「税効果会計って、計算も複雑だけど、それ以上に監査法人との調整が一番大変……」
そんな風に感じていませんか?
こんにちは、公認会計士のSatoです。私はこれまで数多くの決算現場に立ち会ってきましたが、税効果会計、特に「繰延税金資産(DTA)の回収可能性」は、実務担当者にとっても、私たち監査人にとっても、決算における最大の「戦場」です。
本連載では、教科書的な説明は最小限に。「監査人はどこを突いてくるのか」「どうすれば否認(資産として認められないこと)を防げるのか」という、現場で戦うための武器を全6回でお伝えします。
記念すべき第1回は、実務の全体像と、監査人が密かに進めている「皆さんの会社の格付け」への対策について解説します。
目次
監査人はあなたの会社の「見積りの不確実性」を格付けしている
実務のスタートは計算ソフトを開くことではありません。まず知っておくべきは、監査人が「監査基準委員会報告書540(会計上の見積りの監査)」という非常に厳しいルールに基づいて、皆さんの会社を査定しているという事実です。
なぜ「前年通り」の資料は真っ先に弾かれるのか?
かつての監査は「計算が合っているか」が中心でした。しかし現在は違います。監査人は、その計算の前提となる「将来の利益予測」がどれくらい不確実か、という「固有リスク」を厳格に評価します。
「去年もこれで通ったから」という説明は、現代の監査では通用しません。むしろ、経営環境の変化(原材料の高騰、為替変動、市場シェアの推移など)を反映していない資料は、「リスクを正しく評価していない」として、かえって監査人の疑念を招くことになります。
「固有リスク要因」を先回りして特定する
監査人が注目するのは、主に以下のポイントです。
- 業績の変動性: 過去3年で利益が乱高下していないか。
- 経営環境の変化: 競合他社の参入や新制度の導入がないか。
- 見積りの主観性: 経営者の「来期はこれくらい利益が出るだろう」という主観が入りすぎていないか。
これらを事前に整理し、「わが社にはこういうリスクがあるが、このように合理的な予測を立てた」と説明できる準備をすることが、防衛的実務の第一歩です。
【実務スケジュール】個別から連結・注記作成までのデッドライン
税効果会計を独力で完遂するには、タイムマネジメントが不可欠です。多くの現場で否認が起きる原因は、「検討が遅すぎて、監査法人と議論する時間が足りなくなり、最終的に押し切られる」ことにあります。
以下に、理想的な実務フローをまとめました。
税効果会計の実務フロー・チェックリスト
| 時期 | 工程 | 監査対応の防衛ポイント |
| 決算1ヶ月前 | 会計方針の策定 | 企業分類の仮判定を行い、監査人と「判定基準」を握っておく。 |
| 決算開始1週目 | 一時差異の抽出 | 別表四・五(一)との整合性を確認。漏れがないことを文書化する。 |
| 決算開始2週目 | 回収可能性の検討 | 【最重要】事業計画の根拠資料を揃え、監査人にドラフトを渡す。 |
| 決算開始3週目 | 連結税効果・注記作成 | 未実現利益や税率差異分析を行い、1円のズレもないよう検証する。 |
| 決算最終週 | 監査法人との最終合意 | 議論が紛糾した際の「着地点(バッファ)」を社内で決めておく。 |
【防衛実務】「とりあえず計上」が最も危険。否認を招く3つのNG行動
私が監査法人にいた頃、不備を見つけやすい会社には共通点がありました。それは「守り」が甘いことです。特に以下の行動は、監査人の懐疑心を最大に高めてしまいます。
1. 監査人に「判断を仰ぐ」
「この企業分類、何番になりますかね?」と監査人に聞いてはいけません。監査人は独立性の立場から、皆さんの代わりに判断することはできません。それどころか、「この担当者は自分で基準を判断できない=内部統制が弱い」と見なされてしまいます。
2. 事業計画が他の見積りと食い違っている
例えば、「固定資産の減損テスト」では弱気な事業計画を使っているのに、「税効果」では資産を計上したいがために強気な計画を使っているケースです。これは一発で「恣意的な見積り」として否認の対象になります。
3. 会計方針書(メモランダム)がない
計算結果の数値だけを見せるのではなく、「なぜこの分類にしたのか」「なぜこの利益予測が合理的なのか」を記したA4・1〜2枚のメモ(会計方針書)を自ら作成してください。これを先に渡すことで、議論の土俵を皆さんが支配できるのです。
【設例】繰延税金資産の計上と仕訳の基本
実務初心者のために、簡単な事例で「税金のズレ」をどう仕訳にするか確認しましょう。
例:賞与引当金 1,000円を計上したが、税務上は全額損金不算入(実効税率30%)の場合
- 会計上の処理: 費用を計上し、利益が減る。
- 税務上の処理: 損金にならないため、法人税額は減らない。
- 税効果の適用: 「将来、賞与を払った時に税金が安くなる権利」を資産として計上します。
【仕訳】
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
| 繰延税金資産 | 300 | 法人税等調整額 | 300 |
この「300」という資産が将来本当に使えるのか(=利益と相殺できるのか)を問うのが、後に続く「回収可能性」の議論です(企業会計基準第28号 第11項)。
【CPAの独白】監査現場で私が「この担当者は手強い」と感じる瞬間
私が現役の監査人として現場に行っていた頃、ある会社の経理部長さんに驚かされたことがあります。
税効果の議論になった際、その部長さんは「適用指針26号の第21項に照らせば、わが社の臨時的な損失は除外されるべきであり、分類2を維持できると考えます」と、基準の番号を正確に引用して説明されたのです。
正直に言いましょう。基準を空で引用してくる担当者に対し、監査人は「いい加減な指摘はできない」という強いプレッシャーを感じます。
もちろん、すべてを暗記する必要はありません。しかし、重要論点について「基準の何項に基づいているか」を意識するだけで、皆さんの発言の重みは劇的に変わります。この連載を通じて、皆さんにその「武器」を授けていければと思っています。
まとめ
第1回では、税効果会計が「見積りの監査」の対象であり、事前のロジック構築(防衛)が何より重要であることをお伝えしました。
- 監査人は監基報540に基づいて、会社の「不確実性」を格付けしている。
- 「とりあえず計算」ではなく、「会計方針の文書化」を先に行う。
- 他項目の見積り(減損など)との整合性を必ずチェックする。
次回は、計算の土台となる「一時差異の網羅的抽出」と、意外とミスが多い「法定実効税率の精密な算定」について、監査人のチェックポイントを交えて徹底解説します!
よくある質問(Q&A)
税効果会計の準備は決算日のいつ頃から始めるのが正解ですか?
決算日の1ヶ月前、つまり「期先(きさき)」の段階で、今期の企業分類がどうなりそうかという予備判定を終わらせておくのが理想です。決算が始まってからでは、監査法人との交渉時間が確保できず、不利な修正を受け入れるリスクが高まります。
監査人が「事業計画の合理性」を疑ってきた場合、どう反論すべきですか?
単なる「願望」ではなく、客観的な証拠を提示しましょう。具体的には、受注残高のリスト、過去数年の計画達成率、業界専門誌の市場予測データなどです。「なぜこの数字が達成可能と言えるのか」を第三者的なデータで裏付けるのがコツです。
会計方針書(メモランダム)には具体的に何を書けばいいですか?
主に「企業分類の判定根拠」「一時差異の抽出方法」「将来の課税所得の見積り根拠」の3点です。これを文書にしておくことで、監査人による質問の範囲を限定させ、議論を効率化することができます。
赤字が出ている期でも、繰延税金資産を計上し続けて大丈夫ですか?
「臨時的な原因」による赤字であれば可能です。ただし、その赤字が来期以降解消し、将来的に課税所得が発生することを、具体的な事業計画で証明する必要があります。分類4に該当する可能性も考慮し、早めの検討が必要です。
監査法人から指摘された計算ミスが1円単位だったのですが、直す必要がありますか?
はい、税効果会計の注記や差異分析では1円(あるいは百万円単位の端数)の不整合も、監査人からは「管理体制の不備」として厳しく見られます。特に「税率差異分析」での不一致は、他の大きな判断の信頼性まで損ねるため、精密なチェックが必要です。
専門家としての経験に基づき、現場で本当に『武器』になった数冊を厳選しました。理論だけで終わらない、実践に裏打ちされた知恵を求める方の参考になれば幸いです。