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【オルツ不正会計】119億円の架空売上はなぜ作られた?監査法人と東証の責任を公認会計士が徹底解説

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士| あずさ監査法人、税理士法人、コンサルファームを経て独立。 IPO支援・M&Aを専門とし、企業の成長を財務面からサポート。 このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • オルツの不正手口と原因を知りたい方
  • 監査法人がなぜ見抜けなかったか知りたい方
  • SaaS企業の粉飾リスクを学びたい投資家
  • 会計監査の現場や実務に興味がある方

はじめに:AIベンチャーの寵児が陥った「119億円」の罠

2025年、株式市場に激震が走りました。「AI GIJIROKU(AI議事録)」で一世を風靡し、東証グロース市場に華々しく上場した株式会社オルツ(以下、オルツ)。しかし、その輝きはわずか1年足らずで失われ、上場廃止という最悪の結末を迎えました。

原因は、売上の約9割にあたる総額119億円もの架空計上でした。

「なぜ、会計のプロである監査法人は見抜けなかったのか?」

「東証の上場審査は、一体何をチェックしていたのか?」

ニュースを見て、そう疑問や怒りを感じた方も多いのではないでしょうか。実はこの事件、単なる企業の嘘だけではなく、「SaaSビジネスの死角」や「監査制度の限界」、そして「上場審査の隙間」が複雑に絡み合った、現代特有の会計事件なのです。

本記事では、現役公認会計士としての実務経験を踏まえ、専門用語をできるだけ噛み砕いて解説します。「借方・貸方」が分からない初心者の方でも大丈夫です。この事件の全貌を理解することは、皆さんの大切な資産を守るための「投資の眼」を養うことにも繋がります。


1. オルツ不正会計事件の全貌【何が起きたのか?】

まずは、事件の全体像と被害の規模を整理しましょう。数字を見るだけで、その異常性が浮き彫りになります。

1-1. 事件のタイムライン

「AIベンチャーの星」として期待されたオルツが、どのようにして市場から退場することになったのか、時系列で見てみましょう。

年月出来事詳細
2022年10月監査法人の交代前任の監査法人との契約を解除。後任の監査法人が就任。ここが最初の「躓き」でした。
2024年10月東証グロース上場多くの投資家の期待を集め、新規上場を果たします。
2025年4月強制調査の開始証券取引等監視委員会(SESC)による調査が入ります。
2025年7月28日報告書公表第三者委員会が調査報告書を公表。119億円の過大計上という衝撃の事実が発覚。
2025年7月30日上場廃止決定東証が上場廃止を決定し、整理銘柄へ指定。
2025年8月31日上場廃止上場からわずか10ヶ月でのスピード退場となりました。

1-2. 被害の規模と市場への影響

この不正が市場に与えたインパクトは甚大です。

  • 不正金額: 売上高や研究開発費など、合計約119億円の水増し。
  • 虚偽の割合: 開示されていた売上の約9割が架空でした。つまり、会社のビジネスの実態は「ほぼ無かった」に等しい状態です。
  • 株価への影響: 上場時の時価総額800億円から、不正発覚後わずか3日で株価は92%下落。多くの個人投資家が資産を失いました。

公認会計士として多くの決算書を見てきましたが、「売上の9割が嘘」というケースは極めて稀です。これは単なる「粉飾(ふんしょく)」を超え、会社全体が虚構の上に成り立っていたと言わざるを得ません。


2. 不正の手口:巧妙に進化した「資金循環取引」

なぜ、これほどの巨額不正が長期間バレなかったのでしょうか? そのキーワードは「循環取引(じゅんかんとりひき)」です。しかし、オルツの手口は従来のものより一段と巧妙でした。

2-1. 循環取引とは?(バケツリレーの罠)

循環取引とは、複数の会社間でぐるぐると売買を繰り返し、架空の売上を作り上げる手法です。

【イメージ:バケツリレー】

  1. オルツが、A社に「仕事」を依頼し、お金を払う。
  2. A社が、B社にお金を回す。
  3. B社が、オルツに「商品」を買い戻させ、お金を払う。

これでお金は元の場所に戻ってきますが、帳簿上は「売上が上がった!」ように見えます。しかし、外部からの利益は1円も生まれていません。

2-2. オルツが行った「資金のみの循環」

通常の循環取引は「商品」が動くことが多いのですが、オルツの場合は「SaaS(ソフトウェア)」という実体のないサービスであったため、「資金」だけが回っていました。

【オルツの不正スキーム図解】

ステッププレイヤー行為の内容お金の動き
1. 資金の流出オルツ広告代理店や開発会社へ「広告宣伝費」「研究開発費」として発注。オルツ → 外部協力会社
2. 資金の経由外部協力会社受領した資金を、別の「販売パートナー(SP)」へ移動。外部協力会社 → 販売パートナー
3. 資金の還流販売パートナー「AI GIJIROKUの利用料」という名目でオルツへ支払い。販売パートナー → オルツ

結果、オルツの手元には「売上」としてお金が戻ってきます。しかし、元を正せば自分が出したお金が戻ってきただけです。これを隠すために、広告代理店などを経由させ、商流を複雑に偽装していました。

2-3. 架空売上の仕訳(会計処理のトリック)

ここで、会計の言葉である「仕訳(しわけ)」を使って、オルツがどのように数字を作っていたかを見てみましょう。初心者の方にも分かるように解説します。

【正常な取引の仕訳】

(顧客にサービスを提供し、代金を受け取る)

(借方) 現金預金 1,000 / (貸方) 売上高 1,000

  • 会社にお金が増え、売上が計上されます。シンプルです。

【オルツの循環取引の仕訳イメージ】

Step 1: 資金の流出(架空の経費計上)

(借方) 広告宣伝費 1,100 / (貸方) 現金預金 1,100

  • 「広告費」として現金を外部に出します(実際は還流させるための資金)。

Step 2: 資金の流入(架空の売上計上)

(借方) 現金預金 1,000 / (貸方) 売上高 1,000

  • 外部を回ったお金が「売上」として戻ってきます。

結果:

  • PL(損益計算書): 売上高 1,000億円規模の急成長企業に見えます。
  • 実態: 1,100出して1,000戻るので、実はお金は減っています(キャッシュアウト)。

このように、売上規模(トップライン)を急拡大させて見せることで、投資家の期待を煽り、株価を吊り上げようとしたのです。


3. なぜ監査法人は見抜けなかったのか?

ここが今回、最も議論されているポイントです。「会計監査のプロがついていながら、なぜ?」と。

この背景には、監査法人の変更と、巧妙な隠蔽工作がありました。

3-1. 監査法人の変更と「意見のショッピング」

実は、オルツは上場前の2022年に監査法人を変更しています。

  • 前任の監査法人: 2021年12月期の監査で「循環取引の疑義がある」と指摘し、監査意見を出さずに契約を合意解約しました。
  • 後任の監査法人: 横浜・札幌を拠点とする準大手・中小規模の監査法人が後を引き継ぎました。

【ここがポイント!】

前任の監査法人は「怪しい」と気づいていました。しかし、オルツ側はそれを認めず、契約を解消して別の監査法人に依頼しました。業界ではこれを「オピニオン・ショッピング(自分に都合の良い意見をくれる監査人を探す行為)」と呼ぶことがあり、非常にリスクが高い兆候です。

3-2. 後任の監査法人の責任と限界

後任の監査法人は、前任者から「循環取引の疑い」について引き継ぎを受けていました。それにも関わらず、なぜ不正を見抜けなかったのでしょうか。

  1. 「資金」が実際に動いていた: 通常、架空売上は「売掛金(ツケ)」が回収できずに滞留することでバレます。しかし、オルツは実際に現金を還流させていたため、監査手続である「入金確認」をクリアしてしまいました。
  2. 組織的な隠蔽工作: オルツ経営陣は、通帳の偽造や、関係会社と口裏を合わせた証憑(請求書や契約書)の作成を行っていました。監査は「捜査」ではないため、会社全体で結託して書類を偽造されると、発見は極めて困難になります。
  3. 監査資源の問題: 大手監査法人に比べ、中小規模の監査法人は人員やリソースが限られる場合があります。「上場スケジュールのプレッシャー」と「監査コスト」の狭間で、十分な深堀りができなかった可能性も否定できません。

しかし、公認会計士として厳しく言えば、「職業的懐疑心(Professional Skepticism)」が不足していたと言わざるを得ません。特に「前任者が怪しいと言って辞めた」という強力なリスク情報があった以上、通常の何倍もの慎重さで「資金の出処」を追及すべきでした。


4. 東証と主幹事証券の責任:ゲートキーパーの敗北

投資家を守る「市場の番人」であるはずの東京証券取引所(東証)と、上場をサポートする主幹事証券会社(大和証券)の責任はどうでしょうか。

4-1. 上場審査の「形式化」への懸念

東証グロース市場は、高い成長性を持つ企業向け的市场です。赤字でも上場できるなど基準は緩和されていますが、その分「ガバナンス(企業統治)」や「開示の透明性」が厳しく求められます。

今回の事件では、上場審査の過程で以下の点が見過ごされました。

  • ビジネスモデルの実証性: 「AI」という流行のキーワードや、急激な売上成長という表面的な数字に目が眩み、その裏にある資金の流れや、ユーザーの実在性をどこまで深く検証できたのか。
  • 監査法人変更の経緯: 上場直前の監査法人交代は最大のレッドフラグ(危険信号)です。ここの審査が甘かった可能性があります。

4-2. 内部統制報告書の虚偽とJ-SOXの形骸化

上場企業は「内部統制報告書(J-SOX)」を提出し、「ウチの会社の決算を作る仕組みは適正です」と宣言します。オルツもこれを提出していましたが、実際は経営者自らが不正を主導しており、内部統制は完全に「経営者による無効化(Management Override)」されていました。

これは、制度がいかに整っていても、経営トップに倫理観がなければ機能しないという、内部統制の限界を露呈させました。


5. 個人投資家が学ぶべき教訓と対策

この事件は他人事ではありません。今後、同様の「第2のオルツ」に騙されないために、個人投資家が見るべきポイントをまとめました。

5-1. 「監査法人の変更」には要注意

上場直前や、決算発表延期後の監査法人変更、特に「大手監査法人から中小監査法人への変更」は、極めて危険なサインです。「監査報酬の削減」を理由にすることが多いですが、裏には「監査意見での対立」が隠れていることがよくあります。

5-2. 「利益」と「キャッシュフロー」の乖離を見る

ここがプロの視点です。

  • PL(損益計算書): 売上や利益が急増している。
  • CF(キャッシュフロー計算書): 「営業キャッシュフロー」がずっとマイナス、または利益に対して少なすぎる。

「利益は意見、キャッシュは事実」という格言があります。売上は架空計上できても、現金の残高は(通帳を偽造しない限り)誤魔化せません。オルツのように、利益が出ているのに営業キャッシュフローがおかしい会社は、資金繰りや売上の実在性を疑うべきです。

5-3. 複雑すぎる商流を疑う

「なぜ、間にこの広告代理店が入る必要があるのか?」「なぜ、開発会社を経由してお金が動くのか?」

ビジネスモデル図を見た時に、直感的に「不自然だ」「複雑すぎる」と感じる場合、そこには不正を隠すための意図があるかもしれません。


6. まとめ

オルツの不正会計事件は、単なる一企業の不祥事ではなく、監査制度や上場審査のあり方に大きな課題を突きつけました。

  • 被害: 119億円の架空売上、上場廃止、投資家への多大な損害。
  • 手口: 資金を還流させる高度な「循環取引」。
  • 教訓: 監査法人の不自然な変更や、キャッシュフローの動きを注視する。

投資の世界に「絶対」はありません。しかし、正しい知識を持つことで、リスクを回避できる確率は格段に上がります。この記事が、皆様の賢い投資活動の一助になれば幸いです。

よくある質問(Q&A)

オルツの株を持っていた場合、お金は戻ってきますか?

非常に厳しい状況です。会社は民事再生手続を申請しており、株主の権利は債権者よりも劣後します。虚偽記載による損害賠償請求の可能性は残されていますが、会社に残余財産がなければ回収は困難です。

監査をした「後任の監査法人」は罰せられないのですか? 

金融庁や公認会計士協会による検査が行われます。もし監査に「重大な過失」や「故意」が認定されれば、業務停止命令などの行政処分や、課徴金納付命令が下される可能性があります。

「循環取引」はなぜバレないのですか?

複数の会社が口裏を合わせ、契約書・請求書・納品書などの書類を完璧に整え、さらに実際に銀行口座間でお金を動かすと、外見上は「正常な取引」と区別がつかなくなるためです。発見には、内部告発や税務調査などがきっかけになることが多いです。

今後、オルツのサービス「AI GIJIROKU」はどうなりますか? 

民事再生手続の中で、スポンサー(支援企業)が見つかれば、事業譲渡などによってサービス自体は継続される可能性があります。ユーザーにとってはサービスが維持されることが望ましいですが、ブランド毀損の影響は避けられません。

投資初心者ですが、怪しい会社を見分ける一番簡単な方法は? 

「営業キャッシュフロー」に注目してください。損益計算書で黒字(利益が出ている)なのに、営業キャッシュフローが何年も連続してマイナス(現金が入ってきていない)会社は要注意です。

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