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はじめに:消費税の公平性を巡る構造的改革
こんにちは。公認会計士・税理士のSatoです。 私が事務所を構える東京都内でも、多くの経営者様や実務担当者様から「インボイス制度の特例はどうなるの?」「海外通販の消費税ルールが変わるって本当?」といったご相談を頻繁にお受けします。税金のルール変更は、まるでスマートフォンのOSアップデートのように、社会の変化に合わせて常に更新されていきます。そのため、不安を感じる皆様のお気持ちには痛いほど共感いたします。
消費税の実務において、令和8年度(2026年度)は非常に大きな転換点となります。インボイス制度の導入から数年が経過し、事業者の負担を和らげる「激変緩和措置」として設けられていた各種の特例が、いよいよ段階的に縮減されるからです。 さらに、デジタル化に伴う国境を越えた商取引(越境EC)の急増に対し、国内事業者との競争上の公平性を担保するための抜本的な新税制が導入されます。
本記事では、一見すると難解なこの税制改正について分かりやすく解説していきます。
インボイス制度導入に係る経過措置の縮減
免税事業者からの仕入控除割合の低下(80%→70%)と1億円上限
インボイス制度(適格請求書等保存方式)の下では、インボイスに登録していない免税事業者からの仕入れや経費の支払いについて、原則として消費税の「仕入税額控除(売上の消費税から経費の消費税を差し引くこと)」ができません。しかし、免税事業者からの課税仕入れに係る激変緩和の「経過措置」として、一定割合の控除が認められています。
今回の改正で、この経過措置の最終的な適用期限は令和13年(2031年)9月末まで延長されました。しかし、控除できる割合は階段を下りるように段階的に引き下げられます。
| 期間(課税仕入れを行った日) | 控除できる割合 |
| 令和5年10月1日 ~ 令和8年9月30日 | 80%控除 |
| 令和8年10月1日 ~ 令和10年9月30日 | 70%控除 |
| 令和10年10月1日 ~ 令和12年9月30日 | 50%控除 |
| 令和12年10月1日 ~ 令和13年9月30日 | 30%控除 |
| 令和13年10月1日以降 | 控除不可 |
経理実務において極めて重要なのが、この経過措置の適用に「上限」が新たに設けられた点です。 令和8年10月1日以後に開始する課税期間から、同一の免税事業者からの年間課税仕入額が「1億円」(現行10億円)を超える部分については、この経過措置の適用が認められなくなります。これは、大規模な事業者が意図的に免税事業者を利用して控除を受け続けるような租税回避行動を防ぐための厳しいルールです(平成28年改正法附則第52条第1項)。
(経費に係る控除対象外消費税はどう処理する?)
上記の経過措置により控除しきれなかった消費税(控除対象外消費税額等)は、会社が自腹を切ることになります。法人が税抜経理方式を採用している場合、消耗品費や外注費などの経費から生じた控除対象外消費税額等は、原則としてその発生した事業年度の「租税公課」等として全額を損金(経費)に算入します。ただし、交際費から生じた場合は、交際費等の本体金額に加算して損金不算入額の計算を行う必要があるため、会計ソフトでの慎重な処理が求められます。
小規模個人事業者向けの「3割特例」創設(2年限定)
インボイス制度を機に免税事業者から自発的に課税事業者となった小規模な個人事業者向けに設けられていた「2割特例(売上税額の2割を納税する特例)」は、令和8年9月末をもって終了します。
その後、令和9年および令和10年の2年間に限り、新たな激変緩和措置として納税額を売上税額の「3割」とする「3割特例」が講じられます。 ここで実務上、絶対に間違えてはいけないポイントがあります。この3割特例は「個人事業者」のみが対象であり、法人は規模を問わず一切対象外となる点です。
また、個人事業者であっても、無条件に3割特例を選ぶのは危険です。業種によっては、従来の「簡易課税制度」を利用した方が有利になるケースがあるからです。簡易課税制度とは、業種ごとに国が定めた「みなし仕入率」を用いて概算で消費税を計算する仕組みです(消費税法第37条第1項)。
| 事業区分 | 該当する主な業種 | みなし仕入率 | 実質的な納税割合 |
| 第1種 | 卸売業 | 90% | 1割 |
| 第2種 | 小売業、農業(飲食料品)など | 80% | 2割 |
| 第3種 | 製造業、建設業など | 70% | 3割 |
| 第4種 | 飲食店業など | 60% | 4割 |
| 第5種 | サービス業、運輸業など | 50% | 5割 |
| 第6種 | 不動産業 | 40% | 6割 |
(小売業とサービス業の違い)
- 小売業(第2種)の場合: 簡易課税(みなし仕入率80%)なら納税額は売上税額の2割です。3割特例(納税額3割)よりも簡易課税の方が有利です。
- サービス業(第5種)の場合: 簡易課税(みなし仕入率50%)なら納税額は売上税額の5割です。この場合は3割特例の方が有利となります。
なお、2割特例や3割特例を利用した翌年に簡易課税制度へ移行する場合に限り、特例として「その年の確定申告期限まで」に届出書を提出すれば適用が認められるよう手続きが緩和されています。状況を見極めてから有利な方を選択する余地があるため、顧問税理士としっかりと有利不利判定を行ってください。
国境を越えた電子商取引(越境EC)への課税強化
本税制改正において、市場の客観的動向に最も大きな影響を与えるのが、越境ECに対する課税の見直しです。
1万円以下の「特定少額資産の譲渡」の非課税特例廃止
これまで、海外から国内の消費者へ向けた通信販売のうち、商品の価格が1万円以下(少額輸入貨物)については、原則として関税および消費税が免除されていました。この「抜け穴」を利用し、海外の巨大なファストファッションサイトやECプラットフォームが、日本の国内小売業者に対して消費税(10%)分だけ価格競争力で圧倒的優位に立っていた構造がようやく是正されます。
令和10年(2028年)4月1日以後、通信販売により国外から国内に宛てて発送される対価1万円以下の資産の譲渡(特定少額資産の譲渡)は、国内取引として例外なく消費税の課税対象となります。
プラットフォーム事業者への納税義務の転換(プラットフォーム課税)
しかし、世界中に散らばる無数の小規模な海外販売業者から、日本の国税庁が個別に消費税を徴収するのは現実的に困難です。そこで、徴税の実効性を担保するため「プラットフォーム課税」という強力な仕組みが導入されます。
国外事業者が行う資産の譲渡や、特定少額資産の譲渡がデジタルプラットフォームを介して行われ、そのプラットフォーム事業者を介して対価を収受する取引について、一定の規模(年間取扱高50億円超など)を満たす場合は国税庁長官から「第2種プラットフォーム事業者」として指定されます。
指定を受けると、販売業者ではなくプラットフォーム事業者自身が取引を行ったものとみなされ、消費税の納税義務が転換されます。 これにより、海外の販売者は手元に残る利益から消費税分がプラットフォーム側で徴収・納税される形となり、キャッシュフローの悪化や価格設定の抜本的な見直しを迫られることになります。国内市場においてフェアで適正な競争環境が整備されるという点では、国内の小売事業者にとって極めてポジティブな改正だと言えます。
まとめ
令和8年度の消費税改正は、これまでの経過措置を見直して適正化を図りつつ、デジタル時代の新しいビジネスモデルに課税の網をかける構造的改革です。実務担当者の皆様は、会計システムにおける「70%控除」への設定変更や、免税事業者との取引額(1億円の壁)のモニタリングなど、今から少しずつ社内体制の準備を進めていきましょう。
よくある質問(Q&A)
インボイス制度の「70%控除」はいつから始まりますか?
令和8年(2026年)10月1日に行う課税仕入れから適用されます。会計システムにおいて、従来の80%控除から70%控除へ税区分設定をアップデートする準備が必要です。
新しく始まる「3割特例」は、法人でも使うことができますか?
いいえ、使用できません。3割特例は、インボイス登録により免税事業者から課税事業者となった「個人事業者」のみが対象となる限定的な措置です。
3割特例から「簡易課税」に変更したい場合、届出はいつまでにすれば良いですか?
特例措置により、2割特例や3割特例を適用した翌年に簡易課税に移行したい場合に限り、その年の「確定申告期限まで」に「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出すれば適用が認められます。
海外から商品を仕入れて販売しています。越境ECの「1万円以下の免税特例の廃止」はいつから始まりますか?
令和10年(2028年)4月1日以後の輸入分から適用されます。これにより、1万円以下の特定少額資産であっても国内取引と同様に消費税が課されるようになります。
経過措置の「1億円上限」は、全取引先の合算金額で判定するのですか?
いいえ、全取引先の合算ではなく「一の(同一の)免税事業者ごと」の年間取引額で判定します。同一の免税事業者への支払いが年間1億円(税込)を超えた部分について、経過措置が適用されなくなります。令和8年10月1日以後に開始する課税期間から適用されます。