皆さん、こんにちは。日々の実務を通じて、数多くの中小企業経営者や経理担当者の皆様からご相談を受けている公認会計士・税理士のSatoです。
「パソコンやシステムを新調したいけれど、全額今年の経費になるのかな?」――。私が経営者様から最もよく受ける質問の一つです。令和8年度(2026年度)の税制改正大綱において、中小企業に最も馴染み深い節税策である「少額減価償却資産の特例」が大幅に拡充されることが決まりました。
一方で、大企業や成長投資を怠る企業に対しては厳しい「ムチ」の政策も盛り込まれており、法人課税全体が「成長投資と賃上げ」を真剣に行う企業を選別し、優遇と冷遇を明確に分ける仕組みへとシフトしています。本記事では、経営者や実務担当者の皆様に向けて、令和8年度の法人課税改正の全貌と、今日から意識すべき実務上のポイントについてわかりやすく解説します。
目次
企業の二極化を促す法人課税の「ムチとアメ」
今回の税制改正の大きなテーマは、単なる一律のばらまき減税ではありません。リスクを取って前向きな国内投資や賃上げを行う企業には極めて強力な「アメ(税制優遇)」を与え、利益を出しているのに投資も賃上げも行わず内部留保をため込む企業には優遇措置を剥奪するという「ムチ」を打つ強いメッセージが込められています。経理や財務の担当者は、この新しいルールの下で自社の経営方針が税務上どのような影響を受けるのかを正確に見極め、経営陣にタイムリーな情報提供を行う役割が求められます。
中小企業者等の少額減価償却資産の特例拡充(40万円未満へ)
経理実務において最も利用頻度が高いと言っても過言ではない「少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例」。今回の改正における一番の朗報が、この特例の大幅な拡充です。
インフレや昨今の物価高騰、さらには高スペック化するIT機器の値上がりを背景に、対象となる資産の取得価額の上限が、従来の「30万円未満」から「40万円未満」へと引き上げられました。これにより、これまで通常の減価償却(数年にわたる費用化)が必要だった35万円のハイスペックパソコンや、38万円の業務用ソフトウェア、専門的な工具なども、購入した年度に一括して全額を経費(損金)に落とせるようになります。
ただし、アメが与えられる一方で、制度を利用できる企業の対象が絞り込まれるという厳しい変更点もあります。適用対象となる法人の要件が、従来の「常時使用する従業員500人以下」から「400人以下」へと引き下げられました。
| 項目 | 改正前 | 改正後(令和8年4月1日以後) |
| 1資産あたりの取得価額 | 30万円未満 | 40万円未満 |
| 年間の合計限度額 | 300万円まで | 300万円まで(据え置き) |
| 対象法人の従業員数要件 | 500人以下 | 400人以下 |
| 適用期限 | 令和8年3月31日まで | 令和11年3月31日まで延長 |
年間300万円という合計限度額は据え置かれているため、例えば取得価額35万円の機器を10台購入した場合、特例を使って一括経費にできるのは8台分(280万円)までとなる点には、従前通り注意が必要です。
「30万円台」の設備投資における法人税と固定資産税の重複適用
今回の枠拡大により、実務上極めて有利な「スイートスポット」が誕生しました。それが「取得価額30万円以上40万円未満」のゾーンです。 従来、固定資産税を減免するための特例(先端設備等導入計画に基づく特例など)は、対象となる工具・器具備品の取得価額が「30万円以上」とされていました。そのため、法人税で少額減価償却の特例(30万円未満)を使って全額経費にする場合、固定資産税の特例基準には届かず、両方の特例を同時に受けることは不可能でした。しかし、法人税の基準が40万円未満に引き上げられたことで、35万円の備品を購入した場合、法人税では「購入時の全額経費化」を達成しつつ、固定資産税でも「課税標準の減免」を受けるという、二重のメリットを享受することが可能となります。計画段階からこの価格帯を意識した設備投資を行うことが、中小企業における強力な節税戦略となります。
固定資産税(償却資産)の免税点引き上げと正確な理解
中小企業の設備投資を後押しするもう一つの改正が、固定資産税(償却資産税)の免税点の引き上げです。この改正により、償却資産に係る免税点が現行の150万円から180万円へと引き上げられます。 しかし、この制度は経営者や経理担当者の間で非常に誤解が生じやすい部分であるため、以下の3つのポイントを正確に理解しておく必要があります。
第一に、適用開始は令和8年度ではなく「令和9年度(2027年度)分の固定資産税から」となります。令和8年度(2026年度)分までは、従来通り150万円が免税点として適用されます。
第二に、「180万円」という基準は、購入した設備の取得価額の合計ではなく、市町村ごとに計算された「固定資産税上の課税標準額の合計」で判定されます。減価償却を加味した後の評価額で計算されるため、購入額が180万円を超えていても免税点に収まるケースは多々あります。
第三に、法令上の基準は「180万円未満」です。課税標準額が179万9,999円であれば非課税となりますが、ちょうど180万円であった場合は免税点に該当せず、180万円全額に対して課税されることになります。免税点を超えた部分だけに課税されるわけではない点に注意が必要です。
特定生産性向上設備等投資促進税制の創設(大胆な投資促進税制)
日本経済の「稼ぐ力」を底上げするための最大の目玉として創設されるのが、「特定生産性向上設備等投資促進税制」です。
ROI 15%以上と巨額投資のハードル、そして「建物」の包含
この制度は、一定の投資利益率(ROI 年平均15%以上)を見込める戦略的な設備投資に対して、「即時償却(取得価額の100%をその年の経費にして課税を完全に繰り延べる)」または「最大7%(建物等は4%)の税額控除」という、極めて強力なメリットを選択できるものです。 本税制の最大の特徴は、既存の投資促進税制では対象外とされることの多かった工場や倉庫などの「建物」および「構築物」が対象資産に含まれている点です。鉄筋コンクリート造の工場など、通常であれば数十年にわたって少しずつ経費化しなければならない巨額の不動産投資を、初年度に一括して経費化できるインパクトは計り知れません。
しかし、その恩恵を受けるためのハードルは並大抵ではありません。最低投資額の基準が、中小企業であっても「5億円以上」、大企業では「35億円以上」と非常に高額に設定されています。年間の設備投資額が数千万円規模にとどまる一般的な中小企業の場合、この制度の対象にはなりません。したがって、投資額が5億円に満たない企業は、前述の取得価額40万円未満に拡充された少額減価償却資産の特例や、既存の「中小企業経営強化税制」を活用していくという、身の丈に合った制度の使い分けが実務上の鍵となります。
事前の「投資計画確認」を怠る実務上の致命的リスク
本制度を活用できる規模の投資を行う企業において、実務担当者が絶対に知っておくべき落とし穴があります。それは、設備を取得する前に、経済産業大臣から投資計画の確認を受けることが「絶対条件」とされている点です。 もし、現場部門が「この設備は即時償却が使えるらしいから進めよう」と先に発注・契約・納品を済ませてしまい、事後的に経理部門が申請しようとしても、特例は一切適用されません。
数億円規模の税金軽減効果が事務手続きの順番ミスで吹き飛ぶ致命的な事態になりかねないため、設備投資の計画段階から現場部門と管理部門が密に連携し、税理士や外部専門家を交えたスケジュール管理を徹底する必要があります。
研究開発税制の拡充(戦略技術領域型の創設)
研究開発(R&D)を行う法人への支援も、メリハリを効かせた形で拡充されます。令和8年度改正では、従来の一般型とは別枠で新たに「戦略技術領域型」が創設されました。 これは、AI・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、フュージョンエネルギー(核融合)、宇宙という、国が重点的に推進する6分野の試験研究費について、40%という極めて高い控除率で税額控除を認めるものです。さらに、国の認定を受けた大学や国立研究開発法人等との共同・委託研究(大学拠点等強化類型)に該当する場合は、過去最高水準である50%の控除率が適用されます。
控除できる金額の上限は当期の法人税額の10%までと規定されていますが、一般型やオープンイノベーション型の上限枠とは別枠で計算できる点が大きなメリットです。また、単年度で控除しきれなかった金額については、研究開発投資を増加させた年度に限り3年間の繰越控除が可能となるなど、未来の技術投資に対して政府が長期的に後押しする姿勢が明確になっています。
賃上げ促進税制の改編:大企業への廃止と中小企業における繰越控除
企業の賃上げを促すための「賃上げ促進税制」についても、政策のフェーズが大きく転換します。
大企業向けの廃止と、中小企業の最大控除率低下(45%→35%)
まず、大企業向けの措置については、「コーポレートガバナンス改革が進む大企業は、税制優遇に頼らずとも自発的に賃上げを実現すべき」という政府の強い意向により、適用期限を待たずに令和8年3月31日で廃止されることが決まりました。また、中堅企業向けの措置も、要件が厳格化された上で令和9年3月末をもって廃止されます。
一方、人材確保に苦心する中小企業向けの措置は制度として継続されますが、実務上大きな変更点があります。それは、従来まで可能であった「教育訓練費の増加による上乗せ措置(+10%)」が廃止される点です。基本となる控除率(要件を満たせば最大30%)は維持されますが、全体の最大控除率は45%から「35%」へと低下します。これまでの税金シミュレーションに頼っていると、想定していた税額控除が得られず見込み違いが起こる可能性があるため、経理担当者は早急に新ルールでの試算を行う必要があります。ただし、煩雑であった教育訓練費の集計や按分計算が不要となるため、申告実務自体はシンプルになるという副次的なメリットもあります。
赤字企業を救う「5年間の繰越控除」の徹底活用
中小企業向けの賃上げ促進税制において最も重要となるのが、令和6年度改正で新設され、令和8年度以降も維持される「5年間の繰越控除措置」です。 これは、要件を満たす賃上げを実施したにもかかわらず、当期の業績が赤字である(または法人税額が少なく控除枠を使い切れない)場合に、控除しきれなかった金額を翌年以降に最長5年間繰り越すことができる制度です。つまり、赤字であっても将来の黒字化に備えて「税金を減らす権利」をストックしておくことができます。 しかし、この繰越控除を利用するためには、赤字で税金が発生しない年度であっても、毎年の確定申告書に必ず専用の明細書を連続して添付し続けるという厳格な手続き要件が課されています。1年でも提出を怠ると繰越枠が消滅してしまうため、税理士と連携した緻密な書類管理が求められます。
大企業および中堅企業向け「特定税額控除規定の不適用措置」の厳格化
大企業や成長を怠る企業に対しては、いわゆる「ムチ」の制度である「特定税額控除規定の不適用措置」がさらに強化されます。 当期の所得が前期を上回っている(増益である)にもかかわらず、賃上げや国内設備投資に消極的な企業は、各種の租税特別措置(税額控除や即時償却など)を受けられなくなるというペナルティ制度です。
今回の改正における最大の脅威は、不適用となる判定基準が著しく厳格化された点にあります。従来は、研究開発税制などの主要な優遇措置において、「賃上げ要件(対前年度比1%または2%未満)」と「国内設備投資要件(減価償却費の30%または40%以下)」の両方に抵触した場合にのみ不適用とされていました。しかし令和8年度以降、研究開発税制を除く地域未来投資促進税制や新設の大胆な設備投資税制等においては、賃上げか投資のどちらか一方でも基準を下回れば、即座に税額控除や即時償却が否認されるという極めて厳しいルールに移行します。
さらに警戒すべきは、このムチ税制の対象が「資本金1億円超の大企業」に限定されない点です。資本金1億円以下の中小企業であっても、直前3期の平均所得が15億円を超える「適用除外事業者」に該当する場合は、この厳しいルールの対象に組み込まれます。急成長を遂げている中堅企業は、「自社は中小企業だから関係ない」と油断していると、ある日突然数千万円規模の優遇税制を否認されるリスクがあるため、決算の数ヶ月前からの着地予想とシミュレーションが不可欠です。
よくある質問(Q&A)
39万円のパソコンを購入しました。購入した年度に全額経費(損金)にできますか?
はい、可能です。令和8年4月1日以後に取得し事業の用に供したものであれば、新しい「40万円未満」の基準が適用され、要件を満たせば購入年度に全額を経費にできます。
40万円ピッタリの資産は、少額減価償却資産の特例の対象になりますか?
いいえ、対象になりません。法令上は「40万円以下」ではなく「40万円未満」と規定されているため、取得価額が40万円ちょうどの資産は通常の減価償却等を行う必要があります。
少額減価償却資産の特例を使えば、固定資産税(償却資産税)の申告はしなくて良いですか?
いいえ、申告は必要です。法人税法上で全額経費にしたとしても、償却資産税の申告対象にはなります。ただし、市町村ごとの課税標準額の合計が免税点(令和9年度以降は180万円)未満であれば、結果として課税はされません。
特定生産性向上設備等投資促進税制で即時償却を受けるための「事前手続き」とは何ですか?
対象となる設備を取得(発注・契約等)する前に、一定の投資利益率(ROI 15%以上)を見込める投資計画を作成し、経済産業大臣の確認を受けることです。確認前に取得してしまうと特例が一切使えなくなるため、スケジュールの管理が極めて重要です。
接待飲食費を1人当たり1万円以下に抑えれば、全額経費(会議費等)になる特例について、今後の注意点はありますか?
令和6年度に引き上げられた「1人当たり1万円以下」の基準は令和8年度以降も継続されますが、2026年(令和8年)10月よりインボイス制度の経過措置が変更(80%控除から70%控除へ)される点に注意が必要です。税抜経理を採用している法人がインボイス未登録の飲食店を利用した場合、法人が負担する消費税のうち控除できない金額(30%分)が本体価格に上乗せして判定されます。そのため、支払総額が1万円ギリギリであった場合、税法上の判定で1万円を超過してしまい、その飲食費の全額が交際費として損金不算入の対象となるリスクがあります。