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株式上場(IPO)の実務(4) IPOの最適なタイミングは?業績基準と成功への全ロードマップを専門家が徹底解説

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • IPOの最適なタイミングを知りたい経営者の方
  • 上場に必要な業績基準を具体的に把握したい方
  • IPO準備の全体像とスケジュールを掴みたい方
  • グロース市場の最新動向(維持基準)が気になる方
  • IPOにかかる費用や専門家の役割を知りたい方

 「事業をさらに成長させるため、IPO(新規株式公開)を検討しているが、最適なタイミングはいつだろうか?」 「自社の業績で、そもそも上場は可能なのか?」

多くの経営者や実務担当者の方が、このような疑問をお持ちではないでしょうか。

IPOは、企業の信用力や知名度を飛躍的に高め、大規模な資金調達を可能にする強力な経営戦略です。しかし、その成功は「タイミング」と「準備」にかかっていると言っても過言ではありません。特に、金利の変動や市場の雰囲気が目まぐるしく変わる近年、IPOを取り巻く環境は大きく変化しています。

この記事では、2025年時点の最新情報を基に、IPOの最適なタイミングを見極めるための3つの視点、東京証券取引所の市場別(グロース・スタンダード)の具体的な業績基準、そして上場承認を勝ち取るための完全ロードマップを、専門家の視点から網羅的に解説します。

この記事を読めば、IPOという複雑なプロジェクトの全体像を明確に理解し、自社が今何をすべきか、具体的な次の一歩を踏み出せるようになるでしょう。

目次

IPOの成否を分ける「タイミング」の見極め方【3つの視点】

IPOのタイミングは、単一の要素で決まるものではありません。「外部環境」「内部環境」「戦略的環境」という3つの視点を総合的に分析し、自社にとって最も有利な時期を見極めることが重要です。

視点1:外部環境 - 市場の「窓」は開いているか?

IPOには「IPOウィンドウ」と呼ばれる、市場環境が新規上場に適した時期が存在します。この「窓」が開いているか閉まっているかは、主に以下のマクロ経済要因によって左右されます。

市場トレンド:投資家は「成長の質」を重視

2024年のIPO社数は86社と、3年連続で100社を下回りました 。日経平均株価が最高値を更新する一方で、新興企業が多く上場する東証グロース市場250指数は伸び悩むなど、投資家がより慎重に銘柄を選別する傾向が鮮明になっています 。これは、かつてのように「将来性」だけで高評価を得る時代から、着実な収益性や安定した事業基盤といった「成長の質」が問われる時代へと市場がシフトしていることを示唆しています。  

金利・インフレ動向:企業価値評価の根幹を揺るがす

2022年から2023年にかけての金利上昇局面では、企業の将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く際の「割引率」が上昇し、特にグロース株のバリュエーション(企業価値評価)が大きく低下しました。これにより、多くの企業がIPOを延期せざるを得ない状況となりました 。  

2025年以降は金利の低下が予測されており、これはIPO市場にとって追い風となります。金利が下がれば、企業の借入コストが低下し、投資家の資金が債券から株式市場へ流れ込みやすくなるため、IPOへの需要が高まることが期待されます 。  

市場のボラティリティ(VIX指数):投資家の「恐怖心」を読む

VIX指数(Volatility Index)は、投資家の市場に対する不安心理を示す指標で、「恐怖指数」とも呼ばれます。一般的に、VIX指数が20を下回ると市場は安定的でIPOウィンドウは「開いている」、20を上回ると市場が不安定で「閉じている」と判断されます 。  

VIX指数が高い時期は、株価の変動が激しく、投資家はリスクを避ける傾向が強まります。これにより、IPO時の株価設定が難しくなり、引受証券会社も慎重になるため、IPOの延期や中止につながりやすくなります 。  

視点2:内部環境 - 自社の業績と組織は「上場企業レベル」か?

外部環境がどれだけ良好でも、自社の準備が整っていなければIPOは成功しません。「業績」と「組織体制」の両面で、上場企業としてふさわしいレベルに達しているかを見極める必要があります。

業績水準

上場に必要な業績は、目指す市場によって大きく異なります。安定した黒字経営が求められる「スタンダード市場」と、赤字であっても高い成長性が評価される「グロース市場」では、求められる尺度が全く違います。詳細は次章で詳しく解説しますが、自社の業績ステージに合った市場を選択することが第一歩です 。  

組織の成熟度

IPO準備は、単なる資金調達イベントではなく、企業が「私企業」から「公器」へと生まれ変わるための組織変革プロセスです 。上場企業には、投資家保護の観点から、厳格な内部管理体制やコーポレート・ガバナンスが求められます。  

具体的には、

  • 内部統制の構築:業務の適正性と財務報告の信頼性を確保する仕組み
  • ガバナンス体制の整備:常勤監査役の設置など、経営を監視する機能の構築
  • 決算体制の強化:四半期ごとの迅速かつ正確な決算開示に対応できる体制

など、多岐にわたる準備が必要です 。これらの体制をIPOの1年以上前から実際に運用し、「上場企業としてふさわしい運営実績」を示すことが審査では極めて重要になります 。  

視点3:戦略的環境 - なぜIPOなのか?M&Aという選択肢

IPOはあくまで企業成長のための一つの手段であり、唯一のゴールではありません。創業者利潤の獲得や事業のさらなる成長を目指すEXIT戦略としては、「M&A(企業の売却・合併)」という有力な選択肢も存在します。

  • IPOとM&Aの比較
    • IPOのメリット:より高い企業価値評価が期待できる、経営権を維持したまま成長を続けられる、知名度や信用力が向上する 。  
    • M&Aのメリット:比較的短期間でEXITが完了する、創業者が投下資本を一度に全額現金化できる、大手企業の傘下で事業をさらに成長させられる可能性がある 。  
  • デュアルトラック・プロセスという新潮流 近年、米国を中心に「デュアルトラック・プロセス」という手法が注目されています。これは、IPO準備とM&Aの売却交渉を同時並行で進める戦略です。IPOによって算定される想定時価総額を交渉の最低ラインとすることで、M&Aの売却価格を最大化する効果が期待できます 。  

IPOを目指すという決断は、「なぜ自社は上場するのか?」という根本的な問いに答えるプロセスでもあります。長期的に独立した公開企業として成長を牽引したいのか、あるいは創業者利益を確定し事業の未来を新たなパートナーに託すのか。この戦略的な意思決定こそが、最適なタイミングを計る上での羅針盤となります。

超えるべき業績の壁:市場別IPO基準の完全ガイド

東京証券取引所には、主に「グロース市場」と「スタンダード市場」があり、それぞれ上場基準が異なります。自社の事業フェーズや成長戦略に合った市場を選択することが重要です。

グロース市場:高い成長可能性が最重要(赤字上場も)

グロース市場は、高い成長可能性を持つ企業向けの市場です。現在の利益水準よりも、将来性や事業計画の合理性が重視されるのが最大の特徴です 。  

  • 業績基準の特徴:売上高や利益に関する明確な数値基準はありません。審査の核心は、主幹事証券会社や取引所が「高い成長可能性」を認めるかどうかにあります 。  
  • 赤字上場(先行投資型):事業拡大のための先行投資(マーケティング、研究開発など)によって赤字であることは、必ずしもマイナス評価にはなりません。実際に2024年上半期にグロース市場へ上場した34社のうち9社(約26%)が、直前期に損失を計上していました 。  
  • 主な上場企業:IPOを目指す企業の多くが最初に選択する市場であり、業種としては「情報・通信業」や「サービス業」が中心です 。  

スタンダード市場:安定した収益基盤が前提

スタンダード市場は、確立された事業基盤と安定的な収益性を有する、成熟した企業向けの市場です 。  

  • 業績基準の特徴
    • 利益基準:形式要件として「最近1年間の利益の額が1億円以上」であることが求められます。このため、赤字での上場は事実上不可能です 。  
    • 売上高の目安:明確な基準はありませんが、近年の上場事例を見ると、売上高30億円前後が一つの目安と考えられます 。  
    • 純資産:連結純資産の額が正(プラス)である必要があります 。  
項目グロース市場スタンダード市場
コンセプト高い成長可能性安定した収益基盤
株主数(上場時見込み)150人以上400人以上
流通株式時価総額5億円以上10億円以上
利益の額基準なし最近1年間で1億円以上
純資産の額基準なし連結純資産が正(プラス)
出典: 日本取引所グループの新規上場ガイドブック等に基づき作成

【2025年最重要トピック】グロース市場・上場維持基準の厳格化にどう備えるか

IPO戦略を考える上で、現在最も重要な変化がこのグロース市場の上場維持基準の厳格化です。これは、市場の質を向上させ、上場後も持続的な成長を促すことを目的としています。

  • 変更内容:2025年9月26日に東京証券取引所が公表した制度要綱によると、2030年3月1日以降、以下の新基準が適用されます 。
    • 旧基準:上場から10年経過後に時価総額40億円以上
    • 新基準:上場から5年経過後に時価総額100億円以上
  • 企業への影響
    • これは新規上場時の基準ではありませんが、上場後の成長戦略に絶大な影響を与えます 。  
    • 基準未達の場合、1年間の改善期間を経て上場廃止となるリスクがあります 。  
    • スタンダード市場への市場区分変更という選択肢も用意されています 。  

この変更は、グロース市場が「とりあえず上場して様子を見る」場所ではなくなったことを意味します。2025年以降にグロース市場を目指す企業は、「5年で時価総額100億円」という明確な目標を達成できる、具体的かつ野心的な成長戦略(エクイティストーリー)を上場時点から投資家に示す必要があります。この変化は、IPOの目的そのものと、上場後の経営のあり方を根本から問い直す、非常に重要なルール改正と言えるでしょう。

IPO実現へのロードマップ:N-3期から逆算するタスクリスト

IPOは、思い立ってすぐに実現できるものではありません。監査や内部管理体制の構築に時間を要するため、一般的に3年以上の計画的な準備が必要です。ここでは、上場申請する期を「N期」として、そこから逆算したタスクを解説します。

なぜ3年以上の準備が必要なのか?

最大の理由は、上場審査で直前々期(N-2期)と直前期(N-1期)の2期間分の財務諸表について、監査法人による監査証明が必須だからです 。過去に遡って監査を受ける「遡及監査」は原則として認められないため、N-2期の期首から監査を受けられる体制を整える必要があり、これが実質的に3年間の準備期間を要する根拠となります 。  

N-3期以前(上場3年以上前):意思決定とチーム組成

この時期は、IPOという航海に出るための「船」と「クルー」を揃える段階です。

  • IPOの意思決定とプロジェクトチーム発足
  • 外部専門家チームの選定
    • 主幹事証券会社:IPO準備全体の司令塔となる最も重要なパートナーです 。  
    • 監査法人:財務諸表の信頼性を担保する会計監査の専門家です 。  
  • 社内キーパーソンの採用:特にCFO(最高財務責任者)は、資本政策の立案から外部専門家との折衝まで、準備プロセス全体を牽引する要です。理想的にはN-3期末までに採用することが望ましいでしょう 。  
  • ショートレビュー(短期調査)の実施:監査法人に依頼し、会計処理や内部管理体制における課題を早期に洗い出します 。  

N-2期(上場2年前):内部管理体制の構築

ショートレビューで見つかった課題を解決し、上場企業としての「体質」を作り上げる重要な1年です。

  • 内部管理体制の本格的な構築・運用:就業規則や各種規程の整備、稟議制度の導入、予算実績管理体制の構築などを行います 。  
  • 監査法人による会計監査の開始:この期から正式な会計監査がスタートします 。  
  • 主幹事証券会社による指導開始:事業計画のブラッシュアップや資本政策に関する具体的な指導が本格化します 。  
  • 常勤監査役の選任:経営の監視役である常勤監査役を遅くともこの期までには選任し、ガバナンス体制を機能させます 。  

N-1期(上場1年前):体制の運用と実績作り

構築した体制を実際に1年間運用し、「上場企業として適切に経営できる」という実績を作る期間です。

  • 各種体制の運用:N-2期に構築した内部管理体制を全社で定着させ、運用実績を積み上げます 。  
  • 申請書類の作成:膨大な量の上場申請書類(Ⅰの部、Ⅱの部など)の作成に着手します。
  • 主幹事証券会社による引受審査:証券会社の審査部門が、上場企業として推薦できるか、株式を引き受けても問題ないかを厳しく審査します。この審査をクリアしなければ、取引所への申請はできません 。  

N期(申請期):最終審査と上場

いよいよ最終関門である、証券取引所による審査に臨みます。

  • 東京証券取引所への上場申請  
  • 取引所による上場審査:審査期間の目安はグロース市場で約2ヶ月、スタンダード市場で約3ヶ月です 。審査は、書面での質疑応答や複数回のヒアリング、経営者・監査役・独立役員への面談など、多岐にわたります 。  
  • 上場承認後のプロセス:承認後、投資家向けの会社説明会(ロードショー)などを経て、公募価格を決定し、晴れて上場日を迎えます。

IPOにかかる費用の内訳

IPOには多額の費用がかかります。事前に予算を確保しておくことが不可欠です。

費用項目目安金額概要
監査法人費用1,150万~数千万円ショートレビュー(150万~400万円)、2期分の監査費用(1,000万円~)など
証券会社関連費用数千万~数億円コンサルティング料(年間500万~2,000万円)、引受手数料(公募・売出額の5~9%)など
取引所関連費用300万~2,000万円上場審査料(グロース200万円~)、新規上場料(グロース100万円~)など
その他専門家費用500万~2,000万円IPOコンサルティング、弁護士費用など
印刷・事務代行費用600万~2,500万円申請書類の印刷費用、株式事務代行機関への手数料など
出典: 各種公開情報に基づき作成

IPO成功の成否を握る3つの柱

ロードマップをなぞるだけでは、IPOの成功はおぼつきません。投資家から高い評価を得て、上場後も持続的に成長するためには、以下の3つの質的な要素が不可欠です。

柱1:投資家を惹きつける「エクイティストーリー」の構築

エクイティストーリーとは、「なぜこの会社に投資すべきなのか」を伝える、投資家向けの成長物語です。これは単なる事業計画書ではなく、データに裏打ちされた、説得力のある未来へのビジョンです 。  

優れたエクイティストーリーは、以下の要素で構成されます。

  1. 事業概要と沿革:どのような道のりを経て今に至るのか。
  2. 市場の魅力と成長性:事業を展開する市場はどれだけ大きく、今後どう成長していくのか(TAM: Total Addressable Market)。
  3. 独自の競争優位性:なぜ競合ではなく自社が勝てるのか。技術、ビジネスモデル、ブランドなどの強み。
  4. 明確な成長戦略:市場機会を捉え、競争優位性を活かしてどのように成長していくのか。
  5. 財務実績と将来計画:過去の実績と、成長戦略がもたらす未来の財務目標(KPIと連動)。

例えば、2024年に上場した株式会社ソラコムは、「グローバルなIoTプラットフォーム」というビジネスモデル、2026年に1兆ドルを超える巨大な市場規模、そして独自の技術力という競争優位性を明確に示し、投資家の高い評価を得ました 。エクイティストーリーを練り上げるプロセスは、経営陣が自社の強みと成長戦略を再確認し、社内の目線を統一する上でも非常に価値のある活動です。  

柱2:成功への伴走者、専門家チームの選び方

IPOは自社だけでは成し遂げられません。主幹事証券会社と監査法人は、単なる業者ではなく、数年間にわたって伴走する最も重要なパートナーです 。  

  • 主幹事証券会社の役割:IPOプロジェクト全体の進行管理、資本政策や事業戦略への助言、企業価値評価、そして最終的には取引所や投資家に対して「この会社は上場企業としてふさわしい」と推薦する役割を担います 。  
  • 監査法人の役割:2期分の財務諸表監査を通じて、決算書の信頼性を保証します。また、内部統制の構築や適切な会計処理に関する専門的な助言も行い、上場企業としての管理体制の土台作りを支えます 。  

これらのパートナーを選ぶ際は、手数料の安さだけでなく、自社の業界への深い知見やIPOの実績、そして経営陣との相性を重視すべきです。経験豊富なパートナーは、審査で想定される論点を先回りして指摘し、解決に導いてくれる頼もしい存在となります。

柱3:審査の関門、「デューデリジェンス」への備え

引受審査や上場審査の過程で、証券会社や取引所は企業の内部を徹底的に調査します。これを「デューデリジェンス」と呼びます。ここで問題が発覚すると、IPOが延期または中止になる重大なリスクとなります。特に以下の3点は、致命傷になりかねないため、早期の対応が不可欠です。

  • 関連当事者取引:社長やその親族、役員が経営する会社などとの取引は、利益相反の温床と見なされ厳しく審査されます。取引の必要性や条件の妥当性を客観的に説明できない取引は、原則としてIPO前に解消する必要があります 。  
  • 反社会的勢力との関係:直接的・間接的を問わず、反社会的勢力との関わりは一切許されません。取引先や株主、従業員に至るまで、反社チェックを徹底する体制の構築と運用が必須です。「知らなかった」では済まされない、ゼロ・トレランス(不寛容)の原則が適用されます 。  
  • 労務コンプライアンス(未払い残業代など):過去の未払い残業代は「簿外債務」と見なされ、上場前に清算を求められます。賃金請求権の時効は現在3年であり、退職者も含めた過去3年分の未払い残業代を計算し、支払う必要があります。これは数千万円単位の想定外のキャッシュアウトにつながる可能性があり、多くの企業がつまずくポイントです 。  

上場の鐘の先へ:パブリックカンパニーとしての現実

IPOはゴールではなく、新たなスタートラインです。上場の鐘を鳴らした瞬間から、企業と経営者は「パブリックカンパニー」としての新たな責任とプレッシャーに直面します。

株主との対話:IR活動と四半期決算のプレッシャー

上場企業は、株主・投資家に対して経営状況をタイムリーかつ公正に開示する責任を負います。

  • IR(Investor Relations)活動:決算説明会や投資家との個別面談などを通じて、自社の経営戦略や業績について継続的に対話していくことが求められます 。  
  • 四半期決算のプレッシャー:3ヶ月ごとに発表される業績が市場の期待に届くかどうかが、常に株価を左右します。この「四半期ごとの審判」に応えようとするあまり、長期的な視点での研究開発投資などを抑制してしまうといった、短期的な経営判断に陥るリスクも指摘されています 。  

創業者利得と「ロックアップ」の現実

IPOによって創業者は大きな資産を得る可能性がありますが、すぐに全株式を売却できるわけではありません。

  • ロックアップ制度:創業者や役員、ベンチャーキャピタルなどの大株主は、上場後一定期間(通常90日または180日)、保有株式を売却できないようにする「ロックアップ契約」を締結します。これは、上場直後の大量売却による株価の暴落を防ぎ、投資家を保護するための仕組みです 。  
  • ロックアップ解除後の株価:ロックアップ期間が終了すると、市場に売り出される株式が増えるとの思惑から、一時的に株価が下落する傾向があります 。経営陣は、インサイダー取引の疑いを避けるため、「ルール10b5-1」といった事前に売却計画を定める制度を活用し、計画的に資産形成を行うことが一般的です。  

CEOの役割とアイデンティティの変化

上場後のCEOの役割は、未上場時代とは大きく異なります。

  • 役割の変化:社内の業務執行に集中できた未上場時と比べ、上場企業のCEOは、株主やアナリストとの対話、メディア対応、取締役会の運営といった対外的な活動に多くの時間を割くことになります 。  
  • 心理的な影響:自身のアイデンティティそのものであった会社が「公のもの」となり、経営の自由度が制約される中で、喪失感や「アイデンティティ・クライシス」に陥る創業者も少なくありません 。また、絶え間ないプレッシャーは、精神的なストレスや燃え尽き症候群(バーンアウト)につながるリスクもはらんでいます 。  

事例に学ぶ、IPOの成功と失敗の分水嶺

理論だけでなく、実際の事例から学ぶことも重要です。成功と失敗、それぞれの要因を分析します。

成功事例:なぜメルカリは赤字でも大型上場できたのか

2018年に上場したメルカリは、当時、赤字経営であったにもかかわらず、高い時価総額で市場の注目を集めました 。その成功の背景には、グロース市場が求める要素を完璧に満たしていたことがあります。  

  1. 圧倒的なエクイティストーリー:CtoC(個人間取引)という巨大な市場で、国内トップシェアという圧倒的なポジションを確立。さらに、米国市場への展開という明確な成長戦略がありました 。  
  2. 「成長のための赤字」への理解:赤字の要因が、市場シェア獲得のための積極的な広告宣伝費であることが明確でした。投資家は、目先の利益ではなく、将来のプラットフォームとしての価値に投資したのです 。  
  3. 実績による裏付け:赤字であっても、売上高やユーザー数は爆発的に伸びており、ビジネスモデルの有効性が数字で証明されていました 。  

失敗の教訓:IPO準備で陥りがちな共通の罠

一方で、多くの企業がIPO準備の過程でつまずきます。その原因は、多くの場合、共通しています。

  • 内部統制・会計制度の不備:最も典型的な失敗要因です。ショートレビューや監査で指摘された課題を先送りし、審査段階で致命的な欠陥として発覚するケースです 。  
  • 業績計画の未達:精度の低い事業計画を立て、実績が伴わない場合、エクイティストーリー全体の信頼性が失われます。審査では、計画を達成する「実行力」も厳しく見られます 。  
  • コンプライアンス意識の欠如:関連当事者取引の安易な継続や、労務問題の軽視など、上場企業としての規範意識の欠如が露呈し、審査がストップするケースです 。  
  • IPOの目的化:上場すること自体が目的となり、上場後の成長戦略が描けていない企業は、たとえ上場できても、その後の株価が低迷し、結果として「失敗したIPO」と評価されがちです 。  

IPOの失敗は、準備の最終段階で突然起こるものではありません。その多くは、経営の根幹にある課題が、IPOという厳しい審査プロセスによって可視化された結果です。IPOの成功とは、上場企業にふさわしい強固な事業と管理体制を、時間をかけて作り上げることに他なりません。

まとめ

IPOの最適なタイミングは、市場の追い風が吹き、自社の業績と組織体制が整い、そして経営戦略としてIPOが最善であると判断できる、3つの円が重なった瞬間に訪れます。

  • 市場の窓を見極めつつ、自社の成長ステージに合った市場(グロース or スタンダード)を選択する。
  • 特にグロース市場を目指す場合、5年で時価総額100億円という新たなマイルストーンを意識した成長戦略が不可欠。
  • N-3期からの計画的な準備が成否を分け、特にCFO、主幹事証券、監査法人という専門家チームとの連携が鍵となる。
  • エクイティストーリーの構築、デューデリジェンスへの備えといった質的な準備が、企業価値を最大化する。
  • IPOはゴールではなく、パブリックカンパニーとしての新たな責任と成長の始まりである。

IPOは、企業を次のステージへと飛躍させる、計り知れないポテンシャルを秘めています。本記事が、その挑戦への確かな一歩を踏み出すための道標となれば幸いです。

よくある質問(Q&A)

赤字でも本当に上場できるのでしょうか?

はい、可能です。特に東証グロース市場では、赤字決算であっても上場が認められるケースは少なくありません。重要なのは、赤字の「理由」です。事業拡大のためのマーケティング費用や研究開発費といった戦略的な先行投資による赤字であり、明確な事業計画と将来の黒字化への道筋(エクイティストーリー)を投資家に示すことができれば、高い成長性が評価され、上場は十分に可能です。メルカリの事例がその典型です。ただし、安定した収益基盤を求めるスタンダード市場では、原則として黒字であることが要件となります 。

IPO準備には、どのような人材が社内に必要ですか?

IPO準備を牽引する専門チームが不可欠です。最も重要な役割を担うのがCFO(最高財務責任者)です。CFOは、資本政策の立案、資金調達、財務報告体制の構築、外部専門家(証券会社や監査法人)との交渉など、プロジェクト全体を統括します。理想的には上場準備の初期段階であるN-3期(上場3年前)までに採用することが望ましいです。また、経理・財務部門の強化はもちろん、経営の透明性を担保するために、経営から独立した立場で業務を監査する常勤監査役の設置も必須となります 。

主幹事証券会社はいつ、どのように選べばよいですか?

主幹事証券会社は、IPO準備の最も早い段階、理想的にはN-3期(上場3年前)に選定すべきです。選定にあたっては、以下の点を総合的に評価することが重要です。

相性:経営陣と長期にわたって緊密なコミュニケーションが取れる、信頼関係を築ける担当者か。 企業の知名度だけでなく、自社の成長を真にサポートしてくれる「パートナー」としての視点で選ぶことが成功の鍵となります 。

業界への知見と実績:自社のビジネスモデルや業界動向を深く理解し、同業他社のIPO実績が豊富か。

審査・引受部門の体制:経験豊富な担当者がチームを組み、厳しい審査を乗り越えるための的確な指導が期待できるか。

営業力(販売網):国内外の機関投資家への強力な販売網を持っているか。


ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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