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株式上場(IPO)の実務(12) IPO準備の完全ガイド:経営者が知るべき上場審査「形式基準」と「実質基準」の全貌

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • IPO(株式上場)の準備を始めたい経営者の方
  • 上場審査の具体的な基準を網羅的に知りたい方
  • 自社がどの市場を目指せるか確認したい実務担当者
  • 形式基準と実質基準の違いを正しく理解したい方

株式上場(IPO)は、多くの経営者が目指す一つの頂です。しかし、その道のりには東京証券取引所(以下、東証)が定める厳格な審査が待ち構えています。この審査をクリアするためには、大きく分けて2つのハードル、「形式基準」と「実質基準」を理解し、乗り越えなければなりません。

本記事では、公認会計士の視点から、これら二大要件の全貌を、経営者や実務担当者の皆様に分かりやすく、かつ具体的に解説します。東証の公表資料に基づき、プライム、スタンダード、グロース各市場の基準を網羅的に比較し、貴社が上場に向けて何をすべきかの明確なロードマップを描く一助となれば幸いです。

上場審査の基本:「形式基準」と「実質基準」とは?

東証による上場審査は、申請会社が上場企業としてふさわしいかどうかを多角的に判断するプロセスです 。その中心となるのが「形式基準」と「実質基準」という2つの考え方です。  

形式基準:会社の規模と実績を示す「通知表」

形式基準とは、上場企業に求められる最低限の規模や株式の流動性などを、客観的な数値で示した基準です 。例えば、「株主が何人以上いるか」「市場で売買される株式の価値はいくらか」「直近の利益はいくらか」といった項目がこれにあたります。  

これは、いわば上場審査における第一関門であり、会社の「通知表」のようなものです。この数値基準をクリアできなければ、次の審査に進むことはできません。

実質基準:投資家の信頼を得るための「経営の質」

一方、実質基準とは、数値だけでは測れない企業の「中身」、つまり経営の質を問う基準です 。投資家が安心して長期的に投資できる会社であるかを確認するため、企業の継続性や経営の健全性、コーポレート・ガバナンス(企業統治)の有効性などが審査されます 。  

こちらは上場企業としての「人物評価」に近く、持続的な成長と投資家保護を実現できる経営体制が構築されているかが厳しく見られます。

この2つの基準の関係性を、以下の表で整理してみましょう。

観点形式基準実質基準
性質定量的・客観的定性的・主観的
目的企業の規模・流動性の確保投資家保護・企業統治の質の確保
審査内容株主数、時価総額、利益額など内部管理体制、情報開示、経営の健全性など
一言でいうと上場企業としての「身体測定」上場企業としての「人物評価」

ここで最も重要な点は、これら二つの基準が決して独立したものではない、ということです。例えば、優れた「実質基準」(=有効な内部管理体制)が整備されていなければ、信頼性の高い財務諸表は作成できず、「形式基準」(=利益額)を満たしていることの証明もできません 。両者はまさに、会社の成長を支える車の両輪なのです。  

数字の壁を越える:市場別「形式基準」の完全ガイド

東証には、企業の特性や成長ステージに応じて3つの市場区分(プライム市場、スタンダード市場、グロース市場)が設けられています。それぞれコンセプトが異なり、求められる形式基準も大きく異なります 。  

  • プライム市場: グローバルな機関投資家の投資対象となりうる、時価総額が大きく、より高いガバナンス水準を備えた企業向けの市場 。  
  • スタンダード市場: 公開された市場での投資対象として十分な流動性と、上場企業としての基本的なガバナンス水準を備えた実績ある企業向けの市場 。  
  • グロース市場: 高い成長可能性を有する企業向けの市場。将来性を重視するため、現時点での利益や資産の基準は設けられていません 。  

ここでは、各市場の形式基準を一覧で比較し、その違いを明確にします。

東京証券取引所 市場別・形式基準 比較一覧表

項目グロース市場スタンダード市場プライム市場
株主数150人以上400人以上800人以上
流通株式数1,000単位以上2,000単位以上20,000単位以上
流通株式時価総額5億円以上10億円以上100億円以上
流通株式比率25%以上25%以上35%以上
売買代金 / 時価総額(上場時)時価総額250億円以上
利益の額基準なし最近1年間の利益が1億円以上①最近2年間の利益合計が25億円以上、又は ②売上高100億円以上かつ時価総額1,000億円以上
純資産の額基準なし連結純資産が正であること連結純資産が50億円以上
事業継続年数1年以上3年以上3年以上

出典: 日本取引所グループ「上場審査基準」の各市場概要ページ(プライム市場 、スタンダード市場 、グロース市場 )を基に作成。  

各市場の形式基準が示す「戦略的ストーリー」

この数字の羅列は、単なるハードルではありません。各市場がどのような企業を求めているか、その「戦略的ストーリー」を物語っています。

  • グロース市場のストーリー:「過去よりも未来」 グロース市場の基準は、企業の「未来」への期待を明確に示しています。利益や純資産の要件が一切ないのは、赤字のスタートアップであっても、革新的なビジネスモデルや技術によって将来大きく成長する可能性があれば、資金調達の道を開くという思想の表れです 。その代わり、後述する実質基準において「高い成長可能性」を合理的に説明することが極めて重要になります 。  
  • スタンダード市場のストーリー:「安定と信頼」 スタンダード市場は、既に事業基盤を確立し、安定的な収益を上げている中堅企業を対象としています。「最近1年間の利益1億円以上」「純資産がプラス」という要件は、企業が持続可能な経営を行っていることの証明を求めるものです 。幅広い投資家層に、信頼できる投資対象を提供することを目指しています。  
  • プライム市場のストーリー:「世界基準の流動性とガバナンス」 プライム市場の基準は、国内外の機関投資家が安心して巨額の資金を投じられる「場」を提供することを目的としています 。100億円以上という高い流通株式時価総額や35%以上という流通株式比率は、大量の売買があっても株価が乱高下しにくい「高い流動性」を担保するためです 。また、厳しい利益基準は、卓越した収益安定性を持つ、日本を代表する企業であることを求めています。  

自社の現状と将来像を照らし合わせ、どの市場のストーリーに合致するのかを考えることが、上場戦略の第一歩となります。

数字の先にある信頼性:上場企業に必須の「実質基準」5項目

形式基準という数字のハードルを越えた先に待っているのが、経営の質を問う「実質基準」の審査です。これは全市場に共通する、投資家からの信頼の礎となる5つの項目から構成されています 。  

1. 企業の継続性及び収益性

事業を継続的に営み、安定した収益基盤を有していることが求められます 。これは、単に夢を語る事業計画では通用しないことを意味します。市場環境、競合、自社の強み・弱みを冷静に分析し、その上で策定された、実現可能性の高い事業計画とその遂行能力が問われます 。特にグロース市場では、この項目の中の「事業計画の合理性」を通じて「高い成長可能性」が重点的に審査されます 。  

2. 企業経営の健全性

事業が公正かつ忠実に遂行されていることが必要です 。具体的には、経営者やその親族、特定の取引先との間で不適切な取引(利益相反取引など)が行われていないか、いわゆる「公私混同」がないかといった点が厳しくチェックされます 。親会社が存在する場合には、その支配から独立した経営判断ができる体制が確保されているかも重要なポイントです 。  

3. コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性

企業の不正行為を防止し、持続的な成長を確保するための仕組み(コーポレート・ガバナンス)と、社内ルール(内部管理体制)が適切に整備され、有効に機能していることが求められます 。これは「社長のトップダウンだけで全てが決まる」という個人商店的な経営からの脱却を意味します。取締役会による経営の監督機能、監査役や内部監査部門によるチェック機能などが、実効性をもって運用されていることが不可欠です 。  

4. 企業内容等の開示の適正性

上場企業には、投資家の投資判断に重要な影響を与える情報を、適時・適切に開示する義務があります(適時開示) 。この情報を社内で適切に管理し、法令等に基づいて正確な開示書類を作成し、迅速に公表できる体制が整っているかが審査されます 。  

5. その他公益又は投資者保護の観点から東証が必要と認める事項

株主の権利が不当に害されることがないか、また、経営に重大な影響を与えるような訴訟などを抱えていないかといった点が確認されます 。中でも、  

反社会的勢力との関係を完全に遮断し、そのための社内体制を整備していることは、上場企業としての絶対条件です。

結論:上場基準クリアに向けたロードマップ

株式上場(IPO)を達成するためには、企業の規模や実績を示す定量的な「形式基準」と、経営の質と信頼性を示す定性的な「実質基準」の両方をクリアする必要があります。

重要なのは、これらの準備が単なる書類作成作業ではないということです。それは、会社の経営管理体制そのものを、社会の公器たる上場企業としてふさわしいレベルへと引き上げる、数年がかりの壮大なプロジェクトです。

本記事で上場審査の全体像を掴んでいただいた上で、具体的な準備に着手される際には、主幹事証券会社や監査法人、IPO専門のコンサルタントといった専門家にご相談されることを強くお勧めします。彼らと共に、貴社の成長戦略に最適な市場を選択し、確実な一歩を踏み出してください。

よくある質問(Q&A)

赤字でも上場は可能ですか?

はい、グロース市場であれば可能です。グロース市場は現在の利益よりも将来の成長性を重視するため、形式基準に利益要件がありません 。ただし、実質基準の審査において、なぜ赤字なのか、そして今後どのようにして黒字化を達成し、高い成長を遂げるのかを、合理的かつ具体的に説明する「事業計画の合理性」が極めて厳しく問われます 。

「流通株式比率」とは何ですか?なぜ重要なのでしょうか?

流通株式比率とは、発行済株式総数のうち、創業者一族や役員、主要株主などが安定的に保有する株式を除いた、一般の投資家が市場で自由に売買できる株式の割合のことです。この比率が高いほど、市場での株式の売買が活発になりやすくなります。取引所は、投資家がいつでも公平な価格で株式を売買できる環境、すなわち「流動性」を確保するためにこの基準を設けており、市場の信頼性を支える重要な指標となっています 。

上場審査はどのくらいの期間がかかりますか?

東証への上場申請から上場承認までの標準的な審査期間は約3ヶ月とされています 。しかし、これはあくまで取引所での形式的な審査期間です。実際には、そのはるか手前から、主幹事証券会社による引受審査や、上場企業にふさわしい内部管理体制の構築など、  

数年単位での準備期間が必要となるのが一般的です。上場を決意してから実現するまで、3年以上を要するケースも決して珍しくありません


ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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