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株式上場(IPO)の実務(10) IPO成功の鍵は「2つの顔」にあり!投資家に選ばれ、審査を通過する企業の条件

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • IPOを目指す企業の経営者、役員の方
  • 上場準備プロジェクトの実務担当者の方
  • 投資家目線の事業戦略の立て方を知りたい方
  • 上場審査で求められる管理体制を学びたい方

株式上場(IPO)は、多くの経営者が目指す一つの大きな目標です。しかし、その道のりは決して平坦ではありません。資金調達、社会的信用の獲得、そして企業価値の飛躍的な向上といった輝かしい成果の裏には、周到な準備と厳しい審査が待ち構えています。

では、数多の企業の中から投資家に選ばれ、スムーズに上場を果たす企業と、そうでない企業とでは、一体何が違うのでしょうか?

長年、公認会計士として多くのIPO支援に携わってきた経験から断言できるのは、成功する企業は例外なく「2つの顔」を高いレベルで両立させているという事実です。

それは、投資家を惹きつける「魅力的な顔」と、取引所の審査をパスする「堅実な顔」です。

この記事では、IPOを目指すすべての経営者、そして実務担当者の皆様に向けて、成功に不可欠な「2つの顔」とは具体的に何を指すのか、そしてそれらをいかにして作り上げていくのかを、法的な根拠や公的機関の資料を交えながら、分かりやすく解説していきます。

第1章:投資家を惹きつける「魅力的な顔」:なぜあなたの会社に投資すべきか?

株式市場において、投資家は「過去の実績」だけに投資するのではありません。彼らが本当に投資するのは、企業の「蓋然性の高い未来」です。つまり、「この会社は将来大きく成長し、自分に十分なリターンをもたらしてくれるだろう」という強い期待感です。

この期待感を醸成し、投資家から「ぜひ投資したい」と思わせるのが、企業の「魅力的な顔」です。その魅力は、主に3つの要素から構成されます。

1. 投資家の心を掴む「エクイティストーリー」の作り方

「エクイティストーリー」とは、「なぜ自社株に投資価値があるのか」を、論理的かつ情熱的に語る物語のことです 。これは単なる事業計画書ではありません。企業のビジョン、市場の可能性、独自の強み、そして成長への具体的な道筋を、投資家の心に響く形で伝えるための戦略的なコミュニケーションツールです。  

ある著名な投資家は、投資判断を「海賊船(会社)と宝島(市場)」に例えました 。どんなに立派な海賊船(=優れた会社)でも、宝物が眠っていない島(=小さな市場)に向かっても意味がない。投資家はリソースの7割を「宝島」の分析に使い、有望な市場を見つけてから、どの「海賊船」に乗るかを決めると言います。  

この考え方は、エクイティストーリーを構築する上で極めて重要です。まず、自社が目指す市場がいかに巨大で魅力的な「宝島」であるかを証明し、その上で自社がその宝を手に入れるのに最もふさわしい「海賊船」であることを示さなければなりません。

投資家を納得させるエクイティストーリーには、以下の要素が不可欠です。下記の表は、各構成要素と、それが投資家のどのような問いに答えるべきかをまとめたものです。

構成要素記載すべき主要な内容投資家が本当に知りたいこと(本音)
市場環境・市場規模(TAM/SAM/SOM)と成長率 ・市場の構造、顧客の特性 ・競合環境と自社のポジショニングこの「宝島」にはどれだけの財宝が眠っているのか?そして、それは今後も増え続けるのか?
ビジネスモデル・製品・サービスの内容と特徴 ・収益構造、キャッシュフロー創出の仕組み ・事業に必要な許認可などどうやって儲ける仕組みなのか?その仕組みは安定的か、持続可能か?
競争力の源泉・他社にはない技術、特許、ノウハウ ・独自のビジネスモデル、ブランド力 ・優秀な人材、組織文化なぜ他の「海賊船」ではなく、あなたの船が宝を手に入れられるのか?(参入障壁は高いか?)
成長戦略・経営方針と具体的な成長戦略 ・研究開発、設備投資、マーケティング計画 ・重視する経営指標(KPI)とその目標値その宝を手に入れるための具体的な航海図(戦略)はあるか?その計画は現実的か?
財務計画・過去の財務実績と将来の利益計画 ・計画の前提条件と蓋然性 ・調達資金の具体的な使途この航海にはどれくらいの資金が必要で、それを何に使うのか?投資したらいつ、どれくらいのリターンが見込めるのか?

この物語は、夢物語であってはなりません。客観的なデータと明確なロジックに基づき、「なぜ成長できるのか」を誰にでも分かる言葉で説明できる必要があります 。  

2. 投資家が好む「拡張性(スケーラビリティ)」のあるビジネスモデル

投資家は、売上の成長に伴ってコストも同じように増えていくビジネスよりも、売上が増えてもコストの増加が緩やかなビジネスモデルを好みます 。これを「拡張性(スケーラビリティ)がある」と表現します。  

代表的な例は以下の通りです。

  • SaaS(Software as a Service)モデル: 一度開発したソフトウェアを、顧客が増えても大きな追加コストなしに提供できる。
  • プラットフォームモデル: 売り手と買い手などを繋ぐ場を提供し、取引が増えるほどネットワーク効果で価値が高まる。
  • リカーリング・レベニューモデル: 月額課金など、継続的に安定した収益が見込める。

これらのモデルは利益率が高まりやすく、将来の収益予測が立てやすいことから、高い企業価値(時価総額)がつきやすい傾向にあります 。  

3. 物語を実現する「信頼できる経営チーム」

どんなに素晴らしいエクイティストーリーを描いても、それを実現できる経営チームがいなければ絵に描いた餅に過ぎません。投資家は、その物語の「語り手」であり「実行者」である経営陣を厳しく評価します 。  

特に重要なのは以下の役割です。

  • CEO(最高経営責任者): 会社のビジョンを情熱的に語り、事業を力強く推進するリーダーシップ。
  • CFO(最高財務責任者): 財務戦略、資本政策に精通し、投資家との対話能力に長けた経験豊富な専門家。エクイティストーリーの説得力を担保し、上場準備プロセス全体を管理する要の存在です。
  • バランスの取れた役員構成: 経営陣が特定の個人に依存せず、多様な知見と経験を持つメンバーで構成されていること。

投資家は、このチームなら困難を乗り越え、描いた未来を実現してくれると信じられるかを見ています。

第2章:審査をパスする「堅実な顔」:社会の公器として信頼される会社か?

魅力的な成長ストーリーだけで上場できるわけではありません。株式を公開するということは、不特定多数の投資家から資金を集め、社会的な存在、すなわち「公器」になることを意味します。

そのため、東京証券取引所などの金融商品取引所は、投資家保護の観点から、上場を申請する企業が「公器たるにふさわしい器」であるかどうかを厳格に審査します 。この審査をパスするために必要なのが、企業の「堅実な顔」です。  

近年の上場審査は、上場直後の業績下方修正や不祥事の発生を受けて、特に内部管理体制などを中心に厳格化する傾向にあります 。付け焼き刃の対策は通用しません。  

1. 機能する「コーポレート・ガバナンス」体制の構築

コーポレート・ガバナンスとは、「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」を指します。簡単に言えば、会社が暴走せず、健全な経営を行うための監視・監督の仕組みです。

上場企業には、このガバナンスを機能させることが強く求められます。その中核を担うのが取締役会です。

会社法では、取締役会の責務として「業務執行の決定」と「取締役の職務の執行の監督」が定められています 。  

【参照条文:会社法 第三百六十二条(取締役会の権限等)】

  1. 取締役会は、次に掲げる職務を行う。 一 取締役会設置会社の業務執行の決定 二 取締役の職務の執行の監督 三 代表取締役の選定及び解職
  2. 取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。(一部抜粋) 一 重要な財産の処分及び譲受け 二 多額の借財 六 ...株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備

(出典:e-Gov法令検索「会社法」

上場審査では、これらの法的要請に加え、東京証券取引所が定める「コーポレートガバナンス・コード」の諸原則を遵守できているかが問われます 。特に、経営陣から独立した視点で監督を行う社外取締役の役割や、利益相反取引の適切な管理などが厳しくチェックされます 。  

これは、単なる形式ではなく、株主や投資家との建設的な対話を通じて企業価値を向上させるための重要な基盤と位置づけられています 。  

2. 整備・運用されている「内部管理体制」(J-SOX対応)

内部管理体制とは、会社の事業活動を適切かつ効率的に運営するための社内ルールや仕組み全般を指します。上場企業は、金融商品取引法に基づき、財務報告の信頼性を確保するための内部統制を整備し、その有効性を評価した「内部統制報告書」を提出する義務があります 。これが通称J-SOX(日本版SOX法)対応です。

【参照条文:金融商品取引法 第二十四条の四の四(内部統制報告書)】

上場会社等(有価証券報告書を提出しなければならない会社)は、内閣府令で定めるところにより、事業年度ごとに、当該会社の属する企業集団及び当該会社に係る財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するために必要なものとして内閣府令で定める体制について、...評価した報告書(内部統制報告書)を有価証券報告書と併せて内閣総理大臣に提出しなければならない。

(出典:e-Gov法令検索「金融商品取引法」を基に要約)

上場審査で最も重要視されるのは、この内部管理体制が「ルールとして存在する(整備)」だけでなく、「実際にそのルール通りに業務が回っている(運用)」という実績です 。一般的に、申請期の1年以上前から適切に運用されていることが求められます。  

多くの未上場企業では、経営者のリーダーシップのもと、柔軟で迅速な意思決定が行われていますが、その反面、客観的な牽制機能が不十分なケースが散見されます。上場準備の過程で、以下のような問題点が発覚することは決して珍しくありません。

分類不備の具体例求められる対応
経営者の牽制・社内規程を無視し、社長の独断で重要な契約が締結されている 。  ・勤務実態のない社長の親族に給与が支払われている 。  ・重要な意思決定は必ず取締役会で決議するルールの徹底。 ・関連当事者との取引に関する規程を整備し、承認プロセスを明確化する。
経理・財務・月次決算の締めに数ヶ月かかり、経営状況をタイムリーに把握できない。 ・仕入計上の根拠となる証憑(請求書など)が整理されていない 。  ・迅速かつ正確な月次決算体制の構築(例:5営業日以内)。 ・会計システムの導入と業務プロセスの標準化。
コンプライアンス・営業担当者が承認なく受注から請求まで単独で処理できる 。  ・必要な許認可(建設業、古物商など)を取得せずに事業を行っている。・職務分掌(役割分担)を明確にし、相互牽制が働く仕組みを構築する。 ・コンプライアンス規程の策定と全社的な研修の実施。
情報管理・重要なシステムに誰でもアクセスできる状態になっている 。  ・個人情報や機密情報の管理ルールが曖昧である。・アクセス権限の適切な設定と管理。 ・情報セキュリティポリシーの策定と従業員への周知徹底。

これらの体制を構築し、運用実績を積み上げるには、少なくとも2〜3年の準備期間が必要です。

3. 上場の障害となる「負の要因」の徹底排除

どんなに素晴らしい事業を展開し、強固な管理体制を築いても、上場の「障害」となる問題、いわゆる「負の要因」を抱えていては審査を通過できません。主幹事証券会社や取引所は、これらの項目を徹底的に調査します。

具体的には、以下のような点が挙げられます 。  

  • 反社会的勢力との関係: 役員や株主、主要な取引先に反社会的勢力との関わりがないか。
  • 訴訟・紛争: 経営に重大な影響を及ぼす可能性のある訴訟や紛争を抱えていないか。
  • 労務問題: 未払残業代や不当解雇など、重大な労務問題を抱えていないか。
  • 許認可・知的財産: 事業に必要な許認可の取得漏れや、他社の知的財産権を侵害していないか。
  • 関連当事者取引: 役員やその親族との取引が、会社に不利益な条件になっていないか。

これらの問題は、発覚した時点ですぐに解決できるとは限りません。早期に専門家へ相談し、上場申請までに対処を完了させておく必要があります。

まとめ:「魅力」と「信頼」の両輪を回し、成功への道を駆け上がる

ここまで、IPOを成功させる企業が持つべき「魅力的な顔」と「堅実な顔」について解説してきました。

この2つは、どちらか一方だけでは不十分です。

どんなに魅力的な成長ストーリーを語っても、その土台となる管理体制が脆弱であれば、投資家は「この会社はいつか不祥事を起こすかもしれない」と不安になり、投資を躊躇します。逆に、どれだけ完璧な管理体制を築いても、そこに成長の夢がなければ、投資家は魅力を感じず、株価はつきません。

投資家に選ばれ、スムーズに上場を果たす企業とは、この「魅力」と「信頼」という両輪を、バランス良く、力強く回せる企業に他なりません。

株式上場への道は、企業の在り方そのものを見つめ直し、より高い次元へと進化させるプロセスです。本記事が、その長くもやりがいのある旅路に挑む経営者、そして上場準備担当者の皆様の一助となれば幸いです。

参照情報

  • 法令
  • 公的機関・取引所資料
    • 株式会社東京証券取引所「新規上場ガイドブック(グロース市場編)」  
    • 株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」  
    • 金融庁「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」  
    • 金融庁「投資家と企業の対話ガイドライン」  
    • 金融庁「公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループ」報告書  
  • その他
    • 経済産業省「スタートアップの成長に向けたファイナンスに関するガイダンス」  

ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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