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KAM(監査上の主要な検討事項)とは?経営者のための監査報告書の読み解き方

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • 自社の監査報告書からリスクを把握したい経営者の方
  • 競合他社のKAMを分析し、経営戦略に活かしたい方
  • 監査法人との対話をより有意義なものにしたい役員の方
  • 財務諸表の裏側にある重要論点を理解したい管理職の方

監査報告書はリスクの宝地図!経営者が知るべき「KAM」の読み解き方

はじめに:監査報告書をただ保管していませんか?そこに眠る経営のヒント

多くの経営者や実務担当者にとって、監査報告書は「無限定適正意見」というお墨付きをもらうための、年に一度の形式的な書類かもしれません。しかし、その考えは非常にもったいないものです。特に2021年3月期以降、監査報告書には企業の事業リスクや戦略の妥当性を読み解くための、極めて重要な情報が記載されるようになりました。

その鍵となるのが、「KAM(Key Audit Matters:監査上の主要な検討事項)」です 。KAMとは、公認会計士(監査人)が、その年度の監査において「特に重要である」と判断した事項のことです 。言い換えれば、「監査人が最も時間と労力をかけて検討し、監査役会などと深く議論した、会社の最重要課題」が記されているセクションなのです。  

この記事では、会計の専門家ではない経営者や実務担当者の皆様に向けて、以下の点について分かりやすく解説します。

  • KAMがなぜ導入され、何が書かれているのか
  • KAMを読み解き、自社や競合他社の隠れたリスクを見抜く具体的な方法
  • 監査報告書を、形式的な書類から「戦略的な意思決定ツール」へと変えるための視点

KAMを正しく理解することは、自社のリスク管理を強化し、競合他社の弱点を分析し、そして投資家との対話を深めるための強力な武器となります。

第1章:KAMとは何か?経営者のための3分間ブリーフィング

KAMのシンプルな定義

KAM(カム)とは、「監査上の主要な検討事項」の略称です。監査人が、その年度の財務諸表監査において、職業的専門家として特に重要だと判断した事項を指します 。  

もっと平易な言葉で言えば、「会計上の見積りにおける不確実性が高い」「経営者の専門的な判断が大きく影響する」といった理由で、監査人が特に注意を払って検証したテーマのことです。

なぜKAMは導入されたのか?:「ブラックボックス」からの脱却

かつての監査報告書は、どの会社もほぼ同じ文面で「適正です」と書かれているだけで、監査人が具体的に何に注目し、どのような検証を行ったのかは外部から全く見えませんでした。この状態は「ブラックボックス」と揶揄され、過去には大規模な不正会計事案が発生した際に、「なぜ監査人は見抜けなかったのか」という批判が噴出する一因ともなりました 。  

このような背景から、投資家をはじめとする財務諸表の利用者が、監査のプロセスをより深く理解できるように、監査の透明性を高める目的でKAMの導入が決定されました 。これは、金融庁が公表した「監査基準の改訂に関する意見書」(2018年7月)に基づくもので、日本の会計監査における大きな転換点です 。  

KAMは「会社の弱点」ではない

重要なのは、KAMに記載されたからといって、その会社の会計処理が間違っている、あるいは問題があるというわけではない、ということです。KAMはあくまで「監査人が特に重要と判断した検討事項」であり、監査人はその事項について十分な監査手続を実施し、最終的に適正であると判断した上で監査報告書に意見を表明しています。

むしろKAMは、企業のガバナンスにおける重要な論点と捉えるべきです。なぜなら、KAMとして選定される事項は、監査人が監査役等と協議した事項の中から選ばれるからです 。つまり、KAMは監査法人内だけでなく、会社の最高監督機関である監査役会レベルで、その重要性やリスクが議論されたテーマなのです 。  

第2章:KAMの読み解き方:実践的な2つの構成要素フレームワーク

KAMを読み解くのは難しくありません。KAMの記載は、どの会社でも基本的に2つのパートで構成されています。このフレームワークを理解すれば、誰でも監査報告書から戦略的なインサイトを引き出すことができます。

構成要素平易な言葉で言うと経営者が着目すべき戦略的な問い
内容及び決定理由「何が(WHAT)」そして「なぜ(WHY)」重要なのかを説明するパートです。例えば、「巨額のM&Aで生じた『のれん』の評価」がテーマ(WHAT)であり、その評価が「将来の事業計画という不確実な予測に大きく依存しているため」重要(WHY)である、といった内容が書かれます 。  1. ここで指摘されている根本的なビジネス課題は何か?(例:買収した事業は、本当に計画通りの収益を上げるのか?) 2. 経営陣が立てた将来予測のうち、どの部分が特に精査されているのか? 3. この問題の財務的なインパクトはどれくらい大きいのか?(優れたKAMでは、総資産比率などが具体的に記載されます )  
監査上の対応「どのように(HOW)」監査人がその重要事項を検証したかを具体的に説明するパートです。例えば、「経営陣が作成した事業計画を過去の実績と比較した」「市場成長率などの重要な仮説について経営者に質問した」「外部の専門家も活用して評価の妥当性を検討した」といった監査手続が記載されます 。  1. 監査人はどれだけ深く検証したか?形式的なチェックか、それとも厳しいストレステストか? 2. 監査人は、我々の計画のどの部分に疑問を呈し、追加の証拠を求めたのか? 3. 監査人の対応を読むことで、このリスクが適切に管理されていると自信を持てるか?

この2つのパートを意識して読むだけで、監査報告書は単なる結果報告から、監査人と経営陣との間の高度な対話の記録へと変わります。

第3章:企業の隠れたリスクを発見する:3つの典型的なKAMシナリオ

では、実際のビジネスシーンでKAMがどのように役立つのか、金融庁や日本公認会計士協会が「好事例」として紹介するケースを基に作成した、3つの典型的なシナリオを見ていきましょう 。  

シナリオ1:のれんの減損 ― 「大型M&Aの賭けは成功しているか?」

  • ビジネスの状況:ある企業が昨年、社運を賭けた大型買収を実施し、多額の「のれん(買収額と純資産の差額)」を計上した。
  • KAMの「内容及び決定理由」:この「のれん」の評価がKAMに選定。理由は、のれんの価値が買収した事業の将来の収益力という、極めて不確実性の高い予測に基づいているため。
  • KAMの「監査上の対応」:監査人は、会社が楽観的に描くシナジー効果の計画を鵜呑みにしませんでした。「買収後の実際の業績と事業計画を比較分析」し、「市場成長率などの重要な仮定について経営者に質問」し、「割引率などの専門的な前提条件が変化した場合の感応度分析を実施」しました 。  
  • 経営者の視点:このKAMは、M&Aの統合計画が順調に進んでいるかどうかの通信簿です。「計画通りのシナジーは出ているか?」「この新事業に対する将来予測は本当に現実的か?」といった議論を、取締役会で始めるきっかけになります。

シナリオ2:固定資産の減損 ― 「当社の店舗網は負債化していないか?」

  • ビジネスの状況:ECの台頭により、実店舗への客足が遠のいている小売企業。
  • KAMの「内容及び決定理由」:店舗資産の評価がKAMに。理由は、多くの店舗が不採算となっており、損失(減損)を計上するかどうかの判断が、経営陣の主観が入りやすい将来の店舗収益予測に依存しているため 。  
  • KAMの「監査上の対応」:監査人は、「経営陣が過去に行った業績予測の精度を検証」し、「いくつかの店舗をサンプル抽出し、計画上のキャッシュフローと直近の実績を突合」し、「将来の売上成長率に関する仮定の合理性を評価」しました 。  
  • 経営者の視点:このKAMは、自社のリアル店舗戦略の持続可能性に対する、外部専門家からの警告灯です。店舗閉鎖や業態転換といった、痛みを伴う戦略的決断を加速させるための客観的な根拠となります。

シナリオ3:繰延税金資産の回収可能性 ― 「将来の黒字化に、我々は『本当に』自信があるか?」

  • ビジネスの状況:過去の赤字が累積しているが、力強いV字回復計画を掲げ、将来の税金支払いが減る効果を見込んで「繰延税金資産」を計上した企業。
  • KAMの「内容及び決定理由」:この繰延税金資産の回収可能性がKAMに。理由は、この資産は将来、計画通りに十分な利益を上げて初めて価値を持つものであり、その判断が不確実性の高い長期事業計画に全面的に依存しているため 。  
  • KAMの「監査上の対応」:監査人は、「過去の利益水準の推移を分析」し、「利益計画の前提となる重要な仮定(例:市場シェアの拡大、新製品の成功確率)を精査」し、「会社の計画を外部の業界予測と比較検討」しました 。  
  • 経営者の視点:これは、監査人が企業の長期戦略計画の実現可能性をどう評価しているかを示す、最も分かりやすい指標の一つです。競合他社が発表した再生計画の信憑性を測る上でも、極めて有効な情報となります。

これらのシナリオから分かるように、KAMで取り上げられる論点の多くは、過去の会計処理の正しさではなく、未来に向けた経営陣の戦略的な仮説の妥当性です。KAMを読むことは、自社の戦略ストーリーに対して、監査人がどのようなストレステストを行ったかを知ることに他なりません。

第4章:一歩進んだ分析:KAMの「行間」を読む

KAMの基本的な読み方をマスターしたら、さらに深い分析に挑戦してみましょう。

KAMの経年変化を追う

毎年同じKAMが記載されているか、それとも変化しているかを見ることで、企業の経営課題の変遷が読み取れます 。  

  • 新たなKAMの登場:新たな経営リスクが浮上したことを示唆します。
  • KAMの消滅:リスクが解消された、あるいは重要性が低下した可能性があります。
  • 毎年同じKAMが継続:その企業が抱える、構造的で根深い課題を示している可能性があります。

KAMの「質」を見極める

すべてのKAMが同じ価値を持つわけではありません。質の高いKAMと、形式的な「ボイラープレート(雛形)」化されたKAMを見分けることが重要です 。  

  • 質の高いKAM:監査人自身の言葉で、企業の個別事情が具体的に書かれています。なぜそれが重要なのか、どのような検証を行ったのかが詳細で、読むと情景が目に浮かぶようです。
  • 質の低いKAM:抽象的な表現に終始し、どの会社にも当てはまるような一般論しか書かれていません。財務諸表の注記を単に要約しただけのような記載は、情報価値が低いと言えます 。  

企業のKAMの質は、その会社の情報開示に対する姿勢や、監査人との対話の深さを反映する鏡とも言えます。

信頼できる情報源にあたる

本記事で解説したKAMは、すべての上場企業等の有価証券報告書に添付される監査報告書に記載されています。これらの公式文書は、金融庁の電子開示システム「EDINET」で誰でも無料で閲覧できます 。また、KAMに関するルールは、日本公認会計士協会が定める「監査基準委員会報告書701」に詳細が規定されています 。  

結論:監査報告書を戦略的な資産に変えよう

KAMは、監査人からの「批判」や「警告」ではありません。企業の最も重要な財務的・戦略的課題に光を当てる「スポットライト」です。

KAMを正しく読み解くことで、監査報告書は、棚にしまわれるだけの形式的な書類から、以下のような価値を持つ戦略的な資産へと生まれ変わります。

  • 自社のリスク管理体制を客観的に評価するツール
  • 競合他社の経営課題を分析するインテリジェンス
  • 投資家や金融機関と、より深いレベルで対話するための共通言語

ぜひ、この記事をきっかけに、自社の最新の有価証券報告書をEDINETで開いてみてください。そして、「監査上の主要な検討事項」のセクションを読み、経営チームで議論してみてください。「ここに書かれていることは、我々の最大の経営課題を的確に反映しているか?」「このKAMは、外部のステークホルダーにどのような物語を伝えているだろうか?」と。その対話こそが、企業価値を高める次の一手につながるはずです。


ここでは、あくまで私個人の視点から、皆様のご参考としていくつかの書籍を挙げさせていただきます。

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