皆さん、こんにちは。日々の実務を通じて、数多くの経営者や資産家の皆様から税務・会計のご相談を受けている公認会計士・税理士のSatoです。
「賃貸アパートを借入金で建てれば、相続税の評価額が大きく下がる」――長年、相続対策の“常識”とされてきたこのスキームが、今まさに歴史的な転換点を迎えています。令和8年度(2026年度)の税制改正大綱において、富裕層を中心に行われてきた過度な不動産節税に対し、極めて厳格なメスが入ることが決定しました。
私自身、実務の最前線でお客様から「数年前に買ったあの投資用不動産、もしかして相続税が高くなるの?」と不安の声を直接お聞きする機会が急増しており、今回の改正が与えるインパクトの大きさを肌で感じています。
本記事では、経営者や実務担当者、そしてこれから財産を引き継ぐ皆様に向けて、令和8年度の「資産課税」改正の全貌と、今日から始めるべき対策について分かりやすく解説します。
目次
過度な節税スキームの終焉:資産課税改正の背景
これまで、現金で資産を持つよりも不動産に換えたほうが、相続税の計算のベースとなる「評価額」が大きく下がる仕組み(路線価や固定資産税評価額を活用した評価減)がありました。特に、人に貸し出す「貸付用不動産」であれば、借地権割合や借家権割合が控除されるため、実際の市場価格の数分の一まで評価額を圧縮することが可能でした。
しかし、亡くなる直前に多額の借入をして不動産を購入し、意図的に相続税をゼロに近づけるような極端な節税策に対し、国税庁は問題視を強めていました。令和4年(2022年)4月の最高裁判決(いわゆる「タワマン訴訟」)では、著しく公平性を欠く場合に例外的に国税庁長官の指示で再評価を行う「財産評価基本通達 総則6項」の適用が適法とされ、納税者側が敗訴する事態となりました。
今回の令和8年度税制改正は、この「伝家の宝刀」とも呼ばれた個別否認の動きを、「明確な新ルール」として法令や通達に組み込むことで、納税者の予見可能性を高めつつ、租税回避を未然に防ぐことを目的としています。
貸付用不動産の相続税評価額の厳格化(5年ルール)
今回の改正で最も実務的な影響が大きいのが、貸付用不動産の相続税評価に関する「5年ルール」の導入です。
取得後5年以内の物件は「通常の取引価額(約80%)」で評価
令和9年(2027年)1月1日以後に発生する相続や贈与において、被相続人(亡くなった方)が「課税時期前5年以内」に対価を伴う取引で取得、または新築した一定の貸付用不動産は、従来の通達評価(路線価等)ではなく、「課税時期における通常の取引価額(時価)」で評価されることになります。
ただし、実務上の激変緩和措置として、課税上の弊害がない限り「取得価額を基に地価の変動等を考慮して計算した価額の80%(100分の80)」による評価が認められる方針です。
| 貸付用不動産の状況 | 改正前の相続税評価 | 改正後(令和9年1月1日以後) |
| 相続前5年超に取得・保有 | 通達評価(路線価・固定資産税評価等ベース) | 通達評価(原則として現行通り維持) |
| 相続前5年以内に取得・新築 | 通達評価(路線価・固定資産税評価等ベース) | 通常の取引価額(概ね取得価額の80%) |
これにより、「亡くなる直前に借金をして賃貸不動産を買い、資産の評価額を暴落させる」という伝統的な節税手法は事実上封じられることになります。
駆け込み取得に対する経過措置の罠と戦略的対応
「それなら、5年経てば今まで通りの低い評価になるから、とりあえず早めに買っておけばいいのでは?」と考える方もいるかもしれません。 しかし、ここには落とし穴があります。5年ルールが明文化されたからといって、前述の「総則6項」が消滅したわけではありません。たとえ5年以上保有していても、借入金が過大であったり、節税目的のみで事業実態が乏しかったりする場合は、引き続き個別に否認されるリスクが潜んでいます。
税務対策のためだけに収益性の低い物件を買うのではなく、純粋な投資としての「時価」やキャッシュフローを重視した投資判断が不可欠です。
不動産小口化商品に対する時価評価の全面適用
さらに実務上の激震となっているのが、富裕層に人気の「不動産小口化商品」への規制です。
取得時期を問わない時価評価への転換と既存投資家への影響
不動産特定共同事業契約(任意組合型など)を利用した小口化商品は、都心の大型オフィスビルなどを数百万〜数千万円単位で購入でき、かつ現物不動産と同じように「路線価ベース」の大きな評価減を受けられるため、相続税対策として飛ぶように売れていました。
しかし、今回の改正では、不動産小口化商品に係る貸付用不動産については、「取得の時期に関わらず」、課税時期における通常の取引価額(時価)で評価することが明記されました。
| 小口化商品の取得時期 | 相続発生が令和8年末まで | 相続発生が令和9年1月1日以後 |
| 過去に取得済み | 従来の路線価等による評価(節税効果大) | 時価評価(節税効果なし) |
| 令和8年中に新規取得 | 従来の路線価等による評価(節税効果大) | 時価評価(節税効果なし) |
つまり、先ほどの貸付用不動産のような「5年」という期間制限すらなく、10年前に買った商品であっても、令和9年1月1日以後に相続が発生すれば、原則として時価評価(ほぼ購入価格)になってしまうのです。
【事例:不動産小口化商品(任意組合型)を1,000万円分保有している場合の評価額変化】
- 改正前の相続発生(令和8年12月31日まで):路線価や貸家建付地評価などの圧縮効果により、相続税評価額が約300万円〜400万円に下がるケースがありました。
- 改正後の相続発生(令和9年1月1日以後):取得時期に関わらず「通常の取引価額(概ね時価である1,000万円)」で評価されるため、評価額の圧縮効果(約600万円分)が完全に消滅します。
既存の投資家にとっては、期待していた節税効果が根底から覆る事態となります。現在小口化商品を保有している方は、新ルールが適用される前の「令和8年(2026年)12月31日」までに、暦年課税や相続時精算課税制度を利用して次世代へ生前贈与を完了させるなどの出口戦略を急いで検討する必要があります。
新築住宅に係る固定資産税の特例延長とハザードエリア除外
個人のマイホーム購入や、不動産開発業者の実務に直結する改正もあります。
新築住宅を建てた場合、一定期間(一般の戸建ては3年間、中高層耐火建築物のマンション等は5年間)、家屋の固定資産税が2分の1に減額される特例があります。この特例の適用期限が5年間延長され、令和13年(2031年)3月31日までに新築された住宅が対象となりました(地方税法附則第15条の6)。また、実務上の朗報として、適用対象となる床面積の下限要件が、現行の50㎡以上から40㎡以上へと緩和され、都心部のコンパクトな住宅も特例の対象になりやすくなりました。
一方で、安全なまちづくりを推進する観点から、厳しい適用除外要件が設けられました。令和11年(2029年)4月1日以降に新築される住宅については、「災害レッドゾーン」に立地する場合、原則としてこの固定資産税減額特例の適用対象外となります(建て替え等は除く)。
ここで、例えば東京都江東区などの都市部を例に、実務上の注意点を挙げましょう。 江東区は海抜が低く、高潮や荒川決壊のハザードマップでは浸水リスク(イエローゾーン相当)が指摘されるエリアが広く存在します。しかし、地方税法上で特例除外の対象となる「災害レッドゾーン」とは、主に急傾斜地崩壊危険区域や土砂災害特別警戒区域などを指します。そのため、江東区のような平坦な埋め立て地が中心のエリアでは、水害リスクはあっても、現時点で法令上の「災害レッドゾーン(土砂災害等)」に指定されている場所は無いため、この特例除外の対象にはならないケースがほとんどです。
家を建てる際や不動産開発の担当者は、単に「ハザードマップに色が塗られているか」で判断するのではなく、「法令上の災害レッドゾーン(土砂災害等)に該当するか」を自治体の都市計画課等で正確に調査するコンプライアンス意識が不可欠です。
教育資金の一括贈与の非課税措置終了と事業承継税制の延長
祖父母から孫などへ最大1,500万円まで非課税で贈与できる「教育資金の一括贈与の非課税措置」について、令和8年(2026年)3月31日をもって延長されずに終了することが決まりました。 金融機関での専用口座開設や領収書の提出など、事務手続きの煩雑さから利用者が減少していたことが背景にあります。今後は、学費が必要になる都度、直接教育費として支払う方法(これは従来から非課税です)や、年間110万円の暦年贈与、NISAを通じた運用など、よりシンプルで確実な贈与戦略へ回帰していくことになります。
一方で、中小企業の経営者にとって命綱とも言える「法人版事業承継税制(特例措置)」については、自社株を後継者に引き継ぐ際の贈与税や相続税を100%猶予してくれる強力な制度として、要件の期限延長が行われました。
事業承継税制の「計画提出期限」と「適用期限」の違い
この特例を受けるための第一関門である「特例承継計画」の提出期限が、令和9年(2027年)9月30日まで1年6ヶ月延長されました。これにより、後継者選びに悩む経営者に少し時間的な余裕が生まれました。
しかし、ここに税務実務上、最も警戒すべき落とし穴があります。 計画の提出期限は延びましたが、実際に株式の贈与や相続を実行して税制の適用を受けるための「適用期限」は、令和9年(2027年)12月31日のまま一切据え置かれています。
- 特例承継計画の提出期限:令和9年9月30日まで
- 実際の株式贈与・相続の期限:令和9年12月31日まで
「計画の締め切りが延びたから、承継のアクションはまだ先送りでいいや」と油断していると、実際の引き継ぎ準備(代表権の交代、贈与契約書の作成、外部への周知など)の時間が足りず、結果的に制度が使えなくなってしまう恐れがあるのです。特例承継計画は提出後に内容の変更も可能なため、適用を迷っている場合でも、まずは認定経営革新等支援機関(税理士等)に相談し、早めに計画を提出しておくことを強く推奨します
よくある質問(Q&A)
令和8年中に購入した賃貸アパートは、令和9年以降に相続が発生した場合、「5年ルール」の対象になりますか?
はい、対象になります。令和9年1月1日以後に発生した相続において、そこから遡って5年以内に対価を伴う取引で取得した貸付用不動産であれば、新ルール(通常の取引価額等による評価)の対象となります。
小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等)は、5年ルール導入後も使えますか?
はい、引き続き利用可能です。ただし、小規模宅地等の特例自体にも「相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供した宅地等」は原則として特例の対象外となる厳しい要件があるため、直前の駆け込み対策は二重の意味で困難になっています。
すでに5年以上前に購入した不動産小口化商品を持っています。これも時価評価になりますか?
はい、時価評価の対象になります。不動産小口化商品(任意組合型など)については「取得の時期に関わらず」新ルールが適用されるため、10年前に購入していても、令和9年以降の相続・贈与では原則として時価(通常の取引価額)で評価されます。
教育資金の一括贈与が終了すると、孫の大学費用を出してあげることはできなくなりますか?
いいえ、問題ありません。入学金や授業料など「必要な都度、直接教育費として支払う」資金については、扶養義務の範囲内として従来から贈与税は非課税です。一括で数百万〜千万円単位の資金を非課税で先渡しする特例が終了するだけです。
事業承継税制の「特例承継計画」は、提出後に後継者などの内容を変更できますか?
はい、提出後に内容を変更することは可能です(ただし、特例後継者が実際に税制の適用を受けた後の変更は不可)。特例を利用するか迷っている場合でも、まずは令和9年9月30日までに提出し、「特例を使える選択肢」を確保しておくことをお勧めします。