2025年3月期決算の申告準備も佳境に入る中、多くの経営者が、従業員の待遇改善のための「賃上げ」と、それに伴う人件費の増加という課題に直面していることと存じます。
こうした中、政府が企業の賃上げを後押しするために設けているのが「賃上げ促進税制」です。令和6年度税制改正により、その内容がさらに拡充されました。これは、単なる節税策ではなく、従業員への投資を、国が税の形で支援してくれる、極めて戦略的な制度です。
今回は、2025年3月期決算から適用される最新の制度内容について、特に多くの中小企業の皆様が活用できるよう、その適用要件と税額控除を最大化するためのポイントを解説します。
制度の概要:賃上げ促進税制とは?
本制度の仕組みは、至ってシンプルです。「前年度より給与等の支給額を増加させた場合、その増加額の一部を、法人税(または所得税)から直接差し引くことができる(税額控除)」というものです。
令和6年度税制改正では、特に中小企業向けに、赤字でも将来の黒字と相殺できる「繰越控除制度」が新設されるなど、より使い勝手の良い制度へと進化しました。
【中小企業向け】税額控除を受けるための基本要件
本制度の根拠は、租税特別措置法第42条の12の5に定められています。中小企業者等が、税額控除の適用を受けるための基本要件は以下の通りです。
- 要件: 全ての国内雇用者に対する「雇用者給与等支給額」が、前事業年度と比べて1.5%以上増加していること。
【補足】 「雇用者給与等支給額」とは、役員報酬や退職金などを除く、国内の雇用者に対して支払う給与・賞与等の合計額を指します。また、日雇労働者も雇用者に含まれますが、その判定には注意が必要です。
この基本要件を満たした場合、以下の税額控除が適用されます。
- 給与等支給額の対前年度増加率が1.5%以上の場合 → 増加額の15%を税額控除
- 給与等支給額の対前年度増加率が2.5%以上の場合 → 増加額の30%を税額控除
例えば、給与支給額を前年度から1,000万円増やし、増加率が2.5%以上であれば、1,000万円 × 30% = 300万円もの金額が、法人税額から直接控除される計算となります。
控除率を最大45%へ!上乗せ措置の活用
さらに、以下の要件を満たすことで、控除率を上乗せし、最大で45%まで引き上げることが可能です。
1. 教育訓練費の上乗せ(+10%)
- 要件: 教育訓練費の額が、前事業年度と比べて5%以上増加していること。
- 効果: 税額控除率が10%上乗せされます。
【補足】 ここでいう「教育訓練費」とは、従業員の職務に必要な技術や知識を習得・向上させるために、外部の専門家等に委託する費用などが対象です。対象となる費用の範囲については、詳細な規定があるため、経費計上時に区分を明確にしておくことが重要です。
2. 女性活躍・子育て支援の上乗せ(+5%)
- 要件: 女性活躍推進法に基づく「えるぼし認定(2段階目以上)」、または、次世代育成支援対策推進法に基づく「くるみん認定」のいずれかを取得していること。
- 効果: 税額控除率が5%上乗せされます。
これらの要件を全て満たした場合、基本の30% + 教育訓練費10% + 子育て支援5% = 最大45% の税額控除が可能となります。
実務上の重要ポイントと注意点
最後に、本制度を適用する上での実務的な留意点を3点お伝えします。
- 税額控除の上限: 控除できる税額は、その事業年度の法人税額の20%が上限となります。
- 【重要】5年間の繰越控除(中小企業のみ): 令和6年度改正の最大のポイントです。赤字の事業年度や、上記の20%上限によって、その年度に控除しきれなかった金額がある場合、その全額を5年間繰り越すことが可能になりました。これにより、足元が赤字であっても、将来の黒字を見越して、積極的に賃上げを行うインセンティブが生まれました。
- 証拠資料の保存: 税額控除の適用を受けるためには、その計算の根拠となった給与台帳、雇用契約書、教育訓練費の請求書・領収書、くるみん・えるぼし認定の通知書などを整理・保存し、税務調査の際にいつでも提示できるようにしておくことが不可欠です。
最後に
賃上げは、コストであると同時に、従業員のエンゲージメントを高め、生産性を向上させるための、最も効果的な「未来への投資」です。この賃上げ促進税制は、その重要な経営判断を、国が税という形で力強く後押ししてくれる、またとない機会と言えます。
2025年3月期の決算・申告にあたり、自社が適用要件を満たせるか、そして、どうすればその効果を最大化できるか、ぜひ一度、顧問税理士や我々公認会計士にご相談ください。適切な制度活用が、貴社の成長をさらに加速させる一助となるはずです。