といった事実から論理的に積み上げられたものであるかを精査します 。計画を実現するために必要な事業基盤(人材、技術、販売網など)が既に整備されているか、あるいは整備される合理的な見込みがあるかも重要なポイントです 。  

過去の業績は、未来の計画の信頼性を担保するための「証拠」として扱われます。したがって、準備においては、過去から現在、そして未来へと続く一貫した成長ストーリーを、客観的なデータを用いて構築することが求められます。

視点3:健全性としての成熟度 ― 「公私混同」や「不適切な関係」はないか?

3つ目の視点は、企業経営の健全性です。これは、会社の利益が不当に害されたり、社会的な信頼を損なう要因を抱えていたりしないか、という点検です。特に以下の2点が厳しく審査されます。

  1. 関連当事者取引の適正性 役員やその親族、大株主、関係会社などとの取引は、利益相反や利益供与の温床となりやすいため、特に厳しい目が向けられます。全ての関連当事者取引について、その「取引の必要性・合理性」と「取引条件の妥当性(第三者間取引と比較して不利でないこと)」を明確に説明できなければなりません 。経営者の個人的な資産と会社の資産が混同されているような状況は、経営の未熟さと見なされ、断じて許容されません 。  
  2. 反社会的勢力の完全な排除 これは一切の妥協が許されない、ゼロ・トレランスの項目です。役員や株主、主要な取引先に至るまで、反社会的勢力との関係が一切ないことを証明する必要があります。審査では、単発のチェックだけでなく、反社会的勢力を継続的に排除するための社内体制(契約書への暴力団排除条項の導入、新規取引時のチェックフロー、有事の際の対応マニュアル等)が整備され、文化として根付いているかが問われます 。  

視点4:経営陣としての成熟度 ― 「個人商店の店主」から「上場企業の経営者」へ

4つ目の視点は、経営陣、特に代表取締役の資質です。どれほど精緻な事業計画や管理体制を構築しても、それを動かすのは経営陣です。審査官は、書類やデータだけでなく、経営者自身の言葉と姿勢を通じて、その成熟度を測ろうとします。

問われるのは、株主全体の利益を最大化するという「受託者責任」への深い理解です。創業オーナーは、もはや会社を「自分のもの」としてではなく、「株主から経営を託された存在」として振る舞うことが求められます 。  

この資質が最も試されるのが、審査の最終段階で行われる「社長説明会」です 。ここでは、社長自らが証券取引所の役員などに対して、自社のビジョン、事業戦略、ガバナンス哲学を語ります。その受け答えの論理性、誠実さ、そして逆境に対する覚悟といった「人間性」が、最終的な判断に大きな影響を与えるのです。  

視点5:透明性としての成熟度 ― 「良いことも悪いことも」適切に伝えられるか?

最後の視点は、企業内容等の開示の適正性です。上場企業は、投資家の投資判断に影響を与える重要な情報を、適時・適切に開示する義務を負います。

審査では、この情報開示を正確かつ迅速に行うための社内体制が確立されているかが確認されます 。具体的には、社内の重要情報を集約し、開示の要否を判断し、開示資料を作成・公表するまでの一連のフローがルール化され、担当部署と責任者が明確になっているか、といった点です。  

特に重要なのは、成功事例だけでなく、事業上のリスクや業績の下振れといったネガティブな情報も、包み隠さず適切に開示する姿勢と仕組みです 。自社にとって不都合な情報も誠実に開示できることこそ、投資家からの長期的な信頼を勝ち得る成熟した企業の証なのです。  

審査プロセスで問われる実践力:書類・ヒアリング・実地調査

これら5つの成熟度は、実際の審査プロセスを通じて多角的に検証されます。準備企業は、理論だけでなく、実践的な対応力を磨く必要があります。

審査は主に、膨大な「書面審査」、質疑応答を重ねる「ヒアリング」、そして現場を確認する「実地調査」の3つのステップで進められます 。  

表2:主な審査プロセスと準備のポイント

プロセス目的準備のポイント
書面審査会社の全体像を網羅的・客観的に把握するための事実確認。提出書類は数百ページに及ぶことも。全ての書類において、記載内容の正確性、整合性を徹底的に担保する。些細な矛盾や誤りが、全体の信頼性を損なう。
ヒアリング書面だけでは分からない背景や意図を深掘りし、経営陣や担当者の理解度を測る。数百の質問が矢継ぎ早に飛んでくる。想定問答集を作成し、模擬ヒアリングを繰り返す。特に、自社の弱みやリスクに関する質問には、誠実かつ論理的に回答できるよう準備する。
実地調査本社や工場、店舗などを訪問し、規程通りに業務が運営されているか、資産が実在するかなどを物理的に確認する。現場の従業員まで規程やルールが浸透している状態を作る。整理整頓といった基本的な事柄も、管理体制の成熟度を示す指標となる。
役員面談・社長説明会経営陣のビジョン、リーダーシップ、誠実さといった定性的な資質を最終的に評価する。自社の言葉で、事業の魅力と成長戦略、そして上場企業としての社会的責任への覚悟を、情熱と論理をもって語れるように準備する。

結論:主幹事証券審査を突破し、真に成熟した上場企業へ

本記事で解説した5つの視点――組織、事業、健全性、経営陣、透明性――は、主幹事証券審査が企業の「真の成熟度」を測るための重要な評価軸です。

この審査は、決して単なる通過儀礼や乗り越えるべき障害ではありません。むしろ、この厳格な審査プロセスに真摯に取り組むこと自体が、企業を「個人商店」から「社会の公器」へと昇華させる、またとない機会なのです。

主幹事証券審査という鏡に自らを映し、足りない部分を補強していくプロセスを通じて、企業は持続的な成長を可能にする強固な経営基盤を築くことができます。この関門を突破した時、あなたの会社は単に上場基準を満たしただけでなく、株主、従業員、社会から真に信頼される、成熟したパブリック・カンパニーへの第一歩を踏み出しているはずです。


ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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